おっぴらき(原作:よめえごと)/古賀なべしき
ブランコが、きぃきぃって、寂しそうにお歌を歌ってる。
ボクは、滑り台の下で、ママが探しに来るのを待っていた。
どれくらい時間が経ったのかな? おなかがすいたよ。今日のご飯は何だったのかな?
帰りたいよ。早く迎えに着てよ、ママ。
ママとけんかして、どこへ行ったらいいのかわからなかったから、この公園へ来た。
いつもお昼に遊んでいる公園だから、どこに何があるのかよく知ってるし、近くに友達のおうちも無い。
友達のおうちの前を通ったときに聞こえる、すごく楽しそうな笑い声。
今ごろ、友達は、家族みんなで、テレビを見て、ご飯を食べて、おしゃべりしてるのかな?
楽しそうな笑い声を聞くほど、ボクは今、一人ぼっちなんだってことを思い出して、悲しくなってしまう。
よそのおうちの、暖かそうな灯りを眺めながら、寂しい気持ちで歩き回るより、この静かな誰もいない公園で、ママが来るのを待っているほうが、きっといいに違いない。ボクは、そう思っていた。
公園は、しん、と静まり返っていた。ボクは、急に不安になった。
ママ、どうしたのかな。迎えに来てくれないのかな。寂しいよ、ママ。
そろそろ家に帰ったほうがいいのかな。そんな風に思っていたら、突然、大きな音がして、大人の人たちが大声をあげるのが聞こえた。
「てめえ。ふざけんなよ。金払え」
一人は、髪の毛が金色で、怖そうなお兄さんだった。
「すいません。こちらの不注意でした」
もう一人は、顔色の悪いおじさんだった。
なんだか、お仕事が終わって、疲れて帰ってきたときのパパにちょっと似ていた。ボクが何にもしてなくても、怒鳴るときのパパに。
「はあ?それで謝ってるつもりかよ。とりあえず金よこせ」
「今持ち合わせがありませんので」
「そうかじゃあ殴るだけで勘弁してやるよ」
お兄さんとおじさんは喧嘩をはじめた。
おじさんは、いっぱい叩かれた。叩かれて、ちょっとだけ泣いてた。大人でも、叩かれて痛かったら泣くんだ。
ボクは、じっと息を殺して、おじさんとお兄さんの喧嘩を見ていた。
しばらくすると、おじさんが、お兄さんにごめんなさいを言って、かばんのところに行った。
おじさんが、かばんから、何か光るものをだした。
ボクは、仲直りのしるしに、おじさんの宝物をお兄さんにあげるんだと思った。
でも、お兄さんは、おじさんの宝物を受け取ろうとはしないし、まだ喧嘩するみたい。
宝物をあげるんだから、お兄さんもおじさんを許してあげればいいのに。
あ、でも、今度はお兄さんは、おじさんを叩いてない。ちょっとだけ、許してあげたのかな?
そう思っていると、お兄さんがおじさんを叩こうと走り出した。
「あっ」
思わず声が出てしまったけど、おじさんとお兄さんは、気づいていないみたいだった。
次の瞬間には、お兄さんが倒れていた。お兄さんは、自分の胸のところを、変な顔でまじまじと見ている。
お兄さんの胸には、おじさんの宝物が刺さってて、血が出ている。
「マジかよ──き、救急車、救急車呼んで、頼む、病院、びょ、ぃん──」
声がどんどん小さくなっていく。血がどんどん出てる。たくさん出てる。転んで怪我したときよりも、もっともっとたくさん。
ああ、ボクも知ってる。血がたくさん出るような大怪我をしたら、救急車を呼ばないといけないんだ。でも、ボクは救急車の呼び方を知らない。
あのおじさんが救急車を呼んでくれるかもしれない。
そう思ったけれど、おじさんは、そのまま、自転車に乗ると、
「俺が悪いんじゃない、俺が」
そう呟いて、行ってしまった。救急車を呼びに行ったようには見えなかった。
ボクは滑り台の下から出て、お兄さんのところまで行ってみた。
お兄さんは、ヒューヒュー、と変な音を出していた。
怖い。
ボクは、思わず後ずさった。
「──コ、フ──」
お兄さんが僕を見て言った。指がちょっとだけ動いた。
お兄さんはからは、変な臭いがした。きっと、お兄さんの血の臭いだ、と思った。
ボクは、そのまま、お兄さんを見ていた。
お兄さんもボクを見ていたけど、だんだん、白目になって、舌がだらんって出てきて、動かなくなって、変な音がしなくなった。
知ってる。コレって、死ぬってことだ。テレビで見たことがある。死ぬと、警察が来て、犯人を探すんだ。
うーんと、犯人。あのおじさん。あのおじさんが犯人だから、きっと、逮捕される。
ボクは、おじさんに「おじさんは犯人だから捕まるよ」と教えてあげようと思った。
おじさんを追いかけて、公園を出たけど、おじさんはもうどこにもいなかった。
しょうがないから、ボクは家に帰った。
ママに怒られた。でも、抱きしめられた。ボクは、よくわからないけど、泣いてた。
お兄さんが死んじゃった公園には、すごくたくさんの人がいた。
パトカーがあって、警察の人もいた。大人の人たちが、黄色いテープの外側から、お兄さんが死んじゃったところを見てる。時々、カメラがピカッと光ったり、警察の人が、「現場保存のため、これ以上は近寄らないでください」と怒鳴っている。
