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1日目

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しゅーてぃんぐ☆すたー

一刀目

「若! 今日もお勤めお疲れ様です!」

俺が車から降り、駿河組と書かれた家の門をくぐると、いつものように若い衆が一斉に頭を下げる。
俺が子供の頃から続く、ごく当たり前の光景。

「若! 荷物をお持ちしやす!」
「あぁ、頼む」

寄ってきた奴に俺は持っていた鞄を投げる。
それを受け取り、俺の後についてこようとする奴の頭を俺は蹴り飛ばした。

「テメェ、俺の後ろに立つたぁ、いい度胸じゃねぇか?」
「す、すみません! 以後気を付けます!」
「はっ! まぁ、俺は優しいからな、許してやるよ! だが、次やったらオロすぞ?」

慈悲ありがとうございます、と言いながらやつは俺の視界にぎりぎり入るか入らないかくらいのところへと場所を移動して、ついてきた。
身長180cm、体重75ほどの俺の蹴りをくらって立ち上がるとは、こいつもなかなかやるじゃねーか。

「オヤジ、帰ったぜ?」
「ふん、正孝か」

俺の言葉に返しながらも、オヤジは一度たりとも俺の方へと向き直らない。
こいつは俺がどんなに荒れようが、気にもせずまるで興味がなく、俺がいようがいまいが関係ないんだろう。
そんなオヤジの相手をするのも面倒になった俺は、自室へと引き返した。

「ぁ、若。 おかえりなさい」
「文か。 お前、俺の部屋に入るなと何度言えばわかんだ?」
「別にいいじゃない。 幼馴染なんだし」

俺の後ろで、「貴様、若に何て口の聞き方を!」とか怒鳴ってるやつを眼光だけで黙らせて、俺は文へと近づいた。

「お前、俺の部屋に来るなんざ、俺に犯られても構わねーってことか?」
「アホ、そんなわけないに決まってるでしょ?」
「お前にその気がなくても、俺にはあるんだよ」

そう言って俺は、文の体を押し倒す。
男と女だ。
どんなにこいつが暴れようが、俺には勝てない。

「離しなさいよ」
「うるせぇっつってんだろ?」

俺に組み伏せられても、文の態度は変わらない。
ある意味そこはすごいところか。
ただ、今の状況でそんなことを言えるのは、ただのバカくらいだ。

「……っん…っ!」

無理やりに唇を奪うつもりで、近づけた顔を、手で押さえられる。
それと同時に、俺の口の中に何かを入れられたのが分かった。

「ん……、んぐ……っ! テメェ! 何飲ませやがった!」
「ふふ、すぐにわかるよ」

文の言葉が引き金のように、俺の体がギシギシと音を立てて軋み始めた。
その言い難い痛みに俺の意識は暗闇の中に落ちて行った。
二刀目

「……、ぐ……っ」

ギリギリと軋む頭の痛みに耐えるようにして、俺は目を覚ました。
目を開くと、押し倒していたはずの文に膝枕をされるような形で、俺は横になっていた。

「ぁ、起きた? 大丈夫?」
「テメェ……、の、せい……だ、…ろうが……」

なぜか、いつも頭の中に響く自分の声とは違った気がしたが、そんなことよりも、俺は今目の前の文に、文句を言ってやりたかった。

「それだけ喋れるなら、もう大丈夫かな。 ほら、膝が疲れるから立って」
「ま、待て……。 まだ、頭が……」

そんな俺の言葉も聞かず、文は俺の手を持って立たせる。
視界に入った俺の腕は、見なれたハズの腕ではなくて、記憶にはないような白い色をしていた。
そもそも、立ち上がった状態で文は俺よりも20cm近く低かったはず。
なのに、今は俺が少し見上げる形になっている。
それに、頭がいつもより重い?

