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自殺掲示板

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 十月二日。今日、クラス全員が敵になった。
「ねぇねぇ、昨日のドラマ見たぁ?何つったけ名前。えーっと、思い出せない。ねぇ美奈子?」
「ごめん。ちょっと職員室行かなきゃ」
そう言い残して、気まずそうに美奈子は教室から出て行った。
 最初は、予想もしなかった。ふーん、どうしたんだろうなんて思ってた。けど、沙耶に話しかけても、美奈子と同じ反応。木村さんも、同じ。理沙も同じ。サッチーも同じ。まりっぺも同じ。次第に脂汗が出てきた。おなかがしぼむように痛い。今すぐ吐きそうなほど気持ち悪い。
 私は、知っている。こういうのを、「ハブ」って言うんだ。省くの「ハブ」。ハブられた奴のことを「ハブ」と言って、そうすることを、「ハブく」って言うんだ。そんなことを知ってても、どうしようもない。私は今日、多分「ハブ」になった。
一番信用していた、親友だと思ってた、つかさも一緒だった。
「ねぇ、つかさぁ。なんか今日みんなヘンじゃない?」いつもどおりに話しかけられた。多分。
「ちょっと、トイレ行ってくる・・・・」
「ねぇ、つかさ。どうしたの?ホントに」
「ごめん」
教室を出ていった。
 いつのまにか、朝の教室は女子は私だけになっていて、教室の隅で騒いでいる男子は、時折こっちの方をニヤニヤと見ている。
 さっきから、全く現実感がない。今からパッと起きてベッドの中にいるのが、すぐに想像できる。
頭がゆれる。
足がすくむ。
とりあえず、自分の席に座った。あたかも別に気にしてないよって、思っているかのように。サブバッグから筆箱とノートを出して、今日の数学の宿題をやった。簡単な二次方程式の問題が二十問。
シャーペンを持つと、手が小刻みに震えた。
休み時間にでも佐藤さんから宿題を借りようと思っていたけど、この様子じゃ、多分無理だ。この「ハブ」は、卒業まで続くんだろうな、なんて予想もつけた。首謀者は、多分佐和子。修学旅行の実行委員を争って、私が一票差で勝った。その時私は、自分で自分に一票入れた。多分それがバレたんだろう。そんなくだらない理由で「ハブ」にする奴が悪いのか、友達を裏切る卑怯なまねをした奴が悪いのかなんて、知らない。少なくとも、私は今後悔をしているから、どっちでもいい気がする。

    *

 チャイムが鳴って、廊下にいた人たちが、ぞろぞろと教室へ入ってくる。そのなかに、佐和子はいない。佐和子はいつも学校にくるのが遅い。たいていは1、2時間目あたりの十分休みのあいだに来る。
「すいませんっ。遅くなりましたー」筈だった。
教室のドアを思い切り開けてそう言うと、まわりの友達に「おはよー」なんて挨拶をしながら自分の席に座った。私は今日、誰とも挨拶をしていない。
 簡単なホームルームが終わると、そのまま社会の授業へと移った。社会権がどーとか、生存権がどーとか。今の私には、どうでも良いようなことだ。眠いから、ノートをとるのをあきらめて机に突っ伏した。
「どうして私なんだろう・・・・?」
この問いに、「お前がいけないことをやったからだ」、と自分に言った。
自分に嘘をついた。突っ伏しても目を瞑れないほど、まったく眠気などなかった。
 十分は過ぎただろうか。いや、二十分は過ぎただろう。顔を上げて時計を見たら、八時五十二分。まだ五分も過ぎていない。時間の感覚が、驚くほど遅いみたいだ。


