10.ラッキーバニー(前編)
恐ろしい、という感情は麻痺するらしい。
あるいは、恐怖の対象が物体だったからで、これが人間相手だったら消えることのない不安が胸中に巣食い続けたのだろうか。
なんにせよ、苦手なものが減ったのはいいことだ。
僕はそう思い込もうとした。割とすんなりできた。
死体というのは、思っていたよりも弱者だった。
僕の新しいバイトは大体、深夜から朝方にかけて始まる。
担当の人から渡されたポケベルによって、浅い眠りに耽っていた僕は淡い夢から引きずり出された。
最近は同じ夢ばかり見ているから、続きは気にならない。
子どもの頃は連続ドラマばかり見ていた影響か、夢までシナリオ化されて次回への引きまで作られていたけれど、僕の頭はとうにそんなことに労力を行使するのをやめてしまっていた。
やや残念だが、今のバイトが一段落すればまた生活も変わってくるだろう。
一人暮らしのアパートは適当に片付いている。
物を買う余裕がないから、畳と布団とちゃぶ台くらいしかない。テレビすらないので、集金係に堂々と部屋の中を見せられる。
脱ぎ散らかしたままのジーパンとワイシャツに着替える。
僕の数少ない一張羅だ。ジーパンは買ったきり一度も洗ってないけれど、僕の知る限り異臭はしない。
玄関の外に出ると五月にしては生温い風が吹いていた。
もうすぐじめじめした梅雨が始まるかと思うと憂鬱になる。
腐るのが早くなったりしたら嫌だなァ。
階段裏に停めてある原動機自転車に跨って夜の闇の中へ走り出すとなんだか一昔前の歌詞のようだが、これはれっきとした僕の原チャリだ。
友達の兄貴のお古だったが、よく動いてくれる。
そこかしこにぶつけた傷や、怪しい染みがあっても、図太い神経を持つ僕にはちっとも効かないんだ。
先輩によるとバイト先は色々あるらしいが、今のところ僕は一箇所にしか呼ばれていない。
こんな仕事をしていてもマンネリというものは起こるもので、僕は退屈さえ覚えていた。
誰もいないのに熱心に灯りを振りまく街灯のほかには、何もいない。車も通らない。静かな住宅街。
僕は顔を横に向けて、地元の山の方を見上げた。
この辺りには有力な地主がいて、その人の敷地内では何が起こっても闇から闇へ……と地元の子どもたちは言われて育ったらしいが、いまいち実感が湧かない。
僕は転勤族の父親にくっついて転校しまくり、ついに「もう手続きが面倒だからついてこなくていい」と置いていかれてしまったためにローカルな話題に疎いのだ。
とはいえ、その有名な地主の子どもが失踪してしまったと聞いた時は驚いたけれど。
一月前の夜、彼とその友人二名は忽然とこの街から姿を消した。
噂によると私有地内で火事があったとかないとか……。
もしかして秘密裏に焼殺されてしまったのだろうか。なんだか伝奇ホラーみたいだ。
まァでも、僕に仕事が回って来なかったんだから、死んだわけではないだろう。
焼殺死体はあまり来ない。来るのは斬殺とか、銃殺とか、絞殺とか……。
バイトをしてみて分かったことがあった。
僕の仕事は、他殺死体専門だ。
マンホールの下に憧れたことがないだろうか。僕にはある。
小学生の頃、夏休みにあまりに暇すぎて街を闊歩していた時(その頃はまだ、冷房の効いた部屋でぐうたらするほど怠け者ではなかった)ふとマンホールに近づいてみた。
熱せられた金属は視界を飴のように歪めていて、そんなパワーを発し続けているマンホールはどんなに熱くなっているか、想像するだけで興奮した。
