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全てが壊れてしまえばいいと思っていた。この世界は僕には辛すぎる。仕事を探しても見つからないし、いやそもそも、僕は働きたくなんてないんだ。コンビニでアルバイトをしている人を見ても、僕には絶対できそうにない。他人に笑顔でいらっしゃいませ、なんて…できれば誰とも会いたくないのに。かといって机の上でできる仕事なんて見つかるはずもない。僕は学歴もないし、資格もない。親からは毎日のようにさっさと就職しろと電話がかかってくる。あいつらは僕のことより、自分達の使命をさっさと終わらせたいだけなんだ…
全てが壊れてしまえばいいと思っていた。文明も社会も、色んな常識も何もかもが壊れて、そして僕はゲームの主人公のようにその荒廃した街を駆け抜けるんだ。僕が生きられる世界はここじゃない。
今日も今日とて家でごろごろとしていた。親は僕が就職活動していると思っているのだろうが、そんなものは前の仕事を辞めさせられた時から数えるほどしかやっていない。毎日インターネットを覗いて、ゲームをして、外に出るのはご飯を買うためにコンビニに行く時だけ。お金は祖父母の遺してくれた貯金
があって、あと半年は働かなくても生きて行ける。だから僕は決めたんだ。そのお金を使い果たしたら、自殺しようって。働くくらいなら死んでやる。そのくらい僕は働きたくない。そうだな、宝くじでも当たったらもう少し生きてやろうと思う。
さて、おなかがすいたので、僕は親が送ってきたレトルト食品が入ったダンボールを漁った。レトルトカレーやインスタントラーメンがいっぱい入っていたが、もう半分くらい食べてしまった。ふと、その箱の端に見たことのないパッケージのインスタント製品?のようなものを見つけた。なんか外国の言葉だろうか、これまた見たことのない文字が書いてある。かろうじて読めたのは、「3min」というところだけだ。ここだけ英語だった。とにかく僕はそれを食べてみることにした。たぶん、レンジで3分とかそんな感じだろう。ふたを半分まではがして電子レンジに入れた。なんかよくわからないものが入っていたが、外国の料理とかかなあと…
3分後…っていうかあなた誰ですか?僕は確かにレンジからインスタント製品を取り出したはずなんだけど、その直後に中から…人が出てきた。それも…その…裸の女性。女性?っていうか羽根生えてます。なんか、誰ですかと聞いても呆けたような顔するばかりで、言葉も通じていないようなんですが…僕にどうしろというんでしょうか?
僕はとりあえず、羽根の生えたその子に僕の服を着させた。いらなくなったシャツの背中をちょっと切って羽根の邪魔にならないようにして、あとズボンも…僕より足長いんですね。ちょっとへこみました。相変わらず何を聞いても答えてくれず、周りをキョロキョロするばかり。この子は一体…というより、僕のご飯はどうなってしまったのだろう…この子…が、産まれるインスタント製品?だったのだろうか?
何やらキョロキョロする彼女。途方に暮れる僕。だけど僕はだんだん彼女と話ができないことよりも、女性が自分の部屋に居る事自体に興奮し始めていた。彼女はこのインスタント製品なんだ。つまり人間ではない。人間ではないのだから何をしても咎められることはない。そもそも今のところ僕以外には知られてすらいない存在なんだから。顔は…そう、整っていて、欠点のない綺麗な顔だ。それに…裸で産まれたし…それを見てしまったから…なんというか僕の体は色々大変な事になっていた。
ああどうしよう!僕の人生においてこれほどのチャンスはない!はっきり言おう。僕はモテたことがないから、それゆえに彼女イナイ歴がそのまま自分の年齢になってしまうのだ!僕は自殺する瞬間まで童貞のままだとあきらめていたのに、どうしたことか急に目の前にチャンスが!だけどどうする!この何も知らないような女性にそんなことしていいのだろうか!いや、でも誰も存在を知らない女性だしそもそも作ってやったのは僕だ、何をしたっていいじゃないか!でも、でも!ああ~~僕の中の悪魔が「やっちまえよ!」と囁いている!そして僕の中の天使…も「やっちまえよ!」と囁いている!オウケイそれが僕の道ナンダネ!?いざいかん、大人への道!とお!
