冷静に、なろう。
真っ暗にだだっ広く、ただ果てしなく広がる空間の中に、一つのテーブル。対面するように置かれた二つの椅子―片方は黒い霧がかかって全く見えないが、手前の片方には俺の見知った顔が座って、カードゲームをしている。
遊戯王。
言わずと知れた、日本のカードゲームの中でもトップクラスに有名なTCGだ。
だが、何故こんな異質な空間で、そんなものを?
訳が解らない―それも、それを俺の先輩がプレイしているなんて。
「やあ、屋蓑くん。待ってたよ」
目の前に居た先輩の姿は、普段の様子とは明らかに違っていた。暗く重く、その笑顔にも覇気は無い。
歓迎されてない―何となくそう感じた。
「なッ、何ですか、コレは」
俺の第一声はそれだった。情けない事に、冷静に状況を把握できるような精神状況じゃなかった。その日、俺は自室のベッドで眠りに落ちた筈なのに、気がつけば何故かこの"理解できない"場所に居る。夢か何かかと思ったが、どうやらそうでも無いらしい。五感がしっかり働いている。と言うか、眠いのに叩き起こされた時の、あのどうしようもなく不機嫌な感覚。それがさっきまで思考を支配していた辺り、少なくとも俺は眠っている状態から叩き起こされたらしいのだ。
つまりコレは、現実。
「転送がてら、親切にもワザワザ手前の私服を着せてやったんだからなァ、感謝しろよ?」
異質な機械音声が聞こえて振り向くと、銀色の光沢を放つ、ドッジボール大の彫刻が浮遊していた。自分の身体全体で大きな宝玉を抱えている小さな竜とその宝玉のモニュメントだった。
「ななッ、何だおま・・・」
『デュエルを開始します』
戸惑う暇もなく、空間の遥か上方から館内放送のようなスピーカー越しのくぐもった音声が響き渡った。それに反応して先輩の眼つきが鋭い物に変わった。
「まァ・・・今更注意事項を再確認する必要も無いか。精々足掻け」
「ああ」
先輩は姿勢を正して前を見据え直し、椅子に深く腰掛けた。そして俺を呼んだ。
「屋蓑」
先輩に呼び捨てにされたのはこれが初めての事だった。動揺する俺に構うことなく、先輩の話はそのまま始まった。
「形式はシングルデュエルで一本勝負。持ち時間は基本1ターン5分、チェーン時の考慮時間は30秒まで。後はコイツが教えてくれる。とりあえず、"負けたら絶対に後は無い"。それだけ頭ン中に深く刻み込んでおけ」
コイツとは恐らくこの謎の浮遊物体の事を指しているのだろうか。いやそれ以前に、話が飲み込めない。一体何の説明をしているのか。持ち時間って、考慮時間ってなんなんだ? フォローってどんなだ? 後が無いってどういう事だ?
夢だと思いたかった。全てが可笑しい。
『先攻は神布 高椙より行います。先攻は貴方です』
天上からの声が先輩の名を詠み上げ、宣言する。それに呼応して先輩はデッキからカードを5枚ドローした。とりあえず何にせよ、これから遊戯王を始めるらしいという事は大凡察する事が出来た。
―でも、たかがカードゲームに、何故これ程まで?
異様に真剣な目つきで先輩が霧の向こうを睨む。するとその時、霧が一部晴れてガラスケースのような透明な箱が現れた。箱の中にはデッキと思しきカードの束が置かれており、その奥には手札と思われる5枚のカードがこちらを背にして浮遊している。
そして―勝負は始まった。
『デュエル』
序章/引継戦:【チェーンバーン】
―――――――――――――――――――――――――
『ドローフェイズ』
「カードをドロー。終了」
『相手の宣言はありません。フェイズを移行します。スタンバイフェイズ』
「何もない。終了」
『相手の宣言はありません。フェイズを移行します。メインフェイズ1』
さて、勝負はここから始まる訳だ。
一つ一つの判断にミスは許されない。最初のこの6枚の手札で、どう流れを掴むかを考える。
決して焦ってはならない。万一の保険は遺されているが、その場合を考慮すると最低限、このゲームを屋蓑に"示す"必要がある。
僕は横目で屋蓑をチラッと見た。視線の方向が定まっておらず、未だパニックに陥ったままのようだ。
一旦視線を戻し、ゲームを再開する。
「カードをセットする」
『魔法・罠ゾーンにカードを1枚セットしました。相手の宣言はありません』
「更にカードをセット」
『魔法・罠ゾーンにカードを1枚セットしました。相手の宣言はありません』
「終末の騎士を召喚する」
『モンスターの召喚を宣言しました。相手からの召喚を無効にする魔法・罠カードの発動はありません。召喚に成功しました。《終末の騎士》の効果を発動しますか?』
「発動を宣言する。相手がチェーンしなければこちらはチェーンしない」
迷いは無かった。兎に角、先攻と言うチャンスを得た以上、それを使わない手は無い。
『終末の騎士の効果が発動しました。効果の発動に対する相手のチェーンはありません。終末の騎士の効果を処理します。何を墓地に送りますか?』
「デッキから《D-HERO ダッシュガイ》を墓地に送る」
『デッキから《D-HERO ダッシュガイ》を墓地に送りました。デッキをシャッフルします』
「メインフェイズを終了する」
『メインフェイズを終了します。相手の宣言はありません。フェイズを移行します。エンドフェイズ』
「何も無い。ターン終了」
