夜もふけて宴もたけなわになった。うるさい連中も一人、また一人といびきを立て始める。炎を上げなくなった赤い薪をじっと見つめていた。
「まーだしょげてんのか、おめーは」
「うるせえな。寝ろよ。」
膝を抱えて焚き火を見ていたらそんな風に思われてもしょうがない。実際、もっと落ち込んだっていいのだ。あんな負けっぷりをさらしたのはいつ以来だろう。
久しぶりの戦に勝って気分が良かった。なんせ敵の隊長格を叩き斬ったのだ。
「まあ、流しにしてはよくやったわ。ほれ。」
ゼーン銀貨二枚。ゼーン銀貨二枚が団長から放り投げられた。
「は?」
一瞬固まってしまった。今日の一番手柄は俺のはずなのに。放られた銀貨を受け止めることができず、銀貨は甲冑に当たって地面に落ちた。その音で一瞬その場が静まり返った。
「なんだ、不服か?流しの小僧に銀二枚も払ってやるのはこれが初めてだぜ。」
ふん、と鼻息を荒くして団長が俺を睨みつける。団長に睨みつけられて初めて自分の頬が熱くなってきた。侮辱だ。どこの傭兵団にも属さない流しの傭兵が低く見られるのは分かる。だが武勲を上げた剣士には正当な対価が支払われる。それこそが傭兵団の唯一の掟じゃあなかったのか。
「あんたの団じゃ一番手柄に銀二枚しか払わないのか。」
負けじと睨み返しながら低い声ですごむ。団長は鼻で笑った。団長の近くにいた古参らしき男たちもニヤニヤしている。
「なにを勘違いしてんだ。一番手柄はあいつだぜ。」
そう言って団長はゼーン銀貨五枚を放り投げた。
ゼーン銀貨はまるで自分の意志をもったみたいにその手の中に吸い込まれていった。巧みにゼーン銀貨を受け止めたその女は軽く微笑んだ。
「団長、かたじけない。」
「ふん。正当な対価を支払うのがこの団の鉄則だ。みくびるな、女。」
薄紫色の髪をまとった小柄な女剣士がそこにいた。傭兵団に女は珍しい。戦が始まる前には気にしていたが、前線を張っていた時は視界に入らなかった。
カッとなって声を荒らげた。
「なんでこの女が一番手柄なんだ。前線で命張らずにケツにひっついてただけじゃあねえのか。それとも団長、あんた夜の世話でもしてもらったのか?」
ニヤニヤしながらやり取りを見ていた古参の顔がこわばった。団長の目がギラリと光る。
「小僧、そんなに俺に首ちょん切られたいのか?」
「ああ?やれるもんなっ」
最後まで言い切る前に鼻の奥からグシャリという音が聞こえた。団長になぐられたのだ。思わず膝をついたが、涙を流すのだけはこらえた。
「一枚は何も考えずに前線に出張ったアホさ加減に、もう一枚は剣を振り回すしか脳がねえ哀れさに、ってとこだ。小僧、自惚れんな。」
大きく息を吐いて呼吸を整えた。ここまでコケにされて後戻りはできなかった。自分の中で殺気が膨れ上がっていく。まさに剣の柄に手をかけようとしたとき澄んだ声が割って入った。
「どうして私が一番手柄か知ればお前も納得するか?小僧。」
殺意に水を差されて手が止まった。この女まで俺を小僧呼ばわりして馬鹿にするのか。歯ぎしりしてこらえたが我慢できなかった。悔しい涙が頬を伝うのを感じた。
「陣の中央を駆けていたお前は気づかなかったかもしれんが、敵の陣の方が懐が深かった。戦闘が長引けば包囲されていただろう。」
女は冷たい声で続ける。
古参の傭兵達も口々に女の味方をした。
「そういう時は前線がその場で粘って、後陣が相手の懐を崩すのを待つべきだろうが。」
「んだ。それを勝手に突っ込みやがって。」
「この女が後陣で横に広がる敵を斬りまくったから相手が崩れたんだろが。」
「じゃなきゃあ、おめえみたいなひよっこが生き残れるはずあるめえ。」
「剣を振り回してればいいってもんじゃあねえんだよ。戦はよ。」
場を収めようとして団長が締めくくった。
「相手の陣を崩すのにあいつは20人近い敵を斬った。お前は勇み足で突っ込んだが隊長格を斬った。今日はあいつが一番、お前が2番だ。文句はなかろう。」
「...。」
文句はあったが言葉にできなかった。極貧の村をやっとの思いで逃げ出して、剣だけ振って今日まで生きてきた。振り回すだけと一笑に付されて言いわけがない。ただひたすら悔しかった。
