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◆ 7
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件の姫殿下ナンパ事件から二日。姫殿下とチョロのデート当日。サッスーン城北門前にて。
「はうぐぐっ、い、今頃チョロの奴、何してるんすかね……手なんか繋いだりして歩いたりとか、もしかして、もう既にあんなことや……そんなことまで」
グッチのひとりグッチ(嫉妬団ヴァージョン)が力なく続いていた。
「ねーよ。相手は姫様だぞ」
明らかにデートに誘ったチョロが取るであろう行動より、グッチのハゲた額の奥で繰り広げられている妄想の方が危険である。何しろ、姫殿下は御年十歳なのだ。
ハンチョーは将来的な犯罪抑止も考え、グッチに制裁を与えておく。
これ以上我が班から犯罪者を出したくないからな。
ガスッ。
「痛っ。うえっ、ぐえっ、うえええええぇん!」
叩いた拍子に発作が再発する。うーむ、ハゲの醜態は面白いのだが複雑な気分だ。何しろ現在進行形でチョロと姫殿下のデートが城内の商業街で行われているのだから。
部下と姫殿下が逢引をしていたというのがバレると、とか、姫殿下の身に万一何かあったら――チョロのことだから変な方向にはないだろうけど、とか、そういう風になると自分の身に災禍が降りかかってきそうなので面倒くさい。
そんなことを考えているからなんだか落ち着かない。
今日もこんなにヒマなのに。
門の周りには日向ぼっこをしているトラネコのトラヤヌスがいた。
トラヤヌス号がトコトコとこちらの方に近づいてくると、グッチは腰を下ろして話しかけた。
「なあニャン公、お前ちょっとデートの様子を見に行ってくれないか? 今度、魚丸ごと一匹奢ってやるからさ……」
ついにそんなことを言い出す嫉妬深い方の部下。呆れて物も言えない。ネコにも無視されている。
――いやまて。
それは一理あるな。何かが起こりそうなら未然に防げば良いのだ。そうだ、事件は現場で起こっているのだ。ネコと自分たちしかいない城門周辺で起こっているわけではないのだ。
ならば取る方法は一つ。
「よし、見に行くか!」
「マジっすか!」
嬉しそうなグッチ。何も起こっていない状態を確認して安堵したいのか。しかし、相手はあの人間爆弾男。変なことはしないとは思うが、どうなるかは分からない。手ぐらいは余裕で繋いでいるんじゃあないか。チョロには姫殿下と同い年の妹もいることだし。
ハゲの反応が楽しみである。
しかし、城門に門番たる衛兵が不在というのはいろいろとまずい。
ハンチョーは工作を開始する。グッチにヒゲ人形(サッスーン王の彫像、体長50cm)を持ってこさせ、衛兵ポジションに配置させる。
そして、
「おいトラヤヌス、ちょっと門番を頼むな」
にゃーん。欠伸をして後ろ足で首すじを掻き毟るトラヤヌス。どうやら了解を得られたようだ。
よし! 準備オーケーいざ出発!
デートの尾行などではなく、姫殿下の影の護衛にな!
