緑に囲まれた山々が連なる山岳地帯。
その中でも最も高い湖の畔に妖精達の遊び場があった。
妖精達は昼も夜も無く、その光る身体を輝かせ動物や木々に安らぎを与えている。
ある日のことだ。
「あ…、あれ人間じゃない!」
一人の妖精が驚いた声をあげた。その妖精が指差した先には確かに人間がいた。
しかし、その人間は腰が折れ、杖をつき、顔に皺を刻んでいた。
「あれは知ってる。老人といってもうすぐ死ぬ人間、ほっとけばいいよ」
ほどなくして老人が湖の畔に住み着いた。
次の日…
「あの人間どうしてる?」
「あそこで横になってるよ…。死んじゃったのかな?」
「違うよ、さっき兎を殺して食べてたもの。疲れて寝てるのよ」
「えぇ?あのノロマそうなのがどうやって兎を捕まえられるのさ!」
「弓だよ、人間はああやって道具を作って動物を殺すんだ」
「兎もあんなノロマそうなのに食べられて悔しいだろうなぁ」
次の日…
「あの人間どうしてる?」
「あそこで横になってるよ…。死んじゃったのかな?」
「違うよ、さっき魚を殺して食べてたもの。疲れて寝てるのよ」
「えぇ?あの水かきもついてないノロマそうなのがどうやって魚をつかまえるのさ!」
「釣りだよ、人間は釣り竿を作って虫のような餌を使って魚を殺すんだ」
「魚もあんな水かきもついてないノロマそうなのに食べられて悔しいだろうなぁ」
次の日…
「あの人間どうしてる?」
「あそこで横になってるよ…。死んじゃったのかな?」
「違うよ、さっき熊を殺して食べてたもの。疲れて寝てるのよ」
「ええええええええぇ!冗談だろう?あんなノロマで弱そうなのがどうやって熊を殺すのさ!」
「罠だよ、人間は大きい落とし穴を作ってその上から岩を落としたんだ。
熊はその岩に強く頭を打って死んでしまったんだ」
「熊もあんなノロマで弱そうなのに食べられて悔しいだろうなぁ」
一週間後…
「あの人間どうしてる?」
「あそこで横になってるよ…。死んじゃったのかな?」
「動かないよ、死んじゃってるのかも?」
一人のやんちゃな妖精が老人に近寄った。
「危ないよ!」「大丈夫!」
やんちゃな妖精は反応を見るために話かけた。
「死んでますか?」
老人は答えた。
「生きとるよ」
「わぁ!」
妖精は驚いた。老人は目を開けてそこにいたやんちゃな妖精を見た。
「…どうしよう?あの子人間に捕まっちゃった」
「自業自得よ、助ける必要はないわ」
「それはひどい!仲間じゃないか!!」
「ならあなたが助けるの?」
「ぐぅ…」
「待って…、戻ってきたよ!」
やんちゃな妖精は神妙な顔をしていた。
「食べられちゃうかと思ったけど、あの人間は僕のようなちっちゃいのは、
食べても腹が膨れないからいらないってさ」
「何を話したの?」
「…弓の作り方を教えてもらった。あれ、かっこいいんだもん」
「かっこいい?…そうね、言われてみればかっこいいわ」
三日後…
「お爺ちゃん、お爺ちゃん、これはなぁに?」
老人は手に持ってるものを見せた。
「これはマッチだ。こうやって強く擦ると火が出る」
老人は皮靴の裏でマッチを点火すると、焚き木を作った。
「わっ、火が出たら危ないよ!周りが燃えちゃう!」
「石で囲ってあるから大丈夫」
「どうして火をつけるの?」
「獣は火を恐れるからだよ。わしは獣が怖いからね」
「お爺ちゃんは熊だって殺して食べちゃうじゃない。なんで怖いの?」
「私を見てごらん、ただのやせっぽっちのノロマの人間だ
卑怯なことをしないと生きていけない。人間は卑怯なんだ。
ワシは人間の中でも更に卑怯だから…、この山奥に住むことにしたんだ。
でなければ自分の卑怯さがほかの人間を殺してしまうと思ったから…
ワシは逃げてきたんだよ」
一人の妖精が訊ねた。
「お爺ちゃんは寂しくないの?」
「寂しいさ、本当に寂しい、寂しいよ」
老人は涙をぽろぽろ流して泣いた。
その涙はいつも光り輝く妖精に反射して、キラリと光った。
次の日…
「あのお爺ちゃんどうしてる?」
「あそこで横になってるよ…。寝てるのかな?」
「寝かしといてあげましょう。でもって、起きたら皆で歌ってあげるの」
「…そうよ、そうしましょう」
「あのお爺ちゃんもそうしたら寂しくなくなるに違いない」
老人は眠っていた。ぐっすりと、すやすやと。