近頃めっきり寒くなってきた。
オートバイに乗る時間も昔に比べ、減ってきた。
4年ほど前からオートバイに乗り出した。理由は特になかった。
欲しいオートバイも特になかった。
かっこよくて速いやつ。それぐらい。
なんとなく買ったカワサキのオートバイ。
そいつはもう、ひどいもんだった。
曲がらないし、止まらない。
そのくせパワーだけはあるときた。
知る人ぞ知るってわけじゃないけど結構な名車だと思っている。
俺とそいつの旅記録を、なんてことなく忘れないように書いておこう。
ただ、それだけ。
初めての遠出はいつだったか。
4年前の夏だろうか。
その遠出の前に愛車で単独事故。
判りやすくいえば手痛い転倒をし、不動車同然。判りやすくいえば廃車にしかけた。
当時高校生の俺は喫茶店でアルバイトをしていた。
とにかくその給料の全てをそいつにつぎ込んで修理し、また走り出したのだ。
丁度インターネットで知り合った同じバイクに乗る仲間に会いに行くついでに
初めての県外、大阪へとその身体を走らせた。
ここからが本題だ。
準備は万端。チェーンも掃除した。
ブレーキも点検。
財布、携帯、着替え、良し。
では出発。
時間はまだ明け方。太陽がやる気を出しはじめた朝5時ごろだった。
国道をひた走り、高速道路に乗り、後は道なり。
なんて甘い考えで旅に出た。
もうすぐ高速道路のインターチェンジと言う所でカウルがはがれた。
割れたとか、壊れたのではなく「剥がれた」のだ。
アッパーカウルの根元、ウィンカーの部分からアンダーカウル全てが剥がれて宙を舞っていった。
「あちゃぁー。」一人ごちて道路脇に停車し考える。
頭の後ろに手をやりちょっとかっこつけてみる。
・・・片側アンダーカウルなんてかっこ悪いなぁ。
結局家に帰りもう片方のアンダーカウルをはずした。
2時間ほどのタイムロスになり、もう一度家を出る時には時間は7時30分頃だった。
太陽が元気に上を目指していた。
高速道路に乗りとりあえず一安心。
道なり道なり・・・なんて甘い考えでひた走る。
初めての高速道路の割りに意外と順調なもので、2時間も走った頃には吹田のパーキングエリア。
吹田のパーキングで小腹が空いたので仕方なく軽食を取る。
その時の出店のおばちゃんの関西弁が未だに忘れられない。
「ああ、ここは地元ではないのだ」としっかりと教えてくれたからだ。
まるで海外に来たようだ!ここでは言葉が違うぞ!
ガソリンをいれ、再び走り出した頃には元気な太陽が1秒ごとに俺の体力を奪っていた。
堺インターチェンジを目指してとにかくひた走る。
走っている最中は音楽を聴きながらとにかく無心。
歌うこともせず、何かに気をとられることも無い。
とにかく前を見て走っていた。
ひたすら右車線を駆け抜け、堺市に入ったあたりで迷ってしまった。
高速は高速でも、高速の名前なんだっけ。とりあえず堺インターいけばいいや。
そんな感じでまた走る。止まることだけは許されない。
堺インターチェンジを発見、高速を降りる。
友人に連絡をいれ、迎えを頼んだ。
彼は、小汚い自家塗装のTZR50Rで現れた。
未だに忘れない。あのチャッキチャキの関西弁を。そして今も彼とは仲がいいのだ。
彼との逸話は、またいつか。
