1.
人間たちは、苦心の果てに宇宙ロケットを手に入れました。
何百万年もの間、強い重力で地上に縛りつけられていた人間たちにとって、このまま狭い地球で一生を終えるのは我慢ならなかったのでしょう。
耳をすませば、当時のひとたちの声なき声が聞こえくるようです。
『…上へ!何に縛られることもない、自由な世界へ!』
その天性の高い知能と好奇心、負けず嫌いを生かして、次から次へと自らの活動範囲を拡大していきます。
それまでに犠牲も少なくありませんでしたが、人間たちには悲しみや苦しみを乗り越える強さがありました。
小さなアルミ合金の宇宙船で地球を一周したかと思えば、次はもっと立派な宇宙船を作って地球を何周もしました。
それから十年もたたないうちに38万kmもの宇宙空間を横切って、ついには地球の衛星に足跡をしるしました。
宇宙空間の利用は、人間たちの生活を劇的に変化させもしました。
さまざまな学問がかつてないスピードで発展していき、人間たちが星の世界を手に入れるのは時間の問題かと思われました…
でも結局のところ、月に偉大な一歩を印してから四十年、その一歩よりも遠くに行った人間は誰一人いませんでした。
宇宙空間は、広大で、からっぽで、寒くて、暑くて、危険な宇宙放射線でいっぱいの、有機生命体にすぎない人間にとってはあまりにも過酷な環境だったのです。
月にはウサギどころか水も食料も空気も、何もない、あれはてた砂漠でした。
既知の宇宙に人間が生きていくことのできる場所は地球を除いてはどこにもありませんでした。
宇宙空間はどこまでも人間を拒絶していたのです。
ですが、それでもな人間たちこの世界にひそむ秘密を知りたいと思ったのです。
知らないものがあるならそれを知りたい。未知の世界があるならどんな犠牲を払ってでも行ってみたい…
それは、知的生命体としての純粋な欲求でした。
とはいえ、生命の存在じたいを拒絶し続ける宇宙に、生身の人間が直接赴くわけにはいきません。
そこで、かつて神様が人間を作ったように、人間も自分たちの分身を作りました。
頑丈で、それでいて繊細で、宇宙で待ち受けるいかなる危険に耐えつつ、世界の果てにおいてなお人間の目となり耳となりうる存在。無人探査機です。
何十機もの無人探査機が、鋼鉄の意志を秘めて様々な惑星へと旅立っていきました。
あるものは火星へ、またあるものは木星へ。
地球の重力のみならず太陽の重力をも振り切って、太陽光の届かぬ暗黒の深宇宙にむけて一直線に飛び出していったものまであります。
…人類がはじめて星の世界へ一歩を踏み出してから五十年ほど経ったころ。
何億キロメートルもの旅路の果てにお星様のカケラを拾って、離陸してまた地球に戻ってくるという、人類の歴史上はじめてのとても重要な「おつかい」を任された、ちっぽけな探査機がいました…
その名は「はやぶさ」。当時の技術の粋を集めて作られた日本初の小惑星探査機です。
世界初の月以外の天体からのサンプルリターンを成功させるという重大な使命を帯び、胸をときめかせて未知なる世界へと羽ばたいていった彼女。
ですが、彼女のおつかいは、苦難に満ちたものになりました。
そして、私は彼女の旅のすべてを知っています。
なぜなら、彼女の物語が終わった日、私のながいながい物語の、はじめの一ページが書き込まれたのですから…