トップに戻る

<< 前 次 >>

第二十二話@時間超越(タイムトランス)

単ページ   最大化   

第二十二話「タイムトランス」

「五十年?」
 全く変わらない姿でいる亜夕花の口からタクヤは信じられない言葉を聞いた。
「そうだ、お前は今五十年後の御剣市にいる」
「馬鹿な、まだ一日も経っていないはずだ」
「そうだろうな、しかしお前は実際あそこで時間超越の原理を体験したはずだ」
「……終わらない廊下か」
 親父がいうには、過去へいくタイムマシンは無くとも、
 過去を引き寄せるタイムマシンはあるという。

「光りの速度で未来へ行けることは知っているな?
 アインシュタインの相対性理論だが……ようはあれが空間の一部分で発生した場合、
 未来にいる者にとっては過去がそこにあることと同義となる。
 これがつまり、過去への局地トラベルになるのだ」
「相変わらず無茶苦茶だな……」
「麗未を助けるため、行ったこととはいえ結果的に私が惨事を招いたようなものだ」
「ごめんなさい、私のせいで……」

 麗未は膝の上で拳を握っていた。タクヤは改めてその少女を眺める。
 透き通った白い肌にたおやかな長髪が肩へ下っていた。
 胸はそこまで大きくはないが、この歳にしては将来が有望できるプロポーションだ。
「――っ」

 リスのような愛らしい瞳から目を逸らし、タクヤは話題を振ることにする。
「ここは御剣市の五十年後ってのはわかった。だが、何故彼女が謝る?」
「タクヤがあの館へはいってから次の日だ……街に正体不明の怪物が現れ始めたのは――」
 亜夕花は怪物から麗未を助ける為に過去からこちらの時間軸へ屋敷を飛ばし、
 そこへ逃げ込ませた。

 しかし、亜夕花の誤算はその際にカオスを発生させてしまったことである。
「初期演算に狂いは無かったが、即興にしては無理があってな……気がついたときには遅かった。
 もはやパラドックスはこれで完全に補間されてしまったよ」
 目を固く瞑って亜夕花はテーブルを立った。
 窓もない密室の部屋はタクヤの自宅の地下にあった。
 亜夕花はそれ以上の詳細は何も言わず、今日は休めと言い残して麗未と共に去る。
「ナミや他のみんなは……一体どうなったんだ?」
 タクヤの常識の外で、わけのわからない惨事が進みつつあった。


 質素な部屋には生活に最低限必要なもの以外は何も無かった。
 気がついたら寝ていた、そんな感じでタクヤは目を覚ます。
「あ、気づかれました?」
 疲労感はそこそこあったのか、体は重くその声に反応するのに数秒かかる。
「――ああ、今何時?」
「朝の十時くらいです、丸一日寝ていましたよ。亜夕花さんも心配していました」

 麗未は誰かに似ている気がするが、それが思い出せない。
 銀色の壁が横へスライドし、白衣の少女が入ってきた。
「おお、起きたかタクヤ」
「たまに本当の親父か疑いたくなるよ……」
 亜夕花はタクヤの母親、自分の妻をDNAレベルから分析し、己の肉体に還元した親父だった。
 もはやそこまでいくと、どこに自分があるのかなど愚問でしかないだろう。

「学術者である以上はあらゆる世の混沌を研究したいからね。
 そもそもここが美少女以外立ち入れないという都市伝説にしたのはタクヤ、お前だぞう」
「はは……」
 亜夕花は聴診器をタクヤの胸に当てながら特殊な装置をタクヤに取り付けたりしていた。
「何してるんだ?」
「検査だ。お前は間違ってとはいえ五十年もタイムトランスした、
 これは本来であれば細胞を粒子レベルまで分解し、
 再び再構築するというような次元でしか不可能な出来事。
 肉体が何らかの損傷を受けていても決しておかしくない」

 検査が終わったのか亜夕花はテーブルの椅子へと腰掛け、
 何やら携帯していた端末に打ち込んでいた。
 すると麗未がお膳に色々と茶碗を乗せて運んできた。
「お口に合うか分かりませんが……」
「ありがとう」
 考えてみれば腹はかなり空いている。
 煮付けや和え物と朝の料理とは思えない絢爛さだったが、
 タクヤは黙々と食べ始める。

「食いながらでいい、聞いてくれ。
 体の方に異常はなかった、恐らくトランス後の披露状態だったのだろうな。
 問題はそこからだが、現在見ての通り、街は廃墟と化している。
 原因はもう聞いたとおり、怪物の仕業だ」
「おいしいよ」
「ありがとうございます」
 タクヤは麗未の視線に答えていた。
「……」
「いいよ、続けて」

121, 120

  


「奴らは生命として極限に進化した生き物だ。
 繁殖能力も高く、あらゆる個体に種付けすることができる上、
 直接遺伝子を書き替えて同種族にしてしまうことも出来る前代未聞のモンスターなんだよ」

 タクヤはナプキンで口を拭くと麗未に礼をして亜夕花に向き直った。
「何でそんな危険生物がいるんだ?」
「わからん、わかっているのはそいつが五十年前に何の前触れもなく滝川家の屋敷から現れ、
 傷を受けた者、交わった者、その悉くが異形の姿へとなりかわってしまったことだ」

「まるでバイオハザードだな……ナミや鈴音はどうしたんだ、あの後」
 亜夕花は立ち上がり、空を一瞬仰いだ。
「生きている。ついてこい」
 亜夕花に続くタクヤ。小さい背中を向けながら部屋を出て狭い通路を進んでいく。
「ナミ、鈴音、綾女この三人だったな」
「ああ」
 他にも誰か居た気がするが、それは思い出せなかった。

