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継承の章

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001

魂狩りの伝説を知るものはイホの地を出るとぐっと少なくなる。
巨人についての伝承はいくらかあるが魂狩りはイホの地のみで知られているといっても過言ではない。
しかし、伝承としては至極古い。
このイッサカル大陸のなかでも古い民話であり、学問を生業とする人間達は当然のように魂狩りの伝説を知っていた。
しかし、魂狩りの伝説によく似たほかの伝説も彼らは知っていて、それらは全て本に記されており、数多い他の民話の中に埋もれていた。
そして、その伝説を復活させようとする少年がいる。
名はメテオ。
姓はない。

血判通商連合の連合本部があるサイバザール。
事実上の血判国の首都である。
レンガや石造りの建物と、豪奢なテントが立ち並ぶ都は、大海とサイ湖に挟まれている。
サイ湖から海に向かって運河が掘られていて、生活用水と運送の両方を支えている。
ハルとタルガルガガンは無事にこの大都まで逃げ延びていた。

「すごい・・・これが『都』・・・」

ハルは生まれて初めて町をみた。
こんなに多くの人も、着飾った人々も、巨大な建物も、何もかもが初めてだった。

「気に入ってもらえたかな?君はこのサイバザールでこれから国で最高の学問を身につけるのだ。」

タルガルガガンも都まで無事に戻ってきたことでほっとしたらしく、饒舌になっている。
ハルは「学問」が何かも分からなかったが、これまでとは全く違う生活が始まるのだという事だけは完全に理解していた。
馬車が大通りから一本入った通りに差し掛かると、街の喧騒は遠のき、立ち並ぶ建物は大きく荘厳になった。

(きっと偉い人達が住んでるんだ・・・)

ハルがなんとなくそう考えると、二人を乗せた馬車はその内の一軒の前で止まった。

「すまないが私はこれから連合本部に行かなくてはいけない。ここで私の帰りを待ってくれ。・・・サロマ!いたら出てきてくれ!」

館からサロマと呼ばれた女性が駆け出してくる。

「お坊ちゃま!ご無事でお帰りになられたのですね!?」

黒髪の長髪が宝石のように輝くその女性は馬車から顔を覗かせたタルガルガガンの顔をみて、表情を明るくした。

「カンベンしてくれないか。私はそう簡単にくたばりはしないよ。それより、私の大切な客人であるハル君をもてなして上げてくれないか?私はこのまま王城に行かなければいけないのだ。」

タルガルガガンに急かされてハルは手荷物1つ担いで馬車を降りた。
タルガルガガンは最後まで笑顔を絶やさずにハルに手を振ると、馬車に揺られて王城へ向かって行ってしまった。
ハルはタルガルガガンが見えなくなってから恐る恐る振り向いた。

「申し遅れました、モラン家にお仕えしておりますサロマと申します。至らないこともあるかと思いますが、何なりとお申し付けください。よろしくお願いいたします。」

ハルはそんなことを言われても、何を「お申し付け」ればいいのかすらわからず、困惑して頭を下げた。

002

タルガルガガンがモラン邸に帰ってきたのは日の沈んだ後だった。

「ハル、すごいぞ。あの後我が軍はクロガネに勝利したそうだ。私達の後から王城に到着した早馬が伝えたらしい。」
「・・・本当ですか!?」

ハルは胸をなでおろした。
仲間を見捨てて逃げたような形になった事がずっと気にかかっていたのだ。
それはタルガルガガンも同じらしく、意固地の悪そうなつり目をほころばせて笑っている。

「私は任務を終えられた、戦は勝った、そして我が家にはハルが来てくれた。これ以上喜ばしい事はなかなかないな。」

そう言われてハルは照れた。
そうはなしていると長い食卓の上に次々と食器が置かれていく。

「あー、ちょっとこっちへ来い。」

タルガルガガンは執事を呼ぶと、何かを耳打ちした。
執事は一通り何かを伝えられると、頭を下げて部屋を出て行った。
ハルは慣れない事だらけで、何を喋っていいかも分からず、ひたすら部屋の中を眺めながら作り笑いをしている。
そうしている間にさっき出したばかりの食器が片付けられて、テーブルの上のレイアウトが変わっていく。