この大阪の旅、特筆すべき事もなく順風満帆。普通に終ってしまった。
なんともつまらない話だ。
次は、岡山への旅を話そうか。
1年目。
自分で言うのもどうかと思うが
僕はお人よしだ。
優しいわけではなく、偽善者に近いお人よしだ。
おばあちゃんが言っていた。
「困っている人を助けなさい」と。
オートバイの免許を取って半年、10月の風の強い日。
僕は岡山へと向かうことになった。
最初は変な感じの出会いだった。
たまたまその時僕は暇で、
たまたまその時僕は声をかけてみようと思っただけなのだ。
県一番の大きな駅で右を向いたり左を向いたり。
かと思ったら手元の紙に目を移し、また右向け右。
今度は上を見上げてぽけーっと何かを見つめていた。
明らかに何かを探して、困っている。
ああおばあさま。あなたの教えに従うのは今ですね。
「何か探してるの?」
「え、いや、えーっと。ここに行きたくて。」
がさがさと紙を広げ、こちらに向ける。
「ああ、野並ね・・・。それならこっちじゃなくてむこう。左に行って上の看板に従えば判る。」
僕は指差し、身振り手振りを利用して自分なりにわかりやすいように説明した。
ただ、それが彼女に伝わったか?そこまでは考えていなかった。
「ありがとうございます。助かりました。」
小さく頭を下げ、とことこ、と指差したほうへと歩みを進めた。
ふぅ。と息をつき再び待ち合わせの時間を待つ、と言う無駄な時間が流れ出し・・・
てはいなかった。
僕が指差したほうを見てみると、背丈の小さな女性はとことこと左に行けと言った場所を思い切り右折していくのだ。
・・・もう見てられん。
結果から言えば、僕はその女性を目的地まで律儀に送り届け
その女性は何とかお礼がしたいと言うので連絡先を教えてしまった。
1週間程経過したある日、自宅に見知らぬ住所から見知らぬ小包が届く。
岡山県。そんなところに僕の知り合いがいた覚えはないし、もちろん親に居た覚えもない。
小包の中には岡山の特産物と思しき果物と手書きのやったらめったら小さな字のメモが入っていた。
そのメモに書いてあったメールアドレスに、これまた律儀にお返事をしてしまったのが一番の失敗だと、今でも思う。
その女性と幾度となくメールし、電話した。
年上の女性であること。彼氏が暴力を振るうこと。僕が高校を辞めそうなこと。お互いの趣味のこと。
なんてことはない。その時既に僕はその女性に惚れていたのかもしれない。
ただ、その時は
「悪い彼氏から引き剥がして、他の恋でも見つけてもらおう」程度の偽善的なヒーロー気取りで居たつもりだ。
インターネットで道を調べ、距離を調べ、そして何が必要かを考え、出発した。
相棒であるオートバイもオイル、タイヤ、ブレーキパッドを交換し万全の状態で挑んだ。
今回の旅は、片道400キロ。
不安なことは特に無かったと思う。
しいて言うのであれば、僕が朝6時から喫茶店のバイトをし
昼11時に出発ということであろうか。
更に言えば、「400kmだから高速道路を100kmで走れば4時間でつく」
などと言うこれまた馬鹿な考えをしていた事。
抜けるような秋の高い空。
高速道路上で僕は涙目になりながらオートバイにしがみついていた。
ああ、神様!あわよくばヤリたいとか思ってごめんなさい!