 道を抜け出たところで大きな壁へ突き当たった。
 そこは強固というよりは生々しいほどに鋼鉄で固められた扉だ。
「この奥にいるのか?」
「そうだ」
 亜夕花は静かにそう言ってロックを解除する。
 徐々に荘厳な扉が開かれていき、エメラルドに輝く三つの柱が垣間見えた。

「これ……は……」
 あられもない二人の赤裸々な姿がそこにあった。
 円柱はディスプレイの向こう側で二人の体を包み込んでいた。
「我々は奴らと交戦して敗北した。今から四十五年前だ、たったの五年しか持たなかった」
「敗北って……二人は死んでいるのか?」
「いや、生きている。しかし、肉体の変質を防ぐためにあの状態で留めているだけで――」
「それは、つまりあそこからは出せないってわけか」
「そうなる」
「――お前っ、四十五年も何してたんだよ!」
 タクヤは亜夕花の胸ぐらを両手で掴んで持ち上げた。あまりの軽さに亜夕花は空に浮いた。
「ぐっ、勘違いするな。わ、私だってそれなりに努力した。
 だがな、これはもう理屈では覆せない力だったんだ。
 ああやって時間を置くことでしか手段がなかった――わかってくれ……」

「今残ってる美少女の数は?」
 震えた声でタクヤはそれを聞いた。聞かざるを得ない。


「五十年前にこの施設に匿っていた十万人弱――、
 そして私が避難させ匿った十二万二千三十三人――だ」

 タクヤの手からふっと力が抜けた。
「つまり、七十万の半分を失った……だと……?」
 膝をつき、頭を抱える。
 何故だかわからないが、タクヤはまるで半身を失ったかのような喪失感に襲われた。
「すまない……美少女だけを匿うのが難しすぎた。
 選定に時間をかけている間に被害が急速に増えたんだ」

「――ぼく、いや、俺は……」
 その時、大きな揺れが足元に走った。
「またか……」
「なんだこの揺れは」
 地下にしては大きな揺れだった。
「この御剣市が外の世界と内の世界とで隔てられているのは分かっているか?」
「ああ、俺が望んだことなんだろう」
「しかし、美少女を全て取り込みきったところでこの世界は外から入ることは出来ても内から出られない。
 厳密に言うと、この御剣市の物は御剣市の外へ出られなくなっている状態のようだ」

「それと地震とどういう関係が?」
「無理に出ようとすれば、弾かれるだけでなく、
 御剣市の定義、美少女集結が崩壊してしまう。
 そうなれば、当然今の御剣市自体が消えて無くなるのだ」

「その影響の地震だというのか? だとしたら、外で出ようとしているのは誰なんだ?」
「それは――」
 亜夕花はキャスターチェアに腰掛ける。
 同時に部屋が赤いライトによって点滅する。
『緊急事態発生(エマージェンシー)、緊急事態発生』

「どうやら先の地震でどこかの回線が壊れたようだ。何、すぐ直る」
 そう言って亜夕花が外へ出ていく。
 しかし、亜夕花の顔は振り返ったと同時に青ざめたものへ変わった。
 タクヤの後ろで、ぶっしゅうと音が響く。水とガスが抜けたのだ。
 むわっとした腐臭が鼻についたと思うや否や、眼前に白い煙が立ちこめた。

「なんだ、何が起きた」
 ふわりと立ち上がる二つの影。
 いつの間にか亜夕花が窓越しに何かを叫んでいる。緊急用の防護壁が張られたのだ。
 タクヤは駆けだした。急いで外に出ようとするも、その壁は開かなかった。
『緊急事態発生、緊急事態発生』

123, 122

  


 無機質な声がただ空間に響き渡る。
 煙が晴れてきたそこには、懐かしい二人の姿が見えた。
「何故……」
 鈴音と綾女は肩の骨が外れたようにだらりと両腕を下げて項垂れていた。
 その尋常ならざる気配は、タクヤに危機感をもたらすのに充分だ。
「亜夕花っ! 出してくれ!」
「――、――――」
 分厚い透明な壁は全くびくともしなかった。
 亜夕花も壁を叩いているが、何を言っているのか聞き取れない。
「くそっ」
 振り返ると二人の姿に異変が起きているのがわかる。
「なん……だと……」
 タクヤは思わず嘔吐した。
 彼女達は内側からめくれ返るように破裂したのだ。
 否、それは破壊ではなく、進化だった。
 ボコ、ボコボコココ……。
 ピンク色の頭皮が剥き出て、腕や脚であったものは腹から生えている。

 以前の五倍にはなったその巨体はどれだけ細胞分裂を繰り返そうとも到底考えられない大きさであった。
「は、――っは」
 タクヤの目は大きく見開かれ、舌は干上がり声があがらない。
【グェ……】
 ぼちゃりとその口から落ちたのはかつて美少女であったモノのパーツだった。
 ごろりと此方を向いたその顔には光りの宿らない瞳が上を向いていた。
「いっ――」
 その声に気づいた肉塊は何処が顔だかわからない頭をタクヤに向ける。
【×ョグrgk――】
 地面を蹴った瞬間、空間が爆ぜるように振動した。

 



124

病芽狂希 先生に励ましのお便りを送ろう!!

〒みんなの感想を読む

<< 前 次 >>

トップに戻る