「あれ?さっき出していたお皿は・・・」

ハルが不思議に思ってそう聞くとタルガルガガンは笑顔で答えた。

「長旅で疲れたからな。いつもの食事ではなく、もうちょっと違ったものを食べさせるように言ったんだよ。流石の私も体が持たない。」

そう言っていると、テーブルの上には銀の大皿が並び始め、焼いた肉の塊やシチューの大鍋がどんどん運び込まれた。
タルガルガガンはその様子を眺めながら小鉢を持ち出すと、テーブルの周りを歩いて食べ物を物色し始めた。
肉の塊の傍らには料理人がナイフを持って控えている。
ハルが呆気にとられていると、執事がハルにも小鉢と杯を手渡した。
そのうち、部屋には各々の小鉢と杯を持った使用人たちがどんどんと集まり始め、思い思いに料理を取って食べ始めた。

「ハル、ぼうっとしてると食べ物がなくなるぞ。」

タルガルガガンが悪がきのような顔をしてハルに声をかける。
ごった返す使用人を掻き分けて、ハルは自分の食事にありつくべく大皿に向かった。
その様子をみながら焼き目のついた薄切り肉をほおばるタルガルガガンに執事長が声をかけた。

「お坊ちゃま、これでよろしかったでしょうか?」

タルガルガガンは頷くと執事長を褒めた。

「ありがとう、百点だ。おまえも食べるといい。ついでに客人に自己紹介してやってくれ。」

執事長が白髪頭を横に振って辞退しようとすると、タルガルガガンが釘を刺した。

「これも仕事だよ。みんなが食べないと大切な客人が遠慮するだろう?どうせ、賄いも全部持ってこさせてるんだ。今食べないと明日の朝までに飢え死にするよ。」

観念して執事長が食事をとりに向かうと、タルガルガガンは杯に口をつけて顔をしかめ、どこかにもっと軽い酒がないかと自分もテーブルの上を物色し始めた。

003

モラン邸の夕食はしばらくの期間続けて立食会だった。
途中でタルガルガガンの兄や両親が外遊先から帰ってきてそれに合流したせいで、多少騒ぎは沈静化したが、ハルがサロマに食事の作法を教えてもらいマスターするまではそれが続いた。
ハルの昼食はそのために毎日一人きりで、サロマがつきっきりだった。
その期間に服の着方や、立ち振る舞いなど都市で生きていく上で必要な事を教わった。
ハルは風変わりな立食会が統べて自分の為に仕組まれている事に気付いて、タルガルガガンの思いやりに感謝の気持ちで一杯になった。
与えられた部屋はイホの地で村長が住んでいた掘っ立て小屋の何倍も清潔で広かった。
何でできているか想像もつかない寝床や、丁寧に織られた布、飛んでこない蚊など夢のような暮らしだった。

(快適すぎて目標を見失いそうになる。)

そうハルは自分を戒めなければいけないほど、その暮らしは優雅だった。
ハルが一通りの作法を身につけたとき、朝食の席でタルガルガガンではなく兄であるゲールがハルに言った。

「ハル、君を学院に推薦しようと思うんだ。」
「が・・・くいんですか?」

タルガルガガンが助け舟を出す。

「君ぐらいの年齢の若者が学問を学ぶ場所だ。私もそこで地理を学んだんだ。」

ハルは嬉しくて飛び上がりそうになったが、すぐに自分にそんな価値があるのかと弱気になった。

「学院の生徒たちに追いつくのは容易なことではないから、この家でもかなり勉強をしなければいけない。生半可な事ではないが・・・まあ、俺も昔卒業できたところだから、ハル君ならば主席で出れるだろう。」

ゲールがそう言って茶化す。
ハルは話が大きすぎて何も言わずに引きつった笑顔を固まらせている。
ゲールはその表情をみて愉快そうにしていたが、急にハルを睨みつけた。

「できるよな!?」
「は・・・はいぃぃ!!」

思わずハルが返事をすると、またやさしい顔に戻って「それなら結構。すぐにでも手配しよう。」と満面の笑顔だった。
横でタルガルガガンが吹き出しそうなのをこらえている。
ハルの返事が滑稽だったのだ。
朝食後、ハルは3人の使用人に色々な説明を受け、街を引きずりまわされて様々なものを買い揃えさせられた。
それらの値段は軒並みイホの村では半年暮らせるほど高価なものばかりで、その日一日で村を買い取ってもおつりがきそうなほどの金貨が支払われた。
ハルはそれをみてクラクラしながら学問にかじりつく決心を固めた。

004

ハルの部屋には家庭教師がくるようになった。
家庭教師とはいっても執事長やタルガルガガンにゲールが変わりばんこに勉強を教えにくるだけだが、ハルが今までに体験したことがない世界だった。
ゲールがハルに公用語の読み書きを教えているちょうどそのとき、廊下の片隅で執事長とタルガルガガンが立ち話をしている。