商業街に兵装のまま来たハンチョーとグッチはキョロキョロと辺りを見回す。
サッスーン城は城郭都市になっているから、王城も住宅街も商業も城壁の内部に存在する。チョロと姫殿下のデートはここ、商業街で行われているわけだが、何でも揃う一国の経済の中心地であるからして、人も多く賑やかで、そこそこ広い。探し人を見つけるのはなかなか大変だ。
「お前、どこで何するか聞いてないのかよ」
と、ハンチョーはグッチに聞いたが宿屋を丹念に覗いていて人の話を聞いていない。本当にダメな奴だ。加えて毛根も。
「ふへっ? 何か言ったっすか?」
「ハゲっつたんだよ。ハゲ!」
「ハゲてないっすよ! ちょっと薄くなってるだけ、今に生え……あ!」
ハゲが指差す。頭には光が差し、反射する。
グッチが指を指したのは青果や果物を取り扱う店々の奥、屋台が立ち並ぶ一角だ。ご都合主義的に早速、楽しそうに話している二つの影を発見した。
おお、姫殿下とチョロだ。
反射的に近くにあった雑貨店の物陰に隠れるハンチョーとグッチ。繰り返すが、これは尾行ではなく、影の護衛である。
「なんだやっぱり、楽しそうにやってるじゃねーか」
さすがはチョロ。予想通りの展開。
「ふぐうぐっ……」
さすがはグッチ。予想通りの反応。
しかし、とっちゃん坊や的なチョロの服装と姫殿下の明らかに貴族か王族であろう華美な服装は全く釣り合いが取れていなかった。
姫殿下は肩の大きく露出したフリルのついた白のワンピースチュニックにチョロの身長に合わせようと少しヒールのある靴まで履いている。非常に可愛らしい。
当然、通行人や商店の店主たちの注目の的になっている。これ、大丈夫なんだろうか。
「何話してるんすかねぇ……」
切なそうなハゲ。
しかし、これも一理あるな。チョロを信じてはいるが一応、変な方向に事態を進展させないためにも、まず会話の内容の把握が必要事項であるだろう。
雑貨店でお面を購入し(経費で落とすよ)、部下に命令。
「よしお前、二人の会話を聞いて来い」
「がってんっす!」
嬉しそうに出撃する怪しげなお面をかぶった兵装男。これもまた注目の的だ。
そして、チョロと姫殿下がいる屋台の立ち並ぶあたりまで、顔を背けながら近づいていったグッチは――、
二人の側に着いた途端、すぐに戻って来た。
「班長! た、た、た、大変っす」
「何だよ。お前ちゃんと会話を聞いて来いよ」
「そ、そ、それがっ……ぐぐっ。ふががっ……ふびびっ」
怪しげなお面をつけたまま言葉にならない声をあげるグッチ。面白すぎるが、はっきり言って怖い。
付き合いの長い上司であるハンチョー通訳すると、
「なになに、姫殿下は薄く化粧をしていた? 口紅も? 手だけでなく足の爪までにマニキュアを? それに、いい匂いもした?」
とのこと。
肩の大きな露出にヒールのある靴。加えて、化粧、口紅、マニキュア、香水。
げ! これはまずい!
姫殿下、完全に本気モードである!
姫殿下と影の護衛編
――――――――――――――――――――――――――
◆ 8
――――――――――――――――――――――――――
くるくる。栗色のドリルヘアーが少女の可愛らしいしぐさとともに揺れる。
ひらひら。風に揺られて、スカートのフリルが揺れる。
きらきら。太陽に反射して少女の唇が光る。
さすが姫殿下。プリンセスだけあって、装備は完璧と言っていい。我が国の最新装備が全て投入されている模様である。
これが十歳の本気。
しかし、相対するチョロはのんきに屋台の食べ物を物色していた。
よし、チョロ。それでいい。流せ、流すんだ。お前は全てを受け流すんだ。これ以上、何もやってくれるんじゃない。
ハンチョーが念波を送っている隣では怪しいお面を外しながら、グッチがポツリ。額もキラリ。
「ひぇ、姫様、チョロのこと、す、好きなんすかね……きぃ」
おそらくはガチ。これは姫殿下にとっては戦場そのものなのだ。そして、ハンチョー達にとっても戦場であった。戦局を悪化――更なる王国規模の事件を未然に防ぐ責務があるのだ。
そんなことはお構いなし、というか全く何も考えていないであろうチョロは、プリンセスの女心などには気づくはずもなく、自然に姫殿下の手を取って歩き出す。
ハンチョーはチョロが手を取った瞬間、姫殿下の体がびくっと反応したのを見逃さなかった。
これはホントに本気だな……。この間初めて会ったばかりなのに。一体何が起こっているんだ。
