終章:バースデーケーキをもうひとつ。 ~ラサの場合
今日は教授と助手と大家も家に泊まることとなった。
全員での晩飯(とかいて宴会と読む)のため食堂へ向かうとき、オレはタイムに声をかけた。
つとめて、なんでもない風に。
「あ、タイム。渡したいもんあるからちょっとだけあとで」
「ああ、わかった」
タイムはクルスと談笑しながら食堂へ入っていった。
オレはすこしタイミングをずらして、あとを追った。
食べ物がなくなると、タイムはオレに声をかけてきた。
「ラサ。渡したいものって?」
「おう、ちょっと部屋来てもらえっか」
「ああ。クルス先行っててくれ」
「悪いな、すぐ返すから」
「しょうがないですね、なんて。いいですよ、ごゆっくり」
クルスは紳士的に笑って歩いていった。
遠い土地からひさびさに帰ってきて、つもる話はありまくりだろう。
もしこれがオレだったらもうちょっとぶーたれるだろうに、クルスはホントにいいやつだ。
こんなヤツを出し抜くなんてできないな。もっとも、その気もなかったけど。
オレはタイムを部屋に入れると、食事前に書いておいたメモを渡した。
「これ、明日以降に使ってくれ。気が向いた日でいいけどはやめが希望な」
「……『ケーキ引換券』?」
「ああ。
あの日さ。結局“お前だけ用”のケーキ、食べずじまいだったろ。
アレはもうしょうがないから自分で食っちまったけど、ずっと気になってたんだ」
「マジ?! だってアレはオレがアレだったからで、…なのに、二週間? それとも五年かな、ええと…。」
タイムは首をかしげる。どうも、オレと同じ現象に見舞われているようだ。
「う~ん。オレ的にも二週間とも五年ともだけど。
オレもさ、なんかふたつの記憶があるんだよ。もとのほうのオレと、新しく時間をすごしてきたオレ。だからなんともいいがたいなソレは。
……よし五年にしとこう。その方がお前カンドーするから」
「なんだよそれ(笑)!
でも、それでいっか。ありがとう、ラサ」
屈託のない笑顔。いつかみたような、でも多分それははじめてみるもの。
こいつは、昨日までの“ご主人”でも、ヤツいうところの“小僧”でもない。
同時に、そのどちらでもある。
とにかくいえることは、オレはこの笑顔がすきだということ。
だからオレはこいつのアタマを両手でわしゃわしゃしながら言った。
「こいつ使うときは、ぜったいひとりで来いよ。このケーキは“お前だけ用”なんだかんな」
「わかってる」
「よっしゃ。それじゃ行ってこい。クルス待ってんぞ」
タイムはもう一度、ありがとう、と笑って部屋を出て行った。
今日は、クルスの番だ。だってヤツは今日帰ったばかり。久々にふたりだけで語り明かしたい、というのをジャマするのは忍びない。
でも、タイムが引換券をもってきたら。
その日はオレが、タイムと語り明かすのだ。
そのときのケーキにはあれを焼きこんでおこう。
オレたちの耳に片方ずつ下がっていた、通信用のピアス。
むかしオレがタイムに、はじめてやったプレゼント。
あのときは“連絡用に”なんて言い訳をつけていたけれど、今度はちゃんと言おう――
誕生日プレゼントだと。
色も、お前とオレの髪と目に合うように、選んだのだと。
そんなことを考えていると、こんこん、と音がした。
背後からだ。振り返るとベランダに続く窓に、プリムのヤツがはりついていた。
「やほーラサ! ゴキゲンいかが~?
いやはや抜け駆けしーん見物しよーと思ったらとんだハズレだぜ。ヒマになっちゃったしつきあえよ! カレもつれてきてやったからさ♪」
そうして酒のビンをふってみせる。
「おい。それスパークリングワインだぞ」
後ろに立つカレンデュラがあきれたように言う。
「まっいーじゃん、ここラサの部屋だしさ♪」
「ぜんっぜんよかねえ!!!」
外は月が輝くいい夜だ。オレはそのまま、ヤツらとビーチに出ることにした。
「つかなんかサカナあんのか?」
「カレがチーズたらとかきぴー持ってきてる。お前もなんか甘いもんもってこいよ」
「しょーがねーな。秘蔵のクッキー食わせてやるよ」
「よしゃー! それじゃビーチまで競争だー♪」
「こら、ワインが!!」
「あはは手遅れ手遅れ。ここまで持って忍び込んできた時点で手遅れさ♪ いーじゃん吹き出てくればまんま飲めるし!」
「「冗談だろ!!」」
こうして、オレのとんでもない半年間は終わった。
もう、オレは自由だ。
これからはきっと、ずっと、本当のバカンスだ。
マブダチどもと飲んではしゃいで浜辺に寝転び、真ん丸い月を見上げてオレは快哉を上げた。
~END~