七.五つ眼 「マーガレット・ケンウッドの憫笑」
「マーガレット、あまり人はからかうものじゃない」
昼間とは違った間接照明のみの薄暗い「サンタナ」でマスターのおじさまこと宍倉隆は説教じみた小言をマーガレットに浴びせた。その小言の受け手であるマーガレット・ケンウッドというと、食後酒のスティンガーを優雅に楽しんでいた。コハク色のカクテルグラスに目を据わらせる彼女に反省の色は見受けられなかった。逆にその表情は酔いのせいもあるのだろうが、どこか微笑んでいるように宍倉にはみえた。
そんなマーガレットの態度に宍倉は溜め息をもらすのだった。
「それにしても、あの子あんな勘違いするなんてね」
「おまえがあの子を挑発したからだろう」
「それでも、私みたいなおばさんが光一を口説こうなんて普通考えないわ」
「それが若さってやつだ」
「I see! (なるほど!)」とマーガレットは大げさに頷いて、声を出して笑い始めた。しかし、その笑い声はどこか哀愁を漂わせていることに宍倉は気付いていた。
きっと、あの目の見えない女の子・明はまたここに来るのだろう。そして、もしかしたら敵状視察と云わんばかりに明はマーガレットの事を宍倉に訊いてくるかもしれない。宍倉はその哀愁の意味だけは明には教えるまいとマーガレットを見つめながら思う。
「それにしても、光一が可愛い可愛い弟とは笑えないジョークだな」
「あらぁ~。ジョークなんかじゃないわ。光一は私の可愛いかぁ―いい弟よ!」
今夜はもうマーガレットを叱る気にもなれなかったので、宍倉はブランデーを棚にしまいながら、笑えないマーガレットのジョークに静かに耳を傾けるのだった。