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第一章

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第一章 



不注意で事故を起こす事は特に異常な事とは思えない、事故の原因としてはメジャーなものだろう、考え事をしながら歩いているだけで、あるいは他の事に意識が集中してしまう事で、致命的な脅威をあっさり意識から外してしまう。とにかくその時の僕はそんな当たり前の不注意で死が目前に迫っていた。
突然目の前が真っ暗になる、と同時に大きな破壊音。
この時は何が起きたかまったくわからなかったが、後から聞いた所によると、近くで戦闘中の怪人の攻撃が逸れて、運悪く僕の方へ向かって来ていたらしい。

そういう日もある、『小説は事実より気になる』と言う訳だ。

「ようするにラブプラスをしながら道路を歩くのは危ないぞと言う教訓だな、死因ラブプラスになる所だったぞ」どうやらこの人が僕を助けてくれた様だ。
「ありがとうございます、えっと、貴方は?」
「私は只の通りすがりの者ですよ」と言うと、その人は安っぽいマントを翻しながら去っていった。少し離れた所でタクシーを拾っている姿を見かけた。

彼らは『ヒーロー』だ、これ以上の説明は特に必要ないと思うが、あえて言うなら『正義の味方』『弱きを助け悪を挫く』『罪を憎んで人を憎まず』『子供達みんなの憧れ』『必殺技は大声で叫ぶ』『変身中は攻撃しない』『マスターいつもの』の『ヒーロー』。そしてそのヒーローはいまや五万といる、一昨年の規制緩和により最近では正式な認可も無くヒーローを名乗れる要になってしまい、私設のヒーロー団体や個人でのヒーロー活動も増えているらしい。恐らく先程僕を助けてくれたヒーローは個人か団体としても小規模な部類になるだろう。そうなると誰も一人一人のヒーローの名前など覚えない、ヒーローは今や『警察官』や『消防士』と同じ様な肩書きとなってしまっていた。

そして、もう一つの問題は『悪の組織』である、これまたこれ以上の説明も無いのだが、これもあえて付け加えるなら『秘密結社』『地下組織』『世界征服』『市街征服』『幹部が4人』『戦闘員の服がみんな一緒』『愚かな人間ども』の『悪の組織』。こちらは逆に今存続の危機にある、今現在、悪の組織として活動しているのは一社しかない、ヒーローが増加した事により悪を志望する人が減った為だ、わざわざやられ役を志望する人はそこまで多くはなかったと言う事だろう。

しかし、やはり悪は滅びない。
今現在唯一存続している『悪の組織』名前は『銅鐸の時間』

そして僕の仕事場だ。




完璧なモノを作りたい。誰しも一度は思う事ではないだろうか、完璧な自分、完璧な創造物、完璧な世界、実際にはありえないファンタジーだからこそ思わずにはいられない、しかし大抵は現実を知り諦めてしまう。僕はそれを諦めるのに失敗した人間だった、いつまでも子供の様に思い続けている。

今朝の戦闘に関しての報告書に目を通す、僕がたまたま被害にあった攻撃は書類上は事故として処理されている、現場の状況にも不審な点は見られない。事故ならそれに越した事はない。現在の戦闘行為は一般人への被害を出さない為に事前に申請をしてから行う様になっている、特に今回の様な市街地での戦闘の場合には周囲の状況や戦闘時の影響等を注意しての戦闘となる為、戦闘を指揮する担当者はベテランの人間があたり、使用する怪人も直接攻撃タイプは選ばれない様になっている。

「事故か、それならそれで良いか」実質的な被害はあの脇役っぽいヒーローのおかげででなかった訳だし良しとしておくか、もし機会があれば戦闘部に恨み事を言う位はしておかなくては。

「本当に事故ですかね?不審じゃないですか?」突然の声に少し驚く。
ちなみにここは僕の研究室で、くつろぎながら報告書を読んでいた所だ。声の主は研究室にある来客用のソファにいつの間にか座っていた、テーブルの上にはコーヒーまで用意してある。

「いつのまに…、なーんてのは聞いてもしょうがないけどさ、ノック位はしようぜ心臓に悪いよ」この程度の事はここでは良くある事なので今では耐性がいくらかついてきたが、やはり驚くものは驚く。

「それはすいません、私としては普通に入り口から入って、自分の分のコーヒーを用意して、普通にここに座っていただけなんですよ、ああ、ちなみに入る時に声は掛けましたよ」

おいおい、それだと僕がめちゃくちゃ鈍感みたいに思われるじゃないか、気配消してたんじゃないの?