ボクはなんだかうれしくなった。これって、本当にテレビと一緒だ。
お母さんは、「今日は外に出ちゃダメ」っていってたけど、ボクは、あのおじさんに「逮捕されるよ」って教えてあげなきゃいけない。だから、おじさんを探さなきゃいけないんだ。
ボクは、公園にいる大人の中に、おじさんがいないか探してみた。テレビだと、犯人の人は、警察が調べているときに、一緒に見ていることが多い。
あたりを見回してみると、公園の入り口のところに、人がたっているのが見えた。
──いた。おじさんだ。
おじさんは、公園を出て行こうとしていた。
ボクは全速力で、おじさんのところまで走った。
「おじさん。待って」
僕の声に、おじさんは緩慢な動作で振り返った。パパに似てるかな、と思ったけど、やっぱり違う、とボクは思った。パパは、こんな風船みたいに、力が抜けたような感じで動いたりしない。
おじさんは、ボクのことを知らんぷりして歩いていこうとした。
「おじさん。昨日ここにいたでしょ」
ボクがそういうと、おじさんは、目をぱちくりさせて、引きつった声で言った。
「え。ひ、人違いじゃないのかい」
ボクは笑った。おじさん、面白い顔。
「自転車に乗ってたのはおじさんだったよ」
ボクがそういうと、おじさんは、急に笑顔になって、言った。
「そういえば、そうだったかな。おじさんが、ここにいたこと、誰かに言ったかい?」
「ううん。誰にもまだ言ってないよ。これからママに言おうと思っていたんだけど……。おじさんも一緒に行く? ぼくの話が本当だって事が分かるでしょ」
ボクは、おじさんを誘った。おじさんは、犯人だから警察に捕まる。ボクは、おじさんが捕まるところを見たかった。だから、一緒に行こうと誘った。
おじさんは、すごくうれしそうに笑った。
「ぼうや何歳。お母さんと一緒かい」
「五歳。一人だよ」
「欲しいものは無いかい。おじさんが買ってあげるよ」
欲しいものを買う? おじさんは、捕まるかもしれないのに、何で買い物なんてしようとするんだろう。それに、どうして、ボクに何か買ってくれるって言うんだろう。
「どうして」
「君は偉い事をしようとしたんだから、欲しいものを買ってあげるのは大人の当然の義務だよ。君は偉いね。警察に行くのはそれからにしよう」
ボクは、犯人は捕まるということを教えてあげたから、ほめられたんだと思った。
「ありがとうおじさん!」
笑いかけると、おじさんは苦しそうな顔をした。だんだん、怖い顔になって、そうして、また、笑い始めた。変なおじさん。
「おじさん。いかないの」
おじさんの顔を見ていたら、おじさんはふっと嫌な笑い方をして、
「行くけども、おじさんは用があってな。ちょっと付き合ってくれないか」
ボクは、「いいよ」といって、おじさんの後について歩き始めた。
僕たちはいろいろなことを話した。
「あのね、さとしくんの家、犬を飼ってるんだよ。すっごく大きい犬でね、背中に乗れるんだよ! ボクも、ママに犬が欲しいって言うんだけど、ママはダメって言うんだ。だから、おじさん、犬を買ってくれる? ボク、小さいのでいいから、犬が欲しいな!」
「ああ、そうかい」
「ママは、時々怒るけど、すごくやさしくて、ボク、大好きだよ。パパは、怖いし、あまりおうちにいないけど、でも、日曜日は、いつも僕と一緒に遊んでくれるんだよ。ゲームも得意で、ボク、一回もパパにゲームで勝ったことが無いよ」
「ああ、そうかい」
「幼稚園で、お絵かきしてね、ボクが紗江子先生の絵を描いたら、すごく上手だねって、ほめてくれたんだよ。ボクがたぶん一番上手なんだよ」
「ああ、そうかい」
「ボク、幼稚園で一番すきなのは、さっちゃんだよ。さっちゃんは、自分のこと、さっちゃんって言うんだよ。おかしいよね、さっちゃん」
「ああ、そうかい」
おじさんとお話しても、つまらなかった。おじさんは、ボクがどれだけしゃべっても、「そうかい」としか言わない。そのくせ、ぶつぶつ何か口の中で呟いてる。
あーあ、つまんないな。おうちに帰って、テレビを見ようかな。
そう思っているうちに、なんだか変なところで、おじさんは足を止めた。
木がいっぱい生えていて、池みたいなのがある。おじさんはこんなところで何のようがあるんだろう?
「おじさん。こんなところで何するの」
と、急に後ろから抱きつかれた。
なに、なに? 何を、
おじさんの手が、ボクの口の中に入る。痛い。
ボクはおじさんの手を噛もうとするけれど、すぐにそれもできなくなる。
ボグッボッグ。
水が、ミズが。入ってくる。
ガば、ゲ。
目を開くと、濁った水。
苦しい、苦しいよ。
涙が出た。出たけど、水の中だから、わからない。
くるしい。
くる、しい。
なん、だか、あたまがまっしろ、に、なるよ。
ゴポ。
あーあ、こんなに服を濡らしちゃって。ママ、怒るかなあ──?