道路脇の、鯉幟によく似た吹流しは真横どころか斜め上を向き、僕を笑っていた。
突風が吹けば一車線飛ばされるのだ。たまったものではない。
真直ぐな道ならば、まだいい。
それがカーブの途中や左右に自動車が居た時など肝を冷やした。
どれだけ走っても僕の頭上に現れる緑色の看板には「岡山」の文字は表示されず
どれだけ走ってもその看板の「神戸」の数字が微々たる数字で減っているようにしか思えず
どれだけ走っても一度休憩すると、また同じトラックを追い越すことになるのだ。
そしていつものように吹田で休憩。いつものポテトを食べ、再出発。
兵庫に入る頃には風は止んでいた。本当に助かる。
だが、この兵庫が曲者。
何キロ走っても兵庫県から出られない。
神戸だとか姫路だとか・・・とにかく長いのだ。
そして警察の多さがとにかく僕の精神力を消耗させ、みるみる己の体力を減らしていった。
やっと緑の看板に「岡山」の表示。
ただしその横には「150km」等とばかばかしい数字が書いてあった。
トップブリッジにつけた時計には「15:21」と冷酷に彼は表示している。
ああ、16時の約束には間に合いそうに無い。
とにかく前を向いて、とにかく休憩を減らし、身を削る思いで走った。
メッシュジャケットから入る風が寒くなり、太陽が隠れ始めた時刻にやっと高速道路を降りることができ目的地がやっと見えてきた。
岡山駅までは意外と近く、30分でついた。
事前に件の女性には「遅刻する」と伝えておいたので女性は居なかった。
岡山駅の海栗に似たオブジェの前で携帯電話を開き女性の苗字をカチカチと探し通話ボタンに力をこめる。
心臓は炸裂しそうだ。ピンを抜いた手榴弾を持つ気持ちが、なんとなくわかる。
「もしもし?ついたのー?」
「ああ、なんかウニみたいな噴水の所に単車と一緒にいるよ。」
「・・・あれか。」
「多分、それ。」
お互い顔は知っていても 気恥ずかしいものがあった。
なんでかって、僕が告白したからだ。
表向きの理由は悪い彼氏から引っぺがしたかった。
裏向きの理由、と言うか何と言うか。
ぶっちゃけて言えば、ヤリたい盛りだしね?ほら、ヤれたらいいな。
今思えばひどい理由だと思う、自分でも笑えてしまう。
彼女と合流し、200メートルほど離れた駐車場まで疲れた身体に鞭を打ち180kgのオートバイを押した。
ひとまずビジネスホテルへ行き荷物を預け、コンビニに食事を買いに行った。
ほんと、今思うとひどい彼氏である。
もっとなんか、気の利いた食事を考えておくべきだと・・・。
結局コンビニ弁当を二人仲良くビジネスホテルで食べた。
その夜もやっぱり、ひどい彼氏のままだった。
帰りもやっぱり、ひどい彼氏のままで、別れの一言を告げヘルメットのスモークスクリーンを閉め
涙ひとつ流さず信号が変った直後に全開で飛び出していくのだから。
それが、彼女の街へ行った最初の事。
この時はこの後何度も行くことになるとは思ってもいなかった。
僕も、彼女も。
帰りのが辛かったのだが、かっこ悪いので割愛させていただく。
次は、丸一日 そう。うさぎにツノがついたように走ったあの日の事を話そうか。
僕はお人よしだ。
優しいわけではなく、偽善者に近いお人よしだ。
おばあちゃんが言っていた。
「困っている人を助けなさい」と。
オートバイの免許を取って半年、10月の風の強い日。
僕は岡山へと向かうことになった。
最初は変な感じの出会いだった。
たまたまその時僕は暇で、
たまたまその時僕は声をかけてみようと思っただけなのだ。
県一番の大きな駅で右を向いたり左を向いたり。
かと思ったら手元の紙に目を移し、また右向け右。
今度は上を見上げてぽけーっと何かを見つめていた。
明らかに何かを探して、困っている。
ああおばあさま。あなたの教えに従うのは今ですね。
「何か探してるの?」
「え、いや、えーっと。ここに行きたくて。」
がさがさと紙を広げ、こちらに向ける。