『エンドフェイズを終了します。相手の宣言はありません。ターンを終了します。相手のターンです。ドローフェイズ・・・』
気味の悪い機械音声が流れ続ける。今までコイツに一々反応しなければならなかったのはかなり辛かったが、それも今日で全て終わるのだと思うと、表現しようのない虚しさと、その先に待つ静かな恐怖をじわじわと感じる。
これを最後に、僕はこの世界から消える。そしてそれは逃れられない現実として、僕の上に高く重く降りかかってくる。
『相手がカードを魔法・罠ゾーンにセットしました。何か発動しますか?』
「しない」
最初の1枚がセットされてから少し時間を置いて、2枚目がセットされた。
『相手がカードを魔法・罠ゾーンにセットしました。何か発動しますか?』
「しない」
『相手がカードを魔法・罠ゾーンにセットしました。何か発動しますか?』
「しない」
『相手がカードを魔法・罠ゾーンにセットしました。何か発動しますか?』
「しない」
『相手がカードを魔法・罠ゾーンにセットしました。何か発動しますか?』
「しない」
『相手がモンスターをセットしました。何か発動し・・・』
「しない」
手札0、魔法・罠ゾーンは全て埋められ、裏守備のモンスターが1体。少し時間を置いただけで、酔狂なフィールドが完成していた。
《大嵐》を警戒しない、通常なら在り得ないプレイング。この状況はビートダウンデッキなら、手札事故を起こしている状態で《メタモルポット》をセットするという事でしか在り得ない。
「ペナルティカードで示された通りのデッキだな。ツマンネー」
浮遊している彫像―僕が今日まで付き合ってきた相棒と呼ぶべき存在が、そう呟いた。
「あのカードが入るデッキと言ったら、はっきり言ってこれ以外の選択肢は考えられないよ」
相棒は僕のその言葉に不満を持ったようで、即座に切り替えしてきた。
「あア? 《剣闘獣アンダル》の時の事覚えてんのかァ? 手前がバニラビートってヤマ張ったらミラーマッチ対策で入れられてただけで普通に剣闘獣デッキだったじゃねーカ。ヘラクレイノス出されて危うくヤられる寸前になってたのは何処のドイツだ」
「ああ、そう言えばそんな事も在ったっけ。懐かしい話だ」
そう。そうだった。懐かしい―――何もかもが。
「あ、あの・・・先輩?」
目を遠くして物思いに耽っていると、突如、屋蓑が割り込んできた。
「さっきからなんなんですか・・・? ペナルティカードとか、何とか・・・」
「こうやって勝負を行う1週間前に、お互いに必ず自分の持っている"ペナルティカード"と言うカードが示される。ペナルティカードは自分のデッキに必ず1枚以上入ってるカードで、そのカードだけは絶対にデッキから抜く事が出来ないし、今言ったみたいに相手に見せる事になってしまう。因みにこのデッキのペナルティカードは《ダーク・クリエイター》。そのせいで相手にはダークデッキだって一目でばれちゃう訳だけど、それは向こうも同じ話。こっちも示されたカードから判断して、対策を十分錬ればいい」
僕はそう言って彼を放置し、再び見えない相手を見据え直した。
今言った所で、彼はこのゲームの全てを瞬時に理解する事はまず出来ないだろう。今はこの場に集中するのが適切だと判断した。
『相手がメインフェイズ・・・』
「何も無い」
『エンドフェイズに移行しました。相手がエン・・』
「無い」
『エンドフェイズが終了しました。相手のターンを終了します。あなたのターンです。ドローフェイズ』
「ドロー」
ドローしたカードは《抹殺の使徒》。
使わない手は、無い。
「フェイズを終了する」
『相手の宣言はありません。フェイズを移行します。スタンバイフェイズ』
「無し。終了」
『相手の宣言はありません。フェイズを移行します。メインフェイズ1』
「《抹殺の使徒》を発動する。対象は相手の裏側守備表示モンスター」
『 』
そう言った瞬間、耳障りな音声がほんの少しの間、止まった。
『《抹殺の使徒》にチェーンし、相手が《強欲な瓶》を発動しました。何か発動しますか?』
「いや。まだいい」
『《強欲な瓶》にチェーンし、相手が《八汰烏の骸》を発動しました。何か発動しますか?』
―此処だ。
「発動を宣言する。伏せカード、《八汰烏の骸》を発動」
『 』
再び音声が途切れた。
「ほーゥ、キレーに決まったなァ」
相棒が感嘆の声を漏らした。
『相手の宣言はありません。チェーンの解決を行います。チェーン4:《八汰烏の骸》の効果でカードを1枚ドローします。チェーン3:《八汰烏の骸》の効果でカードを1枚ドローします。チェーン2:《強欲な瓶》の効果でカードを1枚ドローします。チェーン1:《抹殺の使徒》の効果で相手の裏側守備表示モンスターを除外します。リバースモンスター、《デス・コアラ》を除外』
―やはり。
『リバースモンスターを除外したので、お互いにデッキを確認し《デス・コアラ》を全て除外します』
僕の目の前に相手のデッキリストが表示された。
「大正解」
僕は思わず声が漏れてしまった。
相手のデッキは、《仕込みマシンガン》、《自業自得》、《ご隠居の猛毒薬》、等のバーンカードに加え、そのデッキを特徴付ける最大のカード―《積み上げる幸福》、《連鎖爆撃》が入った、典型的な【チェーンバーン】だった。
「なあッ!!??!?」