「勝負しろ。」
必死に声を絞り出す。女がけげんな顔をする。
「私に言っているのか?」
「馬鹿が。その女より強けりゃ一番手柄がもらえると思ってるのか?手柄がもらえるのは戦の流れを変えれる奴だ。腕っ節が強えだけの奴なんぞ腐るほどいるぞ。」
団長が呆れて毒づいた。団長を無視して女を睨みつける。女は軽く笑った。
「ふ、いいだろう。」
魔女の詩FN「傭兵グノウの夜明け」/ホドラー
その切っ先はぴたりと喉元に向けられている。中段に構えたその姿に隙はない。剣を抜き放ってそのまま斬り伏してやろうと思ったのに飛び込めなかった。本格的に学んだ剣だと分かる。
自分の、斜めに剣をかついだ構えが隙だらけだとその切っ先が告げている。手首、胴、太ももにヒヤリとする殺気を感じた。このまま間合いに入れば一瞬で終わってしまう。と思う間もなくするりと剣が間合いに入ってきた。慌てて後ろに飛び退きながら自分の剣も中段に下げる。イヤな汗がじわりと手の甲から流れた。
この邪魔な剣先を弾いて勝機を見出す。膝を溜めてじりじりと今度は自分から間合いを詰める。一撃で倒そうと思うな。まずはあのやっかいな構えを崩す。
こちらの攻勢の気配を感じ取り、女は足運びを微妙に変えた。滑るように前後に動かす足取りがフワリと左右に流れた。上半身は微動だにしない、なめらかな平行移動。来るなら来いというわけだ。
…間合い!迷わず右側面から自分の切っ先を相手の剣の上に乗せていく。火花が二度散り、女と剣と自分の剣が激しく絡み合う。どちらが先に相手の剣を"外す"か。"外した"瞬間剣を叩きこむ!
女の手首は柔らかく、その剣は手元で暴れる蛇のようだ。絡め手の勝負を持ち込んだものの、女の剣の動きについていけない。
「うおお!」
思わず吠えながら剣を振り抜いた。唐突な剣の振り抜きに虚を突かれたかたちで女の剣は手元から弾け飛んだ。返し刀で叩き斬る!
と、強く踏み込んだ右足に激痛が走った。 剣を飛ばされたことも意に介さず女が蹴りを放ったのだ。
バランスを崩し、前につんのめるのをこらえて顔を上げた瞬間、こめかみに風を感じた。
気がつくと夕日と宵闇に染まった、紫色の雲を見上げていた。後で聞いた話では側頭部に手刀、だったらしい。最後の瞬間は闇の中だった。
どこか上の方からフフフ、と笑い声が聞こえてくる。侮蔑の笑いではない。楽しそうな、でもどこか勇ましい調子。
「…小僧、名前は?」
声が聞く。ボンヤリと答えた。
「…グノウ。数えで十六。」
声がまた笑う。
「歳は聞いてないぞ、グノウ。」
クスクスと、今度は本当に面白そうだ。
声がまた聞く。
「寒村を出て、自分の剣を振り回すだけで生き延びてきたのか?」
「そうさ。」
力無くうなずく。傭兵なら皆そうだろう。
「ふふ、グノウ、お前すぐに死んでしまうよ。」
なんだとお?うめきながら何とか立ち上がった。勝ったからって言いたい放題言いやがって。ふらつく足を踏ん張って、背筋を伸ばしてあごを引く。前をにらみつけた瞬間はっとした。
夕日を浴びて金色がかった薄紫の髪がたなびく。切れ長の双眸には炎が揺らめいていた。薄桃色のくちびるから声がもれる。
「もっと大きなもののために生きろよ。グノウ。傭兵でも騎士でも、剣だけ振る男はすぐに死ぬ。」
「大きなもの?」
「それさえあれば剣などなくても敵を打ち倒せる。戦の流れを変えることができる。」
「何を…」
「ではな。グノウ。私はもう行く。」
女剣士はそのまま黄昏の光の中に歩み去った。
「ふん。まぁ、ありゃ本物の凄腕ってやつさね。小僧っ子が勝てねえのも仕方ねぇな。」
「なに、あいつもようやったよ。」
「大きなもの、ねぇ…。あの女も言いやがる。」
野営の火を囲み、傭兵達はさっきの勝負を肴にして酒を飲む。
女剣士は勝負の後、そのまま団から去って行った。もともとこの戦だけ加わった流しの剣士らしい。
グノウは皆から離れた焚き火のそばでチビチビ酒を飲んだ。あの女剣士が言った言葉が頭から離れない。
…もっと大きなもの?それがあれば戦の流れを変えられる?戦ってのは目の前の敵を斬って斬って斬りまくることなんじゃあねぇのか?
