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レシピNo.9 使い魔の指輪

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~タイムの独白~

 ぼくは未熟だ。ひととひとは、話せばわかるはずなのに、その前にみんな怒り出してしまう。
 そしてぼくは殴られる。
 もちろんすぐにラサが助けにきてくれる。
 ときにはぼくも自衛のために応戦する。
 ぼくは、魔法は得意だ。だから戦いになったら、勝つことができる。
 でもそれで勝って、お金を払ってもらうとぼくは、とても申し訳ない気持ちになる。
 毎日、怖く思って申し訳なく思って、そうしながらもなんとかノルマを達成してこれた。

 けれどあの日は違った。
 その人はすごく強くて、ぼくはあっという間に殴り倒された。
 そうして、なにかの毒を飲まされた。
 ――気がつくとその人がぼろぼろになって倒れていた。
 けれど身体はまだ苦しくて、助けにきたラサに必死でしがみついた――

 それからだった。
 攻撃を向けられると“スイッチが入る”ようになったのは。
 そうなるとぼくは自分を“オレ”と自称し、屋内でもおかまいなしに攻撃魔法を打つ。
 そのうち“スイッチ”はなくなった。
 ぼくは、オレになっていた。

 その直後、あの忌まわしい予言を受け、同時にC&Nが所有するレアアイテムの存在を知って、オレの行く道は決まったのだった。


レシピNo.9 使い魔の指輪

 使用者はそれを指にはめ、対象の真の名を呼び『汝我が使い魔なり』と宣言すべし。
 使用者の力、対象者のそれを上回れば即時に呪いは発動する。
 すなわち対象者は使用者のしもべとして従うものとなる。
 使用者は対象者が命令に逆らうとき、対象者の首にあらわれしチョーカーを念じ締めることで服従を促すことができるであろう。
 ただしこの拘束が使い魔の身体、生命を損なうことはない。
 呪いの効力は
 ・使用者と対象者のどちらか、もしくは両方が死亡する
 ・対象者の魔力が使用者のそれを上回る
 ・対象者以外の者が使用者の承認のもと指輪を外す
 この三つの条件のいずれかが充足されるまで続き、解呪、魔力破壊等の影響を受けることはない。

 ――グリンゴースの魔術書、第四章より


手順1.宴の前

「ラサ!!!」
 時計を操作している間に、ケーキは切り分けられ、食べられていた。
 バースデーケーキ。オレだけのはずの、ケーキ。
「おまえ、おまえ、なんで、……」
 それ以上の言葉が出ない。
「ご主人」
 驚いている一同の中から、ラサが出てきて、オレの手をつかんだ。
「来て下さい。――ブツはこっちです」

 ラサにつれられて台所に行くと、そこにはもうひとつケーキがあった。
 ただしまだ焼かれていない。
「オレがご主人の誕生日忘れるとでも思いました?
 今日はあいつのパーティーなんです。ほかの連中呼ばなくちゃいけないから、アレを焼いた。都合に合わせて今日にした。
 だけどあいつはご主人じゃないでしょ。
 だからオレは、ご主人の分を別に用意したんですよ。
 あの部屋。覚えてます? オレたちが暮らした、ウォーターフロントの部屋。
 今夜11時、あすこに来て下さい。
 ハメるみたいに呼んでスミマセン。でも、オレはご主人と会いたかった。ピアスごしなんかじゃなく、こうして」
「ラサ……」
 ああ、こいつは。
 なんだって、なんだってこう、オレのしてほしいことがわかるんだろう。
 あのころだって――
 鼻がつんときそうになってオレは慌てていった。
「カギよこせ。先に行ってる」
「え? どんちゃんさわぎしてきません?」
「しねーよ馬鹿。
 あいつらと自己紹イベントするの面倒だ。お前の部屋で勝手に飲んでる」
「へーいへい。じゃちょっとオレからカギかりてきますんで」
 ラサは台所を出て行き、すぐにカードキーを手に戻ってきた。
「クルマは?」
「いい。たまにゃ歩く」
「送ります?」
「いらねーよ。せーぜーどんちゃんさわぎしてきやがれ」
「ういっす」
 オレは台所を出てリビングを横切り、ドアから外へ出た。
 そのときシプレがオレをじっと見ているのがすこし気になったが、面倒なのでシカトした(こんなとこでどつかれたりしたらたまらないし)。

