第八話 「 参上！！ 探偵 佐伯泰彦 対 超人X 」
起： 飛び込みの結果
肌寒い春の夜風が辺りを駆け抜けた。
若草の香りが佐伯先生の鼻にふわりと届き、月の光を瞳の中に一杯受け入れた時、佐伯先生は再び立ち上がる。
「あたたた…やった事無い事はしない方が良かったなぁ」
靴は片方抜けて、ちょっと本館の壁よりの方へ飛んでいた。
「まぁ、大きな音が出なかっただけでも良しとしますか」
一人小声で呟くと、ケンケンをして靴を拾う。
いったい何が起きたのか？皆様に想像が出来ますでしょうか？
恐らくは殆どの方々が想像出来たと思いますが、先生は三階から飛び降り着地に失敗し、缶詰の缶の様に転がっていたのです。
この探偵、生真面目と言うか、実直と言うか…具体的に言うと”熱くなると周りが見えなくなる”悪い癖があり、出来もしない事でも”つい”やってしまうのです。
運が良いのかそれとも実力か、着地の瞬間に体を丸め、体への衝撃を五等分（足から落ちた後、そのまま横へ体を倒し、転がる様に大地との接点を変えて行く方法）する事に成功、大きな怪我も無く美術館庭園で横に成っていたのだ。
「さてさて、あんまり近道には成らなかったけどまぁ、死ななかっただけイイか。さっさと仕事にかかろう」
そう呟くと佐伯先生は少し足を引きながら、美術館の別館の方へと走り出した。
承： 妖絶な裸体
真っ暗な室内に月の光が差し込む。
「ごきげん如何？」
別館三階の倉庫の扉が低く唸る音を立てて開き、月光を浴び不気味なシルエットを室内に伸ばす一人の男がいた。
顔の皮が少しだけ剥がれ、下から新しい顔が覗き見える。
男は数分前まで”大森警部”と自らを名乗っていた男、そう超人Xである。
そして超人Xの影が伸びた先には体中を縛られ、裸同然の姿で縛りあげられている本物の大森警部の姿が見えた。
大森警部は「ムガムガ」と何かを叫んでいる様だが、猿轡が彼の口を塞ぎ正確な言葉も大きな声も出す事がままならない。
「ご協力感謝する、無事に永遠の炎は頂きましたよ」
そう言うと超人Xは彼の目の前に”永遠の炎”を差しだし見せる。
彼は大森警部と同じ顔でうっすら笑って見せ、足を倉庫奥へと運ぶ。そして奥の方で一着の服を取り出した。
そう、数日前に此処へと隠しておいた変装用の大日本帝国軍の制服である。
これを纏い（まとい）、顔を再び別人へと変える事で美術館からの逃亡を行うつもりの様だ。
「大森警部殿、今日は実に楽しかった。またお会いできれば幸いです」
既に顔は別人、若い軍人の顔付きとなり脱ぎ捨てた大森警部の洋装の代わりにその軍服への着替えを始めていた。
一挙手一動、すべてが美しく完璧である。大森警部は男ながら彼の裸体を見た時
「興奮してしまい、恥ずかしながら勃起してしまっての」
そう僕に言っていた。
転：綾ノ森と足利
再び場面が変わり、美術館本館三階へと移る。
そこには足利大佐の解放を行っている綾ノ森少佐の姿があった。
しかしその顔にはまだ陰り（かげり）があり、深刻な悩みがある時の”ソレ”に良く似ていた。
（体格や顔、声を自在に操り、あの恐るべき身体能力…それよりも注目すべきは奴の美学とも言うべき考え…どこかで）
そんな事を考えながら綾ノ森少佐は足利大佐を仰向けに倒し、上から合気の衝撃を与える。
「ぐもっふ！」
奇妙な声を上げ足利大佐は目を覚まし、その場から跳ね起きる。
そして、その大柄な体を転がし綾ノ森少佐に向き直り、慣れた動作で拳銃を構えた。
「…なんだ貴殿か、危うく引き金を引く所であったぞ！」
相変わらずの気質で綾ノ森少佐へ大声を飛ばす。まるで今までの沈黙が嘘であったかの様な騒がしさだ、部屋の温度が一気に上昇したかの様にも感じ取れる。
「お静まり下さい大佐。今が何時だか御存じですか？」
「何を言っておる、これから我らは超人Xを…ああっ！永遠の炎が！！」
目玉が飛び出しそうな程の驚きの声を上げ、ショーケースの方へと走り出す足利大佐。
「既に探偵の佐伯殿が超人Xを追っております。我々には貴方の力が必要です、私の指示を受け入れてくれますか？」
綾ノ森少佐はただただ、静かながら肝に響く声で足利大佐に協力を求めた。
結： 参上！ 探偵 佐伯泰彦
倉庫内で素早く服を着替えた超人Xの姿は誰がどう見ても軍警察の兵隊の一人へと変身していた。
うっすら差し込む光は超人Xの瞳を怪しく光らせ、まるでこの世の者とは思えぬ只成らない気配をその身より噴き出していた。
超人Xは大森警部と目が合うと軽く会釈をする。
「失礼」
とだけ言い残し倉庫の出口へと足を向けた、その時
再び倉庫の扉は開き、もう一人の男のシルエットを目撃する。
大森警部の瞳孔は開き夜の猫の様に大きな黒目を見せ、また超人Xの顔にうっすらと笑みが浮かんだ
「そこまでだ、超人X!!」
そう、探偵 佐伯泰彦の登場である。