それはごく唐突で、俺にしてみると必然のようにも思える出会いだった。
華奢。けれどそれは男らしくないだとかそういう言葉のために彼に与えられるセリフではなく、雰囲気だとかそういうものに名づけたい。彼の憂いを含んだ視線や時折聞こえる甘ったれた台詞だとか、彼の姿形…特に幼さを残した表情。そういうものが彼を華奢だと思わせるんだと思う。
決して女性的ではないけれど小さな彼の手には大きいグラスを片手に、薄く頬を染めて甘いカクテルを飲み干す姿は扇情的で、言ってはいけないだろうが似合わなかった。
これが頼らせたくなる、ということなのかもしれない。
ボゥと空を見ながら一人で暫く酒を飲む彼は左手にグラスを持っている。この店では左手にグラスを持っていたら相手を探していない、そういうことだ。
「マスタァ」甘ったれた彼の声が同じカウンターに座る此方まで聞こえてくる。空になったグラスを揺らしているのを見てマスターは「あぁ」と笑う。マスターは彼を随分気に入っていた。何でも息子に似ているだとか。
マスターはバイセクシャルで、昔は妻がいたらしい。けれど息子がまだ小さい頃に妻は死んでしまった。初老を少し過ぎて、白髪交じりのマスターは未だに細いシルバーのリングを左手薬指にしている。一度から酔ってからかいに誘った時は、「妻に相談しないとだな」とかわされた。未だに亡くなった妻を愛しているんだろう。とても一途な人だ。
「さっきのがいい」
もうとろんとした目をしている彼がマスターに甘えた声を出して言う。窘めつつ彼の手からグラスを奪うと棚からカシスの瓶を取った。もう注文を聞くつもりは無いのだろう。さっき彼が飲んでいたのはカルーアミルクだった。彼は一杯目はカシスオレンジ、そして最後もカシスオレンジにしている。
一番奥に座る俺と入り口ギリギリに座る彼。奥の席ならテーブルが幾つかあるのに其方に行かないのは一人という理由からなのか、それとも滞在時間が短いことを気にしてだろうか。どちらにしても俺には好都合だった。カウンターなら彼を盗み見ることは容易でこんな些細な情報を知ることも出来たし、場合によって話も聞こえた。
「マスタァ。今日泊めてよぉ。」
「ダメだなぁ。今日は息子が来るんだ。」
知っている。マスターの息子は今海外で仕事をしているはずだ。だからそう簡単に帰ってくるはずが無い。
聞いた話、彼は酷い「甘えたがり」で、泊めるとそれなりのことをしたがるらしい。マスターも一回は泊めたんだろう。となれば、そういった行為になりそうになったのかもしれない。生真面目なマスターのことだ、困ったことだろう。想像してしまって喉奥でクッと笑い声が漏れる。横目に彼を見ると新しく渡されたグラスを持ってふらふらと歩いている。他の宿を探しているんだろうか。思わず振り返ると彼と目が合った。動揺して視線を外すと覚束ない足取りでこちらへ来る。まるで予想外だ。迷惑だと言うわけじゃない。けれど心の準備だって出来ていない。椅子をクルリと回してカウンターに齧りついてグラスを持つ。けれどその手は普段の癖で、右手だった。
「ねぇ、お兄さん。俺のこと泊めて。そんで、頭洗って服着替えさせて。そうしたらいくらでもヤっていいから。」
コト、と俺の目の前に彼のグラスが置かれた。酒で酔って舌ったらずになった甘い声に似合わない過激な台詞。金魚のようにパクパクと口を開閉する俺を見て彼は「ね?」と念押しをして、隣に座ってしまった。