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第八話@主導(イニシアチブ)

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 ナミは結局俺をどうにかしようという行為には至らなかった。
 それだけ、彼女(彼)の理性は相当強いということだろう。
 現状は結局どこまでいっても美少女どころか女子すらいなかった。
 それでもたった二人のために女子トイレが存在することは疑問だ。
 タクヤが亀甲縛りから解放された後、気がつくと男たちは何処かに消えていた。

 何食わぬ顔で校舎へ戻る俺とナミ。
 昼休みになると三人で学食へ行くという話しになった。
 三人とは、ナミと萌々子を入れた三人である。
「いやあ、おごってもらちゃうなんて悪いねえ~」
「おごるとは言っていない。これは取引」
 ナミは萌々子の珍言に淡々と答える。
「私が食べたいのはCランチだからよろしくう」
「ふざけないで。物乞いのくせに一番高いのを注文するとか、常識を識りなさい」
「それをお前が言うのか、ナミ」
 Cランチ1250円。あり得ない……、こんなのは誕生日に『自分へのご褒美♪』などと言いながら注文する痛いヤツだけだ。
 俺の隣ではおおよそ学食とは似つかわしくない豪華な料理が並び始める。
「結局買ったんかい!」
「Aランチのお金をくれというので、渡したらあのようになりました」
 萌々子は上機嫌で箸を取った。
「いただきまーす」
 周りにごった返す男子の軍勢をまるで眼中にもないかのように食事を始める萌々子。
 ナミと俺はサンドイッチとうどんというチョイスだが、並んで食べ始める。
「ああ、そうだナミ」
「なんでしゅ、しょうか」
「もう気づいてると思うが、女がいない以上は好きなように振る舞ってもらって構わない」
 ナミは頷いた。
「ですが、いい加減この世界から脱出する目途を立てないといけません」
「そうだな」
 
 放課後――。
「それじゃ、今日も一緒に帰ろうかぁ」
 ナミと俺が並んで昇降口から出ると萌々子が後ろから現れる。

「ねえ、天水さん。天水さんはいつからここにいるの?」
 ナミの質問に萌々子がはてと首を傾げる。
「やだなあ、そんなのオギャーと生まれてからに決まってるじゃん。あ、それともこの学校にってこと? うちらエスカレーター式の学園なんだからタクヤ君と一緒に決まってるじゃん」
 あははと笑い飛ばす萌々子。
「ん~、そうじゃなくってさ。変じゃない? 男しかいないここって」
「変じゃないよ」
 それは冷たい響きだった。
「…………」
 ナミと俺は自然と脚を止めた。
「……私に媚びられた男はみんな言うことを聞いた――全然変じゃない。でしょ?」
 萌々子の辺りは焼ける色の中で暗い影を落としていた。
「もっともっと言うこと聞かせて、そのうち私の下僕にしちゃうんだ。あははっ、でも男は馬鹿だから使われてるってことにすら気がつかないの」
 ナミはタクヤの一歩前に出た。
「つまり、あなたが元凶なんですね」
「元凶? 何それ。ここは私の望んだ世界よ? ここには言うこと聞かせられる男が沢山いるし、タクヤ君もいる。どこら辺が『凶』なの? それに私、すぐに判ったんだから」
 萌々子がゆっくりと黄昏た道路からこちらに歩いてくる。
「タクヤ君が『変わって』ても……見た瞬間にタクヤ君だってすぐわかった」
 不適な笑みを浮かべて、萌々子はナミをすり抜けた。

「――」
 ナミは行動出来ていない。まるで、まだ萌々子が目の前にいるように一点を見つめたまま硬直している。
「私はね。タクヤ君。ほんとは君のことちょっと恨んでるんだ」
 触れられた頬から伝わる何かがタクヤの脳髄を貫いた。
『イマジンリード』
 恐らくは思考を象徴するのが『イマジンクリエイト』なのだとしたら、思考を読み込むのがこの世界でのタクヤの能力だ。
 そんなことを冷静に考えた一瞬のうちにタクヤの視覚視野は反転した。