「うんうん、効果は抜群だ。 って感じかな?」

混乱する俺を放置して、文は自分の荷物から鏡を取り出し、俺の前に突き出した。

「んなっ!?」

その鏡に映ったのは、いつもの見なれた俺ではなく、どこか幼さを残してはいるが、高校生くらいの、美少女だった。

「な、なな……、なんだコレ!?」

確かめるように、自分の頬を手でつねる。
すると、鏡の中の少女も頬をつねった。
鏡に映ったことで、自分の手も変わっていることに気づいた俺は、手を目の前に掲げ、そしておもむろに、男としては一番大事なところを確認した。

「な、ない……」
「女の子なんだから当たり前じゃない」

そんな文の言葉が聞こえた気がするが、それよりも俺は下を見下ろしたときに目に入ったモノが気になってしまった。

「ゴク……ッ」

男にはないもの。
そこに恐る恐る手を乗せてみる。
すると、異常なまでに柔らかな感触が手に返ってきた。

「…っん」

そして、感じたことのない感覚が俺の中を駆け巡った。
これは……、ヤバい……。
手を離したくなない、そう思うほどに甘美で、気持ちがいい。

「すとーっぷ」

文の声がして、頭を叩かれる。
その痛みで俺は我に返り、慌てて胸から手を離した。

「アンタ、何いきなり人の前で、自分の胸揉みしだいてるの?」

変態なの?、と彼女は言葉を続ける。
その言葉で、俺の頭に血が上ったのが分かった。

「テメェが何か飲ませたんだろうがっ!」

そう言って、右手を上げて文の顔目掛けて振り抜く。
しかし、その行為は文の行動で軽くあしらわれ、代わりに俺が床に這いつくばった。

「クソ! こんな体じゃなけりゃテメェなんざ!」
「あっそ、ピーピーうるさいわよ、この恥女が」

女である文に軽くあしらわれることで、俺は今まさに自分が非力な女になっているのを痛感した。

「アンタは私の言うことを聞きなさい。 まずそれが最初よ」
「誰が、テメェの言うことなんざ!」

俺がそう言い返すと、文は無表情で「逆らえば一生戻さないどころか、アンタを豚爺に売り飛ばすわよ?」と、告げた。
戻れない、ただそれだけのことで俺は異常なまでの恐怖を覚え、それ以降、文の言葉には頷くしかなった。
2, 1

  

三刀目

「は~い、それじゃお着替えしましょう」
「んなっ!?」

確かに今の俺の服装は、お世辞にも体型に合った服ではない。
ついさっきまでの俺ならば、丁度いいサイズの服ではあったが、今の俺にとってみれば大きすぎる。

「そのままでも、ある意味犯罪級に可愛いんだけどね」
「だったら、別に着替える必要なんてないだろ」
「ふーん、そんな態度取るんだ? いいのよ、アンタが戻りたくないって言うなら、私は別に」

その言葉で俺の背筋に寒気が走った。
ここは屈辱的だが文の言葉に従っておくのが良策か……。

「クソ! 背に腹は変えれねーからな」
「はい、じゃこれに着替えて」

そう言って文が差し出したもの。

「んなっ!? 文、お前俺に女装させる気か!?」
「何言ってんのよ、今アンタ女でしょ?」
「そうは言われてもな……」
「あぁ、そうねアンタは男だったわね。 男に二言はないんじゃないっけ?」
「グ……ッ!」

そう言われてしまうと、俺は何も言えなくなる。
そしてそのまま、文の手から服を奪い取ると後ろを向いた。

「何、こっち向いて着替えないの? 私に見られてるのは恥ずかしい?」
「ば、馬鹿言え! お前の眼なんざ気にしてねーよ!」
「そう、じゃあこっち向いて着替えなさい」

ドスのきいた声が俺の耳へと飛び込む。
俺は、その言葉に何も反応できないまま、立ち尽くした。

「あぁ、そうか。 アンタは今女の子だもんね? 私に見られるの、恥ずかしいんだ?」
「な!? 俺は男だっつってんだろ!」
「じゃあ、こっち向けや、クソが!」

さっきまでの声や、何度か聞いたドスのある声なんで、目じゃないほどに、彼女はその言葉に殺気を込ませてきた。
俺の背中は、今まであまり感じたことのないほどの恐怖からか、冷汗が噴き出ており、それが伝い落ちていた。

「ほら、さっさと服脱ぎな」

文の方へ向きなおした俺を見て、少しだけ機嫌を良くしたのか彼女は次を急かした。

「元に戻ったら、テメェ殺してやる……」
「あん? そんなこと言ってるうちは戻さないよ」

調子に乗りやがって……!
だがこれ以上食ってかかれば、文は本当に俺を戻さないかも知れない。
仕方なく俺は今着ている服に手をかけた。

「あぁ、そうだ。 この服じゃアンタのパンツはみ出るから、脱ぎなさい」
「はぁ!? 何言ってんだテメェ!?」
「何、別にスカートの下からパンツはみ出してるのを見せたいなら私は気にしないわ。 まぁ、変態なアンタにはそれでもいいかもね」