「ああ、野並ね・・・。それならこっちじゃなくてむこう。左に行って上の看板に従えば判る。」
僕は指差し、身振り手振りを利用して自分なりにわかりやすいように説明した。
ただ、それが彼女に伝わったか?そこまでは考えていなかった。
「ありがとうございます。助かりました。」
小さく頭を下げ、とことこ、と指差したほうへと歩みを進めた。
ふぅ。と息をつき再び待ち合わせの時間を待つ、と言う無駄な時間が流れ出し・・・
てはいなかった。
僕が指差したほうを見てみると、背丈の小さな女性はとことこと左に行けと言った場所を思い切り右折していくのだ。
・・・もう見てられん。
結果から言えば、僕はその女性を目的地まで律儀に送り届け
その女性は何とかお礼がしたいと言うので連絡先を教えてしまった。
1週間程経過したある日、自宅に見知らぬ住所から見知らぬ小包が届く。
岡山県。そんなところに僕の知り合いがいた覚えはないし、もちろん親に居た覚えもない。
小包の中には岡山の特産物と思しき果物と手書きのやったらめったら小さな字のメモが入っていた。
そのメモに書いてあったメールアドレスに、これまた律儀にお返事をしてしまったのが一番の失敗だと、今でも思う。
その女性と幾度となくメールし、電話した。
年上の女性であること。彼氏が暴力を振るうこと。僕が高校を辞めそうなこと。お互いの趣味のこと。
なんてことはない。その時既に僕はその女性に惚れていたのかもしれない。
ただ、その時は
「悪い彼氏から引き剥がして、他の恋でも見つけてもらおう」程度の偽善的なヒーロー気取りで居たつもりだ。
インターネットで道を調べ、距離を調べ、そして何が必要かを考え、出発した。
相棒であるオートバイもオイル、タイヤ、ブレーキパッドを交換し万全の状態で挑んだ。
今回の旅は、片道400キロ。
不安なことは特に無かったと思う。
しいて言うのであれば、僕が朝6時から喫茶店のバイトをし
昼11時に出発ということであろうか。
更に言えば、「400kmだから高速道路を100kmで走れば4時間でつく」
などと言うこれまた馬鹿な考えをしていた事。
抜けるような秋の高い空。
高速道路上で僕は涙目になりながらオートバイにしがみついていた。
ああ、神様!あわよくばヤリたいとか思ってごめんなさい!
道路脇の、鯉幟によく似た吹流しは真横どころか斜め上を向き、僕を笑っていた。
突風が吹けば一車線飛ばされるのだ。たまったものではない。
真直ぐな道ならば、まだいい。
それがカーブの途中や左右に自動車が居た時など肝を冷やした。
どれだけ走っても僕の頭上に現れる緑色の看板には「岡山」の文字は表示されず
どれだけ走ってもその看板の「神戸」の数字が微々たる数字で減っているようにしか思えず
どれだけ走っても一度休憩すると、また同じトラックを追い越すことになるのだ。
そしていつものように吹田で休憩。いつものポテトを食べ、再出発。
兵庫に入る頃には風は止んでいた。本当に助かる。
だが、この兵庫が曲者。
何キロ走っても兵庫県から出られない。
神戸だとか姫路だとか・・・とにかく長いのだ。
そして警察の多さがとにかく僕の精神力を消耗させ、みるみる己の体力を減らしていった。
やっと緑の看板に「岡山」の表示。
ただしその横には「150km」等とばかばかしい数字が書いてあった。
トップブリッジにつけた時計には「15:21」と冷酷に彼は表示している。
ああ、16時の約束には間に合いそうに無い。
とにかく前を向いて、とにかく休憩を減らし、身を削る思いで走った。
メッシュジャケットから入る風が寒くなり、太陽が隠れ始めた時刻にやっと高速道路を降りることができ目的地がやっと見えてきた。
岡山駅までは意外と近く、30分でついた。
事前に件の女性には「遅刻する」と伝えておいたので女性は居なかった。
岡山駅の海栗に似たオブジェの前で携帯電話を開き女性の苗字をカチカチと探し通話ボタンに力をこめる。
心臓は炸裂しそうだ。ピンを抜いた手榴弾を持つ気持ちが、なんとなくわかる。
