トップに戻る

<< 前 次 >>

序:オレが増えた日

単ページ   最大化   

序:オレが増えた日
~社長専属占術官S=L=ウォータムの呟き~

1.オフィスにオレがやって来る。

 いや、あの時ばっかりはオレもぶっ飛んだね。
 考えてもみろ。オレが増えてんだぜ。
 このナイスでブラボーなオレ様がだ。
 それも何の予兆もなく、突然に、だ。


 他人の空似だろJKと呟いちゃみたものの、水晶球が写しだすその通行人は、何回みてもオレだった。

 オレより少し長めだが、最長で襟足まで伸びた髪の色は全くおんなじ。緑がかった濃い水色。ちょっとツンツン気味の毛の質まで一緒だ。
 肌色も顔も体格も、多少年上くさいがまあ、オレだ。
 魔族の特徴のひとつ、尖った耳のカタチもオレのもの。
 全体に何だか苦労のオーラをまとっているのと、首に巻き付くまがまがしい黒のチョーカー、左耳だけにしている青い大きめのピアスが気にかかるところではある。

 なにもオレ様世界最強♪ だの、世界一の美青年♪ だのとのたまわるつもりはない(いくら何だってそこまで厚かましくはない)。
 それでも、相対で見てナイスでそしてオンリーワンなオレを、自分で見間違うはずがない。

 まったく奇妙なハナシではあるが、その時確かに、オレはもう一人、増えていた。
 しかもそのオレときたら、迷うことなく大通りを突っ切ってこの建物に向かって来るじゃないか。
 まるでこう、何年も何年もこうして通勤してたみたいに。いや、その歩きっぷりときたら、いっそこのオレより堂にいってるくらいに見えるんだけど。
 まあそれはいい。とにかく、ヤツはここを目指してる。そして、ここに来る。
 かくなる上は、ヤツが来るのを見届けてやろうじゃないか。
 ヤツからは、オレにとっての不運の影は見て取れない。おそらくヤツは、オレにとっての幸運の使者だ。
 ひょっとして、先日見つけた“世紀の逸材”の採用について、助言が得られるかもしれない――
 オレはその少年の顔と名前をまたしても思い出しながら、ヤツの姿を見守った。

 やたら豪華なこの建物に、近づくものは多くない。なぜならここは泣く子も黙るカシュー&ナットファイナンシャルCo.、ぶっちゃけ巨大金貸し屋の本社ビルなのだ。
 やって来るやつらといえば、最低でも大企業の幹部クラス以上の上客どもか、ここで働く連中だけ。
 もっとも他がやって来たところで守衛に追い返されるのが関の山だ――が、そいつはオレとうりふたつ。そしてオレは顔パスの幹部だ。ヤツはなんなく玄関を入る。
 そのまままっすぐ役員専用フロア直通の自動昇降機に歩み寄り、ちょうど来ていたそれに乗り込んだ。
 自動のドアが滑るように閉じ、いつもの無機的な声が響く。
『お疲れ様です、ウォータム様』
 驚くべきことに、というべきか、IDシステムはあっさりとヤツをオレと判定した。
『フロアの入力をどうぞ』
 ヤツはいつもオレがそうするように、『フロアの』のところで11のボタンを押した。
 昇降機はするすると上昇し、ちーんという音とともにこのフロアにたどりつく。

 あとは見るまでもない。
 数秒後オレはノックに応えドアを開いた。

2.オレ、かく語りき。

「よう、オレ。元気か? って元気だなトーゼン。今日の朝定は大好物のシナモントーストだもんな。忘れもしないぜこの日のことはよ」
 オレの目の前に立ったオレは、これまたオレと同じ流儀で手を挙げた。
 なおかつ同じ流儀でにやっと笑い無駄話をかます。
 確かにオレの大好物はシナモントーストにホットコーヒーだ。水属性でそれかと笑われもするがんなもんほっとけバーカってカンジだ。
 いやハナシがそれた。問題はそういうことじゃない。
 この程度の情報は、べつにコイツがオレであるという証拠にならない。誰でも調べればすぐ入手できるレベルのシロモノだ。
 信用には値しない――一般的には。
 しかし、それがオレのやり方なのだ。
 ナメさせておいて、驚かす。
 だから、やはり、コイツはオレと思っていい。
 オレはヤツに椅子をすすめた。
「一応だが――オレのオフィスへようこそ、客人。
 オレはCEO直属占術官S=L=ウォータムだ。
 お前は?」
「オレはラサ、スペア=ラヴァンサラ=ウォータム。次期っつかもとCEOタイム=O=バルサムの使い魔にして、お前の未来の姿だ」
 言うまでもなく――ラサ(以下略)はオレの呼び名と本名だ。しかしあとの部分はなんじゃらホイ。
 つまり質問ぷりーずハナシを聞けよってコトだ。
「ツッコミどころ満載の自己紹あり。続きはコーヒー何杯分?」
「百年ぶーんきぼんぬでーす」
 やっぱオレだわコイツ(笑)。オレはコーヒーメーカーへと歩いた。
「オレの飲みさしでよければ。」
「スミマセンスミマセン(笑)」
 もちろんオレは、ちゃんと新しくカップを出してコーヒーをついだ。

