GAME FN「猫人になりたがった人人」/やさぐれぱんだ
あいつの瞳は、いつも夢をみているようで
地に足が着いているというよりは、ふわふわと浮かんでいる
そんな印象の男だった――
GAMEファンノベル 「猫人になりたがった人人」
1
人人が気ままな猫に憧れ、その存在自身になりたがる――
そんな話は、この世界が荒廃していなかった平和な時代には、日常で存在しうる話だったのかもしれない。
荒廃し暴力が世界を覆う今、人人が猫人になりたがるという、現実からかけ離れた話はなかなか聞けるものではない。
ニャートラは目の前の人人の退屈な話を、半ば呆れたような表情で聞いていた。
「で、猫人になって何がしたいんだ……」
「そうらな……、俺はまずゲェームに出れぅ……(そうだな……、俺はまずゲームに出る……)」
「今も出てんじゃないかよ……」
エール(ビールの一種)をしこたま飲み干した人人が、呂律が回りきっていない口調で言ったのに対し、ニャートラは頭の中に蛆虫でも湧き始めているのではないかとでも言わんばかりに目を細めた。
ニャートラに延々と猫人になりたいという話を何時間も聞かせた人人の若者の名は、ワガハイと言った。
ワガハイは、ポルカが連れてきた新しいチームメイトだった。人人なんかを何故チームメイトにするんだというニャートラの問い掛けに対し、ポルカはただ一言だけこう言った。
『使えるからだ』
あの魚人……ポルカの思慮は、その深さゆえに時折ニャートラの理解の範疇を超えることがあった。
人人であるというだけでも役立たないというイメージを抱くのが常というものだ。何故なら、彼らには相手の喉元に喰らい付く鋭い牙も無ければ、肉を切り裂く長い爪も無いのだ。
そのイメージもあるというのに、更に酩酊状態の彼を見たら、ポルカの言った「使える」という言葉もどこか信憑性を感じさせない物に思えるだろう。
この人人の男が自分達のチームに入れられることになったのは、少なくともポルカには考えがあってのことだったのだろうが、それでもニャートラにとっては考えるのを途中で辞めたくなるほど不可解な事だった。
「俺が猫人になれぅためには……、もっと金を稼がなくちゃならないんら(俺が猫人になるためには、もっと金を稼がなくちゃならないんだ)」
そう言うワガハイは酔って目が据わりきっていたが、その瞳だけは猫人になりたいという夢の実現に燃えていた。
強さと金が全てのこの世の中で、そんな浮世離れな夢を追い続ける人人。意識だけが空の遠く向こうで浮遊しているような、どこか現実から遠い雰囲気を感じさせる。ニャートラにとってはこのワガハイという人人の雄は、どこか掴み所の無い、苦手なタイプでしかなかった。
こんな下らない話に俺を付き合わせないでくれよ、と心の中で呟く。ニャートラはジョッキにつがれたエールを飲み干すと、酔って据わった目で、先程から言いたくて仕方なかった言葉を発し席を立った。
「せいぜい足を引っ張らないようにして、後は勝手にしてくれ。俺はもう寝る」
時刻はすでに、深夜を回っていた。
2
この荒廃し切った世界では、人々の擦れ切った心を満たす物とは単純に、心の奥に潜む欲望に訴えかける物なのかもしれない。
金という名の目に見える財産。
暴力という名の麻薬。