………
卑怯だよ…急に僕の名前を呼ぶなんて…押し倒そうとした瞬間彼女は僕の名前を呼んだ。あっけにとられた僕は悟った。彼女は言葉が理解できないというより、知らなかったのだ。僕が彼女と話そうと色々やっていた時に、僕の名前を学習した。つまり彼女はまさしく産まれたての子供と同じだったんだ。そう分かってしまった途端にさっきまで僕を支配していたHな欲望は霧散してしまっていた。いくらなんでも子供をそういう事の対象にしてしまう趣味はなかった…彼女は無邪気に笑って僕の名前を呼びつづけている。僕は苦笑しながらも、僕の名前を覚えてくれたことを誉めてあげた。
相手が人間ではないということ、そして何も知らない子供のような精神を持っているということ。それが僕にとって都合の良い存在に思えたのか、僕は彼女を受け入れてしまった。とりあえず生まれてしまったのはしょうがないし、僕が世話しなきゃ、と。生活力なんてないくせにね。
産まれたての子供と同じとはいえ、知能自体は低くないらしく、教えたことはすぐに覚えていった。教える、覚える、誉める。これを繰り返していった。叱る…ってのも大事だと思うんだけど、叱るよりも、間違ってることと正しいことを教えて、正しいことを覚えさせてから誉めた。僕の性格上、叱るってのは無理だったから…それからは毎日が楽しかった。相変わらず働いてなかったけど、毎日彼女に色々なことを教えて、少しずつ会話ができるようになってきた。彼女は頭が良くて、一度覚えたことはまず忘れなかった。
ある時、彼女が自分の背中にあるものが何なのかと尋ねてきた。そしてそれが、何故僕にはないのかと。何故、か。背中に羽根が生えている存在なんてあれしかない。天使だ。だけど天使がインスタントでできあがるなんて聞いたこともないし、そもそも天使っていうのはなんか使命があって存在するものだと思う。彼女のように、何も知らない子供のまま産まれてきて、そして何をするでもない存在が、はたして天使と言えるのかどうか…僕が答えに詰まっていると、彼女はいけない質問をしたのかと勘違いして申し訳なさそうな顔をする。だから僕は彼女に、彼女が天使であり、僕は人間であることを教えてあげた。
インターネットを覚えた彼女は、急速に知識を得るようになっていった。そして自分のことを調べはじめた。僕はそのことに少しだけ不安を抱いたけど、彼女は相変わらず無邪気で…だから大丈夫だと思っていた。だけどインターネットで外の世界を少し垣間見た彼女は、外に出たいと言い始めた。でもそれは難しい。彼女の背中には大きな翼があるから、どうしたって隠せない。彼女が何者かを知られてしまうわけにはいかない、絶対に…。ではどうするか。彼女を外に出してやりたいというのは僕も考えていた…。
まず僕は僕の持っている服で一番サイズの大きい物を彼女に着させてみた。羽根を中に隠せないかと思ったんだけど、どうしても羽根のほうが大きくて、不自然なふくらみができてしまう。そこで、いっそのこと羽根をアクセサリのようにしてしまうのはどうだろうかと考えた。一昔前にはそういうファッションがあった気がする…だけど今時そんな格好している人もいないし…奇異な目で彼女が見られてしまうのも可哀想だ。僕は考えに考えて…大きめのリュックサックを買うことにした。背中に当たる部分に穴をあけ、リュックの中に羽根をしまいこむのだ。少々中で丸めなければならなかったが、本人が別に痛くはないと言っているので大丈夫だろう。これでどうみたってリュックを背負ってるだけの女の子って感じだ。
僕達は早速外出することになった。とはいえ、1年近くまともに外に出たことのない僕にはどこに行くとか宛もなく…とりあえず、彼女に女の子が着る為の服とかを買ってあげることにした。それにほら…下着とか…ぶ、ブラジャーとか…いつまでも僕のシャツだけって訳には行かないしね。駅の近くにデパートがあるのでそこに向かうことに。彼女は外に出れたのがよほど嬉しかったのか、何を見ても喜んでいた。周りの人から見たらちょっとはしゃぎすぎに見えるのかもしれないけど、不思議と僕はそんな人達の目も気にはならなかった。