突然横に居た屋蓑が大きな声を上げた。
「《連鎖爆撃》って、制限カードの筈じゃあ・・・!?」
相手のデッキリストには、《連鎖爆撃》が3枚表示されていた。
『ドローフェイズ』
「カードをドロー。終了」
『相手の宣言はありません。フェイズを移行します。スタンバイフェイズ』
「何もない。終了」
『相手の宣言はありません。フェイズを移行します。メインフェイズ1』
さて、勝負はここから始まる訳だ。
一つ一つの判断にミスは許されない。最初のこの6枚の手札で、どう流れを掴むかを考える。
決して焦ってはならない。万一の保険は遺されているが、その場合を考慮すると最低限、このゲームを屋蓑に"示す"必要がある。
僕は横目で屋蓑をチラッと見た。視線の方向が定まっておらず、未だパニックに陥ったままのようだ。
一旦視線を戻し、ゲームを再開する。
「カードをセットする」
『魔法・罠ゾーンにカードを1枚セットしました。相手の宣言はありません』
「更にカードをセット」
『魔法・罠ゾーンにカードを1枚セットしました。相手の宣言はありません』
「終末の騎士を召喚する」
『モンスターの召喚を宣言しました。相手からの召喚を無効にする魔法・罠カードの発動はありません。召喚に成功しました。《終末の騎士》の効果を発動しますか?』
「発動を宣言する。相手がチェーンしなければこちらはチェーンしない」
迷いは無かった。兎に角、先攻と言うチャンスを得た以上、それを使わない手は無い。
『終末の騎士の効果が発動しました。効果の発動に対する相手のチェーンはありません。終末の騎士の効果を処理します。何を墓地に送りますか?』
「デッキから《D-HERO ダッシュガイ》を墓地に送る」
『デッキから《D-HERO ダッシュガイ》を墓地に送りました。デッキをシャッフルします』
「メインフェイズを終了する」
『メインフェイズを終了します。相手の宣言はありません。フェイズを移行します。エンドフェイズ』
「何も無い。ターン終了」
『エンドフェイズを終了します。相手の宣言はありません。ターンを終了します。相手のターンです。ドローフェイズ・・・』
気味の悪い機械音声が流れ続ける。今までコイツに一々反応しなければならなかったのはかなり辛かったが、それも今日で全て終わるのだと思うと、表現しようのない虚しさと、その先に待つ静かな恐怖をじわじわと感じる。
これを最後に、僕はこの世界から消える。そしてそれは逃れられない現実として、僕の上に高く重く降りかかってくる。
『相手がカードを魔法・罠ゾーンにセットしました。何か発動しますか?』
「しない」
最初の1枚がセットされてから少し時間を置いて、2枚目がセットされた。
『相手がカードを魔法・罠ゾーンにセットしました。何か発動しますか?』
「しない」
『相手がカードを魔法・罠ゾーンにセットしました。何か発動しますか?』
「しない」
『相手がカードを魔法・罠ゾーンにセットしました。何か発動しますか?』
「しない」
『相手がカードを魔法・罠ゾーンにセットしました。何か発動しますか?』
「しない」
『相手がモンスターをセットしました。何か発動し・・・』
「しない」
手札0、魔法・罠ゾーンは全て埋められ、裏守備のモンスターが1体。少し時間を置いただけで、酔狂なフィールドが完成していた。
《大嵐》を警戒しない、通常なら在り得ないプレイング。この状況はビートダウンデッキなら、手札事故を起こしている状態で《メタモルポット》をセットするという事でしか在り得ない。
「ペナルティカードで示された通りのデッキだな。ツマンネー」
浮遊している彫像―僕が今日まで付き合ってきた相棒と呼ぶべき存在が、そう呟いた。
「あのカードが入るデッキと言ったら、はっきり言ってこれ以外の選択肢は考えられないよ」
相棒は僕のその言葉に不満を持ったようで、即座に切り替えしてきた。
「あア? 《剣闘獣アンダル》の時の事覚えてんのかァ? 手前がバニラビートってヤマ張ったらミラーマッチ対策で入れられてただけで普通に剣闘獣デッキだったじゃねーカ。ヘラクレイノス出されて危うくヤられる寸前になってたのは何処のドイツだ」
「ああ、そう言えばそんな事も在ったっけ。懐かしい話だ」
そう。そうだった。懐かしい―――何もかもが。
「あ、あの・・・先輩?」
目を遠くして物思いに耽っていると、突如、屋蓑が割り込んできた。
「さっきからなんなんですか・・・? ペナルティカードとか、何とか・・・」
「こうやって勝負を行う1週間前に、お互いに必ず自分の持っている"ペナルティカード"と言うカードが示される。ペナルティカードは自分のデッキに必ず1枚以上入ってるカードで、そのカードだけは絶対にデッキから抜く事が出来ないし、今言ったみたいに相手に見せる事になってしまう。因みにこのデッキのペナルティカードは《ダーク・クリエイター》。そのせいで相手にはダークデッキだって一目でばれちゃう訳だけど、それは向こうも同じ話。こっちも示されたカードから判断して、対策を十分錬ればいい」
僕はそう言って彼を放置し、再び見えない相手を見据え直した。
今言った所で、彼はこのゲームの全てを瞬時に理解する事はまず出来ないだろう。今はこの場に集中するのが適切だと判断した。