「まあ。それはいいけど、君は誰だっけ?僕が覚えて無いだけかな?それとも始めましての人?」
「始めましての人ですよ、正確には始めましての怪人ですが、『怪人番号』は『2114456』ですけど呼びにくければ愛称で『にーちゃん』と呼んで下さい『にいや』とか『にーさま』でも良いですけど…」

最近の怪人はアニメも見てるのかよ、しかもかなり懐かしい。いやいや、ただ単に自分の番号にかけてるだけだよな頭が2だし。ちなみに怪人番号とは、正式な怪人には『怪人名』がつく事になっている『~怪人』とかのアレだ、怪人番号はそれがつけられる前の怪人に対する整理番号みたいなものだ。

「もしくは『あにぃ』とか『あにくん』とかもお勧めですよ」
「君の怪人名が今から想像出来そうだな…、それより用件は?さっき不審じゃないかと言っていた気がするけど」必要以上に呼び名には触れない様に話を戻す。
「そうです、今回の件は事故として処理されていますが、少し不審な点がありまして、私はそれを調査中なのです」
なるほど、それで事故に巻き込まれた僕の所に来たというわけか。
「報告書を見る限りでは分からないけど、その不審な点ってなにか聞いても良いかな?」
「はい、今回の件が怪人の『暴走』ではないかと言う可能性の調査になります」
「暴走…」聞かなければ良かった、嫌な気配だ。
3, 2

  



「ありえない…、はずじゃないのか?」
確かに怪人は不安定な存在ではある、実際に怪人が作られた当初は怪人の暴走によって敵味方を問わずに被害が出る様な事も少なくは無かったようだ。その結果、今現在の怪人は怪人としての純度が低くなっている、故意に凶暴性や攻撃性を削りコントロールしやすくしている。初期の怪人は『第一世代』と呼ばれ、現在の怪人は『第三世代』と呼ばれている。

「それに関しては私よりもあなたの方が詳しいでしょう、私は調査が仕事ですから」
目の前のコイツは番号からすると『第二世代』になるのか、第三世代が生まれてすぐに第二世代の連中はまとめて処分されたと聞いていたが。

「ああ、あなたの気にしている事は分かりますよ。頭が2の怪人番号の奴はみんな愛称がにーちゃん系になって混乱しないのかなー、とか思ってますね。ご心配なく、怪人の中で愛称なんて言い出すのは私位ですから。」

………。

とにかく、コイツの目的は今回の件に関しての証言と言う事か、現場に居合わせたから状況を把握していると思われているようだが、実際には全く状況も分からないままにヒーローに助けられただけで何も見ていないからな、その辺の事情を話してさっさと帰ってもらうか、暴走の話は聞かなかった事にしよう。

「残念ながら今回の件で証言できる様な事は無いんだ、僕はただ巻き込まれただけの一般人と変わらない状況だったからね、だから他を当たった方が良いと思うよ。」

コイツ…、しょうがないからにーちゃんとしようか。
にーちゃんは座っていたソファから立ち上がりこちらの席に近づいてくる。

「いやいや、確かに暴走の件とは言いましたが、目的は証言ではないんですよ。あなたに一緒に来て貰いたい所がありまして、こうしてお邪魔させてもらいました。」にーちゃんは僕の横まで近づいて声のトーンを少し落として言った。
「僕と?一体どこへ?」
「あなたこの研究所で、いや、この組織で何と呼ばれているか知っていますか?」

僕はその言葉で警戒レベルを最大まで上げる、今日は夕方から見たいアニメがあったのに、諦めるしかないか。
「そうかそうか、じゃあどこでもいいから連れて行って貰いましょうか、ちなみに気候は良い所?寒い所は苦手なんだよね。都昆布っておやつに入ると思う?」そんな台詞を並べながらにーちゃんを見る。

君は怪人で僕は研究者でアイツはヒーローだった、なんでみんなソレになりたかったのか覚えているだろうか、子供の頃の七夕で短冊に書いた思い、卒業文集に書いた将来の夢、最初の思い。

「都昆布がお弁当箱に詰められてたら発狂しますよ、では行きましょうか『怪人殺し』さん」



特に僕の場合、日常の思考という物は実に乱雑でとりとめの無い思考に終始していることが多く、文章で書かれる様な論理的で物語的な思考や台詞は僕の中では浮かんでこない、こうやって文章にしてみて初めて僕は物語性を持った登場人物になれると思っていたが、この後の展開を思い出すと、いかに文章によって後付けに豪華な演出や少しの嘘があったとしても、絶対的にありえない展開という物は、どうしようもない。