 ヤツらのどんちゃんさわぎの様子なんざのぞいたって仕方ない。オレはラサの部屋につくとヒマツブシにシャワーを浴び、酒のびんをあけ、ベッドに寝転んだ。
 ――気がつくと部屋は暗くなっていた。サイドテーブルに置かれた時計の、光る針を見ると、もう約束の時間になっていた。
 ベッドサイドのスタンドをつけると、同時にドアを開ける音。ラサが部屋に入ってきた。

手順2.裏切り

「寝てたんですか、ご主人?」
「起きた。来いよ」
「え。ちょちょっといきなりそれは」
「逆らうのか?」
 オレは左手の指輪を振りかざした。
「……わかりました。
 なんて、言わねーよバーカ!!」
「なに?」
 ラサはずかずかと部屋を横切ってくると、ベッドにひざをつきオレの左手をつかんだ。
「『使い魔の指輪』は相手の“未来”を拘束する道具だ。
 過去にいるオレにゃもうきかねえんだよ」
「ハッタリだな。そんなことはどの魔道書にだって一行も書いてなかった」
「お前が見た限り、だろ?
 オレはな、お前よりずっと勉強したんだよコイツについちゃ。いまのオレはコイツの支配下にない。その証拠にオレはこの指輪をお前から外せる」
「…うそだ」
「怖いのか~。うんうんそうだよねえやっぱり。身一つで過去に飛んできちゃって、カネもないカードも使えない。不安で不安で使い魔の挑戦ひとつうけられないわけだ。こりゃ傑作だ」
「なんだと?!」
「いいぜ、やれよ。指輪でオレを屈服させろ。だがそうしたらお前は臆病者だ。たかが使い魔のブラフに屈した臆病者だよ。今後オレのカラダをどれだけどうしようが、オレのなかでお前は永久に臆病者だ!」
「……………」
 ラサはもともと金貸しだ。占術は持って生まれた適性を活かしたオプションで、あくまでこいつはビジネスマン。魔道の知識については、もともと錬金術師であるオレにかなうわけもない。
 たぶん、テキトーなイカサマ本に引っかかったのだろう。結構あるのだ、いい加減な、または冗談で書かれた魔道書(もどき)は。
 で、それを一縷の希望として、オレに逆らってみようとしているのだ。
 なら、いいだろう。その挑戦受けてやる。
 お前の付け焼刃の知識と自信、真正面から粉々にして、で、今の無礼を後悔させてやる。
 オレは言った。
「だったらやれよ。外して見せろ」
 使い魔の指輪は、使い魔本人には外せない。それはあるじの承諾があってもだ。
 オレはラサに手を差し出した。王が臣下に口付けを要求するように。
 ラサはオレの手の甲にくちびるをつけると、丁重に手首をつかんだ。
 指輪を人差し指と親指でとらえてそっと引く。
 そのときオレは驚愕した――指輪が動いている!!
「やめろ! 放せ、やめろ!!」
 とっさにオレは手を振りほどこうとしていた。ラサにけりをくれて暴れる。
 ラサはしかし、小さくうめくものの、つかんだ手首を放そうとはしない。
「やれっていったの“ご主人”でしょ? だったら最後まで見届けなくちゃ、ね?」
 身体にチカラがはいらない。オレは自分の油断を後悔した。飲みすぎたのだ。こんなこと想定していなかった。
「やめろ、やめろ、やめ」
 オレの叫びもむなしく、今この目の前、ついに指輪がぽろりとはずれた。
「うそだ………」

 目の前に手をかざしてみる。碧玉をあしらったあの指輪がない。
 マボロシではなかろうか。指を握ったり開いたりしてみる。変化はない。
「ねぇよ、そんなん。コイツだ、お前のだいじなブツは」
 ラサがひらひらと指輪をかざして見せる。
「返せ」
 とびかかる、しかしひょい、と指輪をもちあげられてバランスをくずす。
 そのまま床に墜落した。
 毛足の長いじゅうたんのおかげで痛みはない。いや、いまのオレに痛みなんか存在してないのだ。
 飲みすぎ。そしてショック。
「くそ…イカサマだ! こんなのはただの幻術だ!!」
 オレは跳ね起きる。そうだ、だって。
 ヤツの首。呪いの証のチョーカーが、いまだに黒くまきついている。
「ああ、こいつ? 偽装だよ。お前の目を欺くためにずっとつけてたの。
 ほれ、外せるだろ」
 ラサは自分の首の後ろに手を回す。まもなくチョーカーがすべり落ちてきた。
「うそだ……そんな記述、どんな魔道書にもひとつも……」
「ああ、ねえな」
 ラサはにやりと満面の笑みを見せる。
「そろそろ種明かししちゃろっか。こいよ、相棒」
 そして寝室のドアにむけ叫ぶと、ドアが開いた。
 入ってきたのは、なんとラサだった。

