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”FUNK”(SHORTSHORT)

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「ファンキーな男が好きなの。」
ファンクって分かる?と彼女が尋ねた。
彼女の事が大好きで、頭の悪い男ならば、知ったかぶりをぶるに決まっていた。
特に僕は、とてもサエない田舎の潮の臭いのする男子高生徒だったから、
僕は歩くファンク辞典のようなものだ、と豪語した。
彼女の瞳は、胸を痛める位美しく輝いて、いつまでも見つめて居たかったが、
僕は適当な理由を付けてすぐその場を離れた。


ファンクって何だ?
携帯を開いた。


ヤフー!の検索ワードを打ち込む欄に、

「ファンク」

と入力してすぐに消した。
そりゃね、英語はアルファベットで検索した方が、より詳しい情報を引き当てるだろう。
僕はサエないが、こういう時だけは発揮する天分があると思っていた。
ファンクの綴りなどとっくに分かりきっていた。エレファントを鑑みるに、

「PHANK」

小一時間をかけて情報を集め、
僕はファンクについて、おぼろげながらもその実像を得た。
今思うと、結果として、
それは全くの虚像だったし、
綴りは「FUNK」なのだった。

すぐさま携帯の機能をメールに変え、彼女にデートの約束を取り付けた。
僕は、本当に楽しみで、その日まで心臓が高鳴って、夜も寝付けなかった。


当日、彼女の目の前に現れた僕のスタイルは、
紫で統一したスーツ上下に、母のエルメスの靴を履き、
首から上だけをこげ茶に塗り、母の真赤なルージュで唇を染め、
黄色フレームの巨大なサングラスをつけ、
大きなアフロを装着していた。

「ハロー・ガール」

彼女は爆笑してくれたが、デートは中止で、僕の姿の写メだけを撮って帰った。
その写メは伝説的に町中の学生に広まり、僕の初恋は無残にも散った。

黒人文化であることと、
意外性のあるルックスがファンクなのだと、確信していた。
しかし実の所僕はひとつもファンクに近づきもせず、
彼女との距離を遠ざけただけだった。
あの日の空の高さは一生忘れる事は無いだろう。



幼い時の僕の逸話を聞いた人は、必ず「それはファンクだね」と言ってくれる。




・・・




私が会社に慣れ初めた頃、ファンクが流行った。
もともとR&Bなどの黒人音楽は大昔から定着していたので、
それは不思議な成り行きでは無かった。
当時私は絵に描いたような普通の女で、皆と同じようにファンクを聞いた。
母さえも聞いていたし、父でさえファンクファンクと言った。

売れていたポップスやロック寄りのものから入門し、やがてそれらアーティストのルーツを探り、
遥か遠い年代の、ファンクの開祖やその継承人達の古き良きファンクを聞いた。
しかし私は真の意味でファンクを理解した訳ではなかった。

周りに同調して、黒さがいい、ワウ、シャウト、メッセージ性・・・だのと、
たわけた事を言って、
分かったような顔をして得意げになっていた。
だけど、ファンクって、何だ?
その答えは誰もが言うような、そういうのとは違う気がした。
あなた達が語るのは、ただの説明じゃないの。



私が上司を殴って会社を首になったころ、世間のファンク熱は冷めて、
元通りにただの一ジャンルに落ち着いていた。
実家に戻ると、
母は泣いていて、父はただ黙っていた。
当時私はセクハラをされて黙っていられる程したたかな性格ではなかったので、
それは不思議な成り行きでは無かった。
では無かったが、今後家の生活の上に数々の問題を残す事になった。

何十年か前は、職業不定も珍しくなかった。社会現象ですらあったらしい。
だがこの時分、定職に就いていない人は少数で、社会的イメージが著しく悪かった。
眠れず、暗い家の中を意味無く歩いた。出口の無い思考を重ねた。
マイノリティーである事も、ファンクである一つのファクターではないか。
それならば、働いてないくとも、私はファンク的したたかさを有している。
そんな下らない事を考えては月を見ていた。



私が何の事だか分からないまま結婚したころ、
ファンクという言葉は風化し始めていた。式では、
母は泣いていて、父は黙って泣いていた。
その頃の私は熱に浮かされたように、ファンクについて考えていた。
深い迷宮を彷徨って、堂々巡りのファンク漬けだった。
そこに付け込んだ形の彼は資産家で、私の家の将来は安泰だろうという事だった。

彼に私のどこがいいのと聞いた時、彼は黒人ぽい唇が好きだと言った。
それでプロポーズも何となく承諾してしまった。
式の間もずっと私はうわの空で、
私が選んだBGMもスリラーだとかヘルプだとかよく分からない選曲になってしまった。
結婚した事で、私はその後の人生において、
途方も無く、考えられる時間を手に入れてしまい、
ファンク地獄は暗黒期を迎えた。



私の末期癌が診断されたころ、
私とファンクはもう別の世界で存在していくのだと悟り、
母は泣いていて、父は黙っていて、夫はすでに交通事故で先立っていた。
娘はよく分からない顔をして、
息子は大好きなカレーについて熱弁を振るいたがってうずうずしていた。

癌が発覚した帰り、息子はすすり泣く祖父と祖母を相手に、
キーマカレーにどうしてチキンを入れてはいけないかという、
独自の論法を展開していた。
その熱意にそまった頬を目にし、
この子の「カレー」は私にとっての「ファンク」なのだという気がして、
とめどもなく涙が流れた。



私が死んだ後の世界では、
ファンクはどうなんだろう?





・・・





火星から冥王星へのフラッシュ・シップ・クルーズの途中、
ポパメニュヒミン・ヘイーイトムは仮眠から目を覚ました。
隣の客室から騒ぎ声がする。
「浮気してたのねタピュム!」
「よりにもよって、何故ユイゴーラズベリなの?」
40代の男女の声が、ヘイーイトムの部屋まで届いている。
よわい200歳を超えようかというヘイーイトムには、可愛げのある事だったが、
しかし安らげないのは、向こうでの作業に支障があろうと、
この問題について取り組む事にした。


ノックもなしにヘイーイトムはその部屋に入った。
しかしヘイーイトムは大きな困惑に捕らわれた。
部屋は完全に空で、荷物ひとつ無く、およそ人の気配が存在しなかった。
この階はロイヤルクラス。
ワンフロアに客室は2つだけで、
船員や従業員が居る部屋は分厚い壁を何十枚も隔てて向こうだから、
ここ以外に人声がしないのは、ありえない事だった。


「これって、ディスカバリー」


セイクリ・タピュム、ユイゴーラズベリ、サンサンサンサーの3人は突然の来訪者に驚愕した。
部屋の外から入って来た男は、間違いなく・・・新人類だった。
つまり、自分たちの姿は見えていなく、また、
自分達が有する文化についても、彼は認知する事がないのだった。
部屋に散乱したバッグの中身も、サンサンサンサーの驚いた顔も、タピュムの血まみれの顔面も、
ユイゴーラズベリの露になった美しい乳房とその乳首の比率にも、
彼は気づく事が無い。
繰り広げていた痴話喧嘩を忘れるほどの、貴重な瞬間に立会い、
夫と愛人と妻は息を呑んでその男の挙動を見守った。



冥王星行きの船が時空を切り裂きながら、
宇宙に白色の軌道の線を描いた頃、
地球に落ちた小さな惑星の軌道は、
同じミュワルネルゲート率数線であったが、
そんな事も知らない旧ジャマイカの地に住む貧しい黒人の子供は、
流れ星に願い事を込めた。



どうか中に出したのがばれませんにように・・・。





・・・
3

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