向かい
午前5:58発
私はいつもこの電車にのって通勤している
最初はなんでこんなに早い時間の電車に乗らないといけないような
遠い会社に勤めたのか後悔したものだが、今はそう悪くないと思っている
この時間だと車両内はガラガラで、悠々と椅子の角に座ることが出来る
この席は私がいつも座っている指定席だ
そして向かい合わせの席にいつも座っているサラリーマン
このサラリーマンも私のように、そこを指定席として利用している
早朝の車両内で、いつも顔を合わせてはいるが
会話を交わしたことも無い
ただいつも疲れた顔をしている
年は50前後か
それも含めていつもの光景
ガランとしていた車両内も、次第に人が増えていく
そして指定席に悠々を座る私に注がれる恨めしそうな視線
これもいつもの事
その電車の終点、そこが私の目的地
向かいに座っていたサラリーマンは、いつの間にか居なくなっている
それもいつもの事
3駅ほど前の大きな駅でほとんどの乗客が降りているので
おそらくその辺りで降りているんだろう
それもいつもの事
作業的な毎日、私の感情が人の流れと街に溶け込んでいくような感覚
私は無感情に毎日を過ごしている
いつものように
でもたまに気になる事がある
私は、向かいのサラリーマンの事を
「いつも疲れた顔をしている」という印象だ
そのサラリーマンは私の事をどう思っているんだろう
ムスッとしてる不機嫌そうな女とか、思われているんじゃないだろうか
ある別の日のいつもの朝
いつもの電車に、いつものサラリーマン
悠々と指定席に座る私に注がれるいつもの恨めしそうな混雑時の視線
そしていつもの駅で車両に押し込められていた人々が流れるように電車を降りていく
ふと、違和感に気がつく
いつも、何時の間にか居なくなってたサラリーマンが向かいの席で眠っている
乗り過ごしたんだろう
早く目が覚めればいいのに、と思いつつ
電車は終点に向かって進んでいる
終電についた
未だに向かいの席のサラリーマンは眠っている
起きたほうがいいですよ
無意識に言葉をかけていた
そんなに大きな声で声をかけたつもりはなかったが
サラリーマンは大げさなほど身体を震わせる
「あ、どどどどうも、ああああありがとうございます」
その慌てぶりに少し驚きながらも、いえいえと軽く返し電車を降りる
少なくともあのサラリーマンは3駅乗り過ごした
時間にして20分くらいだろうか
流石にそれくらいで遅刻することはないとは思うが
何故か心配になってつい声をかけてしまった
ただ毎朝、向かいに座っているだけの赤の他人
私はほんの少し、充実感を感じた
私の作業的な毎日に、人としての感情が私に残っていると感じることが出来た
今日も向かいにはいつものサラリーマンが座っている
相変わらず、疲れた顔をしているなぁ
おわり