38, 37

  

手順3.ふたりのラサ

「な…なに? どういうことだ…??」
 ラサは軽く手を挙げてあいさつすると、すたすたと部屋に入ってきた。
「ちわっす、ご主人。
 オレが“ホンモノ”ですよ。そっちはこの時点のオレ。」
 たしかによく見ると違う。なにより、ホンモノの耳にはあのピアスが下がっているが、いまのほうにはない。
「そいつはオレではあるけれど、ご主人の使い魔ではない。だから、ご主人の承諾があれば指輪を外せるんですよ。…って、もう“ご主人”じゃないか。
 タイム=オランジュ=バルサム。
 お前の負けだよ」
 ラサはオレの横にひざをついて、オレの頬に手を触れた。
 オレは。
「ふざけんな!!
 指輪はヤツにくれてやっただけだ。お前は、オレの使い魔だ!!」
 力いっぱい、その手を払った。
「オレの魔力はいまだお前より上だ。そいつを使ったって、お前らはオレを使い魔にはできないぞ!!」
「……べつにそんなん必要ないスよ」
 ラサは冷たく言って、立ち上がった。
「いまのタイムには金貸しはやらせない。指輪もつかませない。
 今のまま、甘ちゃんのまま。おもいっきり大事にあまやかして育ててやる。
 そしたらあいつは、お前にはならない。
 ――お前は“いなくなる”んだよ。
 命乞いすんなら今のうちだぜ」
「ふざけるな」
 冷や汗が背中を伝うのがわかる。だがそんなの悟らせるものか。
「おまえにできるならオレにだってできる。
 小僧はオレに育てる。時計が出来上がり、いまへの送金が終わったら連れて行って金貸しにする。やり方はラサ、お前が教えてくれたものな。そしてC&Nをぶっ潰し、使い魔の指輪を手に入れ、もう一度お前を使い魔にする。……」
 ヤツらふたりをにらみまわして、息を整える。
「止められないぜ。お前らはオレをどうにもできない。
 性格が今後どうなるかは未知数でも、とにかくオレは小僧の未来だ。オレを殺せば小僧も五年後に死ぬ。オレに傷をつければ小僧も五年後に同じキズを負うんだ。
 小僧を甘ちゃんのまま成長させたいなら、そして生かしておきたいなら、お前らはオレをすくなくとも健康な状態で生かしておかなければならない。違うか?」
 正直、これは半分ブラフだった。
 ひょっとしたらオレをどうしようが、小僧には、その未来には何も影響しないかもしれない。
 しかし、ヤツらはそうおもっていない。はずだ(もし思っていたらオレは今こんな風にしゃべっちゃいない)。
「お前らは小僧が目当てだ。そうだな? だからオレのことは死なせられない。手出しなんかできない。
 つれてけよ。小僧のアトリエに。オレもそこで暮らす。
 送金が終わるまでに、小僧を骨抜きにして、オレを腑抜けにできればお前らの勝ち。
 だができなければお前らカクゴしろ。
 オレにはまだ、プリムとカレンデュラがいる。
 いまのオレをすきだって言ってくれるやつらがいるんだ。
 オラなにボーっとしてんだ車出せ車!」
 やつらは顔を見合わせるとため息をついて準備にかかった。
「おい、それと今のほう。
 お前人材探してんだろ? そいつにオレがなってやる。
 べつにいいぜ、社員登用とかそんなん考えないで。カネさえよこせばそれでいい」
「お前に金貸しやらせたらえらい目になるんだろ。冗談じゃねーや」
「オレ飢え死にしちまうぜ? それとももっと違うシゴトで稼げって?」
 オレは小僧の未来だ。ここまで言われりゃヤツは断れない。
「……………絶対、なにがあっても、社員にはしねえからな」
「ああ。やばそーならテキトーなときにいったん形式上だけクビにしやがれ。後悔はさせねえぜ」
 大丈夫。まだ大丈夫。
 オレの耳には、そして未来のラサの耳には、まだピアスが下がっている。
 まだオレが過去と今を取り戻す可能性は、消えてないのだ。

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