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第二話  挑戦状

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第二話 「挑戦状」


起 ”プリンアラモード”

 佐伯先生が僕を百貨店の軽食屋に連れて来て、
「おいしいのを見つけたんだ。現場に行く前にいっしょに食べて行こう」
 そう言って聞き慣れない名前のお菓子と、いつもの様に珈琲を頼むと僕らはテーブルの上の水を一息で飲み干した。
 と言うのも、佐伯先生は昨夜なかなか寝付けなかったようで、新聞の超人Xの欄を何度も何度も繰り返し読み、その度に帳面(ちょうめん)に何かを書き記していたらしい。
 そのせいか、佐伯先生が起きたのは午前十時。僕が何度も起こしに行ってもどうしても起きない。
(なんてズボラな大人だろう…)
 ほとほと呆れてしまう。
 起きた後は起きた後で、食事もとらずに大慌てで着替えを済まし、バタバタと此処、三越百貨店まで走って来たのだ。

 体中から熱を発し、顔面真っ赤っか。汗は滝のように流れ二人とも息は荒い。
 ここまで走って軽食を食べようなんて呑気だよ、まったく…
「お待たせ致しました。”プリンアラモード”二つ、それと珈琲ですね」
 目の前には蜜柑やサクランボで彩られ、黒い汁をかけられた黄色い豆腐の様な物が出て来た。
「どうぞ正チャン。僕からのお詫びの品だ。凄く美味しいよ」
 佐伯先生は、口の中に黒糖の塊を入れてガリガリ噛み砕き、その口に珈琲を注ぎ込む。
 僕は、初めての食べ物に戸惑い、何処をどう食べて行けば良いのかさっぱり分からない。
 ”甘い”とは言っているが、この黒い汁はどう見ても”醤油”だ。
 果物を添えられた冷奴…その上”甘い”…どうにも想像が付かない。
「どうしたの?食べなよ」
 佐伯先生は小さじでその黄色い豆腐をすくい、口の中に入れ一言
「うん!おいしい」
 僕も勇気を出して一口
「…おいしい…」
 それは心の底から出た声、何と言うか…美味しかった。
 醤油と思って食べたのに黒蜜のような品のある甘さがそれにはあり、黄色い豆腐もこれまた美味で口の中でじんわりとろける。
「美味しいだろ?」
「すごく!!」
 ダラダラ流れていた汗が目に滲(し)みたけど、そんな事も気にせずに僕らはあった言う間に食べ尽くした。



承 ”警察の困惑”

「遅くなりました。申し訳無い」
 現場は四階建ての百貨店の四階。特別展示室での事だ。
 あくまで通常営業を行っている百貨店だが、四階は完全に封鎖され、軍警察と大阪府警が共同で監視を行っている。
 当時は警察官であってもピストルの所持は認められず、軍隊のみが兵器を扱っていた時代。
 それ故に危険な仕事は二つの警察が合同で行う事が多々ある様だ。
「君がズボラなのは良く知っているよ。正チャンの服なんか汗で湿っているし。相当走って来たようだね」
 僕は恥ずかしさで顔から火が出るような思いだったが、当の先生は相変わらずで
「いやぁ、面目無い。で、現場を見せてもらえますか?」
 と、上手く話を逸らす。

 大森警部に連れられ、僕らは黒ダイヤを展示していた場所に到着するが、既にあらかた片づけられており、捜査は主に屋上へと移っていた。
「お話には聞きましたが、府警は今回の超人Xの犯行についてどう考えられておられるのですか?」
「二度停電が起き、その度に硝子のショーケースに変化が起きた事が何故なのか、未だに分からん。後は逃走経路だ。奴が屋上から逃げたとして、どの様に消えたのかさっぱりでな」
 今回の事件で、二度停電が起きた事は既にご存じであろう。そしてその都度、ショーケースの中のダイヤが無くなり、そして次にショーケース自体が壊された。
 そして現場には超人Xの高笑いが起こり、この場から姿を晦(くら)ました。
 まさに魔術でもつかったかの様な犯行。軍警察も大阪府警もお手上げ状態に陥っている。

 佐伯先生は懐より帳面を出し、ショーケースをぐるぐると周り、何か思う度それを書き記した。
「ねぇ、正チャン。どう思う?」
「良く分かりませんが、多分。二度の停電とショーケースが壊された事は何か繋がりがあると思います」
「それは我々とて理解している。だが…何の為に」
 大森警部が口を挿(はさ)む。
 僕が佐伯先生の方を向くと、彼は頬笑み僕の頭を撫でた。
「仮説ではありますが、僕の話を聞いてくれますか?」
 佐伯先生は穏やかな声で大森警部に声をかけた。



転 ”先生の仮説”

「佐伯君のお考えとは?」
 大森警部は先生の顔を眺める。佐伯先生はニコリと笑い次の様に述べた。

 第一に停電について
 これは皆さん分かる通り、黒ダイヤを奪う為の目晦まし(めくらまし)。しかし、読んで字の如く目を晦ます為の停電であった。
 超人Xはこの数秒間の停電の内に、何らかの方法でショーケースをすり替えた。
 もしくはショーケースに細工をして内部の黒ダイヤを見え無くした。
 方法は現段階では不明、だが一番重要なのは”目を晦ます”行為自体である。
 この段階で、警備の人々はダイヤを奪われたと認識する。
 そして次に何者かの声、”屋上へ向かった”と言う情報。
 これにより、警備の目は屋上へと向けられ、事実多くの者が現場から離れる。
 現場が手薄となった所で再度停電。この時、超人Xは大胆にもショーケースを破壊して黒ダイヤを奪っていたのだ。
 
