第十一話「ポンポンロンガ師の話をしよう」
ポンポンロンガ師の話をしよう。
師は緑色のぬらぬらした肌に包まれ、頭からは二本の触覚が生えていた。体には緑色の血が流れていたと言われている。
師が全国麻雀大会に参加した時から、この国の歴史は麻雀中心に歪められた。
師は言われた。
「麻雀の話をしよう。私が知っている麻雀の話をしよう。このふざけたゲームの話をしよう。私はこの国のものではない。私はこの星のものではない。私はこの時代のものではない。
少し先の話をしよう。世界は麻雀により変革され、変質され、変態化している。あまりにも多くのものが麻雀を愛し、麻雀に殺されていく。膨大な時間が麻雀に費やされ、青春は青く染まることなくそれぞれの愛する役に染められていく。平和を求めるものはピンフの使い手となり、ダブルリーチを求めるものは留年を繰り返す。
それらは忌むべき未来である。
それらは進むべき未来ではない。
私は二万年後の世界から訪れた警告者である。純粋な緑一色(リュウイーソー 緑色の牌ばかりを集めて作る役満)の打ち手を求めるあまり、外宇宙に進出した一族が、緑色の種族との混血を繰り返して人為的に生み出した、麻雀が作り出した狂気の申し子である。
私は望まれる通りの雀力を得た。また望まれる以上の能力を得た。私は時間を遡ることが出来た。何回でも、何千回でも、何億回でも。ただし麻雀をしている時に限って。
祖先から私に脈々と受け継がれたパーソー(ソーズの八)型の遺伝子の強制的な導きによって、退屈な時間遡行を緑一色作りのために繰り返した。卓を囲むものは、私の気の遠くなるような回数の時間遡行のことなど知りもしないで、『また緑一色、すごいねえ』などとほざくだけだった。
だから私は滅ぼすことに決めたのだ、麻雀を。
私の人生を縛り、世界を間違った方向に動かした、悪魔のゲームを。
私は世界が麻雀に浸蝕され始めた起源を調べ始めた。結果、地球の、とある島国で行なわれ始めた大会が諸悪の根源だと突き止めることが出来た。そのごく初期の大会において、私そっくりのぬいぐるみを被った馬鹿者が参加していることを突き止めた。依代さえあれば私はそこに顕現出来ると考え、相も変わらず緑一色を作っていた麻雀卓から時間と空間を飛び越え、この地この時代へとやってきた。
異能により醜く汚された卓を示してみせよう。
私のようなものが生まれない世界を目指すべきだと、世界に呼びかけよう。
中途半端な雀力を持って強豪ぶっている愚か者どもを、完膚無きまでに叩きのめしてさしあげよう。
まだ間に合う。
お願いだ、まだ間に合うのだから。
麻雀で失われていく時間を取り戻せ。
麻雀に命を削られるな。
血は赤色のままに子孫へと繋げ」
第十七回全国麻雀大会決勝戦前夜(この頃の大会進行は現行のものと大きく異なっている)、決勝戦に進んだ四名による記者会見の席で、ポンポンロンガ師はこのように長々と言い放った。
師の言葉に耳を傾けるものなどおらず、ただの頭のおかしな人として扱われた。
緑色の肌も触角も、全て作り物だろうと判断された。
師が決勝戦に勝ち上がるまでにアガった役が全て緑一色だったことも、ただの偶然か巧妙なイカサマだと結論づけられた。
師の言われたことが事実だったのか、今は証明するものがない。
決勝戦で、師は一度も緑一色をアガることは出来なかった。
その年大会初参戦ながら決勝まで上り詰め、優勝をさらった男の名は、桜木道夫――後の「天和しか役と認めない桜木」である。
彼の親番から始まった決勝戦で、二回連続天和を成功させ、ポンポンロンガ師は一牌もツモることなく飛んだ(飛ぶ 持ち点棒がマイナスになること)。その瞬間、師は緑色の血を卓上にまき散らして息絶えた。
テレビカメラは確かに緑色の血を捉えていた。
しかしすぐに血は緑色から赤に変色し、師の緑色の体は被り物であることが判明した。
始めから狂人の狂言だったのか、本当に未来からやってきた人物が依代の命と引き替えに、ハコテンの瞬間に別の時空へと跳び去ったのかはわからない。
確かなことは――
桜木が莫大な賞金を手にしたこと。
次の大会からは異常な雀力を持った打ち手の数が激増したこと。
以降の大会が世界的なものになっていったこと。
少し世界が歪んだこと。
麻雀に関すること以外の記憶を、桜木がほとんど失ってしまったこと。
――くらいであった。