 十一月十五日。
「誰か、一緒に死んでください。高2女子です。メールください」
「23歳、男。誰か練炭貸してくれ。今すぐにでも逝きてぇ」
「中3の女ですけどぉ、誰かァ一緒に死んでくれませんか?彼氏にフ・・・・」
「53歳、男です。この年で平社員やってます。仕事に疲れまし・・・・」
「25歳女です。誰か一緒に死んでください。メール待ってます」
「41歳男会社員。リストラされますた。誰か一緒に大往生してくだ・・・・」
 今日も、自殺掲示板を見ながら一日を過ごした。ご飯を食べるときも、制服を着るときも、学校から帰って来ておやつを食べるときも、風呂から上がって牛乳飲むときも、寝る前に少しゲームをするときも。常に自殺したがっている人が、掲示板に「誰か一緒に死んでください」と、キーボードを打つ。そのなかで、本当に死んだ人はどれくらいいるんだろう。いないから、こんなにいっぱい自殺したい人が増えるんだろうか。
 私はあの後、やはり「ハブ」になって、ハブられた。声をかけても、目を合わさずに「ごめん」。心の中で「ごめんってなんだよ」ってツッコミを入れながら、走り去る背中をにらみつける。
 首謀者は、やっぱり佐和子だった。もともと噂好きな奴だ。少し仲のよかった男子に話しかけたら、「話しかけるなよ、エンコーヤロー」と言われた。エンコーヤロー。援交野郎、になるのだろう。他にどんな噂が流れているのかは知らないが、なにせ援助交際なんて出たんだ。先生とセックスして成績を上げてもらっていた、なんて噂話もあったりするだろう。
 「ハブ」にされると、勉強しかすることがないから成績が上がるなんて、嘘だ。私はハブられてから、家で勉強なんてしなくなったし、学校でなんて、もっとしてない。学校に行ったら、いつも本を読んでいる。
ハブにされてから一日経ったあと、なんとなく本屋に行って、興味本位で手に取った本。その主人公の女のコが「ハブ」だった。「感銘を受けた」なんて大きいものじゃない。「カンドーした!」なんて薄いものじゃない。多分、共感って言うんだと思う。
そう。机が教室から出てるなんて、ざらだ。学校に行くと、まず上履き探しから始まって、机を教室に入れてやっと席に座れる。体育館履き入れに牛乳瓶を入れられて割られたこともある。泣きはしなかった。遠くの私が、遠くにいる私を見ている、そんな感覚になる。最近は、なにをやられても、少し呆れるだけ。そこまで嫌いかって、思うだけ。少し、虚しさと後悔を感じながら。
その「ハブ」は、ハブくことを、ゲームなのだと言った。当然だと思った。その女のコは何も悪い事をしていないし、嫌われることもしていない。けど私は、嫌われるべくして嫌われて、ハブられた。その女のコは、嫌われて「ハブ」にされるほうがまだ良いと言った。私はそうは思わない。ゲームで、なんとなくハブられたら、「しょーがない。みんな退屈してるんだから」なんて開き直れる。でも嫌われてハブにされたら、後悔のしようがないほど後悔して、自殺、なんてことにならないだろうか。
結局は、ないものねだりなんだろうか・・・・・。少し意味が違う気がするけど。
 そういえば、明日、佐和子の誕生日だ。
憶えている自分が悔しい。女のコと、意見が合った。「ハブ」にされると、悲しいんじゃなくて、すごく悔しいんだ。
後悔をしてることも、すごく悔しい。

 十一月十六日。
 自殺掲示板に、「中学2年女子。」とキーボードを打った。続けて、「誰か、私に充分に死ねるくらいの睡眠薬をください。苦しくても善い。死にたいんです。」と書き込んで、送信。ケータイのメールアドレスと、「ハブ」と名前も添えて。
一緒に死んでください、とは書かなかった。書きたくなかった。誰かに死ぬところなんてを見られたくない。それに、誰かと最後につながりたくてそんなことを書き込むくらいだったら、出会い系サイトに書き込んだほうが良いに決まってる。
 返事は、意外と早くに返ってきた。書き込んだのが十六日だから、三日で返ってきたことになる。
件名に、「猫です」と書いてあった。
――――なんで、死にたいの?
とりあえず、無視。場違い。ふざけんな。死にたい奴が集まるとこじゃないのか、自殺掲示板は。
 メールアドレスと掲示板を変えて、もう一度同じ文章で書き込んだ。
今度は五日かかって返ってきた。
――――ねぇ、なんで死にたいの?
前のと同じアドレスだった。
 ふざけんな。大変なんだぞ、こういう掲示板探すのって。法律で禁止されてからすっげぇ少なくなったんだぞ。こいつ、何?ウザい。マジでウザい。
もう一度、メールアドレスと掲示板を変えて、今度は文章も変えて書き込んだ。
――――ねぇって。なんで死にたいの?
なんだ、こいつ。書き込んでから、まだ一日かかってない。四時間で、メールが送られてきた。なんとなく、興味がわいた。
――――死ぬのに理由なんているの?
送信してから十分。すぐに返ってきた。
――――いると思うよ。少なくとも、僕はそう思う。
こいつ、男らしい。
――――私にはいらないの。それでいいんじゃないの?
――――理由もなしに死ぬ人なんていない。僕はそう信じているよ。
――――自己満足もいい加減にしてくれる?
――――どういうこと?
――――人はいろんな人がいるの。わかる?あんたみたいな人が一番大嫌い。私が死にたいからって、偽善の心で助けようとして、そんなのいらないの。邪魔。死んじゃえば良いのにね。あんたなんか。
――――助けようとなんかしてない。ただ、死ぬ理由を訊かせてって言ってるんだよ、僕は。
――――あんたになんで私が教えなきゃいけないの?あんた馬鹿?話になんない。じゃあね。
メールアドレスを変えようとしたときに、届いた。こいつ返信早いな。
――――ちょっと待ってよ。やっぱりあるんだよね?君には死ぬ理由が。
ギクッとした。確かに、と思った。「うまいな、こいつ」とも思ったし、「なんなんだこいつ」とも思った。
――――いいよ、教えてあげるよ。
なんとなく、だった。
――――いいよ、言わなくて。理由があるんだってわかったら、それでいい。
こいつは、本当によくわからない。まあいい。自己満足で、こいつに送ってやろう。
――――私ね、ハブられたんだよ。クラスのみんなに。それで、生きる意味なんてないのかなーって思ってね。だから、死ぬ。これでいいでしょ?
――――ふーん。そうなんだ。
こいつ、ウザい。正直、今だったら佐和子よりウザい。
 こんなやつに、付き合ったのがダメだった。
ベットに倒れこんで、そのまま眠った。

