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武装

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8月23日 2時30分 北海道 釧路駐屯地 第三中隊隊舎3-4F

二人は3Fと4Fをつなぐ階段の踊り場にきていた。
先頭は立川で、そのあとを秋原がついてきている。
普通科隊員である立川はいいが、秋原のほうはといえば、息も絶え絶えであった。
踊り場を抜け、4Fへと続く階段を上りきると、廊下に出る。
二人はいきなり廊下に出ることはせず、壁に背をつけた。依然、先頭は立川である。
立川はちらと秋原を一瞥すると、案の定ではあったが、手を膝につけ、中腰になっていた。
「それでも自衛官か?」
咎めているわけではない。その証拠に、立川は苦笑いをしていた。
「そう言うな」
言い返しはするが、秋原の肩は相も変わらず上下していた。
そんな秋原をよそめに、立川はひょいと壁から顔を出す。
この廊下の先に、武器庫がある。文字通り武器庫であって、『武器』しかない。
弾薬はさらに一個上にある。ちなみに、チョッキ等の防具はこちらの、つまり4Fにおかれているのが幸いであった。
「走れるか」
そう問われると秋原は、膝から手をはなし、呼吸をととのえ、大きく一回、頷いた。
「行くぞ」
二人は駆け出した。
廊下の左は窓ガラスになっており、右側は隊員が起床する部屋となっていた。課業中の昼であるのが幸いした。ほとんどの隊員が練兵場、要は表のグラウンドにいるため、寝起きするだけの居住区にはほとんど人がいないのだ。
感染者に遭遇することなく、二人は武器庫にくることができた。この棟内全ての隊員の武器を管理するだけあって、思いのほか広い。
自衛隊の武器庫は実に厳重で、武器庫の扉を開けるだけでは銃を取り出すことができない。いずれの銃も、銃口を上に向けて整然と並べられているのだが、そのトリガー部分をチェーンでつなぐのだ。
立川は少々それを危惧していたが、杞憂に終わったようだった。
「やっぱり、先客がいたみたいだな」
安心から、立川は思わず声をはずませた。
立川は手順よく、ニー、エルボーパッド、弾帯、レッグホルスターと装着していき、戦闘チョッキⅡ型、88式鉄帽(ヘルメット)、ゴーグルと、一分も経たぬうちに全てを装着し終えた。
棚から89式小銃を取り出し、サスペンダーをつけ、それを首からさげ、同じように9mm拳銃も棚から取り出すとランヤードを銃把につけ、ホルスターに押し込んだ。
秋原のほうはと言えば、自衛隊に在籍しながら、今まで見たこともない武器あることに少々面食らっているようであった。
「こんなものがいまだにあったのか」
手にもっているのは、工事現場の釘撃ち機のような銃口をしたサブマシンガンである。通称グリースガンだ。映画の中でしか見たことのないようなトンプソンも、そこにはあった。
「装備の一新がまだできてないんだよ。本州の、それこそ第一師団やそこらの部隊じゃこんな骨董品はもうないだろうがよ」
へえ、と秋原は気のない返事をした。
「おい、それより仕度はすんだかよ?」
「あ、ああ」
秋原も、立川と全く同じ格好をしていた。無論、二人の小銃、拳銃に弾倉はささっていない。
二人は来た道を引き返し、5Fに行き着いた。
『先客』が片付けてくれたのだろう、陸自Ⅱ型迷彩を血に塗らした死体が、廊下のあちこちに点在している。
「こりゃ、ラッキーだな」
立川は、薄気味の悪い笑顔を顔に作っていた。
4Fと変わらぬ構造のこの階の廊下を抜け、二人はこれまたまったく一階下の武器庫と同じ構造の弾薬庫に行き着く。
ここでは、少々難儀であった。
弾薬と弾倉が、別々にしてあるのだ。
けん銃の弾倉は、容易に弾込めができるが、小銃の弾込めはそうやすやすとはいかない。というのも、たいていの自動式銃も、大してつくりは変わらないのだが、通常、自動式銃とは、射撃すると自動的に排莢し、次弾を給弾する。この給弾時、マガジン内にばねが入っていて、発射され、最上部の弾が排莢されると、マガジン内のばねの圧力で次弾があがる仕組みとなっているのだ。つまり、これを素手で弾倉に入れるとなると、結構な力を要するので、それなりの時間がかかってしまう。
二人は一時間ほどで5.56mm弾420発、計14弾倉、9mm弾90発計10弾倉を入れ終わり、戦闘チョッキについているパウチにそれぞれを押し込めた。このとき、今まで空であった小銃、拳銃に弾倉を装填したので、一人当たり予備の弾倉は小銃:6、拳銃:4となっている。


「おい、これもっとけ」
立川が、弾薬庫で何かを見つけたらしい。手には二つ、黒い、長方形の箱がある。そのうちの一つを秋原に向かって、投げる。
秋原はあわてて両手でそれを受け取り、胸元にかかえるそれへと視線を落とす。
「これ・・・は?」
「暗視ゴーグル」
立川はにやりと、いたずら小僧のようなあどけない笑みとともに答えた。
「かなり便利なしろもんだぜ?」
今二人が持っているのは、JGVS-V3と呼ばれている暗視装置だ。微光増幅式のいわゆる「スターライト・スコープ」で、重量は900グラムと存外、重い。微光増幅式と言うだけあって、完全なる暗闇のもとでは使用不可能だ。星明り程度なら、200メートル先の人を、車両なら330メートル先まで探知できるようになっている。
二人はそれをヘルメットに装着した。
「さて、いくか」
二人は来た道を引き返し、階段の前まできた。
「上、いくぞ」
「えっ」
秋原は戸惑ったが、立川はもう階段を上り始めていた。
「なんで、上に?」
立川は振り返り、するとまたあのいずらっぽい笑みを浮かべ、それ以上は何も言わなかった。
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