まとめて読む
そいつは、ある日突然やってきた。
長い黒髪に可愛いけど無表情な顔。常にきつそうな目で俺を見てる。
俺はもちろんこいつを雇った親父に抗議したさ。でも「仕事の手際がいいから」とか言われて解雇されなかった。
それどころか親父は、俺の行く大学のある名古屋に一軒家を買って、俺とそいつの二人で住むように言って来やがった。
…そんな俺のメイドの名前は、まきなと言う。
「おはようございます」
朝4時、俺の耳元に激痛が走る。
「うるせぇ!」
大声で怒鳴っても、まきなは微動だにしない。ふとそいつが手に持ったメガホンを見る。
「…また新しいの買ったのか」
ため息を吐きつつメガホンを奪い取り、ごみ箱に投げ付ける。早朝に似合わない、ガシャンと機械の壊れる音。
「毎朝捨てられるんだからいい加減やめんか」
「やめるつもりはありません」
「金の無駄遣いだぞ」
「旦那さまからは許可を頂いています」
「じゃあ地球環境に悪影響を及ぼすから」
「地球がどうなろうとご主人さまがエリートになるためですから知りません」
無表情のままひょいひょいと受け答えしやがる。引っ越しから1週間、毎日こんな受け答えが続いている。
…まぁとにかく着替えて、朝食をとることにしよう。
朝4時、俺の耳元に激痛が走る。
「うるせぇ!」
大声で怒鳴っても、まきなは微動だにしない。ふとそいつが手に持ったメガホンを見る。
「…また新しいの買ったのか」
ため息を吐きつつメガホンを奪い取り、ごみ箱に投げ付ける。早朝に似合わない、ガシャンと機械の壊れる音。
「毎朝捨てられるんだからいい加減やめんか」
「やめるつもりはありません」
「金の無駄遣いだぞ」
「旦那さまからは許可を頂いています」
「じゃあ地球環境に悪影響を及ぼすから」
「地球がどうなろうとご主人さまがエリートになるためですから知りません」
無表情のままひょいひょいと受け答えしやがる。引っ越しから1週間、毎日こんな受け答えが続いている。
…まぁとにかく着替えて、朝食をとることにしよう。
キッチンにはまきなの作った朝食が置かれていて、それは早く食えと言わんばかりに湯気を上げていた。
「いただきます」
それからは、キッチンの中にはテレビのニュースキャスターの声と食器の音しかしない。まきなはいつも無言でこっちを見てるだけだ。
「なあ、まきな」
俺の横で直立しているまきなに声をかける。
「何でしょう」
棒読みな返事。
「お前、退屈じゃないの?そこで立って黙ってるだけじゃさぁ」
「別に退屈ではありません」
「あっそ」
変な奴だ。
また議論しても勝ち目は無さそうだし、早く食って大学に行こう。
「行ってきます」
「行ってらっしゃいませ、ご主人さま」
律儀に庭先まで来て深々とお辞儀するまきな。ぽかぽかした春の日にはよく似合う光景だ。
「あ、そうだ」
「どうしました?」
「まきな、今日は暑いから、夜まではメイド服着なくていいぞ」
薄着の俺ですら暑いと感じるのだから、メイド服のまきなにはもっとひどい筈だ。
「かしこまりました」
またお辞儀する。それを見て、くるりと背中を向け歩き出そうとすると、後ろから声がした。
「……ありがとうございます」
一緒に住み始めてからこの一週間、まきなが一度も口にしなかった言葉に俺は驚き、振り返ったがそこにいたのはいつもの無表情なまきなだった。
「いただきます」
それからは、キッチンの中にはテレビのニュースキャスターの声と食器の音しかしない。まきなはいつも無言でこっちを見てるだけだ。
「なあ、まきな」
俺の横で直立しているまきなに声をかける。
「何でしょう」
棒読みな返事。
「お前、退屈じゃないの?そこで立って黙ってるだけじゃさぁ」
「別に退屈ではありません」
「あっそ」
変な奴だ。
また議論しても勝ち目は無さそうだし、早く食って大学に行こう。
「行ってきます」
「行ってらっしゃいませ、ご主人さま」
律儀に庭先まで来て深々とお辞儀するまきな。ぽかぽかした春の日にはよく似合う光景だ。
「あ、そうだ」
「どうしました?」
「まきな、今日は暑いから、夜まではメイド服着なくていいぞ」
薄着の俺ですら暑いと感じるのだから、メイド服のまきなにはもっとひどい筈だ。
「かしこまりました」
またお辞儀する。それを見て、くるりと背中を向け歩き出そうとすると、後ろから声がした。
「……ありがとうございます」
一緒に住み始めてからこの一週間、まきなが一度も口にしなかった言葉に俺は驚き、振り返ったがそこにいたのはいつもの無表情なまきなだった。
朝の地下鉄は殺人的に混んでいる……のは上り線のお話。
俺の通っているM大学は、今いる場所からは名古屋と逆の向きにある。
大曽根駅のベンチに座って電車を待つ間、俺の頭の中では今朝のまきなの言葉が連呼されていた。
『……ありがとうございます』
その言葉に俺は驚いた……だけだったのか?
何かを期待してまきなを見たのではないのか?