確かに手渡された服を着た状態だと下から見えるだろう。
けれど、そのために脱いだとしても……。

「バレた時は、脱いでる方がヤバいだろうが!」
「あら、アンタはスカートの下を人に見せるような男なんだ。 この変態」
「んなっ!?」

確かに文の言うことは理にかなっている。
だが、その言葉に従うのは俺は男としてよりも、人として踏み外していけない道のように感じた。

「で、どうするの? まぁ、私はどうでもいいんだけど」

そう言って心底可笑しそうに笑う。
そして、その表情のまま、決められず止まっていた俺にゆっくりと近づいてきた。

「あぁ、そう言うことね。 一人で着替えれないなら私が手伝ってあげる」
「オイ!? 文、どこ触ってやがる!?」
「大丈夫、痛くはないから」

そして、抵抗らしい抵抗もできず、俺は裸にされた。
四刀目

「ふふ、綺麗な肌。 それに触り心地も気持ちいいわね」
「なっ!? テメェ! 文、どこ触ってやがる!」
「何、五月蠅い。 黙りなさい」

眼鏡の下の鋭い眼光が俺を貫く。
殺すぞ?と言う意思が乗っているような、そんな眼。
なぜか俺はその眼に逆らうことが出来ず、唯一出来たのは、その身を強張らせることだけだった。

「胸は大きくはないけど、形がいいし。 お尻もキュッとしまってる」
「ぅ……、ん……」
「足も羨ましいくらい細いわね。 それに背中に入ってた鷹のタトゥーもなくなって綺麗な色になってる」

そうか、アレはなくなったのか。
俺の名前に「たか」が入っているということで、掘った鷹の刺青。
オヤジの後を継ぐという、俺の決意を形にしたものだった。

「まさに理想的な身体になってて、嫉妬しそう」

腰まで伸びた漆黒の髪を弄りながら、文は溜息をついた。

「テメェの理想なんざ知るか」
「まぁ、それもそうね。 いくら外見が理想的でも中身がアンタじゃ豚に真珠みたいなものだわ」
「そう思うなら俺を戻せ」

俺の言葉が聞こえなかったようなふりをして、文は例の服を手に取った。

「ほら、両手を上げて万歳しなさい」
「な……っ!? 服くらい一人で着れる!」
「五月蠅い。 言われたとおりにしろ」

この体になってから、睨まれたりすることに耐性がなくなったのか、文に睨まれるたびに、俺の体は恐怖に包まれていた。

「ふふ、そう。 良い子ね」
「……」

なにも喋らない代わりに、文を睨みつける。
そんな俺に気づいてるのか、気づいていないのか、まるで気にする素振りも見せず、文は俺に服を着せた。

「ふふ、可愛いじゃない。 理想的なスタイルに、美少女の顔。 嬉しいでしょ?」

そう言って、俺の前に鏡を突きだす。
確かに可愛いと思う。
だが、自分だと思うと俺の中には怒りしかこみあげてこなかった。

「クソが……っ」
「ふふ。 でもその服じゃ、髪をおろしてるのは似合わないわね。 ……、よしっ、それじゃ、出かけるわよ」

俺の髪を弄り、俗に言うポニーテールにした文は、俺の手を握り、ドアの方に向かおうとする。

「なっ!? ど、どこにだよ!」
「どこだっていいじゃない。 アンタは黙ってついてきなさい」

ま、まただ……。
あの眼、あの眼で睨まれると、俺の体は恐怖で力が入らなくなる……。
何なんだ、一体……。

「あぁ、それと」

ドアノブに手をかけた状態で、文は何かを思い出したように俺の方へと振りかえる。
そして、意地の悪い笑みをみせながら、「アンタ今、スカートだから。 ガニ股で歩くと、中見えるよ。 まぁ、アンタが下着も来てないような股を見せたいなら話は別だけど」と、俺に告げた。

「そんなの……、俺には関係ない……!」

今は女だとしても、男に欲情するやつなんて、俺の組にはいないはずだ。
そう、俺は願い、文の後へと続いた。
4, 3

  

五刀目

「おい、お前、あの子見てみろよ。 あんな子、うちの組にいたか? 文姐さんも可愛いが、あの子はもっと……」
「ヤメロ馬鹿! 文姐さんの耳に入ったらどんな目に合うかわからんぞ!」

聞こえてるよ、バカ野郎ども!
俺が可愛いだと……?
あいつら、戻ったら女抱けない体にしてやろうか……!