「もしもし?ついたのー?」
「ああ、なんかウニみたいな噴水の所に単車と一緒にいるよ。」
「・・・あれか。」
「多分、それ。」
お互い顔は知っていても 気恥ずかしいものがあった。
なんでかって、僕が告白したからだ。
表向きの理由は悪い彼氏から引っぺがしたかった。
裏向きの理由、と言うか何と言うか。
ぶっちゃけて言えば、ヤリたい盛りだしね?ほら、ヤれたらいいな。
今思えばひどい理由だと思う、自分でも笑えてしまう。
彼女と合流し、200メートルほど離れた駐車場まで疲れた身体に鞭を打ち180kgのオートバイを押した。
ひとまずビジネスホテルへ行き荷物を預け、コンビニに食事を買いに行った。
ほんと、今思うとひどい彼氏である。
もっとなんか、気の利いた食事を考えておくべきだと・・・。
結局コンビニ弁当を二人仲良くビジネスホテルで食べた。
その夜もやっぱり、ひどい彼氏のままだった。
帰りもやっぱり、ひどい彼氏のままで、別れの一言を告げヘルメットのスモークスクリーンを閉め
涙ひとつ流さず信号が変った直後に全開で飛び出していくのだから。
それが、彼女の街へ行った最初の事。
この時はこの後何度も行くことになるとは思ってもいなかった。
僕も、彼女も。
帰りのが辛かったのだが、かっこ悪いので割愛させていただく。
次は、丸一日 そう。うさぎにツノがついたように走ったあの日の事を話そうか。
11月のある日のことだった。
急に寒くなってきた11月。すっかり街は冬支度を終えていた。
駅周辺なんかはイルミネイションで少し早いクリスマスの空気を醸し出していた。
彼女が出来たとはいえ、いかんともし難い距離があった。
往復1000キロは無いが、それでも800キロ。
それにかかるガソリン代や、休憩中の食費。
高速道路に乗った場合の料金などを計算してしまうと、それこそ「あっ」という間に僕の所持金は尽きてしまう。
寒い夜に寂しさを覚えながら温めたココアを片手に犬を撫でる。
そうだ。明日は天気がいいらしい。
そうだ。明日は久しぶりにいつものとこに行こう。
すぐにベッドに入り、明日のルートを考える。
あの山からこの峠に入り、そこを超えて次の道の駅へ。
そしてこーしてあーして・・・。
朝5時に鳥達よりも、目覚ましよりも早く飛び起きる。
冷えた革のレーシングスーツに足を通し、袖を通す。
これが結構しんどいのだ。ワンピース形状の革ツナギを着るのは寝起きには正直堪える、
愛車のエンジンに火を入れる前に少しの確認。
ブレーキはどうか。サスペンションに油は滲んでいないか。チェーンの張りは適正か。
一通りの確認を終え、左手のクラッチレバーを握り込む。
そうしてやっとこの単車はセルモーターが回る。
右手でキルスイッチを確認。赤いスイッチを押し込む。
キョキョキョッ。と小気味いいリズムとともにエンジンに火が入り水蒸気を上げながらエンジンが始動する。
まだ不安定なエンジンとキャブレターは寝起きの自分のように不機嫌だ。
暖機運転の時間を利用し、愛車をガレージと言うには不憫な自転車小屋から出してやる。
道路脇で直列四気筒のアイドリングを聞きながら携帯電話を開く。
今日の天気は一日晴れ、最高気温は20度。
ウェストポーチの中身を確認する。
財布、家の鍵、そこまでを確認し携帯電話を中に入れた。
ヘルメットを被り、グローブをつけ、愛車に跨る。
「今日も、頼むよ。」なんて考えながらタンクを撫で、両手をハンドルにかけ発進した。
11月の朝、いくら本州の中部地方と言えど結構な寒さだった。
寒さを気分の高揚で抑え込みゆっくりと、滑らかに走る。
エンジンが暖まりきるまでは、まだまだ。
走りながら愛車の油脂や、冷却水を適正な温度まで上げていく。
ミッションの入りが滑らかになってきた。油温はよし。
水温系を見れば8時の方向。十二分。
ベアリング等にもう少し熱が入れば完璧かな?
信号のつながりがスムーズ。これは良い事がありそうだ!