『相手がメインフェイズ・・・』
「何も無い」
『エンドフェイズに移行しました。相手がエン・・』
「無い」
『エンドフェイズが終了しました。相手のターンを終了します。あなたのターンです。ドローフェイズ』
「ドロー」
ドローしたカードは《抹殺の使徒》。
使わない手は、無い。
「フェイズを終了する」
『相手の宣言はありません。フェイズを移行します。スタンバイフェイズ』
「無し。終了」
『相手の宣言はありません。フェイズを移行します。メインフェイズ1』
「《抹殺の使徒》を発動する。対象は相手の裏側守備表示モンスター」
『 』
そう言った瞬間、耳障りな音声がほんの少しの間、止まった。
『《抹殺の使徒》にチェーンし、相手が《強欲な瓶》を発動しました。何か発動しますか?』
「いや。まだいい」
『《強欲な瓶》にチェーンし、相手が《八汰烏の骸》を発動しました。何か発動しますか?』
―此処だ。
「発動を宣言する。伏せカード、《八汰烏の骸》を発動」
『 』
再び音声が途切れた。
「ほーゥ、キレーに決まったなァ」
相棒が感嘆の声を漏らした。
『相手の宣言はありません。チェーンの解決を行います。チェーン4:《八汰烏の骸》の効果でカードを1枚ドローします。チェーン3:《八汰烏の骸》の効果でカードを1枚ドローします。チェーン2:《強欲な瓶》の効果でカードを1枚ドローします。チェーン1:《抹殺の使徒》の効果で相手の裏側守備表示モンスターを除外します。リバースモンスター、《デス・コアラ》を除外』
―やはり。
『リバースモンスターを除外したので、お互いにデッキを確認し《デス・コアラ》を全て除外します』
僕の目の前に相手のデッキリストが表示された。
「大正解」
僕は思わず声が漏れてしまった。
相手のデッキは、《仕込みマシンガン》、《自業自得》、《ご隠居の猛毒薬》、等のバーンカードに加え、そのデッキを特徴付ける最大のカード―《積み上げる幸福》、《連鎖爆撃》が入った、典型的な【チェーンバーン】だった。
「なあッ!!??!?」
突然横に居た屋蓑が大きな声を上げた。
「《連鎖爆撃》って、制限カードの筈じゃあ・・・!?」
相手のデッキリストには、《連鎖爆撃》が3枚表示されていた。
―――――――――――――――――
「な、何ですか! コレ!? 明らかにルール違反じゃ・・」
ルールを無視しているデッキを目の前にして、俺は反射的に声を上げていた。
「少し黙ってろ、屋蓑」
先輩が刺すような目でこちらを睨んで言った。さっきの様子からは想像も出来ないような剣幕で、俺は何も言えなくなった。
「アーン? 神布、"種明かし"した方がイイかい?」
謎の浮遊する物体は小馬鹿にしたような口調で言った。
「いや、未だいい。止めて置いてくれ」
この謎の物体と先輩はさも自然であるかのように普通に会話をしている。
これは一体何なのだろうか―ロボットか、或いはある種の知的生命体か―いや、そんなものは漫画やアニメでしか見た事が無い。
俺の頭はパニックでオーバーヒート寸前になっていた。
しかし説明を請おうにも先輩にはとても話を聞けるような状況では無いし、この謎の物体と会話する勇気も警戒心が邪魔していた。今の俺にはこの異常な光景を黙って見続けることしか出来ない。
『相手からデッキの確認要請が有りました。相手にデッキを見せます。デッキをシャッフルします。《抹殺の使徒》の処理を終了』
相手の場に残ったのは、中途半端に残った3枚の伏せカードのみ。モンスターは存在せず、ガラ空きの状態。
2つのカードを発動した痕跡を挟むようにして伏せカードが配置されていることに、俺は少し違和感を覚えた。
「プレイングに、余裕が無いな」
「ド素人って事かァ? ま、確かに向こうはコレが2戦目みてぇだガ。サポーターはまともに仕事してんのかねェ」
先輩が静かに呟き、物体がそれに相槌を打った。
「終末の騎士を生け贄に捧げ、邪帝ガイウスを生け贄召喚する」
『終末の騎士を生け贄に捧げ、邪帝ガイウスを生け贄召喚しました。相手からの召喚を無効にするカードの発動はありません。邪帝ガイウスの効果が発動します。対象を選択してください』
「対象は、一番右だ」
先輩は融合デッキ寄りの一枚だけポツンと残っている伏せカードを対象に取った。
『相手の宣言はありません。邪帝ガイウスの効果を処理します。《ディメンジョン・ウォール》を除外します』
「屋蓑」
ふと、先輩が俺を呼んだ。俺は不意を突かれて少しギョッとした。
「人間って言うのは、どんな時でも無意識の癖が現れる」
「・・は、はあ」
「コレもそうだ」
先輩は視線で相手のフィールドを指した。
「例えば、相手フィールド上には攻撃表示のモンスターが居るとする。対して自分のフィールド上はガラ空き、手札にはそれを迎撃できる罠カード、そうだな・・・例えば《聖なるバリア-ミラーフォース》が有るとしよう。このカードを伏せれば、相手の攻撃への対処は万全だ・・・しかし、《大嵐》や《サイクロン》で除去されるとも限らない。そこでお前はもう一枚手札にあった《神の宣告》を伏せる事でで万一の事態に対応できるようにする。そこでだ」
先輩が俺のほうに目を向けた。
「お前は、《神の宣告》と《聖なるバリア-ミラーフォース》、どっちから先に伏せる」
――――?