デパートで、もちろん僕は女性ものの下着なんて買った事もなく…だけど彼女が選び方を知っているわけでもなく…ちょっと恥ずかしかったんだけど、なんとか選んで、あくまでも彼女が支払いをするようにしてレジに向かった。彼女には一応、お金の払い方やレジの仕組みなどを教えてあったのでそこは難なくクリアし、僕達はいそいそとその場を離れた。次に向かったのは婦人服売り場。僕が適当に見繕って買おうと思ったんだけど、彼女は自分なりの好みの服を見つけてきた。正直僕にはセンスがないのでよくわからないんだけど、多分彼女にはよく似合うと思う、そんな服だった。でも値段が一桁間違ってませんか?ああ、ブランドものね、あ、そう…うう。財布が泣いている。
おなかも空いたし、デパートの地下で軽く食事をして行く事にした。ファーストフード店があったので、財布のこともあるしそこで食べることに。彼女は終始にこにこしている。僕は今日だけで一ヶ月分の食費を使ってしまったけど、でも笑顔の彼女を見ていると、そんなことはどうでもよくなってくる。また時々でも、彼女を連れて色んな所に行こう、そう思った。あ、でも今度から下着はネット通販にしよう、そうしよう…
そんなこんなで一ヶ月が経った。彼女とは時々外に遊びに行っている。彼女の喜ぶ顔が見たくて、僕は色んな所を調べた。流行りの店、アミューズメントパーク、映画…あとファッションのことも勉強した。彼女はセンスがいいみたいだけど、僕はそうでもない。二人並んでると僕だけ浮いてしまう。だから僕もおしゃれにならなきゃ!と、思った。ぼさぼさだった髪を、ちょっと高い美容院でカッコよく切ってもらって、ちょっと高めの服を買い揃えて、なんとか彼女と見劣りしないような格好にはなった。でも出費がすごいことになっていた…なにせ彼女の食費もあるから、貯金がどんどんと減っていく。その事に、親も気付いている。なんか危ないことに手を出したんじゃないかとか聞いてくる…今までだとただうっとおしいだけだったけど、今はなんとなくその気持ちも理解できる…気がする。
ある日…彼女がとんでもないことを言い出した。働きたい、と言い出したのだ。僕が彼女の服や食費を出していることを当人も知っていて、学習を続けていった結果、お金は働いて稼ぐものだということを知り、僕の為に働いてお金を返すと言い出したのだ。だけど働くとなると翼を隠すのも限度がある。今までは僕がずっと側にいたし、リュックのおかげで隠せていたけど、職場でもリュックを背負いっぱなしってわけにはいかない。第一…あのお金は…僕が働いて稼いだお金じゃないんだ…だけど…そのお金がかなり減ってしまっていることも確か。彼女が来て、出費が大きくなっていたから。そして僕は…決心した。
僕は無料のアルバイト情報誌や就職情報誌を片っ端から持って帰り、近いところにある募集にとにかく応募しまくった。毎日のように面接に行き、ビデオ屋の店員になることができた。昼間の仕事で時給800円。これだけじゃ足りない…なので、夜にコンビニのバイトをすることにした。よもや僕がコンビニの店員になるとは…夜間なので時給900円。これでなんとか彼女との生活費は稼げるようになった。彼女は自分も働きたいと言っていたが、それが無理だということも自分でわかっていたようだ。なので、代わりに料理や部屋の掃除を覚えてもらった。僕がいない間に、家の仕事をしてくれないか、と。彼女は快く引き受けてくれた。
僕がアルバイトから帰ってくると、彼女が覚えたての料理を机に並べながら、おかえりなさいと言ってくれる。僕は、そんな単純な言葉とシチュエーションに、幸せってこういうことなのかなって、勝手に頭の中を薔薇色にしていた。
………
僕は…
僕はどうしたらいい?君の命があと…2週間だなんて聞かされて…僕は…