それを得る事で、脳から分泌される刺激に酔うことでしか、人の心は満たされないのではないか。
ニャートラは、ゲームに参加する時、時折そんな事を考えていた。
殺し型のチーム相手が参加しているゲームの観客の入りの良さを見れば、嫌でもそう思ってしまうのだろう。
過激な殺し合いが、このゲームという名の閉鎖空間で普遍的に行われ、エスカレートしているこの事実。
観客たちは、ゲームで散っていく命を見て、そのスリルに酔っている。
ゲームを見に来る者たちは皆、この閉鎖空間の外の世界では人の死を忌み嫌うような顔をしているのだろう。
しかし、化けの皮を剥いでしまえば、心の奥底ではいつ誰が殺るか、殺られるかを望んでいるに違いない。
(死を商売にした見世物か……。命を何だと思ってやがるんだ、反吐が出る……)
スカルを狙ったゲームが心情のニャートラにとっては、相手が殺し型のチームの時は、一層その思いが強く心の奥底で膨れ上がっていた。
その日の彼らの相手は、殺し型のチームだった。
ニャートラの側は、ランナーはニャートラ、アタッカーはポルカとワガハイ、ガードはヘルプで入ったクラブというザリガニ人の四名。
相手側は、ランナーの狐人、アタッカーの鳥人2名と熊人、そしてガードはザリガニ人の五名。
四対五、スカル型のニャートラ達には不利な試合かのように思われた。
1セット目。
スカルは相手側の狐人に奪われた。
「ニャートラ、俺とワガハイはアタッカーを止める。お前はあの狐人を頼む」
「わかった」
ポルカの指示に、ニャートラはフィールドを駆ける狐人の前に立ちはだかった。
しかし、狐人は手にしたスカルを上空へ放り投げる。
上弦を描いて飛ぶスカル。それに気を取られていたニャートラに、狐人の爪が襲い掛かる。
「クッ……!!」
間一髪、狐人の爪が眼前を通り過ぎる。
(目潰し狙いか……!!)
事前に殺し型のチームだとは聞いていたが、攻撃の狙いの残忍さが目立つ。
「チッ、外れたか……。視界を奪ってからなぶり殺しにしてやろうと思ったのによ……」
相手ランナーの狙いはスカルなどではなく、一方的な殺しのゲームだった。
(糞ッたれ!!)
ニャートラが反撃に出ようとする。
相手の狙いが殺しなら、スカルを奪いに行くよりも真っ先にすることは自分の身を守ることだった。
足首のばね、膝のばね、背中のばねを使い切り、相手に向かって跳躍する。
四足歩行で、今や前足となった右腕を振るい、爪の一撃を相手に与えようとする。
しかし、爪は虚しくも、狐人の赤い体毛をかすめ取ることしかできなかった。
「ニャートラ!!」
狐人の背後から、クラブがその頭ほどもあるハサミで狐人の右足を挟み、その動きを拘束していた。
「俺が食い止めている内にスカルを奪え!」
「ああ、頼む」
上弦の頂点を越し、後は重力に従って落ちるだけの軌道を描いていたスカルに、ニャートラは飛びつく。
キャッチ。相手陣地の杭――ゴールを目指して疾走する。
鳥人二人を相手するポルカの脇をすり抜ける。ニャートラのスピードなら、杭は目と鼻の先だった。
その手前、相手側のザリガニ人が立ちはだかる。
杭まで跳躍して一気にスカルを決めんと、ニャートラが立ち上がり二足になる。
それを阻まんと、ザリガニ人は第五脚と尾扇で立ち上がる。
しかし、相手がそうする事がニャートラの狙いだった。
(かかったな……!)