先輩の突拍子も無い質問に、俺は混乱した。
正直、そんなのプレイング中に一々考えた事もなかったし、ましてや遊戯王初心者の俺がそれが何に影響を及ぼすなんて分かる筈が無かった。
そもそも、この異常事態の中で、先輩は俺に何を求めているんだ? 全く分からない。弄ばれたような気分で腹が立ったが、先輩の目つきは依然として真剣そのものだった。いや、逆に苛立っているようにも見えた。その目を見ている内に、怒りよりも威圧されている事での恐怖の感情がいつの間にか勝っていた。
「わ、分かんないです」
結局、今の俺にはそんな事を思考できる余裕が無く、先輩の視線に急かされるように安直な発言をしてしまった。
が、それは許されなかった。
「考えろ・・ッ!」
「はっ、はいッ!?」
先輩は更に険しい表情になり、俺に強く命令した。心に軽い平手打ちを喰らったような感じで、俺は素直に考えざるを得なくなった。
しかし、実際の所、そういう場面で俺は先に伏せるだろうか。
目を閉じて考えてみる。頭の中で、仮想のフィールドと手に握られた2枚のカードが想像される。そして俺は、カードを伏せる。
スッ。
「ミラフォ、です」
俺は頭の中では、無意識の内にそのカードが選ばれていた。
「それがお前の癖だ」
「へっ?」
「僕は心理学について勉強した事がある訳じゃないが、今まで闘ってきた経験からして、大体の人は目の前に危険性が存在する場合にはその危険性を優先的に排除しようと考える傾向がある。今の例で言えば、攻撃表示のモンスターを迎撃する為に《聖なるバリア-ミラーフォース》を、今回の例で言えば、今《邪帝ガイウス》の効果で除外した《ディメンジョン・ウォール》は・・・相手が最初に伏せたリバースカードだ」
言われて俺は、さっき伏せカードを見たときに感じた違和感の正体に気付いた。
「無意識の内に、攻撃に対応できるカードを真っ先に伏せてしまう・・・」
――それで、伏せられていた《ディメンジョン・ウォール》だけがポツンと残っていたのか・・・
・・・いや待て。そう言えばこの物体、さっき『向こうは2戦目』とか言ってなかったか? それにこの話を聞いた限りじゃ、まるでこの黒い霧の向こうにも同じようにプレイヤーが居るような口振りじゃ・・・
「先輩、もしかして」
俺は頭に浮かんだ疑問をそのままぶつけてみた。
「この霧の向こう、人間が居るんですか」
先輩は何も答えなかった。
空気が静まり返り、自分の心臓の鼓動だけがはっきりと聞こえていた。
「メインフェイズ終了。バトルフェイズに入る」
『相手の宣言はありません。フェイズを移行します。バトルフェイズ、スタートステップ。相手の宣言はありません。バトルステップ』
「先輩!」
先輩のあからさまな態度に、俺は堪えきれず声を上げた。
「静かにしてロ。お前は落ち着いてこの戦いヲ目に焼き付けときゃいいんだヨ」
その瞬間、何かが俺の中で切れた。
突然横槍を指してきた謎の物体の発言に、俺の感情が決壊したのだ。
「うっせぇ!!! さっきから何かゴタゴタ訳の分かんないこと言ってやがって、そもそも何モンだお前!!! ラジコンか何かで外から音声でも流してんのか!!? 俺をこんな所に監禁しやがって!!! 家に帰せよ畜生ぉ!!!!!!!!」
俺は泣き言に近い怒りを有りっ丈吐き棄てた。
だが、物体はそれきり喋らず、先輩は言わずもがな、俺の叫びなど無かったかのように状況がいつの間にか進んでいた。
『邪帝ガイウスのダイレクトアタック。相手の宣言はありません。ダメージステップ、相手に2400のダメージを与えます。相手のライフが8000から5600に減少』
俺は、この場に居る意味が理解できなかった。
「な、何ですか! コレ!? 明らかにルール違反じゃ・・」
ルールを無視しているデッキを目の前にして、俺は反射的に声を上げていた。
「少し黙ってろ、屋蓑」
先輩が刺すような目でこちらを睨んで言った。さっきの様子からは想像も出来ないような剣幕で、俺は何も言えなくなった。
「アーン? 神布、"種明かし"した方がイイかい?」
謎の浮遊する物体は小馬鹿にしたような口調で言った。
「いや、未だいい。止めて置いてくれ」
この謎の物体と先輩はさも自然であるかのように普通に会話をしている。
これは一体何なのだろうか―ロボットか、或いはある種の知的生命体か―いや、そんなものは漫画やアニメでしか見た事が無い。
俺の頭はパニックでオーバーヒート寸前になっていた。
しかし説明を請おうにも先輩にはとても話を聞けるような状況では無いし、この謎の物体と会話する勇気も警戒心が邪魔していた。今の俺にはこの異常な光景を黙って見続けることしか出来ない。
『相手からデッキの確認要請が有りました。相手にデッキを見せます。デッキをシャッフルします。《抹殺の使徒》の処理を終了』
相手の場に残ったのは、中途半端に残った3枚の伏せカードのみ。モンスターは存在せず、ガラ空きの状態。
2つのカードを発動した痕跡を挟むようにして伏せカードが配置されていることに、俺は少し違和感を覚えた。
「プレイングに、余裕が無いな」
「ド素人って事かァ? ま、確かに向こうはコレが2戦目みてぇだガ。サポーターはまともに仕事してんのかねェ」
先輩が静かに呟き、物体がそれに相槌を打った。
「終末の騎士を生け贄に捧げ、邪帝ガイウスを生け贄召喚する」
『終末の騎士を生け贄に捧げ、邪帝ガイウスを生け贄召喚しました。相手からの召喚を無効にするカードの発動はありません。邪帝ガイウスの効果が発動します。対象を選択してください』
「対象は、一番右だ」
先輩は融合デッキ寄りの一枚だけポツンと残っている伏せカードを対象に取った。
『相手の宣言はありません。邪帝ガイウスの効果を処理します。《ディメンジョン・ウォール》を除外します』
「屋蓑」
ふと、先輩が俺を呼んだ。俺は不意を突かれて少しギョッとした。
「人間って言うのは、どんな時でも無意識の癖が現れる」
「・・は、はあ」
「コレもそうだ」
先輩は視線で相手のフィールドを指した。
「例えば、相手フィールド上には攻撃表示のモンスターが居るとする。対して自分のフィールド上はガラ空き、手札にはそれを迎撃できる罠カード、そうだな・・・例えば《聖なるバリア-ミラーフォース》が有るとしよう。このカードを伏せれば、相手の攻撃への対処は万全だ・・・しかし、《大嵐》や《サイクロン》で除去されるとも限らない。そこでお前はもう一枚手札にあった《神の宣告》を伏せる事でで万一の事態に対応できるようにする。そこでだ」
先輩が俺のほうに目を向けた。
「お前は、《神の宣告》と《聖なるバリア-ミラーフォース》、どっちから先に伏せる」
――――?