「ふふ、私より可愛いって言われてるわよ? 嬉しい?」
「んなわけあるか! 俺は男だ! 野郎に可愛いなんて言われたって、鳥肌しか立たねぇよ!」

その俺の言葉を聞きながら文は、さっきの言葉の主に針を投げ刺す。
途端、そいつの体が溶けだしたかと思うと、中身の無くなった服が地面に落ちた。
その服の下で、ドロドロとしたものが蠢いているのだけは見えた。

「お、オイ、文! テメェ、うちのモンに何しやがった!」
「何って、ただのお仕置きよ。 10分もすれば人間の形に戻るわ」

ただ、元の姿になれるかどうかは分からないけど、と付け足して文は歩を速めた。
その時の、文の表情は、無表情。
俺は、もう一度ドロドロになった奴の方を向いて、文の後ろへと続いた。

「失礼します」
「ここって、オヤジの部屋じゃねーか。 なんだってこんなとこに」
「聞いてればわかるわ」

相変わらず部屋の中では、オヤジが椅子に座ってトビラと反対方向を向いているだけだった。
オヤジの言葉を待とうと、俺は何も喋らなかった。

「……」
「……」
「……、オイ」

一向に喋り出すことなく、オヤジは同じ方を見つめていた。
こいつ、寝てんのか?

「オイ、クソオヤジ!。 起きてんのか!」
「ち、ちょっと、アンタ!?」

待てなくなった俺が叫び出すのに、そう時間はかからなかった。
そんな俺を慌てて止めようと文から俺の口へと手が伸びる。

「良い」
「あん? 起きてやがったんなら、さっさと喋れよ!」
「その声、その姿……。 完璧じゃ! 文よ、よくやってくれた!」

いきなり俺達の方を向いて、血の涙を流すオヤジ。
その言葉と光景に少し引きながらも、文は「ありがとうございます」と答えてるあたり、こいつはなかなか出来る。

「オイ、オヤジ。 それ、どーゆーことだよ!」
「ダメだぞ、忍。 女の子がオヤジなんて言っちゃ。 ワシのことはパパか、お父さんと呼びなさい」
「……、はぁ? オヤジ、頭でも逝ったか?」

怒っている……んだろうが、今までのオヤジの怒り方とはまるで違う。
なんていうか、コイツ……、馬鹿にしてるのか?

「忍、何を一人でブツブツ言っておるのか? 悩みごとならばこのパパが聞いてあげよう」
「とりあえず黙れ」
「文ちゃん、これが反抗期というやつなのかな?」

たぶんそうだと思います、とか答えてるあたり、文自身何も考えてないだろ。

「というか、その忍ってなんだよ! おれは正孝で、男だ!」
「あれ、新しい名前気に入らなかった? パパショックで寝込んじゃいそう」
「だから、パパとか自分で言うな! 気持ち悪い!」

なんなんだ、一体……!
こんな男が俺のオヤジの本性だと……?

「で、アンタは結局そーやって駄々こねるんだ? まったくもって男らしくないわね」

オヤジを睨みつけるように見ていた俺の視界外から、突如文の声が俺の耳へと刺さる。
眼をオヤジから外し、文へと移す。
ソレすら気にもせず、文は言葉を続けた。

「ま、今は女だし、別にいいんだけど」
「グ……ッ! 元はと言えばテメェが原因だろうが!」
「へぇ、そんな態度取るんだ? 言っとくけど、今のアンタじゃ組長はおろか、私にすら勝てないわよ?」

そう言って文は微笑む。
途端に言葉にできない恐怖がなぜか俺の体を襲った。

「忍よ、いや正孝か」
「んだよ」
「そうまでお前が女になりたくないというのであれば仕方ない」

オヤジは急に真面目な顔になったかと思うと、俺たちに背中を向けた。

「この家を出て行ってもらおうか」
「なっ!? オイ、どーゆーことだよ!」
「我が子でないなら此処にいてもらうわけにはいかない」

じゃあ何か、俺は『忍』って名前の女の子としてこの家で過ごすのか。
それとも、男であることを固持し、家を出るのかを、選べと言うのか?