彼女いない暦十年の、半ばDTに先祖返りしかかっているハンチョーにはどうしてこの様な事態になってしまったのか理解出来ていなかった。
いくら人間爆弾男がおかしい奴でもなあ。姫様も相当におかしな方なんではなかろうか。
不敬罪的なことを考えるハンチョー。その横で、
「ぴぎぃ。あいつ、手を……」
びくっと反応している男がこっちにもいた。違う意味で。
「別に何もおかしくないだろ」
手を繋ぐくらいはおかしくもなんともない。チョロ十八、姫様十。それだけ年が離れているのだから、むしろこれは微笑ましい光景と言えよう。そう、光景だけは。姫様の重装備は抜きにして。
「えべぇ! それって二人はもう付き合ってるってことっすか!?」
俺はお前に付き合ってられないよ、と心の中で突っ込みを入れながら、物理的にも突っ込み。
「ぶげっ」
んなことをやっていたら、二人は手を繋いだまま、少し先のパンの屋台前まで進んでいた。
雑貨屋に隠れていたハンチョー達もそれにあわせて、今度は二人とは若干離れた芋菓子屋台の陰に隠れる。屋台の親父がこっちを睨むが一切無視。今は任務中なのだ。
チョロが屋台で買ったパン菓子を姫殿下に渡し、自分ももう一つ買い、その場で食べ始める。それを見た姫殿下も貰った分を食べ始める。
あーあ、姫様に立ち食いなんかさせちゃって。これは許容範囲内だけど。
仲良く食べていたが、途中でパンを交換。姫様はさすがに躊躇したが、チョロはそんなのお構いなし。
またやりやがった。しかし、 これもまあ、微笑ましい光景と言えるだろう。大丈夫。
「あぎゃ、あぎ、あ、あれ間接キッ……キッ」
人語を話せ。
チョロがさっさと食べ終わり、姫様がそれをみて急いで食べ終わろうとしたり、ハラハラした展開が続いたが、完食後、商業街の終わりの向けて手を繋いで歩きだした。
その先は王墓や戦勝碑などがある公共建築エリアだ。少し雲行きが怪しくなってきた。主役の公共物などはどうでもいいのだが、緑があって静かで落ち着けるから、恋人達には人気のデートスポットなのだ。
さらに尾行、もとい警護を続けるハンチョー達は兄妹の様な二人(と思いたい)を追って戦勝碑の辺りまでやってくる。
さすがに真昼間からイチャイチャするカップルなどはいないが、つまりは人影が少ないわけで、逆にそれが不味いような気がしてくる。
よし、更に近づいて建物の影から会話を盗み聞き、もとい側で護衛をするぞ。
ハンチョーはグッチに指示。
「おい、お前はここで隠れてろ」
向こうの声が聞こえるということはこちらの声も聞こえる。奇声を上げられると困る、これからのオペレーションに差し支えるので置いていくことにする。
「ふっ。ふぁい」
こそこそ。ささっ。さささささっ。
二人がいる戦勝碑の少し横、石柱の影に陣取ったハンチョー。
姫殿下の声が聞こえる。
「チョロさま。今日は本当に楽しい一日でした。わたし、パパもママも忙しくてわたしのこと構ってなんかくれないし、いつも家庭教師がつきっきりだったりで、今までこの様にお外で遊んだことなんてありませんでした。とてもとても楽しかったです」
なんか可愛いことを言っている。それに締めに入ってるようだ。ハンチョー達が護衛に来るまでも何もなかったみたいだし、本日はこれで一件落着といったところか。
「へえ、いろいろと大変だね。小さいのに頑張ってるんだねー」
何も疑問を持たないアホな部下。最後まで姫殿下のお気持ちに気づかず。それでいいけど。
「今日は誘ってくれて本当にありがとうございました」
ペコリ。くりんくりんドリルが跳ねる。そんな少女に、
「僕で良かったらいつでも遊んであげるよー」
さらっと言う爆弾男。王国の将来を左右させている自覚がない。
まあ多分、姫殿下は自分が姫ということを言ってないんだろう。
「は、はい!」
とても嬉しそうなお返事を返す姫殿下。いじらしい。これが身分の差も年の差もなければ何も問題ないんだけど。
「あっ、あの」
ここで意を決した様な表情をするプリンセス。顔も赤くしているのがハンチョーの位置からも判る。何か大変な事を言おうとしている。
「チョロさまとまだ会って少し経っていないけど、わたし、そ、その、チョロさまの事が――」
これは……。
おいおい、どうするんだチョロよ。お前なら、ここでいつもの爆弾っぷりを発揮して話の骨を折ってくれるよな? そうだよな?