触ったら、皮膚が剥がれるかな、などと危ない思考さえしていた。
結局、それきり夕日が沈んで家に帰ってカレー食って寝たんだけれど、それから数年経って、まさかマンホールに入る機会があるなんて想像だにしていなかった。
初日に案内してくれた担当の人に、マンホールの下には何があるんですか、と聞いてみた。
「地獄」
笑うところではなかったらしい。
普通のマンホールといえば下水道に繋がっていたりするものらしいが、僕のバイト先のマンホールは違った。特別製だった。
駐輪場に原チャを停め、向かいにある駄菓子屋の前のマンホールを三回ノックしてしばらく待つと、ゴゴゴゴ……と重々しい音と共にフタがずれて、ひょこっと先輩が顔を見せた。
「遅い。法定速度なんか守るなって言ったろ」
すいません、と平謝りするしかない。
法定速度を守らなくたって、カーブをギリギリ曲がれる速度で走ったらこれぐらいかかってしまうのだ。
この先輩はいつも無表情で何を考えているのかわからず、気づかれする相手だった。
「いいから入れ」
ハシゴを先輩について降りていくと、だんだん明るくなってくる。
下の照明の光だ。
何度見ても、マンションのようだと思う。窓のないマンション。
いくつも扉があって、コンクリートで打ちっぱなしにされた造りは研究施設や廃墟のような不気味さを思わせる。
「こっちだ」と先輩が手招きし、ひとつのドアを開けた。
そんなことされなくても、この扉しか入ったことないですよ、と話題を振ろうとしてやめた。べつに友達になりたいわけじゃない。
扉の先は一本道が続き、やがて階段。いくつか階層を降り、別の通路を突き抜けて、今度は螺旋状になった階段を最下層まで。
赤錆びた鉄扉の先が、僕のバイト先だ。
この扉を開ける瞬間が、一番憂鬱だった。
まァ、でも、慣れたといえば嘘じゃない。
悲しむべきかな。
扉を開けた。
できたてホヤホヤの死体だった。
まだ血が流れていたし、見間違いかもしれないが痙攣したような気がする。
それは粗末な台の上に無造作に横たえられていた。
もう動かなくなったそれをしげしげと見つめていた僕らの雇い主が、来訪者に気づいて笑顔で手を振ってきた。
「やァ、こんばんは。遅いのにすまないね」
「いいえ、滅相もない」途端にへりくだる先輩。
この人は目上の存在に対して無条件で降伏する習性を持っていた。
否定はしないが、どう見たっておべっかにしか見えないヘタクソな愛想笑いは相手を不快にさせてしまうのではとヒヤヒヤする。
僕はそこまで忠実になったつもりはないので、軽く目礼するにとどめた。こんな夜中に叩き起こされて上機嫌で仕事してたらそいつは何らかの超越者だ。
「いつものようにしてくれ。運びやすいように」
先輩が噛み締めるように分かりました、分かりました、と繰り返している。
誰もそんなこと頼んじゃいないのに、自分がどれだけ相手を尊敬しているか、重要視しているかを全身で表そうとしている。
僕は死体を見た。
眼球がない。落ち窪んだ眼窩を真上から覗き込めば残骸が浮かんでいるかもしれないが、見たくないのでスルーする。
全身蜂の巣。
銃創だった。
そして僕は、何気なしに呟いた。その言葉で退室しようとしていた雇い主が、足を止めて僕を振り返った。
「二十一……」
「傷の数がいつも一緒なのが、気になるかい」
僕はハッとして顔を上げた。しくじってしまったか、と冷や汗が背中を一気に湿らせた。
僕の仕事内容に推理は含まれていない。
もしかして、こんな余計な一言のせいで殺されちゃったり?
