トップに戻る

<< 前 次 >>

冬の旋風(れいが少し早起きした場合)/点数計算の出来ない吉田

単ページ   最大化   

 夢の中でもれいは逃げていた。追っ手の忍者どもを撃退しつつ、自らも傷ついた。疲労で足がもつれそうになりながらも、倒れることが出来ず、次第に化け物じみてくる連中から逃れようとして足掻いていた。くのいちとして非情な任務をこなすために捨ててきた涙が頬を伝うのを感じた。流れすぎた涙は首を伝い、薄い胸を這い、やがて股ぐらを越えて、足にまで垂れていった。
「うひゃあ」
 不意を突かれて狼狽する男の声でれいは目を覚ます。股から流れていたのは涙ではなく、彼女の尿であった。極限の疲労と悪夢による恐怖から漏らした、しどけない寝小便であった。
 太ももを伝う尿の生温かさを味わいながら、ようやく現状を認識し始めたれいは、自身が全裸であることに気付く。顔面に尿を浴びて飛び退いた男を見た瞬間に「殺さねば」と思い、彼女の持つ多種多様な武器を手に取ろうとした。
 が、得物は手元にも部屋の中にも見あたらない。
(大事な任務の最中に身ぐるみを剥がされるとは、なんたる不
覚……)
 彼女は一瞬で覚悟を決め、舌を噛み切ろうと、思い切り口を開けた。
「まあ待て」
 と、男の声が聞こえたと思った途端、れいの体は身動きが取れなくなった。
「悪いが術をかけさせてもらった。女よ、そう死に急ぐな。わしはお主にまだ何もしておらん」
(まだ?)
 しかし男は自分を全裸にし、あまつさえ股ぐらを下から覗き込んでいたではないか。彼女の放った尿で男の衣服は黄色に染まっている。言い訳が真摯な響きを持つ態ではない。
「術を一部解き、話せるようにしてやろう。もう舌を噛むよう
な真似はするな」
 口の硬直が取れ、がくんと力が抜ける。少しばかりのよだれが床に落ちた。
「まず、何故私が裸でいるのかを聞きましょう」
「あちこち傷を負っておったからな。それに衣服に仕込まれた武器が危なく、寝かせるのに邪魔になったのでな。幸い酷い怪我はないとわかったので、これから服を着せるところだったのだ」
 言われて布団の周囲を見てみると、確かにれいに着せるためであろう町娘風の衣服が用意されていた。
「本当に何もしておらぬのか」
「安心しろ、わしは若くて美しい女は好物じゃ」
「その言葉のどこに安心出来る要素を見つけられるというので
しょうか」
「好物を無闇に傷つけたりはせん」
「……」

 それから二人は互いの素性を明かしあったり、任務の話をしたり、仲間となる約束を交わしたりした。(詳しくは本編「起」参照)ちなみにれいは全裸のままである。男は混田悪平(まざりだあくひら)と名乗った。

「ところで、お主が探している薬学士ほどではないが、わしのところにも幾らか薬の蓄えがある。お主の美しい体についた傷に塗り込んでおいてやろう」
「いらぬ世話です」
「まあ聞け、わしは少しばかり占いの真似事もやるのだが、お主には裸難の相が出ておる」
「らなん?」
「これからお主は行く先々でその裸を多くの人に見られる、という相が出ておる。あながち悪いことばかりでもないぞ。女の裸というのは、見せて、見られて、熟れていくものだ。どうせ見られるなら、今から美しくしておくに越したことはあるまい」
 そう言いながら悪平は膏薬をれいのまだ幼さの残る体に塗り込んでいく。動きが取れないので、ただひたすらそのこそばゆさに耐えていたれいだが、自由に動く口からは時折「うっ」という声が漏れた。
「かすり傷はこれで明日には綺麗に消えるだろう。ただ少し熱っぽいのが気になるな。先ほどまではそうでもなかったのだが……」
「案ずるには及びません、もう大丈夫です。術を解いてもらえませんか」
 しかし悪平はれいの言葉に耳を貸さず、一服の粉薬を取り出した。
「うちにある解熱剤はちと特殊でな、即効性はあるのだが、二種類の人間の唾液をほどよく絡めながらでないと効かないという厄介な代物なのだ」
「それはつまり……」
「接吻しながら飲ませんといかん」
 そう言うと悪平は薬を自分の口へ投げ入れ、「舌を噛むなよ」と言いながら、れいの唇に唇を重ねた。
 れいの口腔の中で悪平とれいの舌が絡み合い、唾液に薬が溶け、れいの喉の奥へと流れこんでいく。悪平は腰をれいに密着させるような無粋な真似はしなかったが、その手はしっかりとれいの小さな尻に回っていた。
 薬を飲ませるだけにしては少々長すぎる接吻の後、れいは目を見開き、「術を」と息も絶え絶えになりながら悪平に懇願した。
「もう解いておる」
 体から一気に力が抜け、れいは布団の上にへたりこんだ。が、すぐにキリっと表情を引き締めて悪平に宣言する。
「今のは助けてもらった恩を返したまで。これからは対等と考えてもらいます」
「承知よ。続きは無事任務を果たし終えた後に、な」

 これから先に待ち受けている道の険しさを、この時の二人はまだ知らない。


(了)
11

みんな 先生に励ましのお便りを送ろう!!

〒みんなの感想を読む

<< 前 次 >>

トップに戻る