「ま、飲ってくれやラサさんよ。それであんたのほしいモンてななんだ」
「タイム=O=バルサムの未来の利益。つか、それによってもたらされる、オレたちの未来の利益」
「……どういうことだ」
 ヤツがさっきも口にしていたタイム=O=バルサムは、あの“世紀の逸材”と同じ名前だ。
 それが未来の次期、かつ元CEOでヤツの(=オレの)主。とするなら、その利益とは一体。
 念のため問うてみる。
「雇え、ということか?」
「いんや、その逆。
 あいつだけは絶対、雇うな。」
 絶対、にアクセントを置きまくってヤツは身を乗り出した。
 立ち上がってテーブルに手を置き、オレの目を覗き込む。
 視線から、ヤツの思念が語りかけてくる――
『そうすりゃタイムはお前のものだ』と。

9, 8

  

3.ヤバい、未来予想図。

「詳しく聞かせてくれや」
 オレも視線に思念を乗せる――『元っからそうするつもりだけど?』
 あの少年は、金貸し屋としちゃ不世出の素質を持っている。しかし、今現在はただの軟弱な錬金学士、つーかぶっちゃけフリーター。素材は悪くないっつーに、それを活かそーとしない軟弱モノだ。
「オレ的には、バルサムはオレが一人前に仕込むつもりでいるんだが、なんか問題でも?」
「ああ問題だ。
 確かにヤツは金貸し屋としちゃ世紀の大天才さ。
 しかし天才すぎた。
 しがないバイトの取り立て屋からあっつーまにのし上がり、ついには社長も追い出した。
 で、会社はばらされ売り飛ばされた。
 同時にこの社が保有してたアイテムでもって、ヤツはオレを使い魔にしやがった。見ろ、コイツ。呪いのあかしだ(と、ヤツは軽く首をのけぞらせた――なるほど、このチョーカーはそういうことだったのか)。
 タイムはいい男に育ったぜ~。ほらこれ写真。毎日みるたびほれぼれするね。つうかある意味万年新婚夫婦っつーかコイツのおかげで逆にご主人独り占めーっていうか」
「マジ?」
 それは…ある意味、のぞいてみたいアレかもだ。
 写真で笑う青年は――明るいコーヒー色の髪、瑠璃色の瞳の色あいはそのままながら――化けも化けたりのエロかっこよさ。
 圧倒的な実力に裏打ちされた自信が、あふれるカリスマとなって輝いている、とかいえばいーのか。
 ぶっちゃけもしもこの大通りに『新しくデビューしちゃった大魔王でーすよろしくー☆』なんてビラをまいたなら、勝手にしもべになりにくるやからが列をなすだろう勢いだ。
「けどな~。不自由もあるんだよ。
 あいつめ独占欲つよくてさ。金になる仕事させてくれないわけ。も~なにもかもおねだりしなきゃいかんわけ。
 やっぱほら、男だろ、たまにゃヒトに見せたくない買い物とかあんじゃん。花街で遊び歩きたい日もあんじゃん。そーゆの全部なくなってさ。
 や、ご主人やっぱ可愛いしさ。こんなんいったらオレだけじゃ駄目かよ不満かよっていうから可哀相でさ。
 例えば仕事でもしてれば少しは気晴らしになるんだろーし、オレも暇と金とが手に入るんだろうけど『もーやだ一生ぶん働いた。ラサ遊べ!』てそればっかり。
 …つか回復アイテム使ってでも満足いくまで相手させられるってもうヤバいでしょマジ」
「…確かに(汗)」
 なるほど、苦労のオーラの原因はそれか。多少の誇張はありそうだが、やはりそれは真実だろう。
 つかそこまでやばい未来は、のぞくだけでごちそうさまだ。定住するのはごめん願いたい。少なくとも、今のフツーのオレ的には。
 
