【第一話 神様の紙粘土】
【第一話】 神様の紙粘土
なあ 坊主。
お前さんは、世界の成り方――――うんにゃ、世界の出来方ってのを知ってるか?
うはは、気になるだろう? 気になるだろう?
……坊主が、これを爺ィとの一生の秘密だと約束できるなら、話してやらんこともないぞ。
うはは、うはは、出来る限り可能な限り、無い脳みそ絞って悩め悩め、坊主。
一生を左右する選択は、常にいつも唐突に訪れ――――ん?
…………いいのか? いいのか? ――――ふふん、なら言おう なら話そうぞ。
いいか、これは、本当の本当に、秘密だぞ――――
ああ、またか、とうんざりした気持ちで思ったのは、来たことも見たことも無いはずの風景を見た瞬間、
とびっきりのアッパーカットを一発頂いた位の衝撃と一緒に強烈なデジャビュを感じたからだ。
「っぅぁ……」
くらりと前方へもたげた鎌首に、僕はとっさに右手を押し当てた。うめき声があがる。
いつからか僕がデジャビュを感じる時、もれなくセットでついてくるようになった頭痛は、いつもより激しかった。
ああ、本当に。
――この時ばかりは(コンマ一秒単位で)一刻も早く地に伏したがっているこの頭が、果たして本当に自分の物なのかなんて疑問を浮かべてしまう。
僕は撓る稲穂を支えるように、右手に一層の力を入れた。
少しでもこの痛みを誤魔化す為にと歯を食いしばれば、顎の奥でギリリと嫌な音がする。
「参った、どこだよここ……」
僕の隣で声があがった。
声の主は、今しがたまで地図と睨めっこしていた班長の藻乃山久道君(ものやま ひさみち)である。
ひょろっとした、典型的な痩せ型もやしっ子体系の彼は切れ目の長い両目を細めつつ眉尻を下げていた。
全身からあふれ出す彼のどよん、とした雰囲気が不安を掻き立ててくれる。
「…………えっとぉ」
そうして、誰ともなしにつぶやきつつ太いフレームの黒縁メガネと
少し猫っ毛気味の髪を揺らしながら辺りをキョトキョトと見回している。
ちなみに、今までの発言すべて語尾が下がりっぱなしの情けない声だった。
…………うー。
「どこって……知らずに歩いてたの!? 藻乃山、アンタほんっっっっと 信じられないんだけど!!」
ふいに、僕の後方から金切り声が上がる。
ああ、これは泥沼戦になるかもなと、突然の高音にもう一発イイの貰った僕が予感したのもつかの間、
「そっ、そそそ そんなこといったって、君たちだって文句言わずに付いてきてたでしょう!?」
バッ、と振り返った久道から抗議の声が上がった。
――――ああ、これが開戦の合図になるだろう。
「地図持ってるんだから、分かって歩いてるって思うに決まってるでしょ!?」
「そっ、そそそ、そそ、んな、こと、言われても!!」
「――ア゛ー、都村 あんまヒステリックらなんなよ。キーキーとサルみてぇにウザってぇ」
「キー! ア ン タ ね ぇ !! これ私マジムカなんですけど! ウザいって言う方がウザいんですぅー!!」
「だからその高音がウザってぇつってんだよ、学習しやがれよメス猿が」
「キーーーーーーーーーーーー!!!!」
ああああ、ほらね。やっぱり。
僕の口から、どんな気体よりもよりも重いため息が出た。
ハァァァ、と僕の口から出たため息がゆっくりと地面に沈殿していくのを見守る気持ちで、視線を下にやった。
情緒溢れる石畳が見える。ああ、吸い込む空気すらどこか崇高なもののように感じるぞ。
――――さて、勘のいい読者諸賢におかれては、もう気づいているのかもしれないけれども、
僕たち県立ニュー速高校二年四組 三班は、京都の修学旅行の観光最中に、それはもう物の見事に迷子になっていた。
そもそも、『これが自由行動ではなく予め学校から定められていた各ポイントを回り、
