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第四話 「友達になろう」

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 ――あれから一週間後。
 俺は一人寂しく帰路についていた。
 夕焼けがやけに目にしみる。

『もう、私に構わないで』

 その言葉が、口調が、表情が、俺の頭の中で何度も繰り返される。
 正直、へこんだ。かなりへこんだ。せっかく録画したのにテープの残量が足りてなくて途中で終わってた時くらいへこんだ。
 おそらく結束さんは今、子供の頃の俺のように自分の殻に篭ってしまっているんだろうな。だとすれば、あの時の俺がそうだったように、何を言っても無駄だろうということだけは薄々分かる。だけど、本当にそれでいいのだろうか。何を言っても駄目かもしれないからって、そのまま放って置いていいのだろうか。

 いや、それではきっと駄目だ。

 正直なところ、俺の中では彼女を今のまま放って置いたら駄目だという考えが大きくなっている。あれだけ言われた俺だけど、何故かこのまま諦めるような気持ちは不思議と起こってこない。逆に、彼女の殻を絶対に破らせてみせると意気込んでいる自分がいる。

「……っはは」

 少し冷静になって考えてみる。
 確かに俺は、結束さんのことを放っておけないと思っている。でも、何をそんなにムキになっているんだ、俺は。
 結束さんの心を解き放ち、殻を破らせる。
 その先に、一体何がある? 結局俺は、それで何をしたい?
 自分で自分に問いかけてみる。
 もしかしたら、俺の中で過去にピアノをやめたことを後悔していると感じているところがあって、結束さんの姿が過去の自分の姿と重なって見えて、見過ごせない気持ちになっているのかもしれない。あるいは、単なる自己満足なのかもしれない。

 それに……。

 俺は結束さん自身のことも気になる。過去の彼女でもなく、今の捻くれた彼女でもない。本当の、ありのままの彼女のことを俺は知りたい。
 何にせよ、自ら積極的に何か働きかけてみようと思うこの気持ちは初めてだった。だったら、この気持ちに任せて突っ走ってみるのも悪くないかもしれない。そしてその先で、今までとは違う景色を見られるだろうか。自分のやりたいことは何なのか、その答えが見つかるだろうか。


                    *


「さぁて、まずは仲良くならないとな」

 翌日の授業中、俺は割りと張り切っていた。
 ある意味、吹っ切れたのが良かったのかもしれないな。
 それはさておき、結束さんのことをもっと知って殻を破らせるには、まずは少しでも仲良くならないと始まらないだろう。今の関係じゃ、言葉通り話にならない。だけど、どうやって仲良くなればいいものか。

「…………」

 暫し考えてみるが、良い案は特に思い浮かばない。
 まぁ、下手な小細工はやらないほうがいいのかな。とりあえず、玉砕覚悟で何度もコミュニケーションをとってみよう。まずは、授業間の休み時間だな。
 そうと決まると、休み時間が待ち遠しくなる。しかし、そういう時に限って時間というものは遅く感じられるもので、俺はいつにも増して退屈な授業だと感じた。

――キーンコーンカーンコーン

 授業の終了を告げるチャイムが教室に鳴り響く。俺は手早く教科書類を片付け、結束さんの机へと向かう。
 あ、でも何を話したらいいんだろう。話すという行為のことしか考えてなかったから、話しの内容までは頭が回ってなかったな。でも、何を話してもきっと反応はさほど変わらないだろうな。適当に世間話でもすればいいか。

「よっ、結束さん」

 俺は右手を軽くあげて、爽やかに挨拶してみる。

「…………」

 結束さんは相変わらずのだんまりで、何か難しそうな本を読んでいる。
 いや、これは単に無視されてるだけなのか?
 くそっ、負けないぞ。

「今日、すごい天気良いよなぁ。春の晴天ってさ、何か気持ちいいと思わない? 暖かくて優しい風が自分を包み込んでくれるみたいでさ」
「…………」
「今はもう散ってきちゃったけど、桜もすごかったよね」
「…………」
「やっぱ春っていったら桜だと思わないか? 桜吹雪の下でお花見して、クイッと一杯やってみたいよね、大人になったらさ」
「……はぁ」

 お、ようやく反応ありですか。
 結束さんは本を閉じ、俺の方を向く。

「何か用?」

 明らかに面倒くさそうな表情で俺に言ってくる。
 まあ、こんなことぐだぐだ言われてたらそうなるだろう。でもさ――

「用がなければ、会話しにきちゃいけないのかい?」

 俺は、努めて穏やかにそう言った。

「…………」

 結束さんは、驚いたような困ったような、微妙は表情をする。彼女のそんな表情を初めて見れて、俺は少し嬉しく思った。

「友達同士だったら普通だろ? 他愛もない会話して、馬鹿笑いしてさ」
「私は貴方の友達になった覚えは微塵もない」

 そこはきっぱり言うのね。

「じゃあ、友達になろう」
「お断りね」

 そこもきっぱり言うのね……。

「全く、虫唾が走るわ……」

 実に不愉快そうな表情で結束さんは言う。
 でも、悪いけど俺は諦めないよ。

「虫唾が走ってもいいから、友達になろう」

 俺は手を差し伸べる。握り返してくれることを一パーセントくらい期待して。

「……っ!」
「いたっ」

 即座に叩き返された。結構痛い。絶対本気で叩いたろ。

「貴方、頭おかしいんじゃないの?」
「ああ、おかしいかもね」

 俺は、けろっと言ってみせる。
 もうこうなったらとことん開き直ってやる。

「…………」
「友達になろう」

 自分で言うのもアレだけど、俺しつこいな。まあ、それが目的ではあるんだけど。

「目障り」

心底、俺の存在が邪魔のように言ってくる。

「そうかい」

 粘るのが目的だったけど、そろそろ限界か。結束さんの表情も酷く険しい。これ以上粘ったら本気でやばそうだ。
 俺は横目で黒板の上についてる時計を見る。時計は、あと一分程で休み時間が終了することを示していた。
 もう休み時間も終わるし、ここらが潮時だな。

「じゃあ、俺は戻るよ。またね」
「…………」

 俺の言葉に結束さんは答えず、次の授業の準備をし始めていた。
 そう簡単には上手くいかないよな。まあ、長期戦になるのは覚悟してたけどさ。とりあえず、こんな感じで毎日アタックしていくしかない。大丈夫、きっと何か突破口でも見つかるさ。
 
 しかし――――

 そんな俺の考えとは裏腹に、何も成果が得られない毎日が続いた。
 授業間の休み時間に話しかけるのに加え、昼食を一緒にとろうと誘ったり、外で一人で食事をとっている結束さんの隣に座って話しかけたり、放課後に一緒に帰ろうと誘ったりしてみるが、依然として彼女の態度はきついもので、俺の頑張りは徒労に終わる。
 
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