その知らせをルイは信じられなかった。当然といえば当然かもしれない。戦争はルイのなかで本の中にしかなかったことだった。
そして恐怖心が心のなかに表れた。それは周りの人間達も同じようだった。普段は悠然としている、貴族、軍人、家臣達が狼狽の色をみせたり、動揺している姿は、知らせ以上に不安にさせる光景だった。
また、心の中には別の感情も出始めていた。絶対的と思われていた連邦があっさりと崩れてしまったのだ。前兆はほとんどなかった。こんなにあっけなく崩れてしまうとは思っていなかった。
頭をいろいろな思いが駆け巡るなか、ルイは一つのことを思い出して、ストロームに尋ねる。
「ストローム。エリンスト王の署名があるじゃないか。連邦の諸国とは戦争をしない誓約書を書いたはずだ。王は神に誓ったのだぞ。破るはずがない」
その問いにストロームは苛立ちながら答える。
「恐れながらその考えは間違っております。エリンスト王は神などいないと言っているのであります」
その答えの衝撃はルイにとって生半可なものではなかった。彼のまわりに無神論者はいなかったのである。ルイは強い口調で言った。
「そんな馬鹿な話はないだろう。神はいる。そう本にも書いてあったし、みんないると言っているじゃないか」
ストロームは答える。
「そのとおりでございます。神は存在しております。が、しかしそれを否定する不届き者も出始めているのでございます。エリンストにはそのようなものが多いようでして……」
ルイの驚きをよそに緊急の会議が始まった。すなわち如何にして戦争をするかという会議である。
会議は遅々延々として一向に進まなかった。諸国の文官が必死に自国の負担を少なくしようとしたからである。
そんな会議の流れにうんざりしたようにファルコンが言った。
「私が軍を率いて粉砕してみせましょう。裏切り者などに負けるものですか」
ルイもうんざりしていたのでその流れに乗った。
「そうか。ファルコンよ。やってくれるか」
ファルコンは恭しく言った。
「もちろんですとも。陛下。私は軍事の名家に生まれ、これまで戦いをするために訓練を重ねてきました。ここでやらねば、どこでやるというのです。どうかやらせてください」
ストロームはその流れを断ち切ろうとした。
「ファルコン殿、勝てる見込みは確かにあるのでしょうな。それに資金も馬鹿にならない。大軍を出すのは控えていただきたい」
だが、ファルコンは力強く自分の主張を押し通した。ストロームが反撃しようとしたときミンテスはうれしげにこう言った。
「それは頼もしいことですわ。将軍の武運をお祈りいたします」
ファルコンは勇ましく言った。
「ありがとうございます。必ずや勝利を収めてご覧に入れます」
ストロームの抵抗虚しく会議の流れはこれで決まってしまった。
結局兵力の半数以上をピサロ公国が出すことになってしまった。ファルコンの嬉々とした表情と正反対にストロームは肩を落としていた。ルイにはそれが不思議でならなかった。なので尋ねた。
「別に悪いことじゃないだろう。公国の威信を高めるきっかけになる。それに公国は今の連邦で一番の大国だ。筋に通っているだろう。」
ストロームはうんざりした表情でつぶやくように言った。
「公は分かっておりません。戦争をするということは大変危険なことなのです。なるべくなら兵は少ない方がいいのです。それにエリンストまでは遠く、兵を送るだけで大変なのです」
ルイはそれらの言葉を無視して叫んだ。
「そんなことを言うでない。それよりも我々の勝利を祈ろう。タスマイヤー連邦に勝利を!」
ほうぼうからその叫び声が上がった。しかしながらストロームを始めとする幾人かの人々の声は小さかった。それらの人々の不安はだいたい出兵に関するピサロの過大負担だった。
大抵の大戦争は最初は大戦争になるとは思われていなかった。簡単に終わると思われていたのだ。奇妙に思われる人もいるかもしれない。例えば千万人以上の死者を出したある戦争では、人々は最初こう言った。
「クリスマスまでには帰れる」
クリスマスまでの数カ月で戦争が終わると思っていたのである。が、実際は集結までに四年もの月日を要した。
そしてのちに統一戦争と呼ばれるこの戦争もそうだった。が、中には戦争そのものへの不安を抱くものもいた。が、圧倒的少数派だった。せいぜい皆千キロ以上離れた東の地で小競り合いをするだけだと思っていたのである。
後日、のこりの二国との協議で具体的な出兵数が決まった。ピサロは五万の兵を出す。総勢十万の大軍だ。が、まとまっていくわけではない。なにしろもう戦争は始まっているのだ。近い国からどんどん行く。ピサロはあとのほうだ。
が、準備はもう始まっていた。ルイはせわしく働く諸官を眺めていた。別にやることはないのだ。暇つぶしに騎士の訓練を見た。その勇猛さをみてルイは必ず勝てると思った。
当時のピサロの軍構成は槍が二に対して銃が一だった。これは三百年前とあまり変わってはいない。むろん、多少は銃の割合は増した。が、なにしろ平和だった。軍事費は無駄とみなされていたのだ。