前夜考えたルート等、既に頭には無くただひたすら単車を行きたい方向に向かわせた。
「まずはいつものダムへ行こう。」
そんな言葉が愛車から聞こえた気がする。
ならそうしよう。よし、目指すはいつものダムだ。
20キロ程走り、少し曲がりくねったワインディング・ロードに差し掛かる。
一つ目のカーブを少し元気に飛び込む。
目指すカーブのイン側に腰を落とし、ブレーキをかけ、フロントフォークを縮める。
過重をゆっくりとフロントに移し、膝を開きふらりと寝かし込む。
ががっ。と膝がアスファルトに設置し、カーブの真ん中、クリッピングポイントでアクセルを緩やかに開けていく。
滑らかに、ゆっくりと、前に掛かっている過重をゆっくりと後ろへ。
カーブの出口が見えれば、アクセルを大きく開ける。
キャブレターのバタフライバルブが開き、それに呼応しバキュームピストンが上がる。
それを右手のアクセルで感じながら車体が垂直に起きていく。
そしてまた、次のカーブへ。
その動作の一つ一つが、とにかくオートバイの楽しみなのだ。
車にはわかるまい。この風を切る感覚。サスペンションの動きをダイレクトに感じるハンドル。
己の身体で積極的にカーブを曲げていく快感。
そして何よりも、この景色の緩やかさ。
山はいい。景色が単調でないし、常に色がある。
山の緑、空の青、川の青。
時期や時間によって、その全ての色が変わる。
たった30キロ走るだけで別世界に来た気分だ。
ああ、それにしても寒い。とにかく今は手足が冷えて凍えそうだ。
かっこつけた所で寒いのは寒いし、革ツナギなんぞは防寒性は低い。
ちくしょう。とメットの中で顔をしかめながら10キロ先のコンビニを兎に角がむしゃらに目指した。
コンビニついた頃は日も昇り始め空は赤と青の美しいコントラストを見せてくれた。
おにぎりと、暖かいお茶を買いダムを目指す。
後5キロも走れば第一チェックポイント。
小さな、そして結構きついカーブが多い区間。
ここが僕の愛車が一番楽しめる。
400ccと言う大きくもないし、小さくもないエンジン。
それに、僕の愛車はレーサー・レプリカ。スポーツタイプのカウルがついたオートバイ。
ここが楽しくなければどこが楽しいと言うのだ。
そんな峠道の楽しさとは裏腹に、顔は真剣そのもの。
たまにミラーにうつる自分の顔がひどく滑稽に見えるのだ。
こんなに楽しいのに、何故こんなしかめっ面をしているんだ?本当に笑える。
目を逆三角にして、口をギュっとつぐんで真剣そのもの。
なのにこんなにワクワクして、ドキドキしているんだから。
ああ、それにしたって寒い!休憩していても寒い。
おにぎりを頬張りながら身体は体育座り。
少しでも体温を逃がさないようにしないと死んでしまう。
なんだって冬はこんなに寒いのか。いっそ沖縄にでも移住してやろうか。なんて思ってしまう始末。
ぼけっとおにぎりを食べていると一台のオートバイの音。
軽い、渇いた甲高い音。
目の前を通る一台の美しいカラーリングのオートバイ。
ホンダ、NSR250SP ロスマンズカラー。
「こんなに寒いのに、俺みたいなバカが居たもんだ。」
独り言をにやにやしながら呟き、ゴミをウェストポーチに詰め込み次の目的地へ出発した。
当然だが、次の目的地も考えていない。
だいたいこっちへ行ってみよう。程度。
目指すは美味しいフランクフルト!
山のど真ん中の道の駅だ。
ここから50キロはあるかな?
