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Phase01.回帰

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ライムライト

 「諸君。この国は腐っている。今こそ変革の時だ! 政治家は国民に対して、明確なヴィジョンを示さねばならぬ。民主党はどうだ? 自民は? 諸君らは考えるべきだ。曖昧なマニフェストを提示している間、彼らはいったい何をしていた? 民主は国民の大半の賛成票をもらい何をできたか? 経済大国という看板を滅茶苦茶に破壊して、かれらは何を成した? 私は提示しよう、この国のヴィジョンを」
 壇上の人は、そこで息を切り、大声で叫んだ。
 「五年以内に日本経済を完全に回復させる。そして、経済大国たる日本の復活を約束しよう。必ずだ」
 何千という人たちが一斉に歓声を上げた。海部、と呼ぶ声もする。
 空前絶後の大歓声の中、取り残された私は思った。ヤバイ、と。



 選挙権が18才からになり、高校が4年制になり、義務教育になった。私たち4年生は投票しなければならないのだ。面倒くさいことこの上ない。学校に投票所が設けられ、授業の一環として投票することになっている。だれがこの面倒な制度を作り出したのか、民主だ。民主党だ。目の前に小沢がいたならば私は間違いなく痰を吐きかけるだろう。
 高校の近くの喫茶店で友人数人とコーヒーを飲みながら、どこに投票するか、という到底高校生らしからぬ話題で大いに盛り上がった。盛り上がりすぎて友人との間に壁ができた。
 ボーっとしながら聞いていたが、島は社会党に、九条は民主党、宮田は幸福党に入れるらしい。島は代表がかっこいいから、九条はサイコロで、宮田は親に薦められて、だそうだ。宗教家族、ご苦労様だ。
 安藤はどこに入れるの? と聞かれて、まだ決めていないと言うと大変だった。島が犬養さんはすばらしいお方ですよーと詰め寄り、宮田は幸福になれるよ、と言った。九条は寝ていた。手で耳をふさぎ、うるさい、うるさいと頭を振ってごまかす。
 二人の猛勧誘を振り切り、熱々のコーヒーを口に含んだとき、いきなり選挙街宣車が「公明党、公明党に清き一票ー」云々と大音量で流すものだから、思わずコーヒーを噴出してしまった。もろにかかった九条が「熱い!」と叫びながら飛び起きる。
 窓際まで駆け寄り、爆音を鳴らしながらゆっくりと進む街宣車にむけて、罵声とともに中指を立てた。街宣車は、「応援ありがとうございます」とさらに大音量で流した。死ね、消えろ、お前のところには投票してやんねぇ! 店員の金子さんが、「そんな罵声ばかり口にしてたら益々もてなくなるぜ」と九条の頭を拭き、笑いながら囃子立てる。「選挙カーなんてみんなあんな感じなんだから、罵声浴びせるだけ無駄無駄」九条の頭を拭いたタオルで今度は机を拭きはじめた。席に戻ると、九条が涙目でにらんでくる。ああ、面倒くさい。

 「次、口からコーヒー噴出させたら罰金100万円」
 九条が言った。小学生のような思考回路だな、と思った。
 「ここで諸君!」島が突然いすの上に立ち、ミュージカルのように右腕を上げて声を張り上げた。
 「優柔不断な安藤さんのために」海部のように息を切り、言いはなつ。
 「一つ投票政党を決めて差し上げようじゃないか」
 抗議の声を上げようと口を開いた私をさえぎり、宮田が「もちろん幸福党だよね」と言った。こんなところで勧誘されてたまるか。九条に救いのアイコンタクトを送ると、「サイコロで決めれば?」とそっけなく返された。
 「民主と自民はないね」
 「幸福と公明もね。カルトでしょう」
 「社会党のほうがカルトでしょ? 海部っていうのは怪しすぎるよ」
 「はぁ? 海部さんはね……」
 島が演説を始めた。日本を五年で回復させよう、他の政党がいったい何をしたんだ! という海部の台詞をこれでもかと並べ立てる。
 私は、堪えかねて抗議の声をだした。
 「君たちで決めるのではなく、この私がきめるのだ! やすやすとここに投票しますーなんていうと思ったのか」
 私はそこまで言うと、机に突っ伏し、喫茶店を抜け出して会議場へ向かった。
 壇上にて「誰に投票するか」というテーマを持ち出すと、議場は忽ち罵詈雑言の嵐に包まれた。
 「海部は怪しい。あの大歓声を覚えているか?」
 「幸福党! 幸福実現党!」
 「なにが幸福実現ーだ。大川なんか塵に等しい。大作先生こそ唯一無二・・・」
 「自民だろ? 一番まともじゃないか」
 「夜は短し、歩けよ乙女」
 「所詮世迷いごと。高々一票程度でなにが変わろう」
 「ネオ日教組の魔の手によって半ば強制的に民主に投票することになるのではないか?」
 「貴君よ、各政党の狡猾なる手段で投票するのか? 無所属の人間を応援すべきでは?」
 「いや、無所属はいけない。多大なるカルト政教が幾万にも及ぶ罠を張っているに違いないのだ」
 議論は平行線だった。
 会議場を出、顔をあげた。友人三人が覗き込む中、最終的な結論を発表した。
 「私は、どこにも投票しない」
 喫茶店も罵詈雑言の嵐に包まれた。
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