 第二に逃走経路について
 九割方、超人Xは逃走に屋上を使っていない。
 推測ではあるが、超人Xは正面玄関から堂々と出て行った可能性がある。
 何故なら、彼は軍警察、もしくは大阪府警の何者かに化けて彼らを上手く誘導していた可能性があるからだ。
 ”屋上へ逃げたぞ”と言う情報事態を誘導と考えると分かりやすい。
 
「大森警部。超人Xが”ダイヤを頂いた”と言う笑い声を上げてから、あなた方は何をしましたか?」
 急に話を振られた大森警部は少し驚いた顔を見せたが、”ゴホン”と咳払いをして
「あの後、軍警察も我々も百貨店を封鎖し、何十人かを外への捜索に出したが」
「成程。じゃあその時に外へ逃げられた可能性がありますね」
 ”あっ…”と言う声が大森警部より漏れた。
「となると、犯人は…内部の人間か?」
「いえ、内部の人間とは断定出来ませんが、内部に紛れていたのは間違いないでしょう。それにもう一つ…」
「もう一つ?」
「おそらく複数の人間での犯行です。少なくとも二人以上」

 佐伯先生は再び語りだす。
 実行犯と、その仲間がいなければこの犯行は不可能である。
 一つ、警察内部に潜り込み、実際に犯行を行う”実行犯”
 そして、停電を起こし、超人Xの声を流す役割”共犯者”
 この二人は必要だと説いた。

「佐伯先生、声を流すとは?」
「超人Xは犯行後に何処からとも無く、”黒ダイヤは頂いた”と言う声を上げたのですよね」
 確かに超人Xは最後に笑い声を上げながら何処へと無く消えて行った。
「声を上げたのが君が言う”共犯者”だと言うのかね」
 大森警部の声に振り向いた先生の顔はいつもの穏やかな顔で無く、真剣そのものであった。
 そして僕達に結論を言う。
「共犯者は、”蓄音器”で我々の目を曇らせたのです」  
 


結 ”キャラメルと探偵団”

 帰り道、先生は僕にキャラメルを買ってくれた。僕はそれを持ってシローの所へ遊びに行く。
「おーい、シロー。いるかー?」
 シローは僕より二つ年下の八歳の男の子で、無垢な笑顔がとても愛らしく、近所の誰からも好かれている。
 僕とシローは兄弟の様に仲が良く、いつもお菓子を分け合っていた。
「正チャンおかえり!百貨店楽しかった?」
 シローは上に服も着ずに泥だらけの体で僕に寄って来た。
「うん。後、キャラメル貰ったからシローにもあげるよ」
「本当!やったあ」
 僕は小さな細長い紙の箱から、五個のキャラメルをシローの掌に載せて淀川の川辺でそれを食べた。

「ねぇ、超人Xってすごいの?」
 シローに今日の話をしてあげた処、超人Xに興味を持ったようだ。
「うん、すごいよ。何十人もいる警察の人達に捕まらずにダイヤを盗み出しているのだからねぇ」
「すごいね!それを売ればきっと大金持ちに成れるんだろうね」
「駄目だよ!盗みなんかしちゃあ。僕がシローを捕まえなきゃならなくなるだろ」
「そうだね。ごめんね」
「どうせ憧れるなら佐伯先生に憧れた方がいいよ!今日の先生かっこよかったな」
 僕はシローに今日の先生の推理について語った。馬鹿な所も、格好良い所もすべて含め、僕は先生が好きだ。
「すごいね正チャン。僕も探偵に成りたい」
「うん。僕も成りたい」
 最後のキャラメルを口の中に入れ、二人は目を見合わせる。
「正チャン!僕らも探偵やろうよ!一緒に佐伯先生を助ける探偵をしようよ」
「そうだねシロー!一緒に超人Xを捕まえよう!」
「僕明日から毎日超人Xについて調べるよ。そして正チャンに教えるね」
「ありがとうシロー」

 こうして僕らは小さな探偵団を作った。
 目標は佐伯先生を追い越す事、そして当面は超人Xについて地道な調査を行う事。
 二人の顔は笑みで溢れ、シローを家まで送り届けて一人で事務所に戻る間もずっとにやけっ放しだった。
「正チャンいい事でもあった?」
 洋食屋でコロッケを買って帰る時、洋食屋のおばさんが僕に向かって声をかけた。
 僕は”うん!”と元気良く頷(うなず)いて、小走りに事務所に戻る。



「只今戻りました」
 大きな声で椅子に座る先生に向かって言うが返事は無い。
 佐伯先生は難しい顔をして一通の手紙を読んでいる。
「何かあったのですか?」
 僕はコロッケを入れた袋を先生の机に置いて傍による。
「正チャンかい?ゴメンゴメン、気が付くのが遅くなった」
 佐伯先生の顔は相変わらず難しい表情のまま。そして僕と目を合わせると、こう言った。

「超人Xから次の予告を僕宛に送って来たよ。その上丁寧に今日の僕の推理の添削(てんさく)をしてくれていたよ。」

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