「(うわっ――)」
 瞬きをした瞬間。そこで景色が変わった。
 よくある回想シーンってやつだろう。頭は端的にそんなことを考えている。
『タクヤ君、今日は学校来なかったな。帰りは送って貰おうと思ったのに――』
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 夕陽の中、道ばたを歩きながら萌々子は携帯を操作する。
「萌々子さん、ちょっと待って下さいよ」
 背中に声をかけられる萌々子。
『下級生の藤野だ。丁度いいや』
「何かな」
「この間の150円返して下さい。へへ」
 小さい男……タクヤ君は一度もそんなこと言わないのに。
「はい」
 あっさりとポケットから150円を取り出して藤野に渡した。
 いつも常備しているだろう手際の良さだ。
「あ? え、あの……」
 拍子抜けしたように手に乗せられた150円を見つめる藤野。
 男なんてものは目的が急に叶うと途方に暮れる生き物だ。そこで次の目的を与えてやればいい。
「ねえ、ちょっと家まで送っていってくれないかな」
「え? あ、いいっスよ」
 好意とかそんなものを感じているのだろうか。
 いや、男が好意を寄せる女性というのはいつだって子孫を残すための基準でしかない。
 ただ一人を除いては――。

「よお――」
 声を掛けられたとき、はっとなった。私の家はもうすぐだというのに、そこには男達がたむろしていた。
 鉄パイプを持った男と、がたいの良い男たちとがぐるりと私を囲い始めた。
「なんです……あなたたちは――」
「げへへ」
 まるで化け物か汚物を相手に会話をしているような心地だ。
 こちらと会話するつもりはないらしい。
「う、うわあああ!」
 藤野がそう言った。女を背にして逃げ出した!
「ばーか、逃がすかよ!」
 ズンっという鈍い音がして藤野は人形のように地面に崩れた。
 そこから、どうやって逃げたか覚えていない。
 ただ、藤野という男を選んだことを激しく後悔した。
 本当の災いとはいつもこちらが油断した時にしか降りかからないものだ。
「はぁ――はぁ――」
 どうせ大方、つまらない男が私一人に報復しようと送った野郎共だろう。
 心当たりが多すぎて特定なんかできっこない。
 辺りはすっかり暗くなっていた。そして同時に追い詰められていた。

「観念しなよ女。お前は男を弄ぶことの意味を判っていないからこういうことになるのサ」
 なんという用意周到さだろう。路地をいくら回っても先回りされていて、気づけばどこぞの倉庫。
 そしてそいつは目の前にいて、私の頬を舐めていた。
「――っ」
 脚が震える。もうだめだ。違う。何かがおかしい。どこで間違えた?
 男を通して後ろの男の数を見る。とても逃げ切れる状況ではなかった。
「女相手にみっともない――人数だとは思わないの」
「おー、おー。そっちが地かあ。
 『今日は見逃してくださ~い』とか言い出したら俺っち手加減出来なかったよ」
 ぐへへと嗤う烏合の衆。
 次の瞬間には鉄パイプが脚に打ち付けられていた。
「――あ゛っう」
「良い声だ。物乞いしてる時よりその声聞かせてやった方がみんなもっとホイホイついてくるぜ」
 だめだ――。痛みで頭が真っ白になっていく。
 これからされることはただのリンチじゃない。判っているのにタクヤ君の顔が浮かぶ。
 頬を何かが伝っていった。

「おいおい、泣き脅しかあ? つくづく都合の良い女だな! そらっ」
「あぐっ――」
 腕がぶたれておかしな方向へ曲がった。堪らず地面へ頭を突っ伏す。
「俺のプライドは傷ついたんだ。わかるか? お前のおかげで……」
 ああ……やっぱり小さい男だ。
 折れた腕も構わずに大の男が二人がかりで私を起こし、持ち上げる。
「ぃ――っう」激痛――。もう帰りたい。悪い夢なのだと思いたい。
 どんどん人気のないところへ連れて行かれる。抵抗なんて無意味だ。
 自業自得だと嗤う奴もいる。
「スカートが破かれるのと、丸坊主。どっちがいい?」
 もはや、何処かの廃墟としか言いようのない場所でその汚顔の男が言い出した。
「どっちもイヤ……」
 また盛大に笑いが上がる。何を言ってもこいつらには判ってもらえないのだろう。