「まーだしょげてんのか、おめーは。」
「うるせえな。寝ろよ。」
宴もたけなわになり、それでもグノウは考えていた。分からない。結局答えを見出せないままグノウは眠りについた。
夢の中で、夕日の黄金色に縁取られた、女剣士の、あの薄紫の髪がたなびくのを見た気がした。
目を開けると山間から朝日が差し込んでいた。夜明けだ。傭兵達は昨日の宴で飲みつぶれて起きてくる気配がない。風がそよと吹き、鳥がさえずっていた。
「もっと大きなもの、か。」
ぼそりとつぶやき、ゆっくりと立ち上がる。頭陀袋を肩に引っ掛け、剣を腰に差した。
よし、これでまた旅立てる。
このまま黙って行こう。何かがグノウを急き立ていた。流しの傭兵が流れていくのは当然のことで、誰も別れを惜しんだりしない。グノウは朝日がその顔を覗かせている山間に向かって歩き出した。
ここから東、山を越えればガルドの傭兵団たむろする谷川。川沿いに進み、拓けて見渡せるは聖ルナ。
朝の光の中をグノウは迷わず進む。本人は一向に気づいてなどいないが、"大きな何か"がグノウを待ち受けている。
傭兵少年の夜は、今や完全に明けていた。
Fin
----あとがき---------
この短編は文芸新都で連載中のファンタジー大河小説「魔女の詩」のファンノベルです。
「魔女の詩」を既に読まれた方は、どうだったでしょう。諸兄のイメージとは異なっていたでしょうか。僕が「魔女の詩」を読んで考えたのは、人を惹きつける人って、カリスマって何なんだろう、ということです。何がしか人を惹きつける、影響を与える人物として我らが主人公メディナを描きたかったのですが、難しいですね。
「魔女の詩」をまだ読まれてない方、本作の主人公はこの短編で登場する凄腕の女剣士です。彼女の活躍、その生き様にチラとでも興味をもっていただいたなら、ぜひ原作を読んでみてください。
最後に、この素晴らしい作品の産みの親、後藤健二先生をエールを!がんばれ~!
2015.08.15 ホドラー
自分の、斜めに剣をかついだ構えが隙だらけだとその切っ先が告げている。手首、胴、太ももにヒヤリとする殺気を感じた。このまま間合いに入れば一瞬で終わってしまう。と思う間もなくするりと剣が間合いに入ってきた。慌てて後ろに飛び退きながら自分の剣も中段に下げる。イヤな汗がじわりと手の甲から流れた。
この邪魔な剣先を弾いて勝機を見出す。膝を溜めてじりじりと今度は自分から間合いを詰める。一撃で倒そうと思うな。まずはあのやっかいな構えを崩す。
こちらの攻勢の気配を感じ取り、女は足運びを微妙に変えた。滑るように前後に動かす足取りがフワリと左右に流れた。上半身は微動だにしない、なめらかな平行移動。来るなら来いというわけだ。
…間合い!迷わず右側面から自分の切っ先を相手の剣の上に乗せていく。火花が二度散り、女と剣と自分の剣が激しく絡み合う。どちらが先に相手の剣を"外す"か。"外した"瞬間剣を叩きこむ!
女の手首は柔らかく、その剣は手元で暴れる蛇のようだ。絡め手の勝負を持ち込んだものの、女の剣の動きについていけない。
「うおお!」
思わず吠えながら剣を振り抜いた。唐突な剣の振り抜きに虚を突かれたかたちで女の剣は手元から弾け飛んだ。返し刀で叩き斬る!
