-塔とふたり‐
それは細い一本の糸よう
どこまでも、どこまでも空へ延びている
塔は大人一人の心を休めるのに必要な広さ
扉が一つ、窓はない
思いで渡るこの世界に
扉は必要ないのだけれど
願望の偶像はまだ君への未練をのこしている
まだ僕は君の渇望の残滓
多くの誰か
生まれいずる恥ず無き願いの子達を象れたならば
僕はもう少し君を知ることができるのだろうか
「銀の鏡に影を映した白薔薇のように」
僕はそっと扉に指先を重ねる
伝わる温もりに愛しさを
「ファウエレン!
そこにいるのか!ファウエレン!」
あぁ、この声は
「ファウスト!
僕はいま
君のこうべを探していたよ」
そう、君だけが
君だけが僕の恋い焦がれる全て
虚飾に溢れた全ての中で、君だけが輝きを失わない!
「わたしは今、ここで今
必要な何かを喪失した、大事な何かを持ちえない」
君は扉の向こう側
たとえどんなに阻まれようと
褪せぬ情景は鮮烈に炎を宿す
「ファウエレン!
私は紙が必要だ
私は紙を待ち望む!
飛び散る火花は永劫の時を歩めぬ定め
時は指先から毀れおちる砂
私は乾き固まっていく
急げファウエレン!
私は紙が必要だ」
「それはいい!ファウスト!
僕は聖書を持っている
君が焦がれる物だ、君が待ち望むものだ!」
あぁ友よ、求めるは我にあり
信仰は人を救い、祈るものは救われる
「おお!神よ!そのご慈悲に感謝します
最良の友をお与えくださった事にも!
さぁ!ファウエレン!!聖書をここに投げ入れてくれ!
私に残された時間は後わずかだ
日は昇り大地を照らし地平の向こうに陰落ちる
大地には安らぎの夜が来るだろう
だがしかし
私に来るのは暗黒だ、私が噛みしめるのはただ失意に他ならない」
あぁ君よ、そのように急くことはない
君の求めるものはここだ
だが無常の摂理は無垢なる者にも平等に
「駄目だ、駄目だよ、ファウスト!
届かない僕には君が届かない!」
それは細い一本の糸のよう
どこまでも、どこまでも空へ伸びている
「あぁ、ファウエレン!
急げ、急げ、ファウエレン!
暗黒の群れはすぐそこだ
失意の軍靴は私の半身を蝕み
無様な感触が私のすべてを支配する
頼む、急げ、ファウエレン!」
あぁ君よ、そのように急くことはない
君の求めるものはここだ
平静を取り戻せ
君が恋い焦がれ求める全てはその扉の先だ
願望の偶像は形を成し得
今
渇望の全てが扉の先に
さぁ、手を伸ばせ
与えよう!
さぁ、求めよ
さらば願い叶え万物の創生さえも君のために!
あぁ、こんなにも僕は
満ちる
‐幕引‐
「それで、ファウスト
一体中で何があったんだい?」
君を脅かすものの正体を
僕でさえ君の関心を得るのにどれ程苦心したものか
「人足りえるものにしかわからぬ苦痛だ
人は思い出に生きるもの
未来への船出に掲げる鮮明なエールのようなものだ」
友よ
それはとても悲しいよ
とても、とても悲しいよ
「要するに、聞くなということなんだね、ファウスト
それで
僕の聖書は役にたったかい?」
「あぁ」
「それは、よかった!
ならば返しておくれよ
あれはとても大切な物なんだ」
「すまない、友よ
すまない、ファウエレン
私の欲したもの
君の与えた救いの御手は
もはや、浄化の水に身を任せ
大海を望んでいるころだろう
だが悲しむな友よ
万物は輪廻、全ては流転
移ろう世の理のもとに溶けあわさり
やがて恵みの雨に身を変えて君の地へ舞い戻る
だから悲しむな友よ」
あぁなんと言うことだ
激情は忘却の彼方
僕は遠き日に置き忘れた懐かしのブローチ
たった今
僕の拳が君の頬にめり込むまでは