 それが、レイプってものかと一人納得している自分がいた。
 そこからは酷く短絡的な作業でしかなかった。
 私は春も覚束ない夜空の真下で赤裸々な姿を晒していた。
「さーて、入れちゃいますよ~」
 男の一人が私の秘部を乱暴にまさぐった。
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「おらぁ――!」
 何の脈絡もなく、破瓜の瞬間は訪れた。
 冷たい地面の下。思っていたよりもずっと冷静な思考の中、それは散り去った。
 ズチュ――ズチュ。
 体を壊されて、犯されるなんて思ってもみなかった。
 悲痛と激痛が綯い交ぜになって私の歯車はぐにゃりと形容を変えて回り出した。
「全然濡れてねえとやっぱ気持ちいいどころかイテェだけだわ」
 そう言うと男はローションをかけてよがり出した。
 初めからこうなることを計画していたのだと私は上下からくる激痛に耐えながら悟った。
「少しはましになったか」
「前戯が足りなさすぎるんすよ先輩。しかも何ですかローションってw
 初物でそれ彼女にやったら二週間は口聞いてくれませんよ」
 藤野がそう言った。もう、何でもよかった。考えても無駄だ。
 結局、私は利用するプロセスを誤った。それだけのことだ。

「こいつ、泣いてますね」
「そりゃ、レイプされてんだからな。こんな糞みてーな女でも意中は他にいたってことだろ」
「おい、終わったら次は俺だぞ」
 後ろで見ていた男の中から声が上がる。
「わかってるって。それより暗いんだからちゃんと照らして肉棒温めとけ」
 ヌチャヌチャと気持ち悪い音を立てて男一人が昇っていく。
 果てたと同時に消えればいい。そんなことを思った時だった。
「うっ――出る」
「あれぇ、さっき気持ちよくねえとか言ってませんでしたか」
「う、るせえ」
 どろっとした熱いものが奧に感じた。穢らわしく、貧弱な男の射精。
「え、あれ……何か俺、変……変じゃね?」
 異変に気がついた男が慌てて私の股から離れる。
「ちょ、俺を照らしてよく見ろ!」
 藤野は黙り、聞こえるほどの固唾を呑んだ音がした。

「な、なんすか! 先輩それ……」
「――わわけわかんねえ! おい、誰か止めろよ! おい! う、うわあぁぁ――……」
 周りの男達をすり抜けて、みるみると薄くなっていく男。
 ついには闇と寸分違わずに同化してしまい、その悲鳴も聞こえない。
 ガチャン――。
 藤野の懐中電灯が電池を飛び散らせて地面に転がる。

「信じねえ。こんなの夢だ……へへ――」
 それは藤野から手放したわけではなく、藤野の手から抜け落ちたのだった。
 周りの男が各々に叫びながら全員消えたところで、
 私は痛みがなく、折れた腕も服装も元に戻っているのを識る。
 男がいなかったことにでもなったのか。

 しかし、心の中は何も変わっていなかった。何かが壊れたまま。
 それから何処をどう帰ったのか覚えていない。
 奴らの持っていた明かりの一つを拾って帰宅する。
 見かけた男は全部消した、文字通り。
 
 それでも足りなくて、色んな家の中の男たちの家族を無くして来た。
 子供や母親は残しておいて、男は消し去る。
 馬鹿みたいに泣きながら消えていく家族は見ていて滑稽だった。
 次はどんな暖かい家を凍えさせてやろう。いつしかその感情は愉悦に変わっていた。

 いつしか辿り着いた暗いリビング、そこで私は気がついた。
「…………私の家だ」
 手に残った最後の明かりが消えた。
















 ――あ、消えたいって思っちゃった……。

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