「タルガルガガンぼっちゃま、ハル様は詰めれば詰めるだけ身につきますな。」

執事長は実はゲールとタルガルガガン二人の教育係でもあったため、教育者としても高い能力を持っている。

「そうだろう。正直なところ、私や兄と比べてどうだ?」

タルガルガガンが意地の悪い質問をする。
しかし、執事長はおどけもせずにきっぱり言った。

「私がこれまでお教えした中で、一番です。」

この答えにタルガルガガンも驚いた。

「ずいぶんハッキリ言うな。」

執事長はしてやったりと言った顔で付け加えた。

「しかし、それを見抜いて連れて来られたタルガルガガン様の手腕も素晴らしい。そのどちらにもお仕えする機会に恵まれた私が、恐らく一番の幸せものでしょうな。」

そう言って舌を出して逃げた。
部屋の中からはゲールの怒号が聞こえている。

「それは無茶だろ兄貴。」

タルガルガガンは腕ぐみしながらその様子を部屋の外から覗う。
ハルは怒られながら必死で文字を覚えさせられているのだが、そのペースが尋常ではなく速いのだ。
しかし、タルガルガガンは兄を止めるつもりはなかった。
きっと、泣きながらでもハルはゲールや執事長の期待する以上の速さで、物事を身につけていくに違いない。
そう考えながら廊下を歩き、階下へ降りる。

「お坊ちゃまお出かけですか?」
「ああ。」

声をかけた中年のメイドに手を振ってタルガルガガンは使用人を連れて屋敷をでた。





005

「うわ・・・やっと見つけた。」

敵の大将の首をやっと見つけたメテオは汚いものでも見るようにハルバードの先にその首を引っ掛けた。
探すといっても大将をやられて遁走した敵陣の周辺をヒに跨ったままハルバードでつつきまわっただけの事だ。
メテオに大将を獲らせた小隊長は岩場に腰を下ろして、ふらつきながらも鼻歌を歌っている。

「おっさん、だいぶやられたみてえだな。」

メテオは小隊長に話し掛けた。

「・・・面目ないな。正直言うとお前がこなければ我々は全滅だっただろう。英雄だよ。丘の下をみてみろ。」

そこには奇襲を受けて生き残った大隊の兵達が立ち並んでいた。
ハルバードの切っ先に大将の首をかけ、巨獣ヒに跨るメテオを仰ぎみている。
その中には小隊長の部下であるノッポと小太りも混ざっていた。

「あいつ・・・帰ってきた・・・」
「俺たちのためだ・・・」

二人で肩を叩き合って泣いている。
その場のほとんどの人間が畏怖と希望の混じった目で丘の上を見つめていた。

「・・・小僧、名前はなんという。」

小隊長が尋ねた。

「俺の名前はメテオだ。」

小隊長は両膝を拳で殴りつけて立ち上がると、岩の上に立ち上がった。

「敵大将の首、傭兵メテオが獲った!!伝令を出せ!!都に知らせろ!!俺たちの勝利だ!!」

歓声は起こらなかった。
誰かが「メテオ」の名前を呼んだ。
その横にいる奴も呼んだ。
その横にいる奴も、そのまた横にいる奴も・・・そうして、メテオの名を呼ぶ声が広がっていった。

「皆が・・・俺の名を呼んでいる・・・」

メテオはその様子を見て、自分の中の何かが打ち砕かれるのを感じた。
もう辺境の沼地の子供ではない。
一時にして、メテオは英雄になったのだ。

「・・・メテオ!メテオ!」

血判国のすべての兵士がメテオの名を呼びつづけている。
メテオはヒのわき腹に蹴りを入れると、ヒは丘を駆け下りた。
ゆっくりと血判国の大隊の前を駆ける。
ハルバードに掲げられた大将の首を兵士たちは見つめている。
メテオは一人で砂漠を縦断した死と隣り合わせの日々を思った。

「俺の名はメテオ、傭兵のメテオ。イホの村で流行り病を生き延びた。魂狩り様の伝説を追ってワニを殺し、砂漠を南に下り、このヒとともに傭兵になった。」

兵士たちはいつしか無言でメテオの言葉を聞いている。

「傭兵になって何をすればいいのかもわかんねえ・・・でも、俺は勝った。」

兵士達の中にも知恵者がいたらしい。
イホの地の魂狩りの伝説を諳んじ始めた。

「・・・『イホの地に、ユカイモを奪う為、北の地から攻めてきた者がいた。小さい子は、ヒの背に乗って斧を持って戦った。これは槍がライオンに折られたためである。そして、敵の只中で斧を振るい1000人を殺した。敵の王はその様子を見て言った。『災いかな、我が兵の魂、これ以上狩られてなるものか。』兵士たちはその日から『魂狩り』を見ると、剣を置いて逃げるようになった。小さい子の民は、小さい子が強いのを見て、巨人であるのをやめ、小さい民となった。』・・・こいつは・・・このお方は、魂狩りの再来だ・・・!!・・・伝説の英雄魂狩り様だ!!」

