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幼女さんと季節外れの雪(作:静脈)

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 ◆◇◇◇◇◇◇
 
 
 地球の温度調節機能がぶっ壊れたような、クソ熱い夜でした。
    
 アホかと思うぐらい豪勢に建てられた屋敷の門前に、大小二つの人影が落ちてました。
 ひとりは髭を剃るとか剃らないとか、そういったコマンドをガン無視してる汚らしい中年のおっさんで、もうひとりは、裏に人身売買組織がからんでいるストーリーをいやおうなしに想像させる、乳臭い幼女でした。
 どんなにひいきして観察しても、二人は、その要塞みたいな豪邸の住人に見えません。
 けれども、単なる通りすがりでもありませんでした。
 
   
「ししょー……ほんとにこの家なんですかー……?」
「ああ」
「ししょー……前々から変な肉の食べ過ぎで前頭葉の半分がスポンジ状になってるなあと思ってましたけど、とうとう全部やられてしまったようですね。こうして立ってるだけでも奇跡です。筋肉に意識があるっていう説はほんとうだったんですね!」
「決まりごとだからな」
 師匠と呼ばれたホームレスにかぎりなく近い中年の男性は、幼稚園で積木を積んだり崩したりしてる方がよっぽどさまになる幼女の皮肉を無視して言いました。
「ししょーはいつもそればっかです」
「行くぞ」
 師匠はヒザを軽く曲げ、ぴょんと伸ばしたかと思うと、眼前にでんと横たわる門をかるがると飛び
越えてしまいました。
「あっ、ちょっと待つです!」
 ついで幼女も、重力の制約を意に介さない動きで、門を越えます。


 ぺちょん、と可愛らしい擬音を立てて着地した幼女は、
「ひゃあ。この家をつくった人は、遠近感がつかめないビョーキなんでしょうか?」
 と言い、周りをキョロキョロ眺めました。
「こんなバカでかい邸宅に忍び込むのは初めてです! あっ。ししょー! 地平線が見えます」
「屋敷はあっちだ」

    

        
 ◆◆◇◇◇◇◇

   

       
「ふへー……。この建物をつくったおカネで、いったい何人ぐらいアフリカの子供たちを救えるのでしょう?」
 自分もガキの癖に幼女はそう言い、肩をすくめて屋敷を見上げました。その仕草は、ぜんぜん様になってません。むしろ、それが良いんですけどね。
 どんな美味しいカレーでも、食べ続ければ胸やけします。それと同じで、豪邸への感動も麻痺してしまい、呆れ返っていたのです。
「さあな。だが……カネと幸せが、単純にイコールで結べるのは、極端にかぎられた場合だけだ」
「へっ?」
「カネで救えるものなんて、命だけだ」
「……ふむ。ししょーは、深いことを言っていると見せかけて、じつはなーんにも考えてないと、ときどき思うのです」
「……そうかもしれないな」
 師匠は自嘲気味に微笑みました。警察官がその様子を見たら、職質は三十分ですまなかったでしょう。
 

 何度もリハーサルを重ねたかのように、二人はスムーズな動作で屋敷に侵入しました。その様子はつまびらかに描写するより、洗練されたミュージカルを観てるっていう表現だけで充分です。
 ちなみに、要塞のような外見とはうらはらに、セキュリティは手薄……というわけでは決してなく、むしろ十円チョコ一個をビニール袋でつつむような過剰警戒態勢がしかれていました。
「まったく、この屋敷のセキュリティは無駄が多いです。ひっかけもないし、ただ数を撃てばトリさんが撃ち落とせるとでも思っているんでしょうか」
「甘いな」
「ですです!」
「お前の考えが、だ」
「ほへ?」
 幼女はコクンと首をかしげました。自分がそうしたら可愛く見えることを計算しているのでしょうか? まあ計算していても、可愛いものは可愛いので別に問題はありませんけど。
「何を言ってるんですか?」
「たとえば、奇術師だから騙せる奇術というものがある。玄人はその世界に精通している代わりに、可能性を思考する能力を、素人よりも縛られてしまう」
「意味がわかりません」
「油断するなってことだ」

   

            
 ◆◆◆◇◇◇◇

          