「組長!? そんな話聞いてないですよ!?」
「今ワシが決めたことだ。 口は出さないでもらおう」

そう言われてしまい、文は悔しそうに唇を噛んだ。
んだよ、どーしろって言うんだよ!
受け入れてしまえば、いつか戻してもらえることがあるだろう。
しかし、拒否してしまうと……?

「クソが……ッ! 最初から片方しか選べねーじゃねーか!」

顔も見えない背中だけではあったが、オヤジの顔が笑ったような気がした。
六刀目

「忍ちゃん、ね」
「気安く呼ぶな」

部屋から出た俺の背中で、文が呟いた。
これからは俺の名前、違う、この体の名前。
騙されてはいけない、俺は男だってことを。

「そろそろ受け入れたら? その方がきっと楽よ?」
「うるせぇな……! 元はと言えばテメェが原因だろうが!」
「ここまであの人が変人だとは思わなかったのよ」

弁解しているように見えるが、実際は笑っている。
そのことが俺を余計に腹立たせた。

「絶対犯ってやる。 元に戻ったら真っ先にな!」
「はいはい、頑張ってちょうだい」

余裕綽綽と言った感じに俺をあしらう。
今の怒りだけで、俺の頭はハゲてもいいんじゃないだろうかと思うほど、俺の脳内は怒りに充ち溢れていた。

「まぁ、どうでもいいのだけど。 アンタ、そんなに大股で歩いて、スカートの中身見せたいの?」
「はぁ? 男の股なんか見ても嬉しくねーだろ?」
「私達以外は組長しかこのことは知らないのよ? 傍から見ればアンタはただの恥女ってことね」

言われてから冷静に周りを見渡してみると、至る所から、俺の股に向けて視線を感じた。
それを意識したからか、急激に恥ずかしくなって、俺は股を閉じた。

「あら、やろうと思えばできるじゃない」
「黙れ! コレは仕方なくなんだよ!」
「女の子の作法っていうのは、最初はそんなものよ?」

そう言って、スカートの裾を優雅にはためかせながら彼女は歩く。
俺は自分に言い訳をしながら、文の歩き方を真似ながら後ろをついていった。

「自分の姿、きちんと見たい?」

急に振り返り、文がそんなことを俺に聞いた。

「見たい?って、ここに姿見みたいなデカイ鏡はねーぞ」
「あぁ、それは心配しないで。 アテがあるわ」
「ま、まぁ気にはなる、な」

い、いや今の自分の体を知っておかないと、いざって時にヤバいだろ?
決して、胸が気になるとか、スースーする股が気になるわけではない!

「そう、それじゃ行きましょうか」
「ぁ、あぁ……」

俺の思いは気づかないのか、文は来た道を帰り、地下へと降りた。

「オイ、文! ここはオヤジ以外は入る事は禁じてる場所だろうが!」
「私はいいのよ。 むしろ私だからいいの」
「意味分かんねーこと言ってんじゃねぇ!」

俺の言葉を無視し、さらに先へと進む。
道はどんどん暗くなり、さらに細くなる。
きっと前の俺の姿ではぎりぎりだった道も、楽に進むことができた。

「着いたわ」

文が立ち止まり、ドアのようなものを開けると、広々とした空間がそこには広がっていた。

「んだよ、こりゃ……」
「私の研究室よ。 見て分からない?」

そう言って文は椅子へと腰掛ける。
そして彼女が指さした先に、姿見と言うよりも、鏡の壁がそこにはあった。

「そこなら確認、できるでしょ?」
「ぁ、あぁ……」

ゆっくりと眼を瞑ってから壁の方へと俺は進む。
緊張かどうかは分からないが、額から汗が一粒、流れおちた。

「ふー……」

息をゆっくりと吐いて、気分を落ち着ける。
鼓動が少しづつ静かになっていくのがわかった。
よし、いざ!