メテオは首を振った。

「それは違う。俺は魂狩りの伝説を聞いて、こいつに乗っただけだ。」

メテオはそれ以後、多くの名前で呼ばれることになった。
「傭兵」「跨る者」「魔獣使い」などだ。
そして、この先、どんどんと増えて行く事になる。
しかし、「二つ首」と呼ばれるようになる前に呼ばれた名前の中で、最もふさわしい通り名はこの時についた。
「魂狩りを追う者」がその名だった。

006

大隊は場所を移して野営することを決めた。
傷を負ったものが多く、傷を癒し体勢を立て直す必要があったからだ。
大隊は補給任務を終えており、残す任務は都への帰還のみであったから、安全策をとることに躊躇はなかった。
補給したのは武器食糧だけではない。
前線の疲れた兵士と新兵の交替も行なっていた。
そのため、奇襲を受けた時点で既に、隊の半数は疲弊していたのだ。

「この場所であれば安全だろう。」

大隊長は見晴らしのいい草原に流れる川沿いに天幕を張ることに決めた。

***

「なんだ、俺の専用の天幕があるのか。」

メテオは川の真横に専用の天幕を貸し与えられた。
ヒは戦で疲れた体を川に泳がせて休息しているようだ。
天幕の横の立ち木の枝に鞍をかけ、メテオは痛みがないか調べた。

「あー、だいぶキテるな。」

メテオは器用な性質ではない。
馬具もボロイ鞍をワニ皮で補強しただけに過ぎず、その補強の仕方も草の蔓で縛っただけだった。

「それは自分で作ったのか?」

腹に包帯を巻いた小隊長がやってきた。

「まあ、そんなもんだな。」

小隊長は痛む体をさすりながら、木にかかっている鞍を見る。

「・・・修理できるやつをよこそうか?」
「いいか?」

二人はなぜか妙に打ち解けていた。
小隊長は近くにいたほかの兵士にことづてすると、メテオの天幕に横になって騎馬隊の職人の到着を待った。

「メテオ様、お呼びでげすか?」

小隊長は横になったままの非礼を詫びて、事情を説明した。
職人は外の鞍をしげしげと眺めると何度も頷きながら何か考えているようだ。

「お許しいただけるのであれば、私めにやらせて頂いてよろしでげすか?」

メテオが「よろしく頼む」と言うと、職人は大きな鼻を手で触りながら人を集め、作業台をこしらえ始めた。

「・・・傭兵殿、代金はこれでよろしいか?」

小隊長がメテオにそう尋ねると、メテオは首を横に振った。

「足りねぇな。まだ、俺は武器の使い方を教えてもらわなくちゃいけねえだろ。」

小隊長は首をすくめて同意した。

「確かにそうだな。この隊の連中は俺も含めて全員、お前に命を救われてるんだ。それぐらい頼んだってバチはあたらんだろう。」

そう言いながら小隊長はメテオの横顔を眺めた。
はじめてあった頃とは別人のようだ。
しかし、その眼光の鋭さは変わっていない。
今も湿地の宝石のようなその三白眼は天幕の中から外の兵士たちの動きを追っていた。

007

大隊が野営してうちに、都からなにやらやってきた。
大隊を分割して、動ける奴から中隊単位で都に帰還させるとの命をもってきたのだ。
そして、ちょうど今、天幕が貼られている場所が新しく開拓された補給路の中継点になる為、砦を築くための人足と資材もやってきた。
他には足りなくなってきた薬や、ついでに医家、なぜか吟遊詩人までがやってきた。

「大都サイバザールからメテオ様に一目お会いしたく参りました。」

赤い羽根の刺さった帽子を被り、リュートを背負ったその男はメツセラと名乗った。
それ以来メテオの天幕に入り浸り、メテオのこれまでの生い立ちを事あるごとに聞き出す。
そしてそれを紙に記していく。
メテオはそれを見ながら、何の為なのかきいてみた。