と、強く踏み込んだ右足に激痛が走った。 剣を飛ばされたことも意に介さず女が蹴りを放ったのだ。
バランスを崩し、前につんのめるのをこらえて顔を上げた瞬間、こめかみに風を感じた。
気がつくと夕日と宵闇に染まった、紫色の雲を見上げていた。後で聞いた話では側頭部に手刀、だったらしい。最後の瞬間は闇の中だった。
どこか上の方からフフフ、と笑い声が聞こえてくる。侮蔑の笑いではない。楽しそうな、でもどこか勇ましい調子。
「…小僧、名前は?」
声が聞く。ボンヤリと答えた。
「…グノウ。数えで十六。」
声がまた笑う。
「歳は聞いてないぞ、グノウ。」
クスクスと、今度は本当に面白そうだ。
声がまた聞く。
「寒村を出て、自分の剣を振り回すだけで生き延びてきたのか?」
「そうさ。」
力無くうなずく。傭兵なら皆そうだろう。
「ふふ、グノウ、お前すぐに死んでしまうよ。」
なんだとお?うめきながら何とか立ち上がった。勝ったからって言いたい放題言いやがって。ふらつく足を踏ん張って、背筋を伸ばしてあごを引く。前をにらみつけた瞬間はっとした。
夕日を浴びて金色がかった薄紫の髪がたなびく。切れ長の双眸には炎が揺らめいていた。薄桃色のくちびるから声がもれる。
「もっと大きなもののために生きろよ。グノウ。傭兵でも騎士でも、剣だけ振る男はすぐに死ぬ。」
「大きなもの?」
「それさえあれば剣などなくても敵を打ち倒せる。戦の流れを変えることができる。」
「何を…」
「ではな。グノウ。私はもう行く。」
女剣士はそのまま黄昏の光の中に歩み去った。
「ふん。まぁ、ありゃ本物の凄腕ってやつさね。小僧っ子が勝てねえのも仕方ねぇな。」
「なに、あいつもようやったよ。」
「大きなもの、ねぇ…。あの女も言いやがる。」
野営の火を囲み、傭兵達はさっきの勝負を肴にして酒を飲む。
女剣士は勝負の後、そのまま団から去って行った。もともとこの戦だけ加わった流しの剣士らしい。
グノウは皆から離れた焚き火のそばでチビチビ酒を飲んだ。あの女剣士が言った言葉が頭から離れない。
…もっと大きなもの?それがあれば戦の流れを変えられる?戦ってのは目の前の敵を斬って斬って斬りまくることなんじゃあねぇのか?
「まーだしょげてんのか、おめーは。」
「うるせえな。寝ろよ。」
宴もたけなわになり、それでもグノウは考えていた。分からない。結局答えを見出せないままグノウは眠りについた。
夢の中で、夕日の黄金色に縁取られた、女剣士の、あの薄紫の髪がたなびくのを見た気がした。
目を開けると山間から朝日が差し込んでいた。夜明けだ。傭兵達は昨日の宴で飲みつぶれて起きてくる気配がない。風がそよと吹き、鳥がさえずっていた。
「もっと大きなもの、か。」
ぼそりとつぶやき、ゆっくりと立ち上がる。頭陀袋を肩に引っ掛け、剣を腰に差した。
よし、これでまた旅立てる。
このまま黙って行こう。何かがグノウを急き立ていた。流しの傭兵が流れていくのは当然のことで、誰も別れを惜しんだりしない。グノウは朝日がその顔を覗かせている山間に向かって歩き出した。
ここから東、山を越えればガルドの傭兵団たむろする谷川。川沿いに進み、拓けて見渡せるは聖ルナ。
朝の光の中をグノウは迷わず進む。本人は一向に気づいてなどいないが、"大きな何か"がグノウを待ち受けている。
傭兵少年の夜は、今や完全に明けていた。
Fin
----あとがき---------
この短編は文芸新都で連載中のファンタジー大河小説「魔女の詩」のファンノベルです。
「魔女の詩」を既に読まれた方は、どうだったでしょう。諸兄のイメージとは異なっていたでしょうか。僕が「魔女の詩」を読んで考えたのは、人を惹きつける人って、カリスマって何なんだろう、ということです。何がしか人を惹きつける、影響を与える人物として我らが主人公メディナを描きたかったのですが、難しいですね。
「魔女の詩」をまだ読まれてない方、本作の主人公はこの短編で登場する凄腕の女剣士です。彼女の活躍、その生き様にチラとでも興味をもっていただいたなら、ぜひ原作を読んでみてください。
最後に、この素晴らしい作品の産みの親、後藤健二先生をエールを!がんばれ~!
2015.08.15 ホドラー