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2話

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 「ごめんごめん、楠山がトイレにピンク色の河童が居たって言うからさ」
 この際言い訳なんかどうでもいいのである。
 「自己紹介、まだだったね。僕の名前は北原史郎。よろしく。楠山とは川越名物のふがしより長い付き合いになるなあ」
 最大限の笑顔で、僕は自己紹介をした。この笑顔は、ヘドロもミネラルウォーターになるという程眩しいものである。
 
 「……」
 反応がない。ちょっとばかり笑顔出力が足らなかったか?
 「えーと、こちらは石原ふみ子さん。俺らと同じ高校二年生だ」
 一言も喋らないふみ子さんの代わりに、楠山が他人紹介をした。当のふみ子さんは表情一つ変えずムスッとしている。
 「おい、ふみ子さんはどうして反応をしてくれないんだ?」
 僕は楠山に耳打ちをした。
 「言ったろ?ふみ子さんは風呂に入ることを辞めたと同時に、心を固く閉ざしてしまったんだ」
 「いや、聞いてねえよ」
 
 「……とってよ」
 僕と楠山がやいのやいのしていると、ふみ子さんが何かを呟いた。
 「え?」
 楠山と僕は殆ど同時に聞き返した。
 「切り取ってよ」
 さっきよりもはっきりとした声で、ふみ子さんが言った。彼女はそれだけ言うと、席を立った。その歩みは速く、瞬く間に店の外まで行ってしまった。
 
 「……なあ北原、どう思う?」
 会計を済ませ、店を出た僕らの頭の中は疑問符に満ちていた。
 「分からん。僕には『切り取ってよ』と聞こえたが、それが何を指しているのかさっぱり分からん」
 「だよなあ」
 あの状況下で、「切り取ってよ」とはどういう意味なのだろうか?彼女は人知れずペーパークラフトの作成に勤しんでいたのだろうか?
 「ま、いいか。あとでメールしておくよ。彼女、俺とのメールだけは人並みに応えてくれるんだ」
 「ああ、そうしてくれ」
 僕は短く答えると、別のことを考え始めた。

 「……彼女、可愛い声だったな」
 僕は呟いた。
 「ん?なんか言ったか?」
 「なんでもねえよ。じゃあ俺んちこっちだから。また明日、学校でな」
 「ああ、じゃあな」
 
 僕と楠山は別れ、それぞれ自宅へ向かった。生まれた病院から幼小中高と同じ腐れ縁の僕らだが、家はあまり近くない。

 「切り取ってよ」
 口に出してみても、意味は分からない。ただ、彼女の声だけが頭の中で響いた。



 
 翌朝。僕は眠い目をこすりながら自転車を漕ぎ、駅から電車に乗った。混雑極まる車内で座ることはかなわず、僕は精一杯痴漢に間違われないよう努めた。
 学校の最寄駅に着き、僕は味のなくなったガムのように電車から吐き出された。
 一年の頃はたまらなく煩わしい電車通学であったが、今はもう慣れてしまった。慣れるというのは、人間が持つ便利な機能だ。
 
 駅から学校に向かう途中、阿呆ヅラで携帯電話をいじくっている楠山を見つけた。
 「おい、楠山。随分と幸せそうなツラをしているじゃないか。よほどその電話をカチ割ってほしいと見えるぞ」
 僕が声を掛けると、楠山は慌てて視線を電話から僕へ移した。
 「北原か。俺は彼女とのメールが忙しいんだ。放っておいてくれ」
 そう言うと楠山はまた電話の画面を見始めた。歩きながらいじるな馬鹿ものが。
 
 「なあ楠山、ふみ子さんとメールはしたのか?」
 「した」
 「どうだった?」
 「悪くはない」
 「どういう意味だ?」
 「そのままの意味だ」

 痺れを切らした僕は、楠山の電話の液晶に思い切り指紋を付けてやった。
 「な、何をするんだ!」
 「お前が人の話を聞かないからだろうが。その精密機器をしまえ」
 「分かった、分かったからその指を隠せ。手袋をしろ」
 楠山はやっとこさ電話をしまい、僕に顔を向けた。

 「で、ふみ子さんがどうしたって?」
 「彼女は昨日のこと、なんて言っていた?」
 「『楽しかった』そうだ」
 ……意外な答えだった。意味不明な言葉を残し、去って行った人の言うこととは思えない。
 「僕のことは、なんて言っていた?」
 「『切り取ってほしい』そうだ」
 
 またそれか。
 「意味は?」
 「分からん」
 「お前は本当に使えるんだか使えないんだか分からん奴だな」
 「人を道具みたいに言うんじゃない」

 そんなことを話していると、僕らは学校に着いた。

 
4, 3

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