「畏れながら、メテオ様の歌を作っているのでございます。」

それがどういうことかは、メテオは良くわかっていなかったが、メテオはワニを絞め殺して飢えを凌いでいた話や、砂漠に挑んだ最初の日は命からがら逃げ帰った事など、思い出せる限り事細かに話した。
それをメツセラは書きとめ、一人の時間にリュートを爪弾き、旋律をつけながら手直ししていく。
メテオはそれを傍でみながら「世の中には色んな奴がいるものだ」と感心していたが、メテオ自身も武勇伝をかたっていただけではなかった。
傷の癒えた小隊長や、他の隊から招かれた腕利きの武芸者達から武芸を習っていたのだ。
彼らを驚かせたのはメテオの忍耐力だった。
兵士たちの大多数は、魔獣に乗った英雄であるメテオを人外の超人のように感じている。
しかし、メテオと話した者は、メテオが世の中のことは右も左も分からない少年だと気付く。
特にメテオが大将を倒す場面を見ていなかった者の中には、地図にも載っていないような南方の砂漠を数十日かけて往復したとか夢物語を語る少年に、何かしらの怪訝さを感じているものもいる。
そんな彼らも、メテオに面と向かって何かを教える機会が与えられると、評価はがらりと変わる。
短気そうなこの少年は、どんな事でも教えられた通りの事をするべく細心の注意を払い、直ぐにできないようなことでも、気落ちせずに淡々と訓練を続ける。
イホの村にいた頃のメテオは直情的で努力よりも結果を求める人間だった。
それはメテオが一番よく知っている。
ある腕利きの槍使いがメテオにこんな事を言われた。

「オレ、まだガキだから。」

子供だといわれて怒っていた頃とはまるで違う。
砂漠の恐怖に打ち勝ったメテオは、何事にも準備と根気よさが必要だと身を持って知っていた。
オアシスで隊商たちが砂漠への備えを整えてくれたおかげで、砂漠を渡りきったことをメテオは承知している。
そして、自分が幸運だった事も良く知っている。
メテオは今、こう考えていた。
もし、幸運でなかったとしても生き抜くためには力が必要だ・・・とそう考えていた。
メテオは誰にでも直ぐ質問した。
頭は良くないので、聞く内容は他愛のない事ばかりだが、自分が知らないということを恥ずかしがらずになんでも質問する。
その内に隊の連中も、新しくきた砦を造りにきた連中も、メテオという人間が嘘偽りのない本物だと理解した。

「どうりゃああああああ!!!」

木の長い棒を槍にみたてて、突進の練習をしている。
教える側にも力が入る。
今日は昨日に引き続き槍の使い方を学んでいるようだ。

「脇があいたら槍は刺さらん!!相手は分厚い鎧をつけてるんだぞ!!腕の力で刺すんじゃない、体全体を槍の穂先に乗せるんだ!!・・・こう!!・・・こうだ!!」

その様子をみながらノッポが小隊長に話し掛けた。

「小隊長。メテオさんは飽きないんですかね?毎日、毎日、訓練尽くしですよ?」

小隊長はにやにや笑いながら「さあな」と答えた。
小隊長も正直メテオの訓練好きには驚きを通り越して半ばあきれているのだ。
一体、どこまで強くなりたいのか見当もつかない。
そして、強くなってどうするつもりかも全く見当がつかない。
あまりにも気になって訓練の手が空いたところへ大声で尋ねる。

「そんなに強くなってどうするつもりだ!?」

メテオは手ぬぐいで汗を拭いながら立ち止まって答えた。

「俺、たまに『魂狩り』って呼ばれるんだ。」

小隊長は腕組みして頷いた。

「・・・だったら、俺が弱かったら呼んだ奴も俺もバチあたるだろ?」

そう言って、再び棒を構えた。

008

砦が完成に近付くと、いろいろな事ができるようになった。
鍛冶屋に釘や留め金だけではなく、武器を作る余裕が出てきたのだ。

「メテオ様の武器を作らせて下せえ!伝説に出てきたような立派な斧を作って見せますぜ!!」

鍛冶場を見学していたメテオに親方がそう言った。

「ありがたい、けど・・・武器何使うか決めてねえんだ。」
「あー・・・」

親方は肩透かしを食らってなんともいえない表情をしている。
メテオは鍛冶場においてあるいろいろなものを珍しそうに眺めながらしばらくすると出て行ってしまった。
親方は初めて会った英雄メテオに、なんだか上手く話をはぐらかされたような気がしてしょげていたが、メテオの人となりを知っている兵士に「気にすることないさ、ああいうお方だ。」と励まされた。
事実、メテオのほうは獲物を作ってもらえると聞いて結構喜んでいたのだが、現実的に何を作ってもらうかの方が難問過ぎて、喜んでばかりもいられなかったのだ。
翌日からメテオは鍛冶場に通いつめ、親方に自分が欲しい武器がどういうものなのかを根気よく伝え始めた。

