高校に入って、三日たった。少しは落ち着くかと思っていた教室も、相変わらずの騒がしさで、高校に入ったら少しは変わるかと思っていた俺の根暗も、相変わらずのようだ。
周りは、最近オリコンチャートを掻っ攫っている音楽アニメの影響で、バンドブームが到来しているようで、学校に楽器を持ち込んでいる奴らをよく見る。俺の予想では、三年後にはフリーマーケット、運が良くてリサイクルショップ行きだろう。
別に他人を批判するのが好きなわけじゃない、奴らのやれストラトがいいだの、やれレスポールは重いだのという談義を聞くのは、割と好きだったりする、でもそのせいで睡眠時間が削られるのは腹が立つ。
「柚井、うっせぇ」大きな声、とまではいかなくても、いつもより大きめな声で隣の席の柚井に注意する。
すると柚井は両手の平を胸の前で合わせて、ごめんごめんと言いながらボリュームを落として会話し始める、柚井は割といいやつだ。
それからの教室は、思ったよりも俺の声が響いたのか、はたまた柚井が注意してくれたのかわからないが、静かだった。
後頭部に強い衝撃を覚えてうめき声をあげながら顔をあげると、そこには端整な顔立ちの女がいた、背は低い。
「…河部君だよね。私バンド組もうかと思ってるんだけど…よかったら入らない?あ、私1-Cの影沢っていうんだけど」
目を覚まそうと精一杯に目を擦りながら、俺は影沢とかいう女の話を聞いていた。どうやらこいつも、騒がしいバンド連中のお仲間ってことか。
「あー、うん。あのさ、わりぃんだけど、俺そういうの興味ないんだ」語気を強めていったのが功をせいしたのか、女はしゅんとした顔になり、敗戦ムードを漂わせている。
「…そっか、そうだよね。いきなり話しかけてごめんね」とかなんとか言いながら、そのあと少し会話した後、女は帰っていった。外を見るとどうやらもう夕方から夜にかかるところらしく、空は青と橙の嫌なコントラストで飾られている、柚井起こせよ。
中身がスカスカの鞄をもって教室を出ると、隣のクラスからさっきの女が出てきた、どうやら俺と同じく帰るところらしい。俺は軽く一瞥すると、いつもより少し速く歩いていった、流石に気まずい。
ところがどれだけ速く歩いても女は合わせてくる、しまいには走りながら追っかけてくる始末だ。行き交う人が多い商店街で追っかけあっている男女二人など、面倒な風評が立つこと確実なので、俺は女の方へと向き直った。
「えっと、影沢さん…だっけか?まだなんか用か?」俺が苛立っているのがわかったのか、女は少し怯えながら応えた。
「え、いやあの…や、やっぱり、その……バンド、組んでほしくて、ですね、だ、だから………」女がやけに次の発言を溜める。
「だ か ら、何?俺帰って再放送の今日から俺は見たいんだよね」
俺のあまりにも邪険な態度が気に食わなかったのか、女はキッとした顔でこちらを見た後、俺の両肩を掴んだ。
「お、おい。何すんだ……」────────声は途切れる。女の冷徹な声によって
「私とバンド組まないと…私、河部クン、殺しちゃうかも」
正直言おう、最後の「かも」が可愛かった、異論は認めない。