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急行

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8月23日 午前11時30分 北海道 釧路町 セブンイレブン

駐車場には一台のプラッツ。ただそれの天井には赤のパトライトが積んであり、塗装も白と黒のみでなされていた。両ドアには『北海道警察』の文字。そう、パトカーだ。
パトカーの運転席には誰もおらず、助手席には、20代そこそこと見られる若い巡査が一人、ふてくされて座っていた。
 しばらくして、一人の警官がコンビニから足取り軽やかに出てくる。
中肉中背、年は助手席の警官よりも二まわりは老けていた。
中年警官はパトカーの運手席に乗り込むと、買い物袋を後部座席へと投げる。
「ちょっと、澤山さん、いいんですか。まだ休憩じゃないんですよ」
口を尖らせて咎めるのは若い方の警官だった。
「なあに堅いこと言ってんの。お前は俺の教育係か?逆だろ逆、俺がお前、そう、つまり嘉田 良太巡査の教育係!だからお前は言うこと聞くの!」
澤山は肉付きの良い頬をゆらしながらニコニコ笑いつつ、言った。
エンジンをかけ、プラッツは快調に、釧路市にある釧路警察署へと向け出発した。
が、出るなり、警察無線が一瞬の雑音を放ち、直後には道警本部のオペレーターの声が続いた。
『北海道釧路町1丁目町役場付近にて傷害事件発生。付近のPCは至急現場に急行せよ。尚、現地では警官一名も負傷している模様』
無線が終わると、二人の表情は引き締まっていた。
「一丁目付近っていったら・・・ここからすぐのところですね。警官一名って・・・」
嘉田が不安げにうつむき、思案しているとそれを的中させるかのごとく、澤山が言う。
「ああ、田丸さんだろうな。最寄の交番はあそこしかない。急ごう」
サイレンを鳴らしながら、プラッツは猛スピードで国道を駆けた。
駅や郵便局、民家が後ろへと飛んでいく。
何分もしないうちに、田丸の勤める駐在所前へ着き、そこを右折して町役場のほうへとプラッツは入り込んでいった。
役場前には、すでに通報により駆けつけたPCが二台停まっている。周辺には、事態の様子を眺めているであろう人だかりができていた。
プラッツはサイレンを止め、パトライトのみを回転させると、徐行しつつ、だんだんと現場のほうへと接近していった。
「さ、澤山さん・・・。なんだか様子がおかしくありませんか・・・?」
ダッシュボードに身を乗り出し、嘉田はフロントガラス越しに見えるPCのあたりを凝視した。
役場の車寄せ前に二台のクラウンのパトカーが、交差するように停車してあり、警官が四人棒立ちしている。その周辺にも同じく住人たちがただ呆然と立ち尽くしていた。
澤山はプラッツを停め、サイドブレーキをかける。
嘉田がほぼそれと時を同じくして、シートベルトをはずし、車から降りた。
恐る恐るPCに近づく。右手はベルトに備え付けられている警棒にそえたままだ。
人だかりの数は、少なく見積もっても30はあるようだった。
不意に嘉田が足を止める。
澤山はその行程を車中から見守っていた。
嘉田の動きを不審に思い、澤山も車を降りた。
「おい、どうした!」
澤山のかける声など、どこ吹く風で、嘉田は自らの目を疑った。
目の前に群がる人々はみな一様に息を荒げ、歯をむき出しにしている。その様子はあたかも敵を目の前にした獰猛なサルのようであった。
しかし何よりも衝撃的だったのは何よりも、その人々がみな血まみれであることだった。
「ど、どうか・・・しま・・・した・・・か?」
後半はもう消え入るような状態であったが、嘉田はようやくマニュアル通りの言葉を吐き出すことができた。
目の前にいる人だかりは、その声を聞き取ったのだろう、一斉に顔を上げ、視線を前後左右へと泳がせるが、すぐにそのすべてが嘉田に合わせられた。
視線はもう、投げかけられるというよりもむしろ、刺すようであり、みな一心に嘉田をにらみつけている。
恐怖に戦いた嘉田は、後ずさりするほかなかった。
その緊張の糸が切られたのは、人だかりの誰かの発した、絶叫からだった。
嘉田は即座に踵を返し、プラッツめがけ一目散に走り出した。
と、同時にそれまで一心に嘉田を見ていた彼らもそれに続くかのように走り出す。全員が絶叫をし、そのたびに口からは粘着質の血液がとびちった。
「さ、澤山さん!車出して!」
嘉田が恐怖のあまり、叫ぶ。
澤山もその様子を見ており、声のトーンからもただならぬ気配だけは感じていたようだった。嘉田の悲痛な叫びを聞くや否や、彼もまた車に飛び込み、即座にサイドブレーキを解除し、エンジンを始動させた。
嘉田がドアを開け、車に飛び込む。座るというよりも、転がっているというほうが正しい状態だ。直後、化け物たちがプラッツに群がる。
顔をガラスに押し当てる姿は、ショーケースの中の食べ物を睨む『動物』そのものであった。
澤山が全速でプラッツを後退させると、ハンドルを左に切る。
プラッツは半円を描きながら回転し、進行方向を逆転させた。
国道に出ると、左右の歩道は追うものと追われるものであふれており、人が人を食らう地獄と化していた。道路とて同じ状況であり、横転する車や電柱に衝突する車があり、もはや直線に走ることすらままならない状況となっていた。
「ど、どうなってるんですか!」
「知るか!」
嘉田の疑問に答える術など、澤山は持ちえていなかった。
「知らんが、とにかく今は署に戻ることが先決だ!」
プラッツは障害物をよけるため、右左右左と、さながらスラローム走行にてその場を後にした。
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