即座に四足に戻り、走る勢いに任せ、右前足を軸にして水平に回転する。
水面蹴り。
人人の技の見様見真似だった。
ザリガニ人にとって、第五脚と尾扇で立つ体勢はバランスが非常に悪い。
ニャートラの後足に脚を取られ、派手にガードのザリガニ人が転倒する。
「糞野郎!! てめぇ、何立ち上がってやがるんだ!! 相手のフェイントに易々とひっかかってんじゃねぇ!!」
ザリガニ人のチームメイトの熊人が野次を飛ばす。
杭に、ニャートラの手にしたスカルが突き刺さる。
「スカル……!!」
ニャートラ達のチームが一点を先取する。
2セット目。
先のラウンドで、負った損害は軽微とは言えぬものだった。
相手アタッカーの熊人との戦いで、ワガハイが爪で腕、胸をえぐられ流血している。熊人と人人の戦いと考えれば、その傷で済んだだけマシではあるが、この負傷が後のゲームの展開をどちらに転ばせるかはまだ経験の浅いニャートラからはわからなかった。
ガードのクラブが、狐人との格闘で右腕を負傷。右のハサミが手首の先から折れ、殻一枚でどうにか肉が繋がっている状態。利き腕を失い、クラブのガードとしての戦力は愕然と下がったと考えて良い。
一方、相手チームは転倒したザリガニ人以外メンバーの傷は浅い。
鳥人のアタッカーの片割れは、ポルカの顎への攻撃によって脳震盪を起こしかけていたが、まだ立っている。
「第2セット、開始!!」
審判の魚人によって、2セット目の合図がされた。
即座に、ニャートラは地を蹴った。
狙いは速攻。
スカルを奪った後は一気に、2得点目を頂く寸法だった。
ニャートラの前足がスカルに届く手前、その瞬間。
相手ランナーの狐人の前足がスカルを弾いた。
「させねぇよ」
厳かに呟き、狐人が真っ直ぐにニャートラに飛びかかった。
「クソッ、今度も直接攻撃狙いか……!!」
ニャートラが、憤りに毛を逆立てた。
第2ラウンドでは、相手のアタッカーの狙う標的が変わっていた。
ポルカによって脳を揺らされた鳥人が、手負いのワガハイに迫ったのだ。
「人人なんかに、負ける気がしねぇ……!」
鳥人がワガハイを目掛けて、飛翔する。
いや、他の獣人がするよりも高く跳躍したという言葉の方が合っているのかもしれない。翼により、高く、高く跳躍した鳥人はワガハイの上空から襲い掛かる。
頭上からの攻撃というものには人人の視野は反応できないものだ。ましてや、ワガハイの前方には巨木のような両腕を構えた熊人が立ちはだかっているために、それは尚更だった。
鳥人が、ワガハイの頭を鋭い爪で鷲掴みにせんと急降下する。
相手チームの狙いは、確実に殺れそうな者を仕留めていく寸法だった。
ワガハイは傷を負った人人。相手からすれば、格好の餌食だっただろう。
「もらったぜ……!!」
一人目の殺害を確信し、鳥人はくちばしを大きく広げ吼えた。
しかし、彼の思った通りにはならなかった。
鳥人の足が、ワガハイの頭を掴み取ろうとする瞬間――
「俺は、まだ死ぬつもりは無いんだ……」
ワガハイは、その場で身体を転身させた。
鳥人の足爪が、虚空を掴み取る。
ワガハイは転身した勢いをそのまま、手にした六尺ある樫の棒に乗せ、振り上げる。
棒の先が鳥人の顎を捕らえ、パカァァンと甲高い音を立てた。
「悪いけど、カウンターだ」
ワガハイが呟く。
鳥人の身体が、打ち上げられた後、地面にどしゃりと落ちた。それからぴくりとも動く事は無く、鳥人は気絶していた。
「す、すげぇ……!! なんだ、あの人人……!!」
ギャラリーからそんな声が飛び出し、見世物小屋の場内がざわめく中。
ニャートラは、ワガハイの事をただの人人だと思っていた事を自分に改めさせた。
「意外だ……、やるじゃないかアイツ……」
「俺は、“使える”と言ったはずだ」