先生にチェックを受けていくオリエンテーション式の観光であるから人の流れにそって行けばゴールに着くだろう』
なんて安直な発想をしたのがそもそもの失敗だったのだろう。
僕ら三班は完全に京都の中心地――四条通り周辺を観光に訪れる人の数、
そして中学、高校関係なく全国から修学旅行の学生がここに集うこの時期を完璧になめていた。
流れにそってずるずるついて行った学生の後姿が、まったく別の学校の方々だったなんてまったくもって世話がない話だ。
……そんな語るに落ちる紆余曲折があり、必要なチェックは残り清水寺一つとなった土壇場で、
京都と言う未開の地にほっぽり出された僕らはまな板の上の子羊となり、今現在のような状態に陥ってしまったわけである。
四泊五日で行く京都の旅、その一日目からなんと言う幕開けだろうか。
ちなみに、先ほど一番槍で久道に文句をぶけたのは、同じ班員の都村美咲さんだった。
肩まである髪を一つに結って、ペンと返している筆ペンみたいな髪型が特徴的で、
男子の間ではキツイ言動と眼光に目を逸らせば県校最高のうなじ美人と専らの評判である女の子だ。
…………それについては、僕も否定しない。
――――そして一方、ボリボリと男子にしては長い髪をかきむしりながら神経をこともなさげに逆撫でしたのは、
「だ、だめですよ、房原君! 美咲ちゃんを怒らせるようなこと言っては!」
「ア゛ー、メンドクセェ…………」
同じ班員の房原昌平君である。
着崩した学ランのカッターシャツからちらりと除くシルバーリング、
あきらかに校則違反のキツイ茶パツ(しかも長髪ですよ奥さん。)でバスケ部所属という、
一般人として細々学校生活を営む僕にとしては、かなり近寄りがたい部類にいる男子だ。
大きな目に健気に涙を一杯ためて、あわあわと必死に二人を宥める(クラスのマドンナ、いや女神と言っていい。)
風倉蜜柑さんの言葉も一切聞く耳持たない所見ると、彼の事を僕は一回くらい小突くべきなのかもしれない。
「あーもー! ホントになんで“こんな”のがいるのよ!!」
「そらァはこっちのセリフだサル」
「ムッキーーー! ただのサルになったわね!! ただのサルと、この私を呼んだわねぇぇぇ!!」
「みっ、みんな、とりあえず落ち着いてくださいっ! 喧嘩は、いけません!
ほら、とりあえず、深呼吸です! はいっ、息を大きく吸ってー吸ってー、吸ってー、すっ……っ!」
「息を吸ったら息を吐くの! って言うか、まず蜜柑、アンタが落ち着きなさい!」
「………………」
「ああああ、ここはどこだ、ぼ、ぼぼ、ぼくはだれなんだよぉぉぉぉお…………」
おおう。
なんだ、このカオスは。
僕は終始無言で皆のやりとりを眺めている引田川稔君(ひきだがわ みのるの横でぐったりした。
油土塀や白塀に 京都独特の静観さを感じつつも、ひたすらに不毛な言い争いを繰り広げる僕ら。
――そろそろ日も傾きかけてきている。西にはだかる遠き山々に、煌々と燃える大きな紅い珠が刻一刻と吸い込まれていくのが見える。
日没までに清水寺にもどならければ、いろいろと不味いことになるのは火を見るより明らかだった。
ああ、もう。と、事態の収拾の為に口を開きかけて、とまる。
「あの……内藤君、大丈夫ですか?」
「おっ……?」
と、おずおず声をかけられたからだ。――いいですか、皆さん、それも、あの、風倉さんに!
とっさの事で僕はかなり間の抜けた返答をしてしまったが、ここは僕。瞬間的に建て直して、こう言うのだ。
もちろん爽やかな笑顔も忘れない。
「どうしたの、風倉さん」
「随分と、顔色が優れないようですけれど……」
「――――……」
一瞬、言葉を失ってしまった。
ああ、なんたる幸福! なんたる至福! 湧き上がる歓喜はバラの彩りと香りを内包しておるぞよーーー!!