先輩の突拍子も無い質問に、俺は混乱した。
正直、そんなのプレイング中に一々考えた事もなかったし、ましてや遊戯王初心者の俺がそれが何に影響を及ぼすなんて分かる筈が無かった。
そもそも、この異常事態の中で、先輩は俺に何を求めているんだ? 全く分からない。弄ばれたような気分で腹が立ったが、先輩の目つきは依然として真剣そのものだった。いや、逆に苛立っているようにも見えた。その目を見ている内に、怒りよりも威圧されている事での恐怖の感情がいつの間にか勝っていた。
「わ、分かんないです」
結局、今の俺にはそんな事を思考できる余裕が無く、先輩の視線に急かされるように安直な発言をしてしまった。
が、それは許されなかった。
「考えろ・・ッ!」
「はっ、はいッ!?」
先輩は更に険しい表情になり、俺に強く命令した。心に軽い平手打ちを喰らったような感じで、俺は素直に考えざるを得なくなった。
しかし、実際の所、そういう場面で俺は先に伏せるだろうか。
目を閉じて考えてみる。頭の中で、仮想のフィールドと手に握られた2枚のカードが想像される。そして俺は、カードを伏せる。
スッ。
「ミラフォ、です」
俺は頭の中では、無意識の内にそのカードが選ばれていた。
「それがお前の癖だ」
「へっ?」
「僕は心理学について勉強した事がある訳じゃないが、今まで闘ってきた経験からして、大体の人は目の前に危険性が存在する場合にはその危険性を優先的に排除しようと考える傾向がある。今の例で言えば、攻撃表示のモンスターを迎撃する為に《聖なるバリア-ミラーフォース》を、今回の例で言えば、今《邪帝ガイウス》の効果で除外した《ディメンジョン・ウォール》は・・・相手が最初に伏せたリバースカードだ」
言われて俺は、さっき伏せカードを見たときに感じた違和感の正体に気付いた。
「無意識の内に、攻撃に対応できるカードを真っ先に伏せてしまう・・・」
――それで、伏せられていた《ディメンジョン・ウォール》だけがポツンと残っていたのか・・・
・・・いや待て。そう言えばこの物体、さっき『向こうは2戦目』とか言ってなかったか? それにこの話を聞いた限りじゃ、まるでこの黒い霧の向こうにも同じようにプレイヤーが居るような口振りじゃ・・・
「先輩、もしかして」
俺は頭に浮かんだ疑問をそのままぶつけてみた。
「この霧の向こう、人間が居るんですか」
先輩は何も答えなかった。
空気が静まり返り、自分の心臓の鼓動だけがはっきりと聞こえていた。
「メインフェイズ終了。バトルフェイズに入る」
『相手の宣言はありません。フェイズを移行します。バトルフェイズ、スタートステップ。相手の宣言はありません。バトルステップ』
「先輩!」
先輩のあからさまな態度に、俺は堪えきれず声を上げた。
「静かにしてロ。お前は落ち着いてこの戦いヲ目に焼き付けときゃいいんだヨ」
その瞬間、何かが俺の中で切れた。
突然横槍を指してきた謎の物体の発言に、俺の感情が決壊したのだ。
「うっせぇ!!! さっきから何かゴタゴタ訳の分かんないこと言ってやがって、そもそも何モンだお前!!! ラジコンか何かで外から音声でも流してんのか!!? 俺をこんな所に監禁しやがって!!! 家に帰せよ畜生ぉ!!!!!!!!」
俺は泣き言に近い怒りを有りっ丈吐き棄てた。
だが、物体はそれきり喋らず、先輩は言わずもがな、俺の叫びなど無かったかのように状況がいつの間にか進んでいた。
『邪帝ガイウスのダイレクトアタック。相手の宣言はありません。ダメージステップ、相手に2400のダメージを与えます。相手のライフが8000から5600に減少』
俺は、この場に居る意味が理解できなかった。
―――――――――――――――――
「な、何ですか! コレ!? 明らかにルール違反じゃ・・」
ルールを無視しているデッキを目の前にして、俺は反射的に声を上げていた。
「少し黙ってろ、屋蓑」
先輩が刺すような目でこちらを睨んで言った。さっきの様子からは想像も出来ないような剣幕で、俺は何も言えなくなった。
「神布、"種明カシ"シた方がイイかイ?」
謎の物体は上機嫌な口調で言った。
「いや、未だいい。止めて置いてくれ」
この謎の物体と、先輩はさも自然であるかのように普通に会話をしている。
これは一体何なのだろうか―ロボットか、或いはある種の知的生命体か―いや、そんなものは漫画やアニメでしか見た事が無い。
しかし説明を請おうにも、先輩はとても話を聞いてくれる感じでは無いし、直接話すのも、奥底で警戒していた。今の俺にはこの異常な光景を黙って見続けることしか出来ない。
『相手からデッキの確認要請が有りました。相手にデッキを見せます。デッキをシャッフルします。《抹殺の使徒》の処理を終了』