驚くニャートラに、ポルカが言った。
ワガハイが放った樫の棒での攻撃は、彼自身が確信して狙ったものだった。
ポルカとの戦闘で軽い脳震盪を起こした鳥人の顎に攻撃を叩き込むのは勿論、急降下している所を突いたカウンター攻撃によってその威力は、相手を気絶させるのに一撃でも十分な程となる。
「糞……! 人人が、舐めやがって……!!」
熊人が巨木のような腕を振るう。
その一撃を、ワガハイは棒で受け止める。
しかし、熊人の強烈な腕力を耐え切るには樫とは言え、棒は脆かった。
棒は胴体からへし折れ、ワガハイは丸腰の状態になった。
「決まったな。牙も爪もないお前に、もう致命的なダメージを与える攻撃は無いぜ」
熊人が牙を剥き出しにして、口元を歪ませる。
再度、熊人が太い腕を振り上げる。
その場の誰もが、一人の人人の死を確信していた。
「%%%$$$!?」
突然、熊人が言葉にならない叫びを上げた。
ワガハイの蹴りが、熊人の足の付け根を蹴り上げていたのだ。
金的蹴りだった。
熊人の睾丸は厚い肉の壁に阻まれているが、決して効かないかというと違う。
根本的には、生物は同じ構造であるが故に、人人の知る急所という概念は相手が熊人であっても通じる。
悶絶する熊人に、追い討ちを掛けるように、拳が更に脇の下を直撃する。
たまらず、背中から地面へと傾れ落ちるれる熊人に、ダメ押しとばかりにワガハイは眉間に飛び蹴りの一撃を見舞った。
3
「これがお前の取り分だ」
ポルカが、ワガハイの座るテーブルに麻袋を放り投げる。
ずっしりと金貨の詰まった麻袋が、その重さを誇示するように、どしんと大きい音を立てた。
試合が終われば、ワガハイは酒場で再びエールを煽っていた。勝利の美酒という奴だろう。
ジョッキ2杯目に差し掛かっているが、昨夜のようには酩酊する様子はまだない。
「熊人に対して全部急所攻撃とはな。結構えげつない所があるんだな」
ニャートラが言った。
「いや、人人は他の種族に比べて非力だからな。ああでもしないと、勝てない」
「なぁ、ワガハイ。お前は、金稼いでいつか猫人になれるだなんて本当に思ってるのか?」
ニャートラが言葉を疑問に思っていたことを投げかける。
ワガハイが2杯目のエールを飲み干し、3杯目を給仕の猫人の雌に注文する。
3杯目のエールを給仕から受け取り、
「ああ、なれるよ。なってやるとも」
と、ワガハイ。
給仕をしている雌の猫人は、ニャートラからして見れば割と美人での部類に入る部類だった。白茶黒の三毛の長毛種の猫人である彼女は、町娘であったが、雑種ではあってもどこか色気のある雌だった。
ニャートラは、発情期の奴らはああいう雌を好むのだろうと思った。
目の前の人人の雄は、猫人になりたいという変わり者だ。彼が給仕の町娘を見てどう感じるのか、ニャートラは知りたくなった。
疑問を、ワガハイに投げ掛けてみる。
「ゲームで勝ちたいから猫人になりたいってわけじゃないんだろ?」
「ああ、そうだよ」
「例えばだが、あの給仕の雌とかはどう思うんだ? 猫人になりたい人人的に」
ニャートラの言葉に、ワガハイは首を横に振る。
「あの雌は猫人的には美人なんだろ? でも、俺はあの子には興味は持てないよ」
「そうなのか……」
そう言うニャートラに、ワガハイは言葉を付け加える。
「でも、俺が猫人になりたいのもニャートラが思ってるのと似たような物かもしれないな」
「どういうことだ?」
ニャートラが聞き返す。
「俺には、猫人と人人の混血種の雌の恋人がいるんだ」
「猫人と人人の……? だから、猫人に?」
「ああ」
ワガハイが頷く。
「ある人がな、金を集めてくれば俺を猫人にしてくれるって言うんだ」
「そうなのか……」
金を集めてくれば猫人にしてくれる。