うっほぉぉぉぉぉおぉぉぉおおおぉぉぉおお!!!!!!!!!! いやっほぉぉぉぉぉおお!!!! ……はっ!?
「大丈夫だよ。心配してくれて、ありがとう」
「はい……」
裸踊りでも始めそうな感じで勇み足始めたオトコゴコロとか言うやつを心のパンドラボックスにしまいこみ、
僕は柔らかく首を横に振った。もちろん爽やかな笑顔も忘れな(ry)
風倉蜜柑さんはくりくりっとした大きな目を安心したかのように細めると、
地毛(どこぞの不良とは大違い!)である淡いアメ色の髪を、風に揺らした。髪の毛一本一本が光輝いているようだ。
ボブショートの髪なんか、もう守ってあげたくなるほど愛らしく、ああ、可憐と言う言葉は彼女にこそふさわしい!
「……はっ!?」
いかんいかん。
随分マシになって来た頭痛にとどめの一発と、だらしなく緩んだ頬に一喝いれる為にぺちりと頬をたたく。
…………さて。
僕はぷるっと頭を振り、冷たく冴えた石畳の上、絶望に膝を折る(大げさだ)久道に、一歩近づいたのだった。
「まいった――」
「久道」
「っ!!? なな、なんでしょう! あああ、内藤君、ああああああ!!
ぼ、ぼぼ、ぼ ぼくの無能さを貶し、嗤いに来たのでしょううう、か!?
そっ、そうですよね! ですよねー! すみません! ぼくが無能だから、
ぼくが使えないから、内藤君たちを路頭に迷わせてしまったのですね!!!!!!!!!
ほほ、本当にすみません!!! 申し訳が、立つ瀬もありません!!」
「……そんなに心配しなくても大丈夫だお。僕、この道知ってるお」
取り乱している久道に対して、僕は軽いため息混じりに言った。
「へ?」
「「ア゛ァ?」」(゚д゚#トソン
「…………?」
それほど僕の言葉は予想外だったのだろうか。
みんなの反応に浮かべた笑顔に苦笑いの色を混ぜ、久道の片腕を支えもって彼を立ち上がらせると
僕は住宅と住宅の間に出来た細い道を差しながら、行こう、と言った。京都らしい、なんとも風情ある細筋だ。
「えっ……? 内藤君、京都、来たことあるんですか?」
風倉さんの質問に、そんなところ、とだけ僕は返答した。
「「「「――――?」」」」
皆の視線は、この際封殺しておくことにする。説明すると逆に怪しまれそうだから。
さっき僕は『この道を知っている』といったけれど、厳密に言えば違う。
正確には、ほぼ確信的に、デジャビュを感じたのだ。『この道を知っている』と言うデジャビュを。
――――そう。僕がこんな感じでデジャビュを感じるのは、希少なことではないのだ。
一日に五回、多いときで十回以上のデジャビュを僕は感じることがある。
――そもそもデジャビュとは、既視感(きしかん)のことであり、
“実際は一度も体験したことがないのに、すでにどこかで体験したことのように感じるような”体験を差す。
読者諸賢におかれても、そういった経験がおありではないか僕は思う。
来たはずはない場所なのにもかかわらず、漠然と“見たことがある”と感じたり、
目の前を猫が通り過ぎたと思ったら、また同じような猫が行き来したり。
“日常で感じる、感じたことがないはずの感じたこと。”
これが、簡単に言うデジャビュと言うものだ。
大抵は「ああ」と気がついたり、不思議に思ったりするだけなのであるが、
僕の場合、デジャビュを見ると同時に頭痛がしてくる。
勿論今回のような重いものは久しぶりで、大抵はコチン、と 頭に何か、硬い物を軽く当てられた時のような痛みだけなのである。
「…………久々故に隆さんはちょっぴりドキマギしてしまいましたのですよー」
だから、こんな風に弱ったのは久々だった。
僕は はふぅ、と少し熱っぽいため息をついてから、皆の先陣を切って細い路地を進んで行った。