ハンチョーが再度念波を送ると、
「なにかなー」
なんて、プリンセスの頭を撫でてしまったアホ。
違う方向に爆発した人間爆弾男。なんという奴だ。
そんなことをするものだから、
「――好き!」
言われてしまった。ついに。いや、そのオーラは最初に見た時から出まくりだったけど。
しかし、当のチョロくんはというと、
「僕もだよー」
なんて軽く返しちゃう。あ、こいつ相手を一人の女の子として、見ていない。そこんとこは当然でグッジョブなんだけれど。
しかし、そんなチョロの言葉を真に受けてしまったプリンセスは、
胸の辺りで両手を重ね――目を閉じ――かかとを上げたつま先立ちの状態で――顎をゆっくりと上げる。
こ、これは!
これはどう考えても、キスのおねだり。キス待ちスタイル! ハンチョー未体験のシチュエーションである!
一体どうなってしまうのだこの王国は……。
◆ 8
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くるくる。栗色のドリルヘアーが少女の可愛らしいしぐさとともに揺れる。
ひらひら。風に揺られて、スカートのフリルが揺れる。
きらきら。太陽に反射して少女の唇が光る。
さすが姫殿下。プリンセスだけあって、装備は完璧と言っていい。我が国の最新装備が全て投入されている模様である。
これが十歳の本気。
しかし、相対するチョロはのんきに屋台の食べ物を物色していた。
よし、チョロ。それでいい。流せ、流すんだ。お前は全てを受け流すんだ。これ以上、何もやってくれるんじゃない。
ハンチョーが念波を送っている隣では怪しいお面を外しながら、グッチがポツリ。額もキラリ。
「ひぇ、姫様、チョロのこと、す、好きなんすかね……きぃ」
おそらくはガチ。これは姫殿下にとっては戦場そのものなのだ。そして、ハンチョー達にとっても戦場であった。戦局を悪化――更なる王国規模の事件を未然に防ぐ責務があるのだ。
そんなことはお構いなし、というか全く何も考えていないであろうチョロは、プリンセスの女心などには気づくはずもなく、自然に姫殿下の手を取って歩き出す。
ハンチョーはチョロが手を取った瞬間、姫殿下の体がびくっと反応したのを見逃さなかった。
これはホントに本気だな……。この間初めて会ったばかりなのに。一体何が起こっているんだ。
彼女いない暦十年の、半ばDTに先祖返りしかかっているハンチョーにはどうしてこの様な事態になってしまったのか理解出来ていなかった。
いくら人間爆弾男がおかしい奴でもなあ。姫様も相当におかしな方なんではなかろうか。
不敬罪的なことを考えるハンチョー。その横で、
「ぴぎぃ。あいつ、手を……」
びくっと反応している男がこっちにもいた。違う意味で。
「別に何もおかしくないだろ」
手を繋ぐくらいはおかしくもなんともない。チョロ十八、姫様十。それだけ年が離れているのだから、むしろこれは微笑ましい光景と言えよう。そう、光景だけは。姫様の重装備は抜きにして。
「えべぇ! それって二人はもう付き合ってるってことっすか!?」
俺はお前に付き合ってられないよ、と心の中で突っ込みを入れながら、物理的にも突っ込み。
「ぶげっ」
んなことをやっていたら、二人は手を繋いだまま、少し先のパンの屋台前まで進んでいた。