4.大悪党の代替案。

「でまあ、ここんとこさすがに問題意識芽生えてな。それはなんでかって、考えたわけふたりで。
 結論として、働きすぎ。
 下手に才能があったのが良くなかった。結果が出るからって働いて働いて、アタマんなかの大事なものがひとつだけ壊れちまった。
 金貸しの仕事は、あの人にとっちゃ両刃の刃だったんだよ。
 それはオレやお前、この会社にとってもそうだ。
 てなわけで絶対、やつには関わるな。借金申し込まれたら3倍の金を進呈してでも断れ。つか断ってくださいオネガイ。
 オレとお前の未来のために」
「うーん……」
 確かにヤツの語る未来はヤバい。
 しかし写真のなかの“大魔王”はそれでもぐらつくほどに魅力的だ。
 それを諦めるとしても、水晶球でみた少年の面影は、もうどうやったって忘れられそうもない。
「でもなんか、これはもったいないよーな……
 育て方セーブしてもダメ?」
「ムリだと思うな。
 人称代名詞がプライベートでも『オレ』になった辺りからはもう、坂を転がり落ちるように……ああわたしのぼうや。あんなに可愛かったのに。しくしく。てなもんでしたハイ」
「でも、…」
 その時ヤツの視線が言った。
『ヤツには俺がいま恩売ってるから。時がくれば巡り会える。その時組むなりすりゃいいって。
 どーしてもっていうなら期を待ってボーナスがわりにもらえばいいんだ』
『思考が鬼だね未来のオレ(汗)』
 詐欺ってハメて身請けせいと(笑)
 まあ、人のことは言えないが――
 あいつのような小心者は、例え三つ指ついて頼んだところでうちに応募などするわけない。
 かくなる上は、ひとつヤバいファンドでも買わせてはめて、嫌でも取り立て屋にならせるとこから始めようか、と考えていたところなのだし。
「まあ、入社さすくらいだったらいいと思うけど。基幹業務絶対触らせないっていうならな」

 ヤツはここで一旦、うまそうにコーヒーをすすった。
 その後ヤツの声と思念が、思念で語ったのと口で語ったのの、両方のコトバを受けて先を続ける。
「ただ、今はまだやめてくれ。とある事情でやつは負債を負っている―」『―返せなければあいつは破滅、お前の手には入らなくなる』
 これはヤツの思い通りだろう。だが別にいい、オレは即言った。
「いくらいるんだ」
『買うの?! よー知りもせん若造の未来を?』
『や、そこそこポケットマネーあるし。』
『…なんかやなヤツだね過去の俺(笑)』
 思念でそうツッコミつつ、ヤツは答える。
「あいつは時を超えた負債を負っている。返済には、今のあいつに『時間を越えるアイテム』を開発させなきゃならない。
 だから必要なのはその元金と利子、アイテム開発費用とその間の費用もろもろが最低ラインだ」
「だったら話は簡単だ。
 新技術開発担当者として採用すればいい。俺の企画なら通るだろう。もちろん金貸し業務はやらせないから安心召され」
「ウス。もち、小遣いはあるよな。その一部はインセンティブにしてくれ。オレが運用するから」
「了解」
 オレたちは立ち上がり握手を交わした。
 同時にヤツが思念で言った。
『ああ、アイテム開発はテキトーに邪魔していいぜ。最悪、返済金を持ち逃げしてくれ。
 そうすりゃヤツはタイムパラドックスで破滅。魂だけになったとこを、使い魔として転生させる』
 そうすりゃその後はどう育てても間違いはない、ってそういうことか。
『お前も悪だな未来のオレ(笑)』
『おかげさまで。』

 残ったコーヒーを飲み干すと、ヤツは帰っていった。
 その後ろ姿を見送ってオレは思った――いや、そーとー屈折してるわ未来のオレ。
 まあでも、まだ見ぬ未来やそこに住むオレ、なんてものは正直、オレにとっちゃ見知らぬ物語もいいとこだ。未来は変えられるモンだし、そこでどんだけアレなハナシが展開しよーが、オレにとっちゃ関係ない。
(そんな風にしか感じないのは多分職業病だ。企業つきの占い師なんざ、そんなスタンスでもなきゃやってられない。いや、そうできたから、今の仕事とオレがある、のだろうけど…。)
 とにかくオレにとって重要なのは、やっと探してたもの(人間だけど)が見つかったこと、そしてそれが手に入る算段が向こうから飛び込んできた、ということだ。
 そのためには――
 まずは企画書を上げなければ。
 オレは机上の端末を立ち上げると企画書のフォーマットを呼び出した。

 タイトルを打ち込む。

『錬金術師バルサム氏の発明品“時間跳躍時計”の、当社業務における有用性』

11, 10

るきあ 先生に励ましのお便りを送ろう!!

〒みんなの感想を読む

<< 前 次 >>

トップに戻る