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5話 宣告日

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携帯電話の光に目を細める、時計表示は23:40分

河川敷の風の匂いを鼻腔の奥で感じながら、メモリーを呼び出し右耳に当てる。

右耳から頭に響く呼び出し音。

“――…もしもし。”

耳元で聞こえてくるその声に、思わず涙が出た。












    5.宣告日















「――ただいま。」

鼻をくすぐるカレーの匂いと同時にふと感じる違和感。

落とした視線の先、普段は見ない靴がある。
黒い皮靴、父親の靴だ。
残業ありきの会社に勤めている父がこの時間に帰宅することはまずない。

何かしらの展開に興味を持ちつつ、台所へと顔を出す。


「――ただいま。」
そう言い顔を上げた。その光景に思わず言葉を失う。

父、母、妹の順でテーブルを囲んでいる。
その視線がこちらへ向けられる。

明らかな憐れみと軽蔑の感情を含んだ視線が、その場の悲哀の空気をはらんで僕へ突き刺さる。


「―――何?どうしたの?」


思わぬ空気に、とっさに張り付けた作り笑いの裏から、社交辞令に近い問いを3人に投げかける。


「――座りなさい。」

静かで淡々とした母親の声。
作り笑いを砕かれ、僕は無言で対面した席へ座る。









「………。」 










「………。」








長い沈黙を遮る様に母が口を開いた。

「…アナタの部屋を探したら、こんなのが出てきたのね。」

母が重そうに持ち上げた段ボール箱、
その段ボール箱には見覚えがあった。

――そう思った次の瞬間。

その中の眩いばかりの肌色のパッケージがガシャッと乾いた音を立てテーブルの上に曝される。

『淫乱ガテン大吾~穴掘り突貫工事~』
『盗撮ライブスクープ~父さんの朝立ち~』

どれも机の裏に隠しておいた秘蔵品


僕が言葉を失い、顔を伏せる。



「…どういうこと?」
「……」

返す言葉もない僕は黙りこむ。


「今日、ウチのポストにこれが入ってたの。」

その声に向けた視線の先、母が差し出すB5サイズのコピー用紙に大きく書かれた言葉
今朝の光景が脳裏にフラッシュバックする。


“お宅のムスコさんホモですよ。”


「まさかと思ってたのね。それで…疑う訳じゃなかったんだけど、お部屋をお掃除させてもらったの…そしたら…」

申し訳なさそうな母親の声、その中にも確実に、息子に対する落胆の色が感じられた。





「…なんだ、いつからだ…?」

父親が口を開く

「え…?」

「“いつからホモになったんだ”ってことだ。」


「――…生まれた時から…。」

気付いた時には男の子が好きだった僕にとって、その質問の違和感は拭えない。
そんな気持ちは意に介せず、父親からの質問は続く。



「――…お前が長男だということは判ってるよな?」

「……はい。」


「――将来結婚するつもりは?」

「……わかりません。」


「…俺らには後継ぎの顔も見ずに死んでくれってことだな?」

「…………。」

そこで泣き出す母。


「――…“俺の子供は失敗作”だったって他に顔向けすればいいのか?」

「………………………。」


“失敗作”その言葉に目頭が熱くなる。
頭の後ろを殴打されたようなその衝撃を受け流すことなく
受け止めることしか、今の僕には出来なかった。


そして



「俺らは、お前を、認めない。」




その宣告を受けたのは20:58分、そこから先の記憶はあまりない。

気付けばカレーの匂いは消えていた。







――記憶の反芻が終わる頃には、僕は近くの河川敷にいた。

靴を履いていない足元に夜の冷気を感じる。



周囲に視線を配ると遠くの高架を電車が走って行くのが見える。


その向こうには月に霞む夏の星空が広がっていた。





“――でも、俺がそんなお前を好きって言ったらどうする?”

ふと、僕の脳裏にあの日の記憶が甦る。




誰かにすがりたい気持ちだったかは分からない


僕はポケットの携帯電話へと手を伸ばした。






5

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