「なっ……!? これが、俺?」
6, 5

  

七刀目

「これが、俺なの、か……?」
「何回そのセリフ言えば気が済むのよ」

俺の後ろから、文の声が聞こえる。
その声で我に帰った俺は、慌てて文の方へ向き直り、口を開いた。

「ん、んだよ! 今の自分の姿に興味くらい持ってもいいだろうが!」
「そんなこと別にいいわ。 私も見てて楽しかったし」

そう言って彼女は、思い出すように笑う。
その言葉を聞いて、俺はなぜか妙に恥ずかしくなった。
が、それを表に出したくなかった俺は、無理やり嫌そうな顔を作った。

「テメェら、俺をいつまでこの姿でいさせるつもりだ?」
「そうね、私の気が乗ったら戻してあげる」

文はそう言ってケラケラと笑う。
俺はそんな奴の態度に怒り、なにも考えず、ただ殴りに行こうとした。

「とりあえず、死ね」
「あらあら」

勢いよく突きだした俺の拳は、ポスッと軽い音を立てて、止められた。
さも当たり前のように文は俺の拳を止め、デコピン一発。

「いたっ!?」
「アンタ、いい加減にしないと。 次はデコピンだけじゃ済まないよ?」

今まで殴られようが斬られようが、耐えてきた俺の目。
しかし今は、涙腺が脆くなったのか目頭に涙が溜まり、視界がぼやけていた。

「あら? 忍ったら泣いてるの?」

意地悪く笑いながら文は俺の顔を覗き込む。

「い、痛くない。 泣いてるわけないだろ!」
「へー、そう? 痛いんだったらもうやらないでおこうかと思ったのに」

痛くないならいいわね?、と言いながら、文は俺へと2発、3発とデコピンを続けていった。

「いたっ、や、やめろっ」
「あれ~? 痛くないんじゃなかったのかな?」
「い、痛くないがやめろって言ってんだよ!」

俺の言葉も聞かず、文はなおも続けていく。
抜け出したくても、文の方が力が強い。

「あらあら、デコ真っ赤になってる」
「テメェがやめないからだろ!」
「そんな言い方だと、やめる気なくなっちゃうなー」

言い方、だと?
とにかく止めないと、すでに俺の顔は涙でぐちゃぐちゃになっている。

「やめろって!」
「何度言えばいいの? ほら、やめてください。 でしょ?」
「な、なんで俺がそんな言い方しなきゃいけねんだよ!!」

叫んでも、文の顔に張り付けられたような笑みは変わらない。
でも、少しづつデコピンの威力が上がってきているのは気づいた。

「いたっ、痛いっ! やめっ!」
「ん~? 聞こえないなー」
「や、もぅやめっ。 やめて、お願いします!」

それでいいのよ、と手を離して俺を床に落とす。
文から目を離す。
その俺の視線の先には鏡の壁があり、そこには泣いて顔がぐしゃぐしゃになった女の子が座っていた。

「分かった? アンタは今、私にも負けちゃうくらいの女の子なの」

文が上から何か言っていたが、俺の耳には入らず、俺はただ鏡を茫然と見つめていた。

「……俺は……、俺、は……」
八刀目

あれから、時間も時間ということで、自室へと俺は戻った。
すでに組の者に、俺がこの姿になったことは知らせてあるらしい。

「ぁ、あれが若の今の姿……!?」
「か、可愛い……」
「ば、バカ野郎! 若の耳に入ったら殺されるぞ!」
「殺されてもいい!」
「な、なんだと!?」

俺の部屋の外で、男二人がそんな会話を繰り広げていた。
俺はそいつらの言葉をもう聞いてたくなくて、中から壁を殴った。

「いっ!?」

その音は今までのように外に音を響かせるわけでもなく、ただ俺の体の中で音が響いた。
目の前に手を持ってきて、赤くなった部分に息をかける。
この手じゃ、こんなこともできない……。

「くそっ、くそっ……!」

やっぱり女になって、涙腺が緩くなったみたいだ。
痛かったわけではないが、俺の目からは水滴が落ちて行ったんだから。

「わ、若!? どうされました!?」
「俊……、か? なんでもねーよ……」

何かしらの件で俺を呼びにきたと思われる俊弥に、俺は背を向ける。
俺が座り込んで泣いてるなんて、絶対に知られるわけには……!

「それで、俊。 何の用だ」
「ぁ、はい! 風呂の用意できましたので、伝えに来ました!」
「そう……か、それじゃ入るか」

そう言って、風呂に向かおうと立ち上がり、胸のあたりで揺れるモノに気づいた。
っていうか、俺……。

「若! いつもなら、背中を流させていただいておりますが……。 今日は……どうされます、か?」
「ぃ、いい!! ひ、一人で入る!」
「分かりました! それでは、私は外で待機しておりますので!」
「い、いや、来なくていい! 一人で大丈夫だから!」

ですが……、とすがる俊を無視して、俺は風呂場へと急ぐ。
さっきまでと違って、今は一人。
それも、組の者全てが俺がこの姿になったことを知っている。
だから手は出さない、けれど、大量の眼は確実に、俺を見ていた。