皆一様に首をかしげ、顔は思いっきりいぶかしみながらも僕に着いて来てくれる所は、
さすが友愛・利益・素直を絶対三則に掲げる県立ニュー速校生徒、といった所だろうか。
――僕は皆に目配せしつつ、昔々あの老害が僕に教えてくれた世界の出来上がり方を思い出していた。
芋洗いのように人が溢れかえる階段ばかりの二年坂、三年坂を順に超えると、
土産屋(なぜか芸能人のブロマイド屋などもあるが)が立ち並ぶ清水坂に出、
長い急勾配の坂道がだらだら続くそれの間正面には、京都の特番テレビやドラマでもよく見知る清水寺の赤い門が鎮座するのが見える。はずだ。
「……あ」
これだ。うん。
目的地に無事たどり着けた満足感を一人でかみ締めながら、僕ら三班は『おいでやす清水坂』なんて橋渡しのように電柱柱同士に掛けられた横断幕の下を潜った。
三年坂から、清水坂まで来たのだ。
「はぁぁぁぁああ……!!」
それを潜りきった瞬間、シャンパンのコルクを抜いたあとの空気のように『ぷっはぁぁぁ』とため息を漏らしたのは
僕の後にぴったりくっついて来ていた久道だった。
――うん、お礼を言われるのには悪い気はしないけれど、涙目ですりよって来るのはやめていただきたい。
「ア゛ー……んじゃァ、点呼のギリの時間までは自由行動つーことで」
無言の謝礼(しかも体。)を僕が久道から受けていると、唐突に、実にかったるそうに房原君が言った。
ボリボリと頭をかいているが、ノミでもいるのか、てめぇの頭。
えええええええ、と鶏を締め上げたかのような声を出したのは班長の久道だった。
「こここ、ここまで来てこ、れで で、すか、ここまで来てこれですかぁぁぁぁぁ!!」
そう悲痛に叫びつつ、ふらりふらりと人ごみに消えて行く房原君の後を追っていった。
久道が、小心者なのにも関わらず責任感が人一倍あるがためだけに色々損なお鉢を毎回食っていることに気がつくのはいつごろだろう。
「――――――……」
しかも後ろを振り向けば、一緒に幕を潜ったはずの引田川君と都村さんもいない。
鶴の一声。いや、房原君の一声と言うべきか。
……まったく、これではどっちが班長なのかわかったものではない。
まあ、ここまでくれば、よぉ、と軽く声をかけてくる気の置けないクラスメートや
同窓生に会釈やら挨拶やらをくれてやる余裕が出てきたのも事実だ。少々の気の緩みは仕方がないのかもしれない。
それに、夕暮れのオレンジ色に染まる清水坂。その急勾配の三百メートルを歩ききるだけで、ゴールなのだ。
くる、と視界を上り坂の――ゴールの方向へ向ければ、デビャビュ通りに清水寺の赤い門が見えた。
――――夕焼けの橙色と、門の朱は馬鹿みたいに映える。
そうして僕らは。
……あれ?
ちょっと待て。ここは落ち着いて考えようか。うん 考えよう。
京都の浪漫と人ごみのプラスイオン溢れる喧騒から一歩離れ、僕は考えてみた。
簡単な引き算ではないか。
三班(ノミ頭-引田君-都村さん-久道)=?
「内藤君のおかげで、何とかピンチを乗り越えられましたね! 内藤君が寄れば、文殊の知恵です!」
三班(ノミ頭-引田君-都村さん-久道)=風倉さんとFU TA RI KI RI!!
う、うわっほぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああああ!! ほ、ほぁぁぁあ!! ほぁぁぁああ!!!
み、みかんちゃん!! ほぁぁぁあ!! ほぁぁぁああ!!!!!! はっ!!!??
いっ、いかんいかんいかん!
ブルブルと首を超高速で振り、僕は邪な考えを振り切った。いけません。そんな、手をつないで清水坂デートだなんてそんな!