雑貨屋に隠れていたハンチョー達もそれにあわせて、今度は二人とは若干離れた芋菓子屋台の陰に隠れる。屋台の親父がこっちを睨むが一切無視。今は任務中なのだ。
チョロが屋台で買ったパン菓子を姫殿下に渡し、自分ももう一つ買い、その場で食べ始める。それを見た姫殿下も貰った分を食べ始める。
あーあ、姫様に立ち食いなんかさせちゃって。これは許容範囲内だけど。
仲良く食べていたが、途中でパンを交換。姫様はさすがに躊躇したが、チョロはそんなのお構いなし。
またやりやがった。しかし、 これもまあ、微笑ましい光景と言えるだろう。大丈夫。
「あぎゃ、あぎ、あ、あれ間接キッ……キッ」
人語を話せ。
チョロがさっさと食べ終わり、姫様がそれをみて急いで食べ終わろうとしたり、ハラハラした展開が続いたが、完食後、商業街の終わりの向けて手を繋いで歩きだした。
その先は王墓や戦勝碑などがある公共建築エリアだ。少し雲行きが怪しくなってきた。主役の公共物などはどうでもいいのだが、緑があって静かで落ち着けるから、恋人達には人気のデートスポットなのだ。
さらに尾行、もとい警護を続けるハンチョー達は兄妹の様な二人(と思いたい)を追って戦勝碑の辺りまでやってくる。
さすがに真昼間からイチャイチャするカップルなどはいないが、つまりは人影が少ないわけで、逆にそれが不味いような気がしてくる。
よし、更に近づいて建物の影から会話を盗み聞き、もとい側で護衛をするぞ。
ハンチョーはグッチに指示。
「おい、お前はここで隠れてろ」
向こうの声が聞こえるということはこちらの声も聞こえる。奇声を上げられると困る、これからのオペレーションに差し支えるので置いていくことにする。
「ふっ。ふぁい」
こそこそ。ささっ。さささささっ。
二人がいる戦勝碑の少し横、石柱の影に陣取ったハンチョー。
姫殿下の声が聞こえる。
「チョロさま。今日は本当に楽しい一日でした。わたし、パパもママも忙しくてわたしのこと構ってなんかくれないし、いつも家庭教師がつきっきりだったりで、今までこの様にお外で遊んだことなんてありませんでした。とてもとても楽しかったです」
なんか可愛いことを言っている。それに締めに入ってるようだ。ハンチョー達が護衛に来るまでも何もなかったみたいだし、本日はこれで一件落着といったところか。
「へえ、いろいろと大変だね。小さいのに頑張ってるんだねー」
何も疑問を持たないアホな部下。最後まで姫殿下のお気持ちに気づかず。それでいいけど。
「今日は誘ってくれて本当にありがとうございました」
ペコリ。くりんくりんドリルが跳ねる。そんな少女に、
「僕で良かったらいつでも遊んであげるよー」
さらっと言う爆弾男。王国の将来を左右させている自覚がない。
まあ多分、姫殿下は自分が姫ということを言ってないんだろう。
「は、はい!」
とても嬉しそうなお返事を返す姫殿下。いじらしい。これが身分の差も年の差もなければ何も問題ないんだけど。
「あっ、あの」
ここで意を決した様な表情をするプリンセス。顔も赤くしているのがハンチョーの位置からも判る。何か大変な事を言おうとしている。
「チョロさまとまだ会って少し経っていないけど、わたし、そ、その、チョロさまの事が――」
これは……。
おいおい、どうするんだチョロよ。お前なら、ここでいつもの爆弾っぷりを発揮して話の骨を折ってくれるよな? そうだよな?