   
 しばらく歩くと、幼女は、行く手に赤外線センサーが貼られていることに気づきました。それも廊下の地面スレスレの、よく注意して進まなければ一発でかかってしまうシロモノです。
「ししょう、先に行きますです」
「待て」
 幼女は、師匠が自分をあなどっているのではないか、と、いぶかりました。これぐらいの罠が見抜けないとでも思っているのでしょうか。
 幼女は無視して、センサーに引っかからないように歩みだしました。すると、
 ジリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリというけたたましい警報が鳴り響きました。
 屋敷をつらぬくその音は、そこに住まう人々の睡眠を、あざ笑うかのように破壊しました。
「どっ……どうしてです?」
「逆だ」
「へ?」
「このトラップは、罠にかからない場合に、作動する」
 師匠の眼は冷静でした。
「おそらく、その赤外線はダミー。本当の仕掛けは、赤外線を避けるさいに足を踏み出す場所にある、重力感知器。つまり足の重さを感知するんだ」
「……」
「普通の人間や素人が通れば、作動する確立は半々だ。赤外線を知らずに通れば、ひっかからなかったかもしれない。けれど玄人の場合は、注意深く罠を避けて通る。よって確実に作動する。また、ここまでこれるのは玄人のみだ」
 つまりこの仕掛けは、玄人用なんだよ――と。
 幼女はうなだれました。
「そんな……わかるわけないです」
「つねに物事を疑え。決して、うぬぼれるな」
 言葉とはうらはらに、とても優しい口調でした。
「……」
 遠くから、足音が聞こえてきました。
 鍛え抜かれた警備員の足音です。
「ここからは別行動だ。お前は、これを持って行け」
「で、でもししょー……」
「俺が攪乱する。早く、行け」
「は、はいです……」

    

 
 ◆◆◆◆◇◇◇



   
 世界の果てに続いていそうな廊下を、幼女はひたすら走っていました。目指す先がわかっていても、なかなかたどり着けない焦燥感は心をかき乱します。
「ししょー……ごめんなさい。ししょー……ごめんなさい……」
 師匠は、とがめなかったのです。致命的な失敗したのに、やさしいアドバイスをくれました。
 それが叱責されるより、苦しかった。
 無我夢中で廊下を走ります。罠なんてもう気にする必要はありません。どうせすでに警報は鳴っているのです。
 今宵は熱帯夜でしたが、廊下の空調は整っていました。それなのにジリジリと、額から汗が浮かんで、流れます。
 幼女はそれを拭うこともせず、ただ何かにとり憑かれたように、目的地をめざしました。
 すると、何もないところで足がもつれて、転んでしまいました。

 焦りは人をおかしくする。
 プロはいつでも、状況をシニカルに笑うぐらいの余裕が必要だ。

 むかしむかし、名古屋の定食屋で、師匠が何気なく言ったことばです。
「……あはっ」
 あの師匠は予知能力でもあるんでしょうかね……と、幼女はなかばやけくそに笑いながら、立ち上がりました。そして、師匠から託された袋を、ぎゅっと握りしめました。わたしはプロだから焦らない。
     

   

 ◆◆◆◆◆◇◇

    

   
「君は……誰?」
「知らないんですか? 世界的に有名だと思ってるんですが」
「もしかして、君が――」
 その言葉に、幼女はコクンとうなずきました。
 子供部屋でした。
 目の前には、天蓋つきのベットの上で、厚い毛布をかぶっている少年が横たわっていました。しつこいようですが、外は蒸し暑いのに、部屋の中は空調がきいていました。なので、毛布をかけても申し分ないでしょう。
「……もっと、モッサリした男の人かと思ってた」
「モッサリしたほうが良かったですか?」
「ええっ、ああいや……」
「油断しちゃいけないです。こんなナリでも、キミを押し倒す力ぐらいはあるんです」
「押し倒すんですか?」
「もう倒れてるじゃないですか。あとは上に乗っかるだけですよ」
 つくづくませた口をきくガキです。
「そうですか……どうぞ」
「流されちゃあダメダメです」
「はい……」
「それじゃあさっそく行きましょう」
 幼女は少年に背中を向けました。乗れ、という合図です。
「大丈夫? 骨とか折れない?」
「押し倒しますよ」
「……」
少年はゆっくりとベットから降り立ち、幼女の背中に身体を預けます。見るひとが見れば勃起ものですが、少年も幼女も正常な個体なので悶着はありませんでした。
「しっかりつかまっていてくださいね」
「えっ?」
 幼女は例のごとく、脅威のりょりょく(←漢字がむずかしいのでひらがなにしました^^)で床を蹴り、そのまま鉄格子のはまった窓をブチ破りました。物理的にありえないのかもしれませんが、破ってしまったものは仕方ありません。
 ちなみにその際、少年の絶叫が響き渡ったのですが、オスガキの叫び声ほどキモイ雑音(一部例外を除く)はないのでここでは割愛いたします。

  