「内藤君……?」
「な、なんにも無いよ! あと、文殊の知恵には人数が二人ほど足りないと思う……!」
僕は柔らかく首を横に振った。もちろん爽やかな笑(ry)
嫌らしくなく笑いかけるように勤めたが、上手くどうにもいかなかったらしい。しかも鼻息が少しばかり荒かったみたいだ。
人ごみの溢れる清水坂の雑踏の中、風倉さんは困ったように笑った。
なんとなく、その場の流れで僕らは清水坂を上っていく。
「――あの、内藤君」
不意に、夕暮れのオレンジ色に照らされながら、優しいあめ色の髪をキラキラと輝かせながら、風倉さんが問うて来た。
ザリッ、と小石を靴底で刷り、僕は彼女の方へ顔を向ける。
普段の僕なら、店頭に飾ってある日本刀に目が行っていたものだろうに。
「おっ?」
「京都、来たことないんですよね?」
「そうだね。来るのも、見るのも初めてだよ」
「ならなんで、道が分かったんですか?」
それは、意外にもド直球の質問だった。
僕は視界に空と地面を数回収め、考えあぐねて彼女の方を見た。
……すごく……目がキラキラしてます……。
コツン、と。頭に何かが当たったような気がした。
オレンジ色に照らされそこら中に光を撒き散らしながら反射する彼女のあめ色は、どんな光の屈折が見せる色よりも美しい。
その光たちに何故か追い詰められた心地のした僕は、一旦舌で唇を湿らせ、息を吸って、吸って、吐いた。
ついでにガクンと肩を落とすと、予想以上に負荷が来て、抜けていった。
「……風倉さん、笑わない?」
「努力します!」
――それはつまり笑うかもってことですよね。
やっぱりキラキラした笑顔できっぱりと言い切られ、僕は苦笑するしかなかったのだった。
人ごみに流され、あるいは逆らうようにしながら、僕らは坂を上っていく。
途中背の低い彼女が埋もれてしまうこともあったけれど、それでも二人して軽やかに笑いながら歩いていった。
「――風倉さんは、この世界の出来上がり方って、知ってる?」
たぶん僕の言葉は、かなり唐突な切り出しだった。清水坂を歩きながら、僕らは喋った。
「風倉さんは、幸せの総量の話を知ってる?」
「えっと……?」
僕の言葉に、小リスみたく首を傾げる風倉さん。……かわいいのうかわいいのう。
くぅ、とそんな幸せをかみ締めつつ、僕は続けた。85%は、受け売りの口上だ。
「――ごくごく簡単に言えば、この世の中は『質量の保存の法則』から出来上がってるんだよ」
「質量保存って、位置エネルギーとか、運動エネルギーとかの?」
出来の良い生徒を褒める教師のつもりで重厚そうにうなづくと、彼女は何だかお爺ちゃんみたい、とクスクス笑った。
うぉっほん、と咳払い一つで封殺し、僕は言う。
「そうそう。幸せの総量も、それと同じ理屈だね。『世界中の幸せの量は初めから決まっている』ってこと。
――たとえば、十の幸せがあったとする。誰かが十幸せになると、その分他の誰かが0幸せなんだ」
「はぁ……」
感心したようなため息が、隣を歩く彼女からもれた。
「量に限りがある粘土、みたいなものが――『この世界』全部の元手なんだ。
古いものが淘汰され、また新しい物が生まれいづる手順は大体、
『新しいものを作ろうとする→だけどそれを作るには元手の土が足りない→
だからもう要らなくなった部分を土に戻して、そこから補って新しいものを作ろう。』
こんな感じ。つまり、破壊と創造の、繰り返しな訳だね。
――それ故に流行は日々移り変わっているし、いつのまにかなくなっているものがあったり、
それに取って代わるものが出来上がっている。と。」
そこで一旦言葉を切って、僕は隣の彼女を見た。
――風倉さんは、かなり真剣な様子だった。顎に手を当てながらよくよく考えているようで、度々往来を行く人に肩がぶつかってしまっている。
「ふぅん――……」
彼女の相槌は、いつになく凪いでいた。
それでも瞳の奥はキラキラと燃えているので、かなり真剣なのだろう。
お、おお、主よ! これが、ギャップ萌えと、ギャップ萌えというヤツなのですか!