相手の場に残ったのは、中途半端に残った3枚の伏せカードのみ。モンスターは存在せず、ガラ空きの状態。
2つのカードを発動した痕跡をむようにして、伏せカードは配置されている。
「プレイングに、余裕が無いな」
先輩が言った。
「しょうガナいンジャネぇノ? 向コウは2戦目なんだシヨ」
先輩が静かに呟き、物体がそれに相槌を打った。
「《終末の騎士》を生け贄に捧げ、《邪帝ガイウス》を生け贄召喚する」
『《終末の騎士》を生け贄に捧げ、《邪帝ガイウス》を生け贄召喚しました。相手からの召喚を無効にするカードの発動はありません。邪帝ガイウスの効果が発動します。対象を選択してください』
「対象は、一番右だ」
先輩は融合デッキ寄りの一枚だけポツンと残っている伏せカードを対象に取った。
『相手の宣言はありません。邪帝ガイウスの効果を処理します。《ディメンジョン・ウォール》を除外します』
「屋蓑」
ふと、先輩が俺を呼んだ。俺は不意を突かれて少しギョッとした。
「人間って言うのは、無意識の内に癖を出してしまう物だ」
「・・は、はあ」
「コレも、そうだ」
先輩は視線で相手のフィールドを指した。
「例えば、相手フィールド上には攻撃表示のモンスターが居るとする。対して自分のフィールド上はガラ空き、手札にはそれを迎撃できる罠カード、例えば《聖なるバリア-ミラーフォース》が有るとしよう。それを伏せれば、相手の攻撃には対応できる」
それはそうだが、一体なんなのだろう。
「・・・しかし、《大嵐》や《サイクロン》で除去されるとも限らない。そこでお前はもう一枚手札にあった《神の宣告》を伏せる事で、万一の事態に対応できるようにする。そこでだ」
先輩は少し溜めて、言った。
「お前は、《神の宣告》と《聖なるバリア-ミラーフォース》、どっちから先に伏せる」
――――?
先輩の突拍子も無い質問に、俺は混乱した。
正直、そんなのプレイング中に一々考えた事もなかったし、ましてや遊戯王初心者の俺がそれが何に影響を及ぼすなんて分かる筈が無かった。
そもそも、この異常事態の中で、先輩は俺に何を求めているんだ? 全く分からない。
そんな事より・・・と口から漏れそうになったが、先輩の目つきは依然として真剣そのものだった。いや、逆に苛立っているようにも見えた。その目に威圧されていき、俺はだんだん精神が圧迫されていく。
耐え切れなくなる前に、俺は折れた。
「わ、分かりませんよ、そんなの」
安易に口から出した言葉が、それだった。
だが。
「考えろッ!!!!!」
――ビクッ、と身体が震えた。
先輩は突然、人格が替わったように怒鳴り散らした。俺の頭は瞬間の衝撃によって全て恐怖に塗り替えられ、それに支配された。
流れる沈黙。気まずい空気が漂う。
俺は身動きが取れなかった。
「取り乱スなヨ、プレイングにモ支障が出るゼ」
空気の読めない物体から発せられた不自然な電子音による声。
「・・・」
その声にも反応せず、先輩は黙ったままだった。
よく見ると、誤魔化してはいたものの―先輩は肩で息をしていた。興奮しているというか、殺気立っていると言うか、発現とは裏腹に自身も余裕が無さそうだった。
「一回で全テが把握でキル人間なンかソウ居やしないヨ。言っタ気がシタけどネェ」
ギロッ、と一瞬、先輩が物体の方を睨みつけたのを、俺は見逃さなかった。
「屋蓑・・・、兎に角だ。見ていろ。見て、覚えろ。・・この勝負を」
先輩は、再び霧と対峙した。
―でも、見ると言っても、何を?
『《ダーク・アームド・ドラゴン》のダイレクトアタック。攻撃の宣言に対する相手の宣言はありません』
「終わリカ」
謎の物体がそう呟いたと同時に、先輩は深い溜め息をついて脱力した。
『相手に2800ポイントのダメージ。相手のライフは0になりました。貴方の勝利です』
その後の展開はあっという間だった。ペースを崩された相手は切り返しの糸口を見つけることが出来ず、伏せカードも腐り札と貸していたようだった。次のターンで先輩は《大寒波》、《終末の騎士》、《ダーク・アームド・ドラゴン》と流れるように繋いでいき、そのまま相手を完膚なきまでに制圧し尽くした。
俺はと言うと―その姿を呆然と見ているだけだった。
異常な空間で行われた、ただ、普通のデュエル。俺の目にはそう映った。
「屋蓑」
「・・・はい?」
「俺のデッキ、お前にやる」
「・・・ハ?」
突然の宣言だった。
さっきまで使っていた、愛用のデッキを、俺にくれる?
自分の所有物を―他人に渡す、って事、か? そんな簡単に?
「な、何言ってるんですか、冗談でも―」
「その代わりッ」
先輩は俺の言葉を遮って言った。
「これ以降、お前には俺の代わりにこの戦いを続けて貰う」
―――ハ?
