待て待て、焦るんじゃない。冷静になって今一度考えるんだ!
起きたばかりだから寝ボケているのか……今となってはもう眠気はこれっぽっちもない。
どうしてこの扉の向こうにあんなのがいるんだ。…・・・見間違いだったのかもしれない。
何回否定しようとあまりにも衝撃で、今でもしっかりと目に焼き付いているアレは振り払えない。
今この扉の前でつっ立っているのは、他人から見ればかなり不格好かもしれない。
しかし、蛇に睨まれた蛙の様に俺の体はピクリとも動かなかった。
頭にはひらひらした髪留めみたいなものをつけ、これまたひらひらとした装飾が多いワンピースみたいな服で…・・・まどろっこしいことはいい。俺はあれを「メイド」と認識した。
今日は休みだったっけ。布団にもぐったまま携帯に手を伸ばし、今日のバイトの予定をチェックした。
やっぱり休みか……。今日は何をしようかな。そう、俺はフリーターである。
両親は俺が高校3年の時に、旅行に行ったまま行方不明になってしまった。その大事な時期の両親がいなくなる。
俺は全ての権利と責任、義務を一人で背負うこととなった。
良く漫画とかである、両親の莫大な財産が――とか、豪邸に一人暮らしとか。そんなものは本当にフィクションだ。
現実として俺はこんなボロい家に住んでいる。大家さんとは昔から仲いいこともあり、何とかやっていけている。
あぁ宝くじ当たったり、巻きますか巻きませんか聞かれて可愛らしい人形が送られてきたりしないのかなぁ。
そんな風にフィクションに憧れて毎日をグダグダとノンフィクションに生きている。
ピンポーン
珍しい…・・・こんな時間に訪問者がいるなんて。何かの勧誘か集金だろう。
給料日まではまだまだ日にちがあるなぁ。うん、金払うの無理だわ。
何とか言いくるめて帰そうとし、俺はゴソゴソと芋虫のように布団からはいずり出た。
ボロいプラス狭いということもあり、玄関までは6歩ぐらいでつく。
ボサボサであろう髪の毛を少し手で梳かし、顔を2回ほど軽くたたいた。
「はーい、どちらさまで――」
俺の思考はそこで一瞬ストップした。可憐なリボンで二つにまとめられた長い茶髪。
すべてを吸い込むような漆黒の二つの瞳。そしてその……。
俺は勢いよく扉を閉め、鍵をかけた。
「あはは……うそ、だよな?」
虚しい自問自答をし、俺は現実から逃避した。
扉の向こうには「メイド」がいる。