「と、ここでやっと僕が皆の道案内が出来た理由をお話する。」
手品師みたいな口調と大振りな動作で、僕は両手を広げた。
着込んだ学ランの裾がすっと縮み、白いカッターシャツが見える。
「――それは、『デジュビュ』」
続ける。
「デジャビュが起こる理由は、」
あ、と彼女が嬉しそうに声を上げた。思考の余韻からか、彼女はその場で軽くぴょん、と飛び跳ねる。
それから目をまん丸にさせ、本当に嬉しそうな様子で僕の言葉をさえぎり、もって行った。
「それが起こるのは、要らないと切り捨てられた部分が、自分の中に残っているから?」
イエス、と僕は微笑む。
道案内が出来たのは、僕の中にその欠片が残っているからだとうなづいた。
ようこそ正解へ、とでも言うかのように広げていた右手を腰へ折り、一礼した。
垂れた頭の上辺りで、らしいかららしくないですね、と風倉さんが笑っている。
「ふふ、内藤君、でもそれって、リングとかでよく見た
遺伝で記憶が受け継がれるんじゃないかって話と、一緒ですよね」
「はっはっはっ……」
はぐらかすように笑うと、つられて彼女も笑った。
気がつけば、もう清水寺の門まであと五十メートル足らずだ。
八橋を焼く香ばしい匂いがあたりに漂っていた。……む、漬物大手の直営店では、大々的に漬物の試食をやっている。
…………ぬぬぅ。
一仕事終えて腹の虫をならしてしまった僕に気づく様子は(幸い)なく、
風倉さんはでも、と緩やかに首を振った。
「世界の出来方がそうだとしたら、それは素敵ですね。
だってそうなると、神様は世界で一番最初の芸術家でしょう?」
ほう、と感心したのは、中々夢のある考え方を出来る子なのだと思ったからだ。
彼女は笑わないように努力する、と言ったが――こんな微笑だったら、いつだった見ていたいように思う。
――うん、少し、ごめん。さっきのは本当にくさかった。
僕はん、と両手を天にのばして、彼女につげた。もう、なんか。恥ずかしい。
「んじゃあ、ちょっと僕は清水寺周辺を散歩してくるねー」
「はい、分かりました。あ、内藤君。
あと10分程で最終点呼をとるそうですから、それまでには、
清水寺本堂近くにある出入り口の所に集合してくださいね」
「はいさー」
軽い返事と後ろ手を添えて、僕は風倉さんと分かれた。
人ごみを縫うようにして、僕は門に近づいていく。
―――― 一人になると、ふいに風の冷たさに気がつくものだ。
そして僕は、この後の決断をこの先すごく悔いることになる。
だって、ふいに背後から聞こえてきた女の子の、その声はまるで、ああ。きっとまるで――
「――――――――…………」
まるで僕には
「やあ――ないとう、たかしくん。」
どこまでも凪いでいて、どこまでも涼やかな声だったから。
「みつけた、よ?」
知っている、僕はこの声を知っているんだ。僕の中のどれかが痛いほど言うから。
でも、そう叫ぶのは、僕の中のどれなのだろう?
――ズチ、ズチ、と。
今までかつて無いほどの痛みが訪れて、脳みそに直接釘を打たれるような感覚に陥って、
前方に門のそびえる清水寺の石段と石畳の広場で、僕は両膝をついてしまった。
それは黄昏が世界を染める時間帯のことだったように思う。
それは暗澹な闇に星の光だけを撒いた夜空の下だったように思う。
――これは果たしてデジャビュなのだろうか?
「…………」
だけど、僕は振り返ってしまったのだ。
それだけは確固たる事実だから、僕は意地でも受け止めなければならない。
「――やあ。」
腰までのびた長い黒髪と、陳腐な表現ではあるけれど――日本人形のような――端整な顔立ち。
それらを、美しいと思ってしまったこと。
そして。
僕を呼ぶその声を、神様のそれだと思ってしまったことも。
【第一話】 神様の紙粘土 終わり