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第八話

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 ガタンゴトンガタンゴトン。キィー。電車は東京駅に到着した。
 さて、これからどうするか。俺には別に何もする事が無い。とりあえずネットカフェに戻ろう。そう思って、ネットカフェに向かって俺は歩き出した。
 今、思うとどうして俺は千万円も赤の他人にポンとあげてしまったんだろう。助けたかったのだろうか。つい先ほどまでの自分と同じ事をしようとしてる人間を。
 そんな事を考えているうちに、すぐにネットカフェに着いてしまった。
 俺はパックコースを頼む。学習しているのだ。
 
 俺は、お気に入りのサイトを色々回った。俺はげらげら笑いながら、無料のジュースを飲む。
 サイトの一つに求人広告があった。それを見て働くか。そう思った。何しろ千万もポンとやってしまった。金が半分になってしまった。それにずっとここにいると駄目だ。
 栃木にいた頃の俺と何ら変わらない。それはとても俺が殺した二人に対して、申し訳なく感じられた。
 自首しろよという人もいるだろうが、そんな事はとても出来ない。恐ろしくて出来ない。
 なら、せめて社会の為に働こう。そう思った。

 俺は派遣登録をした。身分証明が必要ない派遣会社を見つけるのに骨を折った。そして求人情報を探した。俺は働いた事が一度も無い。何にしようか。
 とりあえず、一番簡単そうなティッシュ配りにした。場所も東京駅だからここから歩いて数分だ。時給は千円。時間は八時から十二時の四時間だ。
 
 翌日、俺は集合場所に向かう前に東京駅のコインロッカーに荷物を預けた。邪魔でしょうがないのだ。
 集合場所には既に三人いた。時間ギリギリでガリガリの男がやってきた。しばらくすると中年の男がみなに呼びかけた。
「みなさん。点呼をとります。名前を呼ばれたら返事してください」
 俺は自分の名前が呼ばれると元気なく
「はい」
 と答えた。中年の男は俺に文句を付けた。
「杉山さん。今はいいですけど、配る時は元気よくやってくださいよ。それとサングラスは外してください」
 それは不味い。まだ、指名手配はされていないが、後々命取りになるかもしれない。何しろ東京駅はたくさんの人が訪れているのだ。
「いや、これは度入りなんです。外すと見えないんです」
 俺はそう言ってごまかした。本当はコンタクトレンズしてるんだけどね。
 ティッシュが入っている箱を渡された。サラ金の広告が入っている。

 ティッシュ配りの仕事を選んだのは間違いだった。やっていて気が付いた。まず疲れる。ずっと立ち続けなければならない。それに今は八月なので暑い。
 さらにもともと俺にテッシュ配りは向いていないのだ。なにしろ人と接触するのが俺は大嫌いだからだ。
 それなのに声を掛けなければならない。反応は無視か、露骨にいやな顔をする。そんなところだ。受け取ってくれる人は余りいない。これからは別の仕事にしよう。

 だが、しかし給料が払われた時は嬉しかった。なにしろ自分で初めて稼いだ金だ。俺はすぐ使おうかと思ったが、大切にとっておく事にした。
 ネットカフェに戻ってきた俺は早速明日の仕事を探した。
 数分でいい仕事を見つけた。梱包だ。製品を梱包する仕事だ。時給九百円だが、ティッシュ配りよりこっちのほうが俺には向いている。喋らずに黙々と出来るだろう。
 労働時間が長いのと、一月もやらなければならないのが不安だが、何とかなるだろう。

 翌日、俺は工場に向かった。まず東京駅に行き、荷物を預ける。そして工場の最寄り駅に着いた。そこから結構歩き工場に着いた。工場は大きかった。
 前をうろついていると、作業服を着た中年の男性が俺に声を掛けた。
「杉山だろ。俺は吉田。吉田班長って呼んでくれ。お前の上司で梱包班の班長だ」
「よろしくお願いします」
「これが制服だ。そこの更衣室で着替えてくれ。その後作業場に案内するから」
 俺が着替え終えて、更衣室から出ると吉田班長はさっさと歩いていく。俺は置いてきぼりにならないようについていった。

 作業場にはすでに茶髪の男がいた。
「あれー。杉山君じゃないすか」
 とその男が声を掛けてきた。その男の顔に俺は見覚えはなかった。
「失礼ですが、どなたですか」
 と俺が答えると笑いながら
「やだなー。有島ですよ。杉山君と小中学校で一緒だった。有島賢治」
 俺は思い出した。そうだ確かに一緒だった。
 記憶がよみがえってきた。こいつは馬鹿だ。本物の馬鹿だ。しかも、世間で言うところの愛すべき馬鹿というやつなのだ。勉強ができないとかそういう意味ではない。いや、勉強も当然できないのだが……。勘が鈍く、やることがあまりに単純すぎるのだ。
 たとえば有島は席替えがあっても一週間ぐらいはもとの席にたびたび座る。そのたびに皆に笑われていた。
 しかも、本当はいい奴なのになぜか不良とつるんでいた。もちろん下っ端だ。まさかこんなところにいるとは……。
 
 有島は俺が黙りこくっているのをみて、こう尋ねてきた。
「あれ、もしかして別人ですか。すんません。あんまりにも似てたんで……」
 俺はあわてて答えた。
「いや、杉山だよ。ビックリして答えられなかったんだ」
 有島は笑いながら言った。
「もう。ビビったじゃないですか。同窓会にも出ないから、成人式以来すか。それにしても杉山君変わってませんね。中学校の頃から」
「そうかな」
 こんな風に無駄話をしていると
「おい。何話してんだ。作業を始めるぞ」
 と吉田班長から声をかけられた。
「すいません。」
 そう言って、頭を下げた。吉田班長は
「いや、別に謝らなくてもいい。短い間だがよろしくな」
「こちらこそ」

 最初の三十分ほどで梱包の手順は覚えた。それから休憩時間まで黙々と作業をする。ベルトコンベアーから流れてくる製品を梱包するのだ。ただそれだけ。
 やっと休憩時間が来た。
 有島が声を掛けてくる。
「手際いいですね。さすが杉山君」
「そうでもないよ」
 そんな事を話してるうちに休憩時間は終わってしまった。つぎの休憩は昼だ。辛い。ベルトコンペアーよ止まってくれ。そう祈ったが効果は無かった。

 昼飯は弁当だ。会社が提供してくれる。もちろん給料から天引きだが。
 有島が突然こんな事を聞いてきた。
「杉山君って慶應卒ですよね。確か」
「うんそうだけどなにか」
「何でこんなとこにいるんすか。もっといい仕事あるでしょう」
 その言葉が俺の心を刺す。この言葉を言ったのが有島でなければどんなにいいだろうか。なぜなら普通の人間がこの言葉を言ったらそれは嫌みだろう。
 が、有島の場合は単純なる疑問。純粋な疑問なのだ。だから、嫌だ。有島が責められないから。言った奴のせいに出来ないから。
「俺にも分からないよ」
 と誰に向かってでもなく俺は呟いた。どうしてこうなったのか自分でも分からない。
 俺は弁当をさっさと食って、トイレに行ってきますと言ってその場から離れた。もうこれ以上話したくないのだ。
 トイレでふと気づいた。そう言えば本名で登録してしまった。危ない。危ない。これからは偽名を使おう。

 休憩時間終了間際に作業場に着く。そしてまた黙々と作業をする。

 タンタンラタンタンラタン。やっと終業のチャイムの音が鳴リ始めた。疲れた。ネットカフェでビールでも飲もうかな。
「お疲れさまでした」
 そう吉田班長と有島に言って俺は工場から出た。

8

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