ハンチョーが再度念波を送ると、
「なにかなー」
なんて、プリンセスの頭を撫でてしまったアホ。
違う方向に爆発した人間爆弾男。なんという奴だ。
そんなことをするものだから、
「――好き!」
言われてしまった。ついに。いや、そのオーラは最初に見た時から出まくりだったけど。
しかし、当のチョロくんはというと、
「僕もだよー」
なんて軽く返しちゃう。あ、こいつ相手を一人の女の子として、見ていない。そこんとこは当然でグッジョブなんだけれど。
しかし、そんなチョロの言葉を真に受けてしまったプリンセスは、
胸の辺りで両手を重ね――目を閉じ――かかとを上げたつま先立ちの状態で――顎をゆっくりと上げる。
こ、これは!
これはどう考えても、キスのおねだり。キス待ちスタイル! ハンチョー未体験のシチュエーションである!
一体どうなってしまうのだこの王国は……。
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◆ 9
――――――――――――――――――――――――――
(――して)
姫様のキス待ちスタイル!
さあどうするチョロ。さすがに腰を浮かせ、いつでも飛び出せる状態にしておくハンチョー。
これ以上は、止める。
姫殿下はおねだりのまま……しばし緊張が続く。そして――、
「どうしたの? 戦勝碑の字が見えないのかなー?」
ああ良かった。チョロが天然で。姫様には不憫だけれど。
しかし――、
「きゃあっ」
姫様の後ろに回り、姫様の股に頭をくぐらせ――肩車をする。
お前なんてことを……。姫様スカートなんだぞ。ちょっと考えろ。
「ほら、これで見える。えっと、この戦勝碑は現王サッスーンⅣ世が南部を征伐した時の戦勝碑で……」
戦勝碑の説明を始めたチョロの肩の上では姫殿下が激しく混乱していた。めくれ上がったスカートをどうしようとか、チョロの頭に掴まるべきなのかとか、そんな感じで。
と、ここで、
「ふぎゃあああああ」
向こうから嫉妬男の絶叫が聞こえた。耐え切れず、ついに発狂したようだった。
「あー、グッチ先輩。何してるんですかー。こんなところで。あ、班長も。二人とも、仕事中じゃないんですかー」
二人の初デートと姫殿下の影の護衛はこうして強制終了される形となった。
こちらに気づいたチョロが駆け寄ってくる。姫様も慣れない感じのヒール靴でチョロの後を頑張って駆けてくる。
「いや、ちょっと必要なものがあってだな……商業街に行くところなんだよ」
などと言っても、向こうでM字が泣き叫んでいるから説得力がない。
仕方なくハンチョーはグッチの側まで行き、
「なあ、グッチ」
チョロに見えないよう、グッチの足を踏む。
「痛っ。ふげっ。え? あ? は、班長、チューはどうなったっすか?」
なんてことを言うんだバカ野郎。
「中? 仕事中なんですよね?」
こっちも馬鹿で良かった。
「……」
しかし、後ろの姫殿下の顔が俯くのが見えた。
でも、ま、結局何も起こらなくて良かった。本当に。
と思ったのだが。
何事も起こらずデートが終わったはずなのに、この状況は何だ。
ハンチョーとグッチは北門前で正座させられていた。チョロは既に帰宅し、二人だけが説教を受けているのだ。
確かに二人が警備の仕事をサボったということは事実であったが、警備はヒゲ人形君が代わりにやってくれてたし(トラヤヌス号は職場放棄をしていた)、この件についてこの人物に怒られるというのは指揮系統からしてありえなかった。
「オイ、ちゃんと聞いてるのかオッサン!」
言葉遣いもありえない。それにハンチョーはまだ二十九。オッサンと言われるのは若干辛いものがある。
「きっ、聞いていますよ」
ハゲが代りに答えた。お前はオッサンというのを認めていいのか。俺は認めないぞ。確かにあなたから見ればオッサンかもしれませんけれど。