まさか、とは言えない。現に死体は目の前に転がっている。
何が起きたって不思議じゃない。
雇い主はしばらく僕を値踏みするように眺めていたが、
「おい、君。……いいや、そっちの先輩の方。僕は彼に見せたいものがあるから、今日の仕事は君一人でやってくれ」
先輩は腰を九十度に曲げて恭しく承っていたが、正しい礼儀作法から言うと四十五度ではなかったか。
この世の中、やりすぎるとロクなことがない。
「チンチロリンという遊びは知っているかい」と雇い主が僕に聞いた。
「はぁ……サイコロを振るやつですよね」
「うん。三つのサイコロを振って、出た目を競う。
やったことは?」
「ないです。ていうか、普通の人ってそういうことするもんなんですか?」
「僕が知るかよ」
「すいません」
「うん。まァいい。ちょうどいい、やってみるかい」
「え」
「安心しろよ、金は僕が貸してあげよう」
「やめてください、僕がなんでここで働いてるか知ってるでしょう」
「一発返済できるかもしれないぞ」
「まじめに働いて返します」
「ふうん……そうかい、達者だね」
そもそもチンチロをやる場所なんてあるのか、と聞こうかどうしようか迷っていたら呆気なく答えに出くわした。
死体処理場から散歩程度の距離を歩いた所にある扉を潜ると、急に強くなった光に目が焼かれた。
奥から昆虫の羽音のようなざわめきが聞こえてくる。
目をしょぼしょぼさせながら覗き見ると、豪華絢爛なカジノが広がっていた。
「どうだい、見るのは初めてだろう」
「はい」それよりも気になることがある。
「なぜ僕をここに?」
雇い主は肩をすくめて、何も言わずに僕を引っ張り込んだ。
そうして手近なところにいたバニーガール(!)からコインを受け取ると、ずいっと僕にそれを押し付けた。
「だから!」思わず声が荒くなったが、それでもカジノの喧騒にかき消されてしまいそうだった。
「ギャンブルはしませんから」
「気にするなよ。これは僕のおごりだから」
「そんなこといって、騙されませんよ」
「失礼なヤツだなァ。いいんだってば。そうだな、じゃこうしよう。
僕はこれからのあのバニーちゃんを抱いてくるから、その時間分、僕の代わりにここで遊んでくれ。
そういうことにしておこう。今の君は僕だ。オーケー?」
ぽかん、と口を開けていると雇い主はへらへら手を振ってバニーちゃんとどこかへ行ってしまった。
頭上を見上げると、魚眼レンズの中に放り込まれてしまったように天井が湾曲して見える。
やたらと広くて、知らない人ばかりで、やることがない。
ああ、分かったぞ。
これは迷子というやつだ。
このコインをまるごと換金してちょっとは借金の足しにしよう、と思ったが今の雇い主との会話を見ていたのか、どのバニーちゃんに話しかけてもウインクされるだけだった。
一回、ちょっと年増のバニーが股間に手を伸ばそうとしてきて全力で逃げ出した。僕だって捧げる人は厳粛に選びたい。
自然、やることがなくって、周囲の様子を興味深げに眺め回すしかない。
こんなところに来る人は金持ちばかりかと思っていたら、薄汚れたコートを羽織った人がコインケースを五箱満タンにしていたり、中学生としか見えない少年が壁に寄りかかって携帯ゲーム機を遊んでいたりした。
また、不思議なことに、一度顔を見た人は後で同じ場所にいっても会わなかった。
けれどそれは僕が戻り道を間違えて、ぜんぜん違うところに行ってしまったからかもしれない。そう思いたい。
これだけ広大なカジノだと、雇い主は僕を探し出せないんじゃなかろうか、と思ったがそれはなさそうだと判明した。
レンタルビデオショップよりも近接な間隔で監視カメラがお仕事なさっている。
目の前でスロットに夢中になっている髭もじゃの男のケースからコインを一枚抜いただけでも、一分後には確保されそうだ。
そうして闇雲に彷徨っていても、僕はスロットにコインを一枚だって入れようとしなかったし、バニーちゃんが配っているタダの飲み物にも手を出そうとしなかった。
僕はギャンブルが嫌いだ。そもそも争うこと自体が嫌いだ。
そんなことをしたって意味が無い。理由はそれだけ。
だから、そこにいる人たちは僕にとっとても遠い存在だった。
テレビを見ているのと変わらない。すぐそばで同じ空気を吸っているだけで違う世界に住んでいることには変わらないのだ。
渡されたケースの中には金の種が沢山入っているが、それが実を結んだところで、僕には一切の喜びなんて湧かないのだ。
ただ死体処理のバイトが予定より早く終わる、というだけで。
時間が来るまで放浪しよう――と思い踵を返しかけた時、女の人の嬌声が上がった。
見るとバニーちゃんの胸に赤ら顔の親父さんが手を突っ込んでいた。
ちょっと驚いたけれど、通り過ぎようと思った。それが彼女らの仕事で、客であるおっさんの役目なのだから。
だが、腰に手を回されて歩かされていくバニーちゃんの横顔を見て、僕は気が変わった。
タバコの煙で目が潤んでいるようには、見えなかったから。
僕はケースをたまたま側にいたバニーちゃんに押し付け、早足で二人を追いかける。