ある日、僕がアルバイトから帰ってくる途中で一人の男に呼びとめられた。彼は僕のことを知っているようだった。そして、彼女の事も…。彼もまた、天使だった。背中にある大きな翼、それが何よりの証拠だった。そして彼は淡々と語った。彼女はいわゆる下級の天使で、下級の天使は彼女のようにインスタントでできあがるのだと。彼女のような下級天使の役割は、人間達に幸せをもたらすこと。それが天使の世界に力を与えるのだと。それは当然、人間に認知されてはいけない。不測の事態ではぐれ天使になってしまったりして、人間にその存在を知られてしまったり、反逆行為を行う等の危険を極力減らす為に、命の期限が短いのだと言う。期限はおよそ二ヶ月。彼女が産まれてからもう一ヶ月と半月経っている…だから彼女はあと二週間くらいしか生きられない。彼は、彼女が僕のところに来たのは手違いだったと言う。もしも僕が望むのなら彼女を引き取るとも。だけど僕はそれを断った。後2週間しかないけど…彼女と離れることはできない…
家に帰って、いつものように笑顔で迎えてくれる彼女の顔を僕はまっすぐ見る事ができなかった。彼女が作った料理も、おいしいとは言ったけど本当は味がわからなかった。いつも通りの元気な顔、明るい声、だけど…あと2週間しかないんだ。僕はようやく自分が生きる理由を見つけ、仕事をする理由を見つけ、彼女と一緒に新しい人生を歩んで行けると思っていたのに。彼女が僕の人生から消えてしまう…そうなったら僕は…僕はどうなる?色々…考えて…答えなんて見つからないのに考えて…気付いたら、僕は泣いていた。そして、彼女はそんな僕の頭をなでてくれた。そして僕は余計に泣いた。大声で泣いていた。彼女はただ、黙って僕の頭をなで続けていた。
僕は彼女に全てを話した。彼女が来る前のこと、僕がどういう生活をして、どういう結末を迎えようとしていたのか。彼女が来て、どう変わって、その事に感謝していることとか…そして最後に、彼女の命がもう僅かしかないことを話した。話しながら僕はまた泣きそうになったけど、必死でこらえた。僕が泣いたってしかたがないことだ。これ以上、彼女に困った顔をさせたくない…全部話したあと、彼女は僕の手をそっと握った。微かに震えているその手…当然だよね、だって彼女は自分がもうすぐ死ぬと知ってしまったのだから。僕は、なんて言ってあげたらいいんだろう?大丈夫?ずっとそばにいる?君を忘れない?…だめだ、そんな言葉、意味がない…僕はただ、黙って彼女を見ているしかできなかった。その時、彼女がつぶやいた。
「楽しかった?私がいて」
僕は…言葉の意味を理解するのに随分かかってしまったけど、必死になってうなづいた。そしてその瞬間、彼女は出会った頃とまったく変わらない無邪気な笑顔を見せてくれた。僕は…彼女の短い命の中に、少しでも幸せを作る事ができたのだろうか…でも多分、その笑顔が答えなんだ。
それから一週間は彼女と遊びたおした。とにかく彼女に色んな物を見せたかったし、僕も彼女と一緒に色んな物が見たかった。二人で写真も一杯とった。時折彼女が疲れたような顔をすることがあって、終わりが近いことを再認識してしまうけど、彼女も僕も、残り少ない時間を精一杯楽しもうと心に決めていた。でも楽しい時間っていうのはすぐに終わってしまうもので、この一週間はあっという間にすぎてしまった。
そして残りの一週間は二人とも家で過ごそうと決めた。期限は2ヶ月だけど、前後するかもしれないし…少しでも彼女の負担を減らす為に、家のことも僕が全部しようとしたんだけど、彼女は料理だけは譲らなかった。1日中家で彼女と一緒にテレビを見たり、ビデオを見たり、インターネットしたり、ゲームしたり、本を読んだり、夜中まで喋ったり…そうして9日目に…彼女の体調が急激に悪くなった。
何かほしいものはない?そう聞くと彼女は何もいらないから側にいて欲しいという。苦しそうな声…僕は目を背けてしまいそうになるけど、彼女が側にいて欲しいというから…僕はずっと彼女の側にいて、話しかけていた。もう…もうすぐ彼女は死んでしまうんだと…彼女の息遣いがそう言っている…なのに、彼女は不意に変な事を言った。