「目的地は道すがら説明するとして、実はもう一人同行者がいるんですよ」
「まずはその人の所へ行くわけ?」

同行者か、その同行者の役割はなんだろうと考える、にーちゃんは調査員だからわかりやすい、僕は補助的な役割の脇役、良くて助手的な位置、とするとわかりやすく言えば名探偵と助手的な展開か。そこにもう一人とすると、まずはヒロイン的な存在のパターンか、事件の重要な鍵を握る少女的なパターンに、後ろから探偵役を麻酔銃で眠らせて声色で事件を解決する変な名前の小学生のパターンか。なんにせよ僕のポジションと被るような事はないだろう。

「いえいえ、実は…」
「さっきからずっといましたよ、鈍い人ですね」

背後からの声に振り返ると、僕の席の後ろの壁に掛けられている絵を眺めている少女がいた。小学生位だろうか、黒い髪が腰まで伸びている。これはついさっき考えていたパターンが全部そろってきたのではないか。それと鈍いキャラが既に定着しているようだけど、気配消してましたとか言ってくれないかな。いやいや、まだ取り返せるはずだ、今はまだ初対面これからの選択次第でグットエンドも可能なはず。僕はこれまでの経験から、第一印象をいかに怪しまれずに会話をするかを思い出し、早速実践に移そうと椅子から立ち上がり声をかけようとする。

「では、にーちゃんさん、さっさと行きましょうか時間はありますけど、貴重な時間をこの人に使うのは勿体無いですし」その子は僕の台詞をさえぎり、頭越しににーちゃんに話し掛けているようだ。
「わっかりました」にーちゃんもいい返事してんじゃねぇよ、この子が腕時計とかしてたら早い内に取り上げといた方がいいと思うぞ。

一度にーちゃんに視線を戻そうとした瞬間

突然後頭部に衝撃、頭が揺らぐ、殴られた?

揺れる視界で何とか振り返りにーちゃんの方を向くと、バールの様な物を掴んでいるのが見えた、麻酔銃なんかよりもっと直接的な方法できやがった。

更にぼやける視界、今度は背後から膝の辺りに衝撃、多分ローキック、膝が落ちる

急に視界が真っ暗になる、何かを全身に被せられた様だ、随分唐突に人攫いをするな。

そしてそのまま荷物の様に担がれる、二人の会話がぼんやりとした意識の中で聞こえた。

「じゃあ、お昼でも食べに行きましょうか」
「あ、今日いつものお店定休日みたいですよ」
「えー、そうなんですか、じゃあ、たまにはラーメンとかどうです?」
「いいですねぇ、行きましょうか」

え?このまま行って定員さん困らないかな?手荷物ってレベルじゃないと思うけど。
と言うかこの流れなら思わせぶりな会話とかするんじゃないのかなぁと思いつつ、ここで意識を失う。





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名前『大坪優理』、年齢不詳、身長低い(にーちゃんの腰くらい)、声高い、口調尊大、髪長い、目黒い、肌白い、ローキック強力、基本無視される、全身白い。

おまけに、悪の総帥らしい。

まず、相手に自分の気持ちを伝える時は、伝わる事を諦めなくてはならない、と言ったのは誰だったか思い出せないが、僕は常にそう思っていたし、回りのみんなも当然そう思っているとつい最近まで信じていた、もちろんサンタクロースも信じていたし、かわいい僕っ子の存在も疑ってはいなかった。実際はそれ程でもなく、みんな確たる根拠も無いままで、相手に自分の気持ちが伝わっていると錯覚出来ているらしい。確かに全く無いとは言い切れない、極まれに基準値を少し越えて伝わる事もあるのだろう、そんな奇跡を信じれる人だけが雄弁になれるのかもしれない。

「いいかげん、これを外してはもらえないかな?」
僕をすっかりパッケージングしていた包装を取る音が耳元で聞こえた、包装は外された様だがまだ薄暗い、この感じはどこかの室内ではあるようだ、高い天井にぼんやりと照明が見える、まだ目が慣れていない様だ。とりあえずは状況の確認、後頭部はまだ痛い、それ以外は異常は無し、近くに誰かいる、恐らくにーちゃんだろうな、状況を聞いて素直に教えてくれるかどうか…。

「ここはここだし、僕は僕だ、最寄り駅はどこ?」にーちゃんに背後は見せない様に正面に立って聞いてみた。
「もうちょっと待っていて下さい、あと少しでみんな集まるはずですよ」はきはきと答えるにーちゃん。背後から殴った事とか袋づめにして拉致したままラーメン屋行った事とかの説明は無いんだろうな、とりあえず服がとんこつ臭いのを何とかしてくれないものか…。

「集まるね…」
そう呟いて先程よりは暗闇に慣れた目で周りを良く見ると、結構な広さの空間というのがわかる、ホテルのロビーのような雰囲気で、10人や20人は平気で集まれそうだ、全体的に照明が暗い、時計も無いから今が昼か夜かもわからない、入り口は二つか僕のいる場所の近くに一つ、反対側にも同じ作りの扉が一つ見える、扉のある壁を短い辺とした長方形の形になっている。

「来ました」にーちゃんが僕にだけ聞こえる程の小さな声で言った。
先程見ていた反対側の扉が開いて何人かの男女がぞろぞろと入ってきた、みんな無言のまま部屋の中に入り、椅子に座ったり、歩き回ったりしている。
一体何の集まりなのか?ちゃんと話の辻褄はあうんだろうか?僕を運んでくる必要あったのか?

