5.ずっと夢を見て今も見てる
5 ずっと夢を見て今も見てる
時間は何もしていなくても流れていく。
一秒前のことなのにもう今じゃない。
昨日のことなのにもう取り返しがつかない。
過ぎてしまった日々をなかったことには出来ない。
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「――という夢を見ていたんだ」
「何それ」
うなされていたという僕を起こしてくれた彼女に、今まで見ていた長い夢の話を聞かせた。何か大きな犯罪を自白するような気持ちで語ったのに、彼女はおかしそうに笑うばかりだった。
「笑うところじゃないだろ」
「だって所詮夢じゃない」
そう、夢だ。長い長い間、小説を書こうとしているのにちっとも書けないでいる、という夢だった。夢の中の僕には、友人と呼べる人間が一人もいなくなっていた。親にも周囲の人々にも白い目で見られ、そんな境遇に嫌気が差していながらも、現状を改善する努力をしないでいた。小説を書くんだ、俺の才能があれば完成させて投稿すれば新人賞なんて簡単に獲れるんだ。ただ今は長編のアイデアが浮かんでこないだけさ。雌伏の時だ。熟成させているんだ。冒頭の完璧な一行さえ浮かべば後は次から次へと文章が湧いてくるんだ。そんな思いに取り憑かれていた。
「だってあなたは十年前に鮮烈なデビュー作を書いて、今も第一線で書き続けている、立派な小説家じゃない」
そう、僕は小説を書き上げたことのない作家志望者などではない。毎週のように原稿の締め切りに追われ、年に三冊単行本が出版され、順調に版を重ねる、今の時代には珍しく安定して稼げている職業作家だ。来年には僕の小説を原作にした映画の公開も決まった。あまりにも理想的な作家ぶりだ。小説執筆の際には書き出してから悩むことはあっても、書き出す前にあれこれ理由をつけて立ち止まるようなことはない。
「僕のデビュー作、どんな話だったか覚えてる?」
僕の初めて書いた小説は批評家たちの絶賛を持って文壇に迎えられた。あれからもう十年になる。時の流れるのは早い。
「私は小説なんて読まないの。あなたのだけじゃなくて、本全般を読まないの」
そうだった。彼女に惹かれたのは、詩や小説の話にまるっきり無関心だったからだった。文字と言葉に振り回される日常から、彼女といる時だけは抜け出せる気がした。
「自分の書いたものを覚えてないの?」
確かに近頃は書くペースが早すぎるせいか、何を書いたのかをよく覚えていないこともある。ほとんど同じ内容のエッセイを、同じ月に別々の出版社に送ったこともあった。だけど、初めて書き上げたあの小説だけははっきりと覚えている。今でも全文暗唱出来るくらいに――。
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死人のように生きていても腹が減る。夢を見ながら生きていても眠くなる。眠れば悪夢が駆け寄ってくる。
夢の中の女は毛布にくるまっていた。毛布の下に女の体の気配はなかった。せめて夢の中では、抱き寄せることの出来る体を身近に感じていたかったのに。