「おなかすいたね」
僕が驚いて聞き返していると、彼女はふらふらと立ち上がり、台所に向かった。まさか、そんな体で料理をするつもりなんだろうか?やめなよ、と彼女に言っても、だってもうすぐお夕飯だからって…でも無理に彼女を抑えこんでしまうわけにもいかず、僕はただ、何事もないように祈りながら彼女を見守った。そうして彼女は作った料理をテーブルに並べた。…僕の好きな料理。さあ食べようって、彼女に促されて僕は、彼女の向かいに座り、料理を食べ始めた。
「おいしい?」
うん、おいしいよ…
「私がいなくなったら、今度は自分でお料理してね」
うん、がんばるよ…
「私がいなくなっても、がんばっていけるよね」
うん、がんばるよ…
「ホラホラ、男の子なんだからもう泣かないで」
うん、もう…泣かないよ…
彼女は本当に眠るように息を引き取った。僕はその瞬間まで、彼女の手を握っていた。そして今も尚…まだ彼女の手は温かい…でももう、彼女は目を覚ますこともない。僕の名を呼ぶことも…そしてそれを見計らっていたかのように、例の天使が現れた。
「逝ったか」
「……」
「彼女の死体は私が預かろう。天使の世界で、正式に埋葬することを約束する。人間の世界では天使の死体は処理できないからね」
「……」
「今回は私の手違いで迷惑をかけた。では」
「待ってよ」
「…」
「…どうしてそんなに…冷たい言い方ができるんだ…」
「……」
「どうしてそんなに!彼女と同じ天使じゃないのか!?彼女は死んだんだ!なんとも感じないのか!?」
「彼女は使命を果たした。それ以上でもそれ以下でもない」
「…使命…?使命なんか関係ない!僕は!僕はただ彼女と一緒に生きていたかっただけなんだ!」
「……」
「…僕は…彼女がいたから…ようやく生きる理由を見つけたんだ…働く理由も見つけたんだ!彼女のおかげで僕は!…それを使命だったからっていうのか!?そんなもので彼女の全てを決めつけるな!」
「……」
「僕は!僕は……」
これは、八つ当りだ。彼にして見れば彼女に対してなんら愛着もないのだから…だけどそれでも、僕は感情をぶつけずにはいられなかった。もうそれくらいしか、僕にできることなどないと思ったのだ。けど、そんな理不尽な怒りを彼は受け止めてくれた。そして言うだけ言ったあと、少しの沈黙が部屋を包む。不思議と涙が出ない…悲しむよりも前に、怒りに任せてしまったせいかな。そして天使は抱えていた彼女を一旦下ろすと、彼女の背中から一枚の羽根を抜き取った。本来なら天使が存在した証を人間の世界に残すことは禁じられているのだが、今回は特別だと。僕にその羽根を差し出した天使の顔を見ると、無感情だと思っていたその瞳が少し、寂しげに伏せられていることに気付いた。そして、一枚の羽根と様々な思い出を遺し、彼女は消えた。
一人残され、羽根を見つめる。一人残され…独り…そうだ、もう彼女はいないのだ。彼女が生まれるまで、僕は一人でいたはずなのに、元に戻っただけだというのに、なぜ…なぜこんなにも…僕はまた生きる意味を失ってしまったのか…彼女を追って僕も…
いや、違う…彼女はそんなこと望んでいなかった、な。一人になっても頑張るって、約束した。彼女との約束を守ろう。いつの日か胸を張って彼女と会えるように…ははは、ありきたりなセリフだけどね。でも…でも、ああ…だめだ、今ごろになって涙が…止まらない。僕は羽根を見つめながら大号泣してしまう。頑張るって決めたけど、今だけ…
泣くだけ泣いた僕は、もう世界の終わりなど望んではいなかった。生きる意味が見つからないだとか、それらは全て、逃げる理由を探していたに過ぎない。僕はもう逃げるわけにはいかないんだ。いや、そんな後ろ向きなことじゃない、僕はもう逃げたくない、逃げたくないんだ。僕が約束を守り、生きていくことこそが、彼女がいた最大の証になるのだから。
だから僕は、生きていける。
END