とんとん、とおっさんの肩を叩くとそれまで上機嫌だった赤ら顔がどす黒い怒り模様に変わっていった。
あまりの変貌ぶりに珍しいものを見た気分になる。
「なんだよ、兄ちゃん。いま忙しいんだがな」
「うん、その人は僕が先に約束してたんだ」でまかせだ。
「悪いね、おじさん。そういうことで」
そう言ってバニーちゃんを引き剥がそうとすると、当然ながらおっさんは反抗してくる。
だいぶ昔のギャグ漫画のように、彼女を二人の男が取り合う形になってしまった。
「痛っ!」
その声が引き金になった。
咄嗟に手を放し、たたらを踏んだおっさん。
その顎を、二度と開かぬようにと呪いながら、殴り抜けた。
先ほどとは違った声――悲鳴。周囲がなんだなんだと騒がしくなる。
やってしまった。これで何もかもパァだ。
僕のケツの穴は二十一個増えちゃうんだ。くそったれ、どうせなら楽にまず頭を撃ち抜いてくれ――
ワアワアとどんどん大きくなる声が僕の脳内を白熱させ冷静な思考を溶かしていき、このまま黒服を着たスタッフに取り押さえられるのが先か貧血起こしてぶっ倒れるのが先かと考えようとしていて、
手を取られた。
バニーちゃんに。
パニック状態の脳みそでも、彼女が助けたバニーちゃんではないのはすぐに分かった。
その子の髪は、砂糖をまぶしたように真っ白だったから。
もつれ合い倒れそうになる足をなんとか踏ん張って持ち直すと
「走ろう!」
振り返りながらバニーちゃんが叫ぶ。
お礼を言いたかったが舌を噛みそうだったので、そのまま生温い疾走に僕は心身をゆだねた。
どこまでも走っていける気がするような、暖かい手。
原チャ通勤で体力を減衰させていた僕は、おっさんを撒いた頃には息も絶え絶えの有様だった。
トイレの横にへたり込みゼェハァ繰り返す僕をバニーちゃんは笑ってみていた。
ファイトーいっぱぁぁぁつとかなんとか言って手団扇で扇いでくれるのが、割に気持ちよく思考も冷静さを取り戻してきた。
「あ、ありがとう……助かった」
バニーちゃんはニッコリ笑って
「助けなきゃよかったかなぁ」
「え?」
「カジノファイト、ちょっと見たかったし」
ひゅんひゅん! とシャドーボクシングをし始めたバニーちゃんに僕は苦笑するしかなかった。
「勘弁してくれ……嫌いなんだ、ケンカは」
「ええ? 物凄い本気のアッパーだったけど」
「火事場の馬鹿力だよ。それにおっさん、酔ってたし」
とはいえ、ずいぶん無鉄砲なことをしてしまったものだ。体格差では明らかに向こうに分があった。
不意をうまく突けたからよかったものの、もし失敗していたら……。
「まァいいじゃん、上手くいったんだから。はいこれ」
そこで僕はようやく、彼女が持っているケースが自分のものだと気づいた。
「ああ……そっか、あの時の君か」
「ケース渡していきなり突進するから驚いたよ」
「ごめんよ、でも、見てられなくて。なんか……」
脳裏に、乾いた目に浮かんだ涙が蘇り、またカッとなりそうだった。
そんな自分に気づき我に返ると、バニーちゃんがじっと見つめてきていた。
自然、視線が下がる。
「な、なに?」
桃色の唇が、さやかに動く。
「助けたら、どうしようと思ってたの?」
上がりかけていたテンションが一気に平常以下に戻った。
「別にどうもしない。なにか期待してやったわけじゃないし」
「ふうん、じゃあただ助けたかったんだ。理由もなく?」
「まァ、そこに自分がいたってことが理由かな」
言ってから相当キザなセリフだったなと思い顔が熱くなったが、バニーちゃんは笑わなかった。
そしてぽつん、と呟いた。
「君、面白い……」
「は?」
「どうしてこんなとこにいるの? 大事そうにコイン、抱えてるだけでさ」
「ああ、えっと、話すと長いんだけど……」
バイトのことはできるだけ口にしたくなかった。
「コインを預かるように頼まれたんだ。それで」
「それ、嘘。もらったんでしょ」
「知ってたの?」なんだか試されているようで、ムッとした。
「ううん。でも、ここにいる人たちは誰にも自分のコインを預けたりしない。コインを手放すのは賭ける時と換金する時と……捨てる時だけ」
なるほど、言われてみれば少女の言うとおりだ。
そして自分はディーラーでもなければ換金担当のバニーちゃんでもない。自然と答えは定まる。
僕は観念して肩をすくめた。
「正直、困ってるんだ。ギャンブルなんてするタチじゃないのに……」
恨めしげに僕がコインを睨んでいると、少女がケースをパッと奪った。
はてなマークを浮かべながら少女を見返していると、彼女はくすっと笑ってケースを床に置いた。
「ホントにちっとも惜しくないんだ、これ、換金すると結構するよ?」
「実を言うと借金の足しにしたいから換金したいんだけどバニーちゃんが……」
そこまで喋ってから言い過ぎたことに気づくとは、我ながら間抜けだと思う。
慌てて口を塞いだがもう遅い。バニーちゃんの顔になにやらよからぬ企みを思いついたと書いてある。
「そんな顔して、借金なんて、ダンナも隅に置けないね! 女の子がらみ?