すると突然僕のいる方の扉がいきおい良く開かれた。

「ようこそいらっしゃいました皆さん」白い女の子が威勢よく飛び出してきた。部屋にいた全員がその少女に注目していた。少女はよく周りを見回してから続ける。

「みなさんは正義ですか?悪ですか?」

この後、嫌な予感だけは的中する。



「要するに、今から犯人探しでもするつもりなんですか?お嬢ちゃん」
「そんな大層な話じゃありませんよ、ただどこかに少しずるをしている人がいるみたいですから、名乗り出てもらおうと言うのが主旨ですから、小学校の帰りの会のノリで良いんじゃないでしょうか?これから目をつぶって挙手してもらっても良いかもしれないですね。ただしお嬢ちゃんはやめて下さい、私は大坪優理です、気軽に『総帥』と呼んで頂いても良いですよ」
 
 今の発言をした男は彼女の一番近くに立っていた。彼は現在最大規模のヒーロー組織のトップで看板ヒーローでもある、名前は『志澤裕貴』と言うらしい。らしいと言ったのはその情報が全てにーちゃんからの受け売りだからである、僕がその辺の情報に疎いと思われているのか、横に立っていたにーちゃんが解説者の様にその部屋に集まった人物について細かく教えてくれた訳だ。
 にーちゃんの補足を横で聞きながら話を整理すると、今回の件を『事件』つまり作為的に誰かが怪人の暴走を起こしたと断定した上で、それを実現できる組織、人物を集めて主謀者探しをするとゆう、なんとも荒唐無稽でいいかげんな発案で、誰がそんなこと考えたんだと言いたくなるが、実際に目の前で実現させられているので静観するしかない。

「挙手は面白いですけど、その時誰が唯一目を開けていられるんでしょうね」
 壁際の椅子に座っていた女が至極もっともな事を言う。
 彼女は同じ『銅鐸の時間』の同僚である、怪人研究班班長の『渋谷奏』だ、彼女だけはこの中で唯一面識があった。

「もちろん私が見ていますけど、それでは誰も納得しないでしょうね。我々からしても余計な調査に予算は掛けられないもので、ここで名乗り出ていただくのがベストなんですが。そもそも今回の事件は我々悪の側からもそうですが、正義の側から見ても都合が悪いでしょう、余計な死傷者も出ますし、万一ヒーローが負けるという自体も想定しなければいけませんしね」
 
 先程からこの部屋の中で優理だけが積極的に発言を続けている状態が続いていた、他の人から見ればまずこの状況自体がうまく把握できていないのだろうし、把握出来たとしても、どう行動するかまでは様子を見ているといったところか。一番状況が飲み込めていないのは僕なんだけど。
 試しに唯一顔見知りである奏さんに救いを求める視線にSOSの信号を乗せて送ってみると、トンコツ臭いから死ねって目で見られたから、もう少し頑張ろうと思った。

「確かにそうですが、それだけの事をした人物が簡単には名乗り出ないでしょう。大体個人で動いているという確証も無いですし、なにか良い方法でもあるんですか?」
「そもそも怪人の暴走という特殊な状況から、実現可能な条件は絞られています、つまり今日はそれを裏付ける為に集まっていただいた訳です。結局犯人探しになってしまいましたね、さて、どうしましょうか?」

 考えてないのかよ!声が出そうになったがなんとか踏みとどまる、辺りの空気も固まってしまっている。隣で唯一にーちゃんだけが笑いを堪えていた、と言うか完全に声が漏れている。
 むせるな、むせるな、はまり過ぎだ。
「ふー、さあ、ここからが私達の仕事のようですね」にーちゃんがやっと呼吸を整えてから言った。

 私達?達って誰の事だろうか、僕の仕事は間違いなく違うはずなんだけどな。大体その部分の説明が皆無で、連れ出し方も強引すぎる、悪の組織にそんな事を思う方が間違っているのか?
 
 さあ、ここからが本番、本編、本場所です。
 悪い奴らは悪事を尽くし、正義の味方は善意を尽くす。
 しみったれた正義感とやすっぽい悪党は一切合切影響なく、最初に優理が言った通り、ただずるをしている奴がいただけって話のはじまりはじまり。
7, 6

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