 起きたら、九時三十五分。寝たのが多分二時だから、少し寝不足。
遮光カーテンに太陽の光を遮られた真っ暗な部屋が、一つの光に照らされていた。
ケータイが青色の光で断続的に光っていた。
「メール?」
誰から?もしかして、つかさから?
そんなわけがない。と心で打ち消して、ケータイを開いた。
 あいつ、からだった。

 すごい長文メールで少し焦ったんだけど、読み終わってから、少し泣いた。
受信日時 11/25 04:34
件名 猫です
――――怒った?だとしたらごめんね。けどね、怒る、ってすごく良いことだと思うよ。今から死のうとする人がプライドなんてあると思う?
あると思うけど、そこは抑えた。
あったとしても、怒ることって生きる力になると思うんだ。確かにね、僕最初は君を「救いたい」って思った。(偽善って言われても仕方ないね)けど、君が救われるってことは、死ぬことなんだって分かって、ショックだったよ。どんな状況でも、生きることが正解なんだってこの28年間思ってきたから。
こいつ、意外と若いらしい。
けどね、生きるって、いつも死との瀬戸際を走ってるんだと思うよ。いや、むしろ死との瀬戸際を見きっていくのが、生きるってことなんじゃないかな。
一つ、知ってる話があるんだけど。(長文ごめんね)
彼女は、(って急に言われてもなんかね)受験生だった。中学生か高校生かはわからない。公立一本と決めた彼女は、家族の期待に応えようと猛勉強をした。万全の体制で望んだ検査当日は、さんざんだっだ。ダメだったんだ。国語も数学も、英語も理科も社会も。不合格を確信した彼女は、自殺した。合格発表も待たずに自宅のマンションの屋上からとびおりた。五階建てで比較的低いマンションだったらしいんだけど、頭のうちどころが悪くて即死。どうだったと思う?受験の結果。不合格だったんだ。笑い話でしょ?合格だったら家族も思う存分悔めたのに、不合格だったんだ。不合格だっただけなのに、人は死んで正解だったんじゃない?と錯覚する。そんなもんなんだ、人なんて。なんか、こう思うと、これからも生きれる気がしない?
 こいつ、すげぇ。素直に思った。
 生きていける、気がした。
うん。私、生きていける。多分、昨日の私じゃダメだった。多分、明日の私でもダメ。今日の、今の私だから、わかる。
明日はどうなるかわからない。明日が大丈夫でも明後日死ぬかもしれない。
けど、その生きると死ぬの瀬戸際を走るのが、生きるってことなんだ。
良い。良いよ、この感じ。
猫、あんたやるよ。大丈夫。少なくとも、私まだ死なない。瀬戸際、走ってやるよ。走って走って走って、死ぬほうに落ちそうになったら踏ん張って、踏ん張って踏ん張って、生き延びてやる。明日の私はどう思ってるかなんてわからない。もしかしたら、「なんで踏ん張るの?」なんて思ってるかもしれない。けど、そうなったらそうなったで良い。今、私はとてつもなく生きていたいと思っているのだから。
 猫、あんた、誰?
 あんた、ホントは何歳?
 あんた、今なにしてる?
何を最初に訊こうか。
――――ねぇ、あんた、職業なにやってんの?


 
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