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第七話

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 俺は東京に着いた。ここから電車で新宿まで行く。俺は電車のなかで旅行カバンをどうするか考えた。この中には着替えと金がある。自殺をするのだからもうこんなものは要らないが捨てたとしよう。すると誰かが拾いその中の金を得てしまう。それは癪に障る。考えた末に俺はこのまま持っていくことにした。
 それにしても電車の中は混みすぎだ。が、しかし俺はもうこの混雑さを体験することがないのだと思うとじっくり混雑を味わう気分になってきた。
 そんなことをしているとあっという間に新宿についてしまった。そこから特急かいじで大月まで向かう。
 かいじのなかは結構すいていた。俺の頭の中でこれまでの人生が蘇ってきた。大学を卒業するまでの楽しい記憶とその後の記憶。そういえば俺にも就職活動をしていた時期があった。七年ほど前父方のじいちゃんが湯治をしていたとき家でだらだらしてた俺に遊びに来いと誘った。長い時間をかけて説得されたおれは就職活動を始めた。が、結果は燦燦たるものだった。就職経験のない空白期間がある人間を採用してくれる企業などなかった。
 滞在中愚痴をこぼす俺に祖夫は栃木訛りでよくこういった。
「そんなあよめえごとばっかりいってと戦場じゃ死んじまうぞ」
 よめえごとというのは栃木弁で愚痴と言う意味だ。祖父は戦時中海軍の軍人だった。死にそうになったときもあったらしい。そんな祖父に俺はこう突っ込むのだった。
「ここは戦場じゃないよ」
 と 
 大月駅からは富士急行に乗った。俺はうつらうつらだったが何とか眠らずに大月駅に着いた。

 河口湖駅に着いたときにはもう夜だった。俺はこのまま樹海に行くのはあきらめ、今日は近くのホテルに泊まることにした。なにしろ夜の樹海なんて幽霊が出そうではないか。が、ホテルに泊まる計画は立てていなかった。俺はタクシーに乗り運転手にこうたずねた。
「ここら辺に泊まるところはありませんか」
 運転手は丁寧に、親切に教えてくれた。俺は運転手が教えてくれたホテルに泊まることにした。
 
 ホテルで過ごした晩は結構良かった。眺めも良かったし、料理も良かった。自殺する前の晩にしては上出来だろう。

 翌朝、早く目覚めた俺はホテルにタクシーを呼び樹海まで走らせた。歩いてもいけるが、金はたっぷりある。楽なほうを選んだ。
 運転手は俺を変な目で見た。観光客にしても自殺者にしても樹海に大きなカバンを持って入る人はそうはいまい。さまざまな可能性を考えたのだろう運転手はタクシーに乗ってしばらくしたあと
「何かの調査ですか」
 と聞いてきた。俺は面倒くさかったのでそうですと答えた。

 その後は特に会話もなく、タクシーは樹海に到着した。樹海には観光客のための遊歩道があった。俺は観光客ではないから遊歩道から外れ、樹海の奥深くへと向かう。樹海の奥深くはたくさんの木が鬱蒼と生い茂っている。足元には苔が生えている。美しい。苔を見て俺はそう思った。
 さらに進んでいくとゴミがあった。ゴミのポイ捨てはいけないと思ったが、自分はこれから命のポイ捨てをするのだと思うと無性に可笑しくなってきた。
 樹海が自殺の名所となったのは松本清張の小説のせいだという説がある。本当かどうかは分からないが、本当だとしたらひどい話だ。地元の人は自殺者に迷惑しているし、こんなにも命が栄えているところで登場人物を殺すなんて松本清張も残酷な人だ。
 全くこんなことこれから自殺する人間が考えることではない。思えば俺は最初から自殺する気などなかった。その証拠に自殺するための道具など何も持ってきてない。
「帰ろう」
 ふと俺はそうつぶやいた。が、帰る方向などわからない。どうしようか。とりあえずできる限りもとの方向に戻ることにした。
 数分ほど歩いていると人を発見した。とはいってももうこの世の人ではない。完全に白骨化していた。首吊り自殺をしたらしい。首にロープが引っかかっている。俺も一歩間違えるとこうなっていたのだと思うと寒気がした。
 
 俺はふと人の気配を感じた。左の方を向くと丁度還暦ぐらいの男性が首をつろうとしていた。あちらはまだこちらに気づいていないようだった。俺は静かに近づいていく。
 やがて俺は気づかれた。男性は逃げようとするがもう歳だ。すぐに俺に追いつかれた。男性は俺に
「放してください」
 と哀願した。が、死なせるわけにはいかない。俺は
「何があったんですか」
 と尋ねる。男性は
「あなたには関係ありません」
 と答える。そんな押し問答を数分繰り返した後、ついに男性は
「私が経営してる温泉旅館が行き詰ったんですよ」
 と泣き叫んだ。そして
「このままでは戦争で片足を失ったのに旅館を作り自分を育ててくれた父に申し訳が立たない。死ぬしかない」
 と叫んだ。
 「どのぐらいの金で立ち直れるんですか」
 俺は聞いた。すると
「千万円。せめて千万円あれば立ち直れる」
 とつぶやいた。俺は迷わずにカバンから千万円を取り出し
「受け取ってください」
 と言い、渡した。
 男性は驚いているようだった。そしてこう断った。
「こ、こんな大金受け取れません」
「受け取って下さい」
 が頑として断るので俺はこう言った。
「じゃあ貸します。証拠として名刺をくれれば結構です」
 男性はしばらく考え込んでいたが、
「そうします」
 と言い金を受け取り、俺に名刺を渡した。名刺には
 旅館いしだ社長 石田順二
 と書かれていた。

 その後運よく俺たちは遊歩道に戻ることができた。俺は石田さんと共に樹海の出口に向かった。
 石田さんは別府に住んでいるらしいので乗る電車は別だ。俺の電車のほうが先に到着した。石田さんは最後までずっとペコペコしていた。
 俺は東京に帰るべく電車に乗った。
7

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