新手の悪どい宗教にでも、この人人の雄は騙されているのではないか。そんな疑問が、ニャートラの中で生まれる。
ワガハイの瞳は、相変わらず猫人になる夢の実現に向けて爛々と輝いていた。
そんな目をしている相手に、お前は騙されているなんて言葉を言うことは、ニャートラにはできなかった。
宙にも浮かぶような、浮き世離れした夢を見続ける瞳。
(夢、か……)
ニャートラは心の中で呟く。
例え、それが叶いそうにない夢であっても、その実現に本気になっている奴を笑い飛ばすことはできない。
ワガハイは変な奴だと思う反面、そのひたむきさがどうしてかニャートラは羨ましく感じていた。
「ワガハイ、お前に客のようだぞ」
ポルカが、酒場の入り口を親指で示した。
ニャートラが視線を向けると、そこに立っていた者の姿にほうと唸った。
「シロ……」
来客者の姿に、ワガハイは言葉を漏らした。
そこに立っていたのは、半人半猫の雌。その名の通り、美しい白い毛並みが特徴的なワガハイの恋人だった。
混血種とは言えど、人人と猫人のハーフとは珍しいとニャートラは思った。
顔は人人のそれだが、耳の位置は人人のそれとは違い猫人の耳に近い。手・足は猫人と同様にふさふさの毛並みに覆われている。
まさに人人と猫人の中間の特徴。
「シロ!」
ワガハイは、席を勢い良く立ち上がって、恋人へと駆け寄った。
ニャートラは再会に抱き合う二人の姿を眺めていた。
「診療所にいる、クラブの見舞いにでも行くか」
そう言って、ポルカが立ち上がる。
「ん? 別にあの腕なら再生を待てば――」
ニャートラが言い掛けたところに、更にポルカが少し口調を強めて言った。
「行くぞ」
「あ、ああ……」
少々強引にその場を去ろうとするポルカの背中に、ニャートラは仕方なく席を立ち上がった。
酒場の入り口で抱き合う二人とすれ違う。
シロという半人半猫の雌と抱き合うワガハイの表情は、とても幸せそうに、ニャートラの目には映った。
4
その一報は突然舞い込んできた。
ワガハイが、刃物で刺されて重傷。今はこの村の診療所に運び込まれ、死の淵にいるというものだった。
診療所に駆けつけたニャートラとポルカが見たのは、衰弱しきったワガハイの姿だった。
「やぁ……、ニャートラに……ポルカ……」
「喋るな、傷口が開く」
「はは……、だまされたよ……。今まで貯めた金を奪われてこのザマさ……」
ポルカの制止を余所に、ワガハイが言葉を続ける。
顔面は蒼白に染まっており、酒場でエールを煽り夢を語っていた男と同一人物とは思えないほど、その表情は弱弱しい。
ワガハイは、猫人にしてくれるという人物に金を奪われた挙げ句、相手が持っていたナイフで刺されたのだという。
「二人に……頼みがある……」
息も絶え絶えに、ワガハイは言った。
「もし……、俺の故郷に行くことがあったら……俺の家で……俺の帰りを待つ彼女に……これを渡してくれないか……」
ワガハイの右手に握られた麻袋。その中には金貨が目一杯に詰められていた。
「わかった、渡しておく。だから喋るな」
ポルカが、ワガハイの手を取った。
「わずかだが……こんな物しか……残すことができなかった……。何も残せないより、マシ……かな……」
「……」
間際の死と直面するワガハイの呟きを、ニャートラは黙って聞いていた。
ポルカの手を弱々しく握る、ワガハイの手の力が抜け、がくりと落ちる。
ワガハイは瞼を閉じたまま、そのまま喋り出すことはなかった。
二人は、しばらくその病室から離れなかった。
病室を離れる時、ニャートラは瞼の裏に、いつも夢ばかり見ている人人の雄の爛々と輝く瞳を思い浮かべ、そして呟いた。
「糞が……」
5
ニャートラとポルカは、新しい場所を目指し旅立った。
その道中、ワガハイの故郷の辺境にある小さな村に立ち寄った。