最後に意識があったのはその場面で、後は覚えていない。
いや―あの謎の物体が、"何か"を吸い取っているのが、見えた気がした。
「な、何ですか! コレ!? 明らかにルール違反じゃ・・」
ルールを無視しているデッキを目の前にして、俺は反射的に声を上げていた。
「少し黙ってろ、屋蓑」
先輩が刺すような目でこちらを睨んで言った。さっきの様子からは想像も出来ないような剣幕で、俺は何も言えなくなった。
「神布、"種明カシ"シた方がイイかイ?」
謎の物体は上機嫌な口調で言った。
「いや、未だいい。止めて置いてくれ」
この謎の物体と、先輩はさも自然であるかのように普通に会話をしている。
これは一体何なのだろうか―ロボットか、或いはある種の知的生命体か―いや、そんなものは漫画やアニメでしか見た事が無い。
しかし説明を請おうにも、先輩はとても話を聞いてくれる感じでは無いし、直接話すのも、奥底で警戒していた。今の俺にはこの異常な光景を黙って見続けることしか出来ない。
『相手からデッキの確認要請が有りました。相手にデッキを見せます。デッキをシャッフルします。《抹殺の使徒》の処理を終了』
相手の場に残ったのは、中途半端に残った3枚の伏せカードのみ。モンスターは存在せず、ガラ空きの状態。
2つのカードを発動した痕跡をむようにして、伏せカードは配置されている。
「プレイングに、余裕が無いな」
先輩が言った。
「しょうガナいンジャネぇノ? 向コウは2戦目なんだシヨ」
先輩が静かに呟き、物体がそれに相槌を打った。
「《終末の騎士》を生け贄に捧げ、《邪帝ガイウス》を生け贄召喚する」
『《終末の騎士》を生け贄に捧げ、《邪帝ガイウス》を生け贄召喚しました。相手からの召喚を無効にするカードの発動はありません。邪帝ガイウスの効果が発動します。対象を選択してください』
「対象は、一番右だ」
先輩は融合デッキ寄りの一枚だけポツンと残っている伏せカードを対象に取った。
『相手の宣言はありません。邪帝ガイウスの効果を処理します。《ディメンジョン・ウォール》を除外します』
「屋蓑」
ふと、先輩が俺を呼んだ。俺は不意を突かれて少しギョッとした。
「人間って言うのは、無意識の内に癖を出してしまう物だ」
「・・は、はあ」
「コレも、そうだ」
先輩は視線で相手のフィールドを指した。
「例えば、相手フィールド上には攻撃表示のモンスターが居るとする。対して自分のフィールド上はガラ空き、手札にはそれを迎撃できる罠カード、例えば《聖なるバリア-ミラーフォース》が有るとしよう。それを伏せれば、相手の攻撃には対応できる」
それはそうだが、一体なんなのだろう。
「・・・しかし、《大嵐》や《サイクロン》で除去されるとも限らない。そこでお前はもう一枚手札にあった《神の宣告》を伏せる事で、万一の事態に対応できるようにする。そこでだ」
先輩は少し溜めて、言った。
「お前は、《神の宣告》と《聖なるバリア-ミラーフォース》、どっちから先に伏せる」
――――?
先輩の突拍子も無い質問に、俺は混乱した。
正直、そんなのプレイング中に一々考えた事もなかったし、ましてや遊戯王初心者の俺がそれが何に影響を及ぼすなんて分かる筈が無かった。
そもそも、この異常事態の中で、先輩は俺に何を求めているんだ? 全く分からない。
そんな事より・・・と口から漏れそうになったが、先輩の目つきは依然として真剣そのものだった。いや、逆に苛立っているようにも見えた。その目に威圧されていき、俺はだんだん精神が圧迫されていく。
耐え切れなくなる前に、俺は折れた。
「わ、分かりませんよ、そんなの」
安易に口から出した言葉が、それだった。
だが。
「考えろッ!!!!!」
――ビクッ、と身体が震えた。
先輩は突然、人格が替わったように怒鳴り散らした。俺の頭は瞬間の衝撃によって全て恐怖に塗り替えられ、それに支配された。
流れる沈黙。気まずい空気が漂う。
俺は身動きが取れなかった。
「取り乱スなヨ、プレイングにモ支障が出るゼ」
空気の読めない物体から発せられた不自然な電子音による声。
「・・・」
その声にも反応せず、先輩は黙ったままだった。
よく見ると、誤魔化してはいたものの―先輩は肩で息をしていた。興奮しているというか、殺気立っていると言うか、発現とは裏腹に自身も余裕が無さそうだった。
「一回で全テが把握でキル人間なンかソウ居やしないヨ。言っタ気がシタけどネェ」
ギロッ、と一瞬、先輩が物体の方を睨みつけたのを、俺は見逃さなかった。
「屋蓑・・・、兎に角だ。見ていろ。見て、覚えろ。・・この勝負を」
先輩は、再び霧と対峙した。
―でも、見ると言っても、何を?
『《ダーク・アームド・ドラゴン》のダイレクトアタック。攻撃の宣言に対する相手の宣言はありません』
「終わリカ」
謎の物体がそう呟いたと同時に、先輩は深い溜め息をついて脱力した。
『相手に2800ポイントのダメージ。相手のライフは0になりました。貴方の勝利です』
その後の展開はあっという間だった。ペースを崩された相手は切り返しの糸口を見つけることが出来ず、伏せカードも腐り札と貸していたようだった。次のターンで先輩は《大寒波》、《終末の騎士》、《ダーク・アームド・ドラゴン》と流れるように繋いでいき、そのまま相手を完膚なきまでに制圧し尽くした。
俺はと言うと―その姿を呆然と見ているだけだった。
異常な空間で行われた、ただ、普通のデュエル。俺の目にはそう映った。
「屋蓑」
「・・・はい?」
「俺のデッキ、お前にやる」
「・・・ハ?」
突然の宣言だった。
さっきまで使っていた、愛用のデッキを、俺にくれる?
自分の所有物を―他人に渡す、って事、か? そんな簡単に?
「な、何言ってるんですか、冗談でも―」
「その代わりッ」
先輩は俺の言葉を遮って言った。
「これ以降、お前には俺の代わりにこの戦いを続けて貰う」
―――ハ?
最後に意識があったのはその場面で、後は覚えていない。
いや―あの謎の物体が、"何か"を吸い取っているのが、見えた気がした。