まきなに何らかの変化を期待していたのではないのか?
そこまで考えたところで、左のほうから金属音がする。電車の到着だ。
俺は立ち上がり、乗車位置のプレートの前に立つ。
ドアが開くと、聞き覚えのある声がした。
「よぅ」
俺の通っているM大学は、今いる場所からは名古屋と逆の向きにある。
大曽根駅のベンチに座って電車を待つ間、俺の頭の中では今朝のまきなの言葉が連呼されていた。
『……ありがとうございます』
その言葉に俺は驚いた……だけだったのか?
何かを期待してまきなを見たのではないのか?
まきなに何らかの変化を期待していたのではないのか?
そこまで考えたところで、左のほうから金属音がする。電車の到着だ。
俺は立ち上がり、乗車位置のプレートの前に立つ。
ドアが開くと、聞き覚えのある声がした。
「よぅ」
下り線の車内はいつものように空いている。降車駅の大学前の二つ前の駅、本山まではこの状況が続く。
「おはよう」
俺に声をかけた男に返事をすると、二人ともロングシートに腰を掛ける。窓からはコンクリートの灰色だけが繰り返し映っている。
「お前今日は来れそう?」
「あぁ。真壁は?」
「俺は余裕」
そう言って頭を掻いて笑う眼鏡の男、真壁弘人は同じサークルの構成員だ。入学式当日に知り合い、意気投合した。顔はいいが、かなり趣味が偏っている、いわゆるオタクである。
「じゃあ集合は5時な」
「OK。真壁の事だから5時半で良さそうだな」
「何?……よし、絶対定時に間に合ってやる」
真顔で気合いを入れる真壁。俺は苦笑いして、がんばれよ、と肩を叩いてやった。
気付くと、車掌のアナウンスが到着を告げていた。
「おはよう」
俺に声をかけた男に返事をすると、二人ともロングシートに腰を掛ける。窓からはコンクリートの灰色だけが繰り返し映っている。
「お前今日は来れそう?」
「あぁ。真壁は?」
「俺は余裕」
そう言って頭を掻いて笑う眼鏡の男、真壁弘人は同じサークルの構成員だ。入学式当日に知り合い、意気投合した。顔はいいが、かなり趣味が偏っている、いわゆるオタクである。
「じゃあ集合は5時な」
「OK。真壁の事だから5時半で良さそうだな」
「何?……よし、絶対定時に間に合ってやる」
真顔で気合いを入れる真壁。俺は苦笑いして、がんばれよ、と肩を叩いてやった。
気付くと、車掌のアナウンスが到着を告げていた。
俺たちの通うM大学は「大学前」という駅を作ってもらえるほど有名な……N大学から南に数キロ歩いたところにある。
「んじゃ真壁、あとでな」
「おう!」
二人は学部が違うためにキャンパスに着くと別れていった。
退屈な講義は省略する。
5時、俺は大須のゲームセンターで真壁を待っていた。
周りには音楽ゲームが置かれ、大学生や高校生などが群がっている。このゲームセンターには時々メイド服の女性などが現れたりするが、今日はいないようだ。
しばらく待つものの、真壁の来る気配はない。それどころかゲームに並ばない俺を、店員が訝しげに見るようになる。
「結局いつも通りか…」
その後、きっちり30分遅れでやってきた真壁が怒りの鉄拳で倒されたのは言うまでもない。
「んじゃ真壁、あとでな」
「おう!」
二人は学部が違うためにキャンパスに着くと別れていった。
退屈な講義は省略する。
5時、俺は大須のゲームセンターで真壁を待っていた。
周りには音楽ゲームが置かれ、大学生や高校生などが群がっている。このゲームセンターには時々メイド服の女性などが現れたりするが、今日はいないようだ。
しばらく待つものの、真壁の来る気配はない。それどころかゲームに並ばない俺を、店員が訝しげに見るようになる。
「結局いつも通りか…」
その後、きっちり30分遅れでやってきた真壁が怒りの鉄拳で倒されたのは言うまでもない。
「無駄な時間だったなぁ」
3時間後、夜の路上でぼやいている俺がいた。
ぼやいているうちに家に着いたのでため息を吐きながらドアを開ける。
「おかえりなさいませ」
ぺこりとお辞儀してまきなが出迎えた。何で俺の帰るタイミングが分かったんだ、と聞こうかと思ったが疲れているのでやめた。
「ああ、ただいま」
まきなに返事をして、自分の部屋に向かう。
部屋に着くとすぐに荷物を下ろし、のびをする。と、
「ご主人さま」
後ろから声がする。
「どうした?」
「いえ、疲れていらっしゃるようでしたので」
その時俺の中で連想ゲームが始まった。
まきなが疲れを癒す→まきなはメイド→メイドの奉仕→!!!
「よし!じゃあ服を…」
こん。
「ん?」
ことばに割り込んだ音に振り向くと、こっちを見るまきなと、テーブルに置かれた栄養ドリンクが見えた。
「これが疲れによく効くそうですので、どうぞお召し上がりください……どうかしましたか?」
「い、いや、なんでもないなんでもない!あ、ありがとな、まきな」
不思議そうな顔をして去っていくまきなを見て、俺は何とか誤魔化せた事にほっと胸を撫で下ろした。