「まず、ヒのセが高いから、短い武器じゃダメだよな?でも長くて重いエモノは俺の体重が軽いから、安定しねえんだ。」
「お・・・おう!」

親方は思った以上に具体的な要求をいくつも突きつけてくるメテオに困惑しながらも、頭の中でそれらを満たすエモノを考えて始めた。

「メテオの旦那。それを全部やろうと思うと、戟(げき)って言う武器になってきまさあ。ただ、あんまり取り回しがいい武器じゃねえんです。なんでかって言うと・・・」

二人で話し込む。
メテオは時にそのへんにおいてある火かき棒を手に、自分がイメージしている戦い方を見せたりもした。

「まるでこの砦の主だな。」

誰かがそう言うと、その様子を見ていた一同が頷いた。

009

「あー・・・これはもう私が教えることはありませんね。」

最初に音を上げたのは槍を教えていた別の小隊の小隊長だったが、それを皮切りに他の武器を教えていた武芸者達も次々にメテオに「皆伝」を言い渡した。
メテオが技を極めたのではなく、単に彼らの技量の限界だった。
唯一、メテオの友人である小隊長だけが、変わらずメテオに剣を教えていた。

「はい、今、盾を落としたとするな・・・どうする?」
「えーと・・・」

そう言った問答をしながら木の棒で朝、昼、晩と殴り合いをやっている。
メテオはその合間に鍛冶場へ行き、自分の武器の相談をしている。
そこへ珍しく小隊長がきた。

「何しにきたんだ?」

メテオが尋ねる。

「お前じゃないよ。親方に話だ。親方、悪いがツーハンデッドできるか?柄が長くてしっかり握れる奴がいい。」

そう言って小隊長は財布を作業台の上に置いた。。

「いいぜ。出来たら呼びまさあ。」

小隊長が去ると、メテオと親方は再び話し込みはじめた。

010

「メテオ様は・・・この先どうするんですかね?」

ある夜、ノッポがメテオに急に尋ねた。

「わかんねえ。」
「そうっすか。」

メテオはそう聞かれて「自分でもどうしたいのかわからないな」と思った。
そこへ鍛冶屋の親方がやってきた。

「メテオの旦那。新しく図面引いてみたんだが、見にこねえか?」

メテオは頷いて親方を放って鍛冶場へ向かって走り出した。

「・・・図面?」

ノッポが親方にそうきいた。

「メテオの旦那の武器は今までにある型じゃ追いつかねえ。なかなかハッキリ言いたい事は言うぜ。」

ノッポは「そうみたいだなぁ」と他人事のように感心すると、親方とメテオを見送った。
鍛冶場に親方が帰るとメテオが先に待っていた。

「試しに木で削って作ってみたんだ。勿論、本物は鋼で作るぜ。」

それはヴォウジェと呼ばれる武器だった。
そのフルークと呼ばれる鉤を長くし、角度をポールに対してより直角に近い角度にしてある。
ヴォウジェといえば結構な重さの武器だが、親方は多少小さめに設計して軽くしようと考えている。。

「鋼にするとどれぐらいの重さになる?」

親方は「これぐらいだ」といって荒金(あらがね)を手渡した。
メテオはその重みを手で持って確かめる。

「旦那は馬に乗って戦うから、片手でも扱える重さにしたんだ。」

メテオは武器の製作を依頼した。
親方は胸を叩いて「任せとけ」と笑った。
10, 9

  

011

メテオの武器の製作が始まった。
親方は荒金の中でも、より品質の良いものを選んで砕き、炭の粉と混ぜるつぼに入れると、釜の中で焼き始めた。
弟子たちがその様子を固唾を呑んで見ている。

「親方、なんで他の鍛冶屋たちは仕事もしないで親方の仕事ばっかり見てるんだ?」

メテオが疑問に思ってそう尋ねると、親方はあごを掻きながら答えた。

「このるつぼを使うやり方は、他の弟子や鍛冶屋には教えてねえ方法なんでさあ。俺の師匠に当たるお人の秘伝中の秘伝です。」

そういいながら炎の色を注視する。
他の職人たちは、親方の目つきと炎の色を交互に見比べている。
親方は十分時間をかけてるつぼを焼くと、中身を取り出して様子を確かめた。