ハンチョーが答えずにいると、
「そっちのオッサン、返事がねーけど!」
「聞いて……ます」
非常に悔しい。
「オメェ等、アタシのデートの邪魔をするなんざ、どういう了見なんだよ?」
これがわが国のプリンセスなのであった。足を広げ両手を腰で組むスタイルで汚い言葉遣いを連発し、ハンチョーたちなじるわなじる。声は年相応の子供のそれだったが。
「あとちょっとで、あとちょっとで……出来たものを、チクショウ! お前ら、クソネズミのお陰で!」
プリンセス、女の子がそんな言葉使っちゃあいけません。
というか、チョロにはそういうつもりは全くなかったはずだ。年下の妹と同じ様に遊んでいたような感じだったから。
「いや、姫殿下。それは我々のせいでは……」
軽く反論してみようものなら、
「るっせえんだよ! オッサン! 仕事もサボりやがってこのダメ人間が!」
これは精神的ダメージが強い。十歳の女の子にダメ人間と言われたことなど今の今までない。
ハンチョーはうなだれた。
しかし、横のハゲが正座のまま、膝をモジモジしだした。なにこいつ、ひょっとして喜んでいるのか。変態だ。たった今、M字のMはマゾのMとでもあるということが判明。だが目下、それどころではない。
「いいか、次邪魔したら、オメエ等絶対にクビだからな! いや、ただクビにするなんかじゃアタシの気がすまねえ! 大臣に頼んで、牢屋に入れてやらァ!」
なんてことを言うのだこのプリンセスは。横暴すぎる。この国の将来に大きな不安を覚える。
「というか、オマエ等はアタシの為に……チョロさまと一緒にいられるように……融通しな!」
一瞬だけ言葉遣いが恋する乙女のそれになる。姫殿下、完全に二重人格者である。
「判ったなら、返事は! あ!?」
「……はい」
「はひっ!」
「ふん。ガッカリさせてくれんなよ! それと……チョロさまには……アタシが姫だってこと喋ったら承知しねーからな! バラしたら殺す!」
そう言い残して踵を返すプリンセス。どすどすと怒りのこもった足踏みで北門をあとにした。そこへ丁度良く迎えに来た女子近衛隊長のアイシャに連れられ、城内へ消えていった。
悪夢だ。これは悪夢だ。
「姫様可愛いなぁ……。くそう、チョロの奴!」
どうしてそうなるのだ。
正座を崩し、とりあえず殴っておく。ガスッ。
「ひぃ痛いっす! 何なんすかもう!」
やるせない怒りをハゲロリマゾに向けるハンチョーであった。
◆ 9
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(――して)
姫様のキス待ちスタイル!
さあどうするチョロ。さすがに腰を浮かせ、いつでも飛び出せる状態にしておくハンチョー。
これ以上は、止める。
姫殿下はおねだりのまま……しばし緊張が続く。そして――、
「どうしたの? 戦勝碑の字が見えないのかなー?」
ああ良かった。チョロが天然で。姫様には不憫だけれど。
しかし――、
「きゃあっ」
姫様の後ろに回り、姫様の股に頭をくぐらせ――肩車をする。
お前なんてことを……。姫様スカートなんだぞ。ちょっと考えろ。
「ほら、これで見える。えっと、この戦勝碑は現王サッスーンⅣ世が南部を征伐した時の戦勝碑で……」
戦勝碑の説明を始めたチョロの肩の上では姫殿下が激しく混乱していた。めくれ上がったスカートをどうしようとか、チョロの頭に掴まるべきなのかとか、そんな感じで。
と、ここで、
「ふぎゃあああああ」
向こうから嫉妬男の絶叫が聞こえた。耐え切れず、ついに発狂したようだった。
「あー、グッチ先輩。何してるんですかー。こんなところで。あ、班長も。二人とも、仕事中じゃないんですかー」
二人の初デートと姫殿下の影の護衛はこうして強制終了される形となった。
こちらに気づいたチョロが駆け寄ってくる。姫様も慣れない感じのヒール靴でチョロの後を頑張って駆けてくる。
