騙された。俺はあの女に騙された。
笑っていて狡猾で、薄汚ねぇ、笑えねぇ女に、俺は騙されたんだ。
「…ここじゃ、あんたみたいなの珍しくないよ。逆にそんなに落ち込んでいるのが珍しいくらいさ」と地元の奴らは俺を笑ってくる。
わかってるさ、ここがそんな場所なくらい。わかってるさ、ここが明るくも冷たい場所なくらい。
─────────わかってるさ、渋谷がどんな街かなんて。
昼過ぎ、うるせぇくらいにショップ店員の声が響き渡る、まるで自分の命でもかかってるみたいに、夏のバーゲンで服を売っている。
それに呼応して、狂ったように女子中学生やら、女子高生らが騒ぎたて人の波をつくる。
「そういや、もう夏休みか」俺のつぶやきなんて、この街じゃあ誰にも聞こえない。
群れを成す街、渋谷。今日も今日とて、誰もが群れの中で蠢いている。それがこの街のスタンダードであり、この街で生き延びる術の一つだ。
笑えねぇ話をするガキ共が、チンピラに絡まれているのを横目に見ながら、ipodから流れてくる音楽に耳を傾ける。この街の必需品の一つは間違いなくipodだろう。なんてったって、雑音騒音が聴こえないはいいことだ。
蒸し暑い外を見ながら涼しい店内でアイスコーヒーを飲むのはまた格別なんだが、待ち合わせに遅れている糞野郎のことが気になって、今はそんな気分にもなれない。
「あの野郎…おせぇんだよ……」昨晩から完徹で麻雀をやった眠さからか、どうにもこの絶妙な店内の温度が眠気を誘う、さぞかし寝たら気持ちいいことだろう。
アイスコーヒーの氷が解けおわるか、俺が寝るかを競っていると、ようやく糞野郎がきた、清々しい顔には罪悪感という文字はないようだ。
「わりぃ!ちっと野暮用あったんだわ!」そういって胸元で両手を合わせる糞野郎。
「てめぇが呼んだから来てやったんだぜ?そこんとこわかってんのか?!」
「お、大声だすなよ…悪かったって、ハッチ。詫びといっちゃなんだが、いい情報入ったぜ」
「……いい情報?『あの女』のことか?」
「…ああ、お前を騙したあの女のことだ。あの女、実は…渋西の生徒らしいんだ」
「渋西ぃ?!お、おまえ、あいつが女子高生だっていうのかよ!」
俺は数か月前に、ある糞ビッチに騙されて、この街で生きのびる術の一つの群れを失った。
しかもそれが「渋谷西高校」略して渋西の生徒とは、思いもしなかった。
「…それは確かな情報なんだよな、サイトウ」
「こればっかはマジだぜハッチ。…で、結局お前は復讐とかそういうのがしたいわけ?」
「……女に復讐とかかっこわりぃけどよ、俺もさすがに頭きちまってんだよ」
「はぁ…成長しねぇやつ…」
サイトウの呆れ顔を見ながら、俺はようやく復讐への手がかりの第一歩を手にした。
───────俺は絶対に、あの女を許さない。