    
 ◆◆◆◆◆◆◇



    
「うわぁ……」
「はじめて、見ますか?」
「こんなところ、見たことないよ」

 会話だけを聞けば、体力よりも妄想力の強いみなさんは、エッチなシーンだと誤解するかもしれません。
 ふたりは夜空の中にいました。
 何の力がはたらいて浮遊してるのかは、つっこんだ方が負けですよ。
 ウー……ウー……とうなり声を上げる屋敷は、すでに、はるか遠くにありました。
「もうそろそろなのです」
 急に、冷たい空気が辺りに立ちこめました。
 熱帯夜のはずが、いまでは網走地方の夜の寒さぐらいになって、薄着の少年は身体を震わせました。
「……あ」
 少年は、肩に冷たい感触を覚えました。

「雪だ」
 
 幼女は、冷たい空気を大きく吸って、叫びました。







 
「メリー!! クリスマス!!!」
 






 
 ◆◆◆◆◆◆◆
     

    

 その日、シドニーは十二月の最低気温を更新した。
        
           
           


43, 42

  

↑(FA作者:通りすがりのT先生)



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「幼女さんと季節外れの雪」採点・寸評
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1.文章力
 90点

2.発想力
 60点

3. 推薦度
 30点

4.寸評
 今風の文章ですね。
 何か、展開の速い舞台を観客席から眺めているようでした。恐らく、作者さんもそう見えるよう、文章に意図を含ませていたのではないでしょうか。
 話の内容自体は平凡でしたし、後半の展開はイマイチでした。これといったオチもないので、結び付近の描写をもっと充実させて、フォローしておくと良かったかも。
 とても上手ですが、個人的に大嫌いなタイプの文章なので推薦度は低いです。

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1.文章力
 90点

2.発想力
 100点

3. 推薦度
 100点

4.寸評
 この採点は私の過剰採点かもしれませんが、素晴らしい作品だと個人的に思っています。
 発想力は郡を抜いて良かったです。途中で「あ、この二人の正体は○○○だろうな」と気づきましたが、設定から見せ方の発想は天才的でした。
 文章は判断する人によっては低いものとなるかもしれませんが、丁寧に区切りを入れており読者にとって非常に読みやすく、また現代的な言い回しは評価すべきものだと思います。先ほど書いた「人によっては」の部分と幼女好きすぎうるせー(笑)部分を考慮してマイナス10点としています。
 奇抜な発想と読者にやさしい文章、そして現代のWEB的、新都的なショートショートとも呼べる言い回しは推薦度MAXに値します。

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1.文章力 10点
2.発想力 60点
3.推薦度 40点
4.寸評
 まず、文章が読みにくくて、読んでいて途中で疲れてしまいました。特に描写すべきでないものや、ウケを狙った感の否めない文章が続くと、だれてしまいます。もう少しすっきり書けていれば、それなりに面白い内容だとは思いますが、先述の通り、それが全て邪魔をしています。

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1.文章力 65点
2.発想力 60点
3.推薦度 25点
4.寸評

 文章は癖が強く神様視点なのに一人称のようで、とても人を選ぶ文章だと感じた。
 話の展開も含めて独創的であるといえるのだが、あらゆる説明を廃して投げっぱなしに終わってしまったラストはとても人に勧められるものではない。読者としては完全に置いてきぼりを食らった感じだ。
 師匠にいいことを言わせようとしているのも感じるのだが、掘り下げがなさすぎて感情移入できなかった。
 長編の一部、もしくはもっと掘り下げた短編なら良かったのかもしれない。作者がなんとなくやりたいことを、めんどくさい部分を全部省いて載せたような、自己完結ものになってしまっていてとても残念に思った。

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1.文章力 30
2.発想力 30
3. 推薦度 30
4.寸評
 文章がうるさく、それが全面に出すぎて読みづらい。
 もう少し抑え目にして書かれているとよかったなと思います。

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1.文章力 (50)

2.発想力 (60)

3. 推薦度 (60)

4.寸評 
ロリコンは病気です。
文章のいたるところで不自然な表現や、説明不足が目立ちます。特に重力感知器がとても気になりました。重量感知器の間違いでしょうか。作中の(←漢字がむずかしいのでひらがなにしました^^)にも殺意を覚えます。
ただ、言い回しのセンスや、幼女と中年のオッサンをチョイスしたセンスは評価したいです。
説明不足が災いして、オチはさっぱり意味が分かりませんでした。少年がピーチ姫ということなんでしょうか。

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各平均点
1.文章力 57点

2.発想力 62点

3. 推薦度 45点

合計平均点 164点
45, 44

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