「いや、ちょっと必要なものがあってだな……商業街に行くところなんだよ」
などと言っても、向こうでM字が泣き叫んでいるから説得力がない。
仕方なくハンチョーはグッチの側まで行き、
「なあ、グッチ」
チョロに見えないよう、グッチの足を踏む。
「痛っ。ふげっ。え? あ? は、班長、チューはどうなったっすか?」
なんてことを言うんだバカ野郎。
「中? 仕事中なんですよね?」
こっちも馬鹿で良かった。
「……」
しかし、後ろの姫殿下の顔が俯くのが見えた。
でも、ま、結局何も起こらなくて良かった。本当に。
と思ったのだが。
何事も起こらずデートが終わったはずなのに、この状況は何だ。
ハンチョーとグッチは北門前で正座させられていた。チョロは既に帰宅し、二人だけが説教を受けているのだ。
確かに二人が警備の仕事をサボったということは事実であったが、警備はヒゲ人形君が代わりにやってくれてたし(トラヤヌス号は職場放棄をしていた)、この件についてこの人物に怒られるというのは指揮系統からしてありえなかった。
「オイ、ちゃんと聞いてるのかオッサン!」
言葉遣いもありえない。それにハンチョーはまだ二十九。オッサンと言われるのは若干辛いものがある。
「きっ、聞いていますよ」
ハゲが代りに答えた。お前はオッサンというのを認めていいのか。俺は認めないぞ。確かにあなたから見ればオッサンかもしれませんけれど。
ハンチョーが答えずにいると、
「そっちのオッサン、返事がねーけど!」
「聞いて……ます」
非常に悔しい。
「オメェ等、アタシのデートの邪魔をするなんざ、どういう了見なんだよ?」
これがわが国のプリンセスなのであった。足を広げ両手を腰で組むスタイルで汚い言葉遣いを連発し、ハンチョーたちなじるわなじる。声は年相応の子供のそれだったが。
「あとちょっとで、あとちょっとで……出来たものを、チクショウ! お前ら、クソネズミのお陰で!」
プリンセス、女の子がそんな言葉使っちゃあいけません。
というか、チョロにはそういうつもりは全くなかったはずだ。年下の妹と同じ様に遊んでいたような感じだったから。
「いや、姫殿下。それは我々のせいでは……」
軽く反論してみようものなら、
「るっせえんだよ! オッサン! 仕事もサボりやがってこのダメ人間が!」
これは精神的ダメージが強い。十歳の女の子にダメ人間と言われたことなど今の今までない。
ハンチョーはうなだれた。
しかし、横のハゲが正座のまま、膝をモジモジしだした。なにこいつ、ひょっとして喜んでいるのか。変態だ。たった今、M字のMはマゾのMとでもあるということが判明。だが目下、それどころではない。
「いいか、次邪魔したら、オメエ等絶対にクビだからな! いや、ただクビにするなんかじゃアタシの気がすまねえ! 大臣に頼んで、牢屋に入れてやらァ!」
なんてことを言うのだこのプリンセスは。横暴すぎる。この国の将来に大きな不安を覚える。
「というか、オマエ等はアタシの為に……チョロさまと一緒にいられるように……融通しな!」
一瞬だけ言葉遣いが恋する乙女のそれになる。姫殿下、完全に二重人格者である。
「判ったなら、返事は! あ!?」
「……はい」
「はひっ!」
「ふん。ガッカリさせてくれんなよ! それと……チョロさまには……アタシが姫だってこと喋ったら承知しねーからな! バラしたら殺す!」
そう言い残して踵を返すプリンセス。どすどすと怒りのこもった足踏みで北門をあとにした。そこへ丁度良く迎えに来た女子近衛隊長のアイシャに連れられ、城内へ消えていった。
悪夢だ。これは悪夢だ。
「姫様可愛いなぁ……。くそう、チョロの奴!」
どうしてそうなるのだ。
正座を崩し、とりあえず殴っておく。ガスッ。
「ひぃ痛いっす! 何なんすかもう!」
やるせない怒りをハゲロリマゾに向けるハンチョーであった。