「ごめんごめん、楠山がトイレにピンク色の河童が居たって言うからさ」
この際言い訳なんかどうでもいいのである。
「自己紹介、まだだったね。僕の名前は北原史郎。よろしく。楠山とは川越名物のふがしより長い付き合いになるなあ」
最大限の笑顔で、僕は自己紹介をした。この笑顔は、ヘドロもミネラルウォーターになるという程眩しいものである。
「……」
反応がない。ちょっとばかり笑顔出力が足らなかったか?
「えーと、こちらは石原ふみ子さん。俺らと同じ高校二年生だ」
一言も喋らないふみ子さんの代わりに、楠山が他人紹介をした。当のふみ子さんは表情一つ変えずムスッとしている。
「おい、ふみ子さんはどうして反応をしてくれないんだ?」
僕は楠山に耳打ちをした。
「言ったろ?ふみ子さんは風呂に入ることを辞めたと同時に、心を固く閉ざしてしまったんだ」
「いや、聞いてねえよ」
「……とってよ」
僕と楠山がやいのやいのしていると、ふみ子さんが何かを呟いた。
「え?」
楠山と僕は殆ど同時に聞き返した。
「切り取ってよ」
さっきよりもはっきりとした声で、ふみ子さんが言った。彼女はそれだけ言うと、席を立った。その歩みは速く、瞬く間に店の外まで行ってしまった。
「……なあ北原、どう思う?」
会計を済ませ、店を出た僕らの頭の中は疑問符に満ちていた。
「分からん。僕には『切り取ってよ』と聞こえたが、それが何を指しているのかさっぱり分からん」
「だよなあ」
あの状況下で、「切り取ってよ」とはどういう意味なのだろうか?彼女は人知れずペーパークラフトの作成に勤しんでいたのだろうか?
「ま、いいか。あとでメールしておくよ。彼女、俺とのメールだけは人並みに応えてくれるんだ」
「ああ、そうしてくれ」
僕は短く答えると、別のことを考え始めた。
「……彼女、可愛い声だったな」
僕は呟いた。
「ん?なんか言ったか?」
「なんでもねえよ。じゃあ俺んちこっちだから。また明日、学校でな」
「ああ、じゃあな」
僕と楠山は別れ、それぞれ自宅へ向かった。生まれた病院から幼小中高と同じ腐れ縁の僕らだが、家はあまり近くない。
「切り取ってよ」
口に出してみても、意味は分からない。ただ、彼女の声だけが頭の中で響いた。
2話
翌朝。僕は眠い目をこすりながら自転車を漕ぎ、駅から電車に乗った。混雑極まる車内で座ることはかなわず、僕は精一杯痴漢に間違われないよう努めた。
学校の最寄駅に着き、僕は味のなくなったガムのように電車から吐き出された。
一年の頃はたまらなく煩わしい電車通学であったが、今はもう慣れてしまった。慣れるというのは、人間が持つ便利な機能だ。
駅から学校に向かう途中、阿呆ヅラで携帯電話をいじくっている楠山を見つけた。
「おい、楠山。随分と幸せそうなツラをしているじゃないか。よほどその電話をカチ割ってほしいと見えるぞ」
僕が声を掛けると、楠山は慌てて視線を電話から僕へ移した。
「北原か。俺は彼女とのメールが忙しいんだ。放っておいてくれ」
そう言うと楠山はまた電話の画面を見始めた。歩きながらいじるな馬鹿ものが。
「なあ楠山、ふみ子さんとメールはしたのか?」
「した」
「どうだった?」
「悪くはない」
「どういう意味だ?」
「そのままの意味だ」
痺れを切らした僕は、楠山の電話の液晶に思い切り指紋を付けてやった。
「な、何をするんだ!」
「お前が人の話を聞かないからだろうが。その精密機器をしまえ」
「分かった、分かったからその指を隠せ。手袋をしろ」
楠山はやっとこさ電話をしまい、僕に顔を向けた。
「で、ふみ子さんがどうしたって?」
「彼女は昨日のこと、なんて言っていた?」
「『楽しかった』そうだ」
……意外な答えだった。意味不明な言葉を残し、去って行った人の言うこととは思えない。
「僕のことは、なんて言っていた?」
「『切り取ってほしい』そうだ」
またそれか。
「意味は?」
「分からん」
「お前は本当に使えるんだか使えないんだか分からん奴だな」
「人を道具みたいに言うんじゃない」
そんなことを話していると、僕らは学校に着いた。
学校の最寄駅に着き、僕は味のなくなったガムのように電車から吐き出された。
一年の頃はたまらなく煩わしい電車通学であったが、今はもう慣れてしまった。慣れるというのは、人間が持つ便利な機能だ。
駅から学校に向かう途中、阿呆ヅラで携帯電話をいじくっている楠山を見つけた。
「おい、楠山。随分と幸せそうなツラをしているじゃないか。よほどその電話をカチ割ってほしいと見えるぞ」
僕が声を掛けると、楠山は慌てて視線を電話から僕へ移した。
「北原か。俺は彼女とのメールが忙しいんだ。放っておいてくれ」
そう言うと楠山はまた電話の画面を見始めた。歩きながらいじるな馬鹿ものが。
「なあ楠山、ふみ子さんとメールはしたのか?」
「した」
「どうだった?」
「悪くはない」
「どういう意味だ?」
「そのままの意味だ」
痺れを切らした僕は、楠山の電話の液晶に思い切り指紋を付けてやった。
「な、何をするんだ!」
「お前が人の話を聞かないからだろうが。その精密機器をしまえ」
「分かった、分かったからその指を隠せ。手袋をしろ」
楠山はやっとこさ電話をしまい、僕に顔を向けた。
「で、ふみ子さんがどうしたって?」
「彼女は昨日のこと、なんて言っていた?」
「『楽しかった』そうだ」
……意外な答えだった。意味不明な言葉を残し、去って行った人の言うこととは思えない。
「僕のことは、なんて言っていた?」
「『切り取ってほしい』そうだ」
またそれか。
「意味は?」
「分からん」
「お前は本当に使えるんだか使えないんだか分からん奴だな」
「人を道具みたいに言うんじゃない」
そんなことを話していると、僕らは学校に着いた。