「いいでしょう。」

親方がこの方法を普段使わないのにはちゃんとした理由があった。
一回に製鉄できる量が、るつぼの容積に限られるため、量産に向かないのだ。
釜の横には人間の背丈の何倍もある製鉄炉が造られている。
そちらを使えば真っ白に焼けたどろどろの鉄をいくらでも作れるのだ。
親方がメテオの為に作る武器は長柄武器であるため、鉄で作られるのは穂先と一部の金具のみだ。
親方はその穂先だけをこの特別な鋼で作るつもりだった。

「いい塩梅だ。」

親方はるつぼの中で冷めかけた鉄をやっとこでつかみ出すと、木で作った模型と図面を見ながら、金床の上でたたき始めた。
何度も炎の中へ入れては叩く。
親方の力強い槌によって、粗鋼はだんだんと武器らしく形を変えていった。
メテオの為に考案されたヴォウジェ。
その複雑な形を、親方はできるだけ少ない鋼で、しかも一つの鋼から打ち出して作るつもりだった。
もっと言えば、極力少ない打数で打つつもりなのだ。
刃は決して均質な鋼で作られているわけではない。
固い鋼と柔らかい鋼が混ざり合って、鋭さと強靭さを得るのだ。
極力少ない打数を目指したとはいえ、ロングソードなどとは比べ物にならないほど複雑な形をしている。
微妙な角度、力加減、温度による鋼の伸び具合の違い、そうしたものを全て考えた上で行われる繊細な作業・・・のはずなのだが

「・・・すげえ。」

親方の仕事を見守る徒弟の一人がそう漏らした。
親方は繊細な仕事を全く感じさせない豪放さで常に全力で槌を振るい続けているように見える。
傍から見れば乱雑極まりない打ち方をしているにもかかわらず、出来上がる造詣は横に置かれた木の模型にどんどん近づいていく。
打数を減らすためには強く打たねばならない。
強く打てば手元は狂う。
息を呑む鍛冶場で親方の手が止まった。
今まで使っていた槌を足元に転がし、ベルトにささっていた別の槌を構えて再度打ち始める。
弟子が転がした槌を丁寧に拾う。
親方の強打で槌のほうが持たなかったのだ。
柄が折れる前に新しいのに替えたようだ。

「炉を熱くしてくれ。」

親方の額からは滝のような汗が流れている。
弟子の一人が親方の言葉を聞いて炉に通じるふいごを踏み始めた。
親方は炉と手元を交互に見ながら、何かを考えている。
意を決して今まで打っていた鉄塊を炉に突っ込むと、真っ白な炎で髪を焦がしながら炉の中を注視した。
焼ける鉄の輝きから温度を測っているのだ。
見物人は終始無言だった。
親方の気迫がそうさせていたのだ。
メテオですら一言も発しなかった。
物怖じしていたのではなく、親方の仕事に感動していたのだ。
親方は長いはさみで焼けた鋼を取り出すとその白熱する表面を悩ましげな目で見ていた。
白から黄色へ、そして橙色に変わる瞬間、油壺の中に焼けた鋼を突っ込む。
油壺から火が出る。
弟子があわてて消し止める。

「そいつは、最後まで俺がやるんだ。冷えても誰も触るんじゃねえぞ。」

親方はそういい残すと鍛冶場の隅の薪が積み上げてあるところへ倒れこみ眠った。

012

親方が眠った後、鍛冶場の弟子や他の職人たちが親方の技についていろいろ議論をしていた。

「やってるな。」

小隊長がやってきた。
実はちらほら覗きにきてはいたのだが、別な用事があったため全て見学するというわけには行かなかったのだ。

「小隊長殿!ご注文の品ができております!」

徒弟の一人が小隊長を見つけて駆け寄った。

「一緒に見るか?」
「ああ。」

小隊長はメテオを誘うと徒弟と三人で鍛冶場の横の倉庫に向かう。
生成りの麻布に包まれた馬鹿でかい十字架のようなものが立てかけてある。
徒弟が丁寧に布をはがすと見事なツーハンデッドソードが姿を見せた。

「さすがシラノだな。」
「シラノって誰だ?」
「親方の名前だ。知る人ぞ知る名工だ。・・・なんで砦の釘なんか打ちにきたのか分からない。この業物は一財産払う価値があるな。」