「舐めまわすような眼。 ほとんど全てがそうだ」

怒りもある、がそれよりも、このままでいればいつか俺には眼ではなく手で同じ事をされるかもしれない。
そんな恐怖が、俺を捕えていた。

「怖い……? この、俺が……?」

ありえない、ありえないと吐き捨てようとした考えは、余計に俺の中に留まろうと大きくなる。

「……、クッ! 頭を落ち着けんぞ……!」

なるべく体を見ないように目を閉じて、服を脱ぐ。
だからか分からないが、恐怖は消え、代わりに自分の体への興味が強まった。

「い、嫌だが今は自分の体……。 別に自分なら見ても……」

服をすべて脱ぎ、手探りで鏡を探す。
幼いころから使ってる場所だ。
鏡はすぐに見つかった。

「……ふぅ……。 自分の体、だから何も問題はない……。 いや女になってるのは問題だが……」

自分の考えを正当化して、俺は大きく息を吐いた。

「……3……、2……、1……!」
8, 7

  

九刀目

「気持ちいい……。 前までとはまた違う……」

湯船につかり、一息つく。
一人で風呂に入るなんて、何時振りだろう。

「今までは、常に俊が背中を流していたからな……」

呟いても、返ってくるのは木霊する自分の声だけ。
それも聞きなれた声ではなくて、若い、女の声。

「どう、なんだろうな……。 コレから……」

まったく分からない。
知っているのは、文と……、オヤジくらいか。
聞きに行ける距離にいるが、聞いても答えてくれないだろう。

「文は楽しんでるし……。 オヤジに至っては話にすらならないかも知れないからな……」

信じれるのは、自分のみ、か……。
何の目的があって、こんなことをしてるんだか……。

「さて、洗うか」

何度も体を流して、先に湯船につかるのが俺の銭湯スタイル。
だから、今から洗ってもう一度つかるのがいいんだ。

「にしても……。 我ながら、女、だなぁ……」

上から胸を見下ろして見れば、今までなかった突起があるわけで……。
むしろ、あった突起はなくなっているが、それは上からだとあまり分からないわけで……。

「あまり大きくはないが……。 間近で見ると、圧巻、だな……」

この視点から見るなんてことは、自分の体につかない限りは起きえない。
俺はそのことに気づき、溜息をついてから、体を洗うために手を動かした。

「いっ!?」

自分ではそこまで力を入れてなかったつもりでも、この体には強すぎたみたいで、洗った箇所は赤くなっていた。

「おいおい……。 この程度で痛く感じんのかよ……」

面倒臭さも感じつつ、俺はさらに力を抜いて体を洗う。
いろいろとあって、俺が風呂から出たのは2時間近くも起ってからだった。

「オヤジ、テメェ何やってんだ……?」
「む、忍。 おかえり、お風呂は楽しかったかい?」

部屋に戻ると、そこは今までの俺の部屋ではなく、ピンクだか白だか、そんな世の女子でもしてないような部屋になっていた。
そして、その部屋の中心には、オヤジが感慨深げに立っていた。

「良いから俺の質問に答えろ。 俺の部屋に何してんだ?」
「あぁ、忍のために、部屋の内装を変えてあげたよ。 どうだ、可愛らしい部屋だろう?」

目的を達成したみたいに、オヤジは何度も頷く。
その光景に、俺は頭が痛くなるのを感じた。

「俺の部屋に戻せ」
「忍、何を言ってるんだい? ここが忍の部屋じゃないか。 それとワシのことはオヤジではなく、パパかお父さんと呼べと言ったろう?」
「ダメだ、コイツ……。 やっぱり話が通じねぇ……」

俺の呟きが聞こえたのか、何か言ったかな?と聞いてきたオヤジを無視して、部屋に入る。
クソ……、物の見事に全部変ってやがる……。
もう部屋のことを言うのも、誇らしげに話すオヤジに反応するのも面倒になった俺は、寝ようとベッドへと動いた。

「じゃ、俺は寝るから」
「む、そうか……」
「さっさと出てけって言ってんだよ」

その言葉で少し寂しそうに部屋の外にオヤジは出ていく。
それを見終わり、ドアに鍵を閉めてから、俺は眠りについた。
9

リアスの中の人 先生に励ましのお便りを送ろう!!

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