「ワガハイの家? ああ、まだあるよ」
村で彼の家を聞き込み、酒場で彼の家を知る人人を見つけた。
彼に尋ねてみると、シロという名の半人半猫の雌の事は知らないと言うのだ。
「ワガハイの家は、今は無人のはずだよ。いるとしたら、アイツの飼ってたペットくらいじゃないかな」
「そうか、案内ご苦労だったな」
ポルカが、礼にと、案内してくれた人人に金貨を一枚渡す。
感謝の言葉を述べると、その雄はその場からいなくなってしまった。
「さて……」
ポルカが言うと、ワガハイの家だった場所――寂れた村に佇む小さな家――その玄関のドアをノックした。
しかし、中からは返事が無い。
「誰もいないようだな。本当に無人なんじゃないか?」
「わからん」
ニャートラが言い、ポルカが首を横に振った。
ポルカがドアノブに手を掛け、回してみる。
ドアを引くと、鉄の蝶つがいが錆びた音を立てて開いた。
「開いているな……」
ワガハイの家の中は、彼が家を出た時のまま時間が止まっていたかのように家具だけが並び、がらんとしていた。
中は静まり返り、どこか寂しく感じさせる。
「シロさん、いるか?」
ポルカが、誰もいる気配のない家に、声を投げ掛ける。
家の中からはやはり反応がない。
「やはり無人か……じゃあ、シロさんは……」
ニャートラが呟くと、足下でチリンと鈴の音が鳴った。
「なんだ……?」
足下を見ると、一匹の猫がニャートラの顔を見てにゃあと鳴いた。
ニャートラは、その猫を抱え上げた。
南中となった照りつける太陽の日差しを浴びて光る、その猫の美しい毛並み。それを見てポルカは言った。
「猫……? それも、白い毛の……」
「あいつのペット……か」
猫人になりたがっていたワガハイは、相当な猫好きだったのかもしれないと、ニャートラは思った。
この白い毛並みの猫もワガハイに相当可愛がられていたに違いないとも思った。
ニャートラの腕の中で、ワガハイのペットだった猫はにゃあと鳴いた。
「人人は愛玩動物として、猫を可愛がる文化があるようだが……」
ポルカが言い、ニャートラが抱え上げた猫を見た。
その猫は雌猫だった。
「あいつは、相当猫が好きだったのかな。だから、あんなにも猫人になりたがったのかもな」
「そうかもしれんな」
「でも、どうしてあんなにも猫人にこだわったんだろうな。恋人が人人と猫人の混血種なら、別に人人のままでも結ばれることくらいはできると思うけどな……」
「さあな」
ポルカが一言呟き、肩をすくめた。
「猫人の血、という物にワガハイは彼女との繋がりを求めたのかもしれん」
ポルカが憶測を言葉にする。
しかし、今となってはワガハイが猫人になりたいという真意は、聞くことはできない。
ニャートラの手の中の白い猫がにゃあと鳴く。
「シロさんはどこに行ったんだろうな」
「さあな……。雌とはしたたかなものだ、新しい場所を求めて旅立ったのかもしれないな。シロさんにこれを渡せと言われていたが、肝心の彼女がいないのではな……」
ポルカが、金貨の詰まった麻袋――ワガハイがシロに当てた唯一の形見を取り出し、ううむと唸った。
ニャートラは猫をしばらく見つめていたが、ポルカに首を横に振ってみせると、
「いや、ここに置いていこうぜ」
と言った。
「何故だ?」
その言葉に疑問に思ったポルカが問いかける。
ニャートラは、掲げ上げていた白い猫をそっと地面に下ろしてやり、言葉を返した。
「理由なんてどうでもいいだろ」
そう言って、ニャートラはポルカの手から、麻袋奪うと床に置いた。
「行こうぜ」
「あ、ああ……」
踵を返し、その場を後にするニャートラとポルカ。
新たな旅立ちをする二人の背中を、ワガハイのペットの猫がにゃあと鳴いて見送った。
その美しい白い毛並みの猫の足の付け根からは、尻尾が二本生えていた。