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7.二千万円

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 7 二千万円


 僕には才能があるらしかった。
 惜しくも受賞には及びませんでしたが、光るものが感じられました。つきましては……。といった文面のメールが送られてきた。短編小説もどきを一編送りつけただけなのに、相手方の出版社は僕の才能を見抜いてくれたらしかった。

 僕はその言葉を単純に受け止めて。
 舞い上がって飛び上がって躍り上がった。

 家の中でじっとしていられなくて外へ飛び出し、いつものように図書館――コンビニ――大型古書店――のルートを巡った。
 図書館では僕の著作が棚に並んでいるのを想像した。「新刊書」「少し前の話題の本」「最近映像化された作品」などの企画棚を僕の本が占領していることを夢見た。
 それらの中から一冊を手に取り、受付へと持っていくと、本の表紙と僕の顔を司書が交互に見て驚きの表情を浮かべる。
「大ファンです! うちの市民だったのですか! 是非サインをお願いします!」
 図書館に収められている僕の著作の多さを思って少し迷う。しかし「今度お食事でもご一緒出来るのなら」と言って引き受けるのだ。司書は眼鏡をかけた地味な顔立ちの人だが、僕はずっと前から密かに彼女に好意を持っていたのだ。

 コンビニでは「有名になったら、もう立ち読み出来なくなるなあ」なんてことを思いながら、漫画雑誌を読んだ。髪の毛の間に挟まっていた小さな羽虫がページの上に落ちた。

 大型古書店では百円均一のコーナーに僕の本が山積みされている幻影を見た。それはとても惨めな光景でもあったが、確かに一つの時代を築いた証でもあった。

 僕の進む道に射す光はどれも明るくて、すれ違う人たちは僕を尊敬と慈愛の眼差しで見詰めているように思えた。何もかもがいい方向に進み出したと感じた。印税によってすぐにでも手に入る気がしていた金額の大きさは、何故か二千万円だった。百万単位は軽く通り越しつつ、とても億には届かない。けれど一千万ではないという数字だった。それだけあればどれほどの親孝行が出来るだろう。昔の知り合いを見返せるだろう。何台新しい自転車を買えるだろう。

 そんなうまい話があるはずはなかった。
 妄想道中の最中に薄々感づいてはいた。

 家に帰って、僕を認めてくれた出版社についていろいろ調べてみた。「共同出版を持ちかけて大金を払わせようとする」「裁判で訴えられている」「客は全てカモ」などといった情報がいくらでも出てきた。送られてきたというメールを晒しているサイトもあり、そこには僕に来たものと全く同じ文面が書かれていた。
 
 おそらく共同出版を勧めるつもりであっただろうメールに返信しないでいると、音沙汰はなくなった。光り輝く才能の塊であるはずらしい相手ではあっても、熱心に誘い続ける気はないようだった。
 それからの僕は以前と変わらず他人に認められない日々を過ごした。外を歩く僕は虫と大差ない存在で、いつか誰かに踏みつぶされるか叩きつぶされるのを待っていた。

 でも、という想いが時折頭の隅で芽生える。もしもあの時、半ば騙されながら、親に大金を出してもらってでも本を出版していれば、様々な偶然が重なり、ベストセラーになり、本物の小説家になれていたのでは、と。ごくごく稀ながら、例外だって実際にあるじゃないか、と、僕を誘った出版社からデビューした作家の名前を思い浮かべる。だけど僕は彼じゃなかったし、結局中身はどうあれ、一編の長編小説を完成させることも出来ないでいる。誰に期待されることもなく、目もかけられることのないという、気楽な所に居座り続けている。

 二千万円という金額は今思うと、高校卒業後の十年間、何でもいいから職に就くなりバイトを続けるなりしていれば、実際に稼ぎ出せていた数字だった。
 

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