」
「うん、そうなんだ」とすまし顔で答えてから僕は背後の壁に頭をぶつけた。
反省してから再犯するまで数秒もかかってない。僕は馬鹿だ。
少女はついにおなかを抱えて笑い始めてしまった。
最初はため息まじりに笑っていた僕も、少女が床に転がってゴロゴロし始めるとさすがにシャクに触り、ついに悲しくなった。
「ごめんごめん、いやほんと、キミおもしろいなぁ!」
「そりゃどうも。ちっとも褒められてる気がしないよ」
「そんなことないよ。
――死体処理のバイトくん?」
背筋を直に触られたかのように僕は飛び上がり、少女の指差す先を見た。
どこでついたのか、袖口に赤い赤い染みが……。
「それで、キミはどうしたいの」
「家に帰りたいな」
「それだけ?」
「そりゃ借金なくなれとか、彼女できろとかあるけど、言ったってしょうがないだろ」
僕が投げやりに言うと少女は腕を組んで唸り始めた。
「どっちを叶えてあげようかなぁ……」
「え?」
「後者がいい? いや、その、会ったばかりでアレなんですけども、ひょっとしてわたしたちっていいコンビ? なれそう?」
目玉が飛び出した。もちろん僕のだ。
「いやいやいやいやいや! 僕、あ、あの、純愛派なんで! ば、バニーちゃんはちょっと!」
「そう? そっかぁ」
少女は心なしか残念そうに(僕の思い上がりだろうか)自分の格好を見下ろし、耳飾のずれを直した。
胸が強調され、肩が露出した典型的なバニーちゃんだ。
もっとも他の大人なバニーちゃんに比べると、少女のそれはやや豊かさに欠けていたがそれでも同年代と比べれば決して劣っては何を考えているんだ僕は。
目をつぶって深呼吸した。
夜だ、夜が悪い。眠いからおかしなことを考えるんだ。
「そゥれじゃ僕はこォれで」緊張が抜けていないせいで、声が上ずってしまった。
かなり恥ずかしいが我慢しよう。
どうせ彼女と会うことはこれっきり、ないだろうから。
そう思うと途端に名残惜しい気持ちがしてきた。
いや、よそう。これ以上突き合わせては彼女にも迷惑がかかる。
本来は仕事中のはずなのだ。客に暴行を働いたバイトと一緒にいるところを同僚に見られて面白いはずがない。
僕は立ち上がり、床に座っていたためについた埃の粒子をパンパンと払った。
少女はケースを大事そうに抱え込んだ。これはもう彼女に贈呈しよう。それが一番いいのだ。
「あの、短い間だったけど親切にしてくれてありがとう」
「え」
「それじゃ、僕はこれで。お仕事がんばってね」
踵を返して歩き出すと、彼女に袖を引っ張られている気がした。
そんなに入れ込んでしまったのか僕ってやつは、と呆れながら横目で見ると本当に掴まれていた。
少女は目をパチクリさせている。
「ね、なんで?」
「え……?」
「叶えてあげようと思ってたんだけど」
「なにを?」と思わず聞き返した。
当たり前のように彼女は言った。
「キミの願いを」