ツーハンデッドソードは刀身も長ければ柄も長い、剣の中では最も大きい部類のものだ。
主に両手で扱うようにできている。
シラノが打ち上げたツーハンデッドは柄の中ほどに瘤ができていて、両手で握ったときでも滑りにくくなっている。
また刃の中ほどにも幅広になっている部分がある。
深く刺さりすぎて抜けなくなるのを防ぐための工夫だ。
つばの変わりに刃と柄の境から直角に4本の突起が出ている。
そして、それらの突起も全て柄として使えるように工夫されているようだ。

「シラノの名にふさわしいツーハンデッドだな。どんな持ち方でも思い切り剣が振るえるようにできている。」

柄の一番下の部分は奇妙なYの字に加工されていた。

「だが、これはなんだ?」

メテオと小隊長はしゃがみこんでそのYの字を眺めた。
案内した徒弟に尋ねても首を傾げるばかりだ。

「そいつはこうやって使うものだ。」

後ろで声がするので振り向くと、いつしか目覚めた親方が立っている。
長く重いツーハンデッドを手に取ると、Y字の又の部分を右の肩口にあてがい、柄を右手で握る。
そうすることでツーハンデッドを片手で地面に水平に構えて見せた。

「なんと!」

小隊長が唸る。
親方はあまりの重さにすぐふらついたが、小隊長ほどの膂力があるものであればその状態で敵に突撃することもできるだろう。
場合によっては反対の腕に盾を構えることもできるだろう。

「親方・・・これは悩ましいツーハンデッドを作ってくれたな。どうとでも使えるようになってる。」

親方は「お前さんほどのものなら使いこなせるだろう?」と言って笑った。
そして、小槌とたがねを取り出す。

「名は?まさか『小隊長』と刻むわけにもいかんだろう?」

小隊長は「チェルノブ」と名乗ると、親方はそのように刻み付けた。

013

親方は再びメテオのヴォウジェに取り掛かった。
鍛冶場の他の職人を呼び寄せる。

「こいつはエッサイ。鍛冶もやるが、腕利きの研ぎだ。」

複雑な形状のヴォウジェを万力で固定し、柄を通す穴を加工していく。
親方とエッサイは馬鹿でかい錐をねじ込んでいく。
油を差しながら慎重な作業だ。

「いよいしょ!!」

巨大な錐に取り付けられた横木を、息を合わせて二人で回す。
その横で他の職人がその作業を見ながら、柄の製作に取り掛かっている。

「また、細い穴あけやがって・・・」

悪態をつきながら沢山の木材の中から丈夫な物を選りすぐっていく。
シラノが作ったヴォウジェは普通のものよりも一回り小さいため、そこに穿つ柄を通す穴も小さめになっている。
柄はそこに通すことになる。
柄が細ければ折れやすい。
悩みに悩んだ末、取って置きのトネリコを使うことにした。

「これが折れたらもうしらねえよ。」

日もすっかり沈む頃、全ての作業が終わった。

「完成だな。」

壁に立てかけられた一振りのヴォウジェは完成を告げられて、ひときわ鈍く輝いたように見えた。

その場にいた全員が改めて見直す。

「俺・・・都でいろんな工房を見たんだが、どこの工房においてあるマスターピースでも、これに勝るものは見たことがねえ。」

誰かがそういった。
絵につけられた鋼の穂先は全体に波紋のような模様が浮き出ている。

「俺の死んだ師匠の秘伝中の秘伝『蛇紋鋼』だ。荒金は氷河の石を使っている。」

氷河の鉱石は、鉱山で採れるものではない。
氷河の上にぽつんと鉄の塊が落ちていることがある。
すこぶる鍛えにくいと評判だが、純良な鉄だ。

「これ以上のものは金を積まれたってもう作れねえな。」

シラノはそう言って、その逸品をメテオに投げてよこした。

「お前、これで一振りで3人切るつもりなんだろ?成功したら、教えてくれ。俺の鍛えた武器だって世界に言いふらしてやる。・・・そいつが代金だ。」

ヴォウジェを受け取ったメテオは、急速に手になじんでいくその得物に寒気すら覚えた。
その重みが、バランスが、輝きが、それを握った感覚が、手のひらから心臓までを貫き、全身を駆け巡る。
メテオは無言で何度も頷くと、はらはらと涙を流した。
嬉しいのでも、悲しいのでもなく、こみ上げる衝動に心が耐えられなかったのだ。

「泣くな・・・そういう涙は人にうつらあな。」

親方はそういうと背を向け自分の天幕に帰っていった。
その夜、メテオはヒの背中に鞍を乗せると、明け方まで帰ってこなかった。


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