問題はないさ。ガソリンは満タン。心も満タン。お腹も満タンなのだから。
すっかりお天道様はのぼり、気温が上がってきた。
日のあたる道をぶぉーんっとゆっくり走れば太陽の暖かさを感じることが出来る。
これもまた、オートバイの特権だろうなぁ。
気分がよくなり、少し右手を捻りすぎる。
いくつかのカーブを抜けた所で、一台のオートバイが遥か彼方に目に入った。
おぉ。この寒いのにお仲間だ。
すれ違いざまに手を上げ挨拶。
相手も慌てて手を上げてくれた。
ははは。そんな無理に上げてくれなくてもいいのになぁ。
時間はまだ9時。まだまだこれから!オートバイの一日は長いのだ。
道の駅についた頃には10時で、フランクフルト屋はまだ開店準備中だった。
1時間の余白をどう潰すか迷った挙句、その道の駅の目の前にある峠を走ることにした。
比較的のぼりのきつい峠道。
400ccのパワーとトルクでぐいぐいと坂を登り、いくつものカーブをひらひらと曲がっていけばすぐに頂上。
頂上でコーヒーを買ってこなかった事を後悔しながら周りの景色を見渡す。
そんなに高い山ではない。絶景と言うほどでもない。
むしろアンテナだらけのこの山は少し殺風景に見えてしまうほどだ。
それでもいいのだオートバイライフ。
その峠を3往復ほどし、お目当てのフランクフルトにありつけた。
時刻は11時。やっと昼が見えてきた。
すっかり寒さは消えていた。
食後、ぐでーっと単車に横座りし景色を眺める。
何台も連なって走るオートバイを見て寂しくなったりもしたが、
時折現われる同じにおいのする革ツナギを着込んだライダーを見て安心を覚えたりもした。
さあて、ここからどこへ行こうか。微妙な距離だが海の見える峠が近いかな?
よし、迷ったら行こう。
頼むよ相棒。まだまだ、一日は長いんだ。
家に帰り着いた頃には太陽が眠くなって顔を赤くしていた。
「ただいま。っと」レーシングブーツを脱いでグローブ外してメット脱いで。
玄関からリビングに上がれば誰も居ない。
居るのは弟みたいな小さな黒い犬だけだ。
さっと革ツナギを脱ぎ、寝巻きに着替え愛車の元へ。
今日の疲れを落としてやろう。
さっとスプレーで洗剤の混じった水をかけ、丁寧に拭いてやる。
自慢の黒いカウルは一日走り回ったおかげですっかり艶はなくなりくすんでいた。
排ガス、泥、さまざまの汚れで水が汚れていく。
頭の横に音符のマークでも出ているんじゃないか?と思うほど気分はよかった。
きっとこいつも気分が良いだろう。
メーターを見れば結構な数字をたたき出していた。
300km強くらいかあ。走ったほうだなあ。
お疲れ様ありがとう。
きっとオートバイに乗る人なら解ると思う。
思わず愛車に心の中で語りかけたりしませんか?
僕は毎日しちゃうんですよね。気持ち悪いったらありゃしない。
でも、手をかけただけ、金注いだだけ、触った分だけ応えてくれるオートバイが好きだ。
洗車をしているとけたたましい音と共に親父が帰ってきた。
「よぉ、お帰り。」
「ただいま、どこ行ってた?」
ご自慢の帽子を両手で直しながら上機嫌そうな親父。
こりゃ走ってきたな?
「山っつー山走ってきた。おかげでタイヤがどろどろだ。」
後輪の端を指で突付きながら父親に向かい苦笑する。
「俺と変わらんのかよ。」
そうして親父も苦笑した。
「あははは。やっぱあんたは俺の親父だわ。」
「そうだなぁ。おまえ俺に似てるよ。」
家の中では親父と「今日どこに行った」「何食った」「何があった」をマルボロの煙と一緒に話し合って笑った。
そんな、11月の寒くて暖かい一日の出来事。
さてこの話も特に「落ち」はないし、特攻の拓やバリバリ伝説みたく危ない事も無い。
次は何の話をしようか?
少し進んでしまうけど、2008年夏の終り。現実逃避の旅を話そうかな。
少し長くなるけどね。拙い文章でお送りするよ。
急に寒くなってきた11月。すっかり街は冬支度を終えていた。
駅周辺なんかはイルミネイションで少し早いクリスマスの空気を醸し出していた。
彼女が出来たとはいえ、いかんともし難い距離があった。
往復1000キロは無いが、それでも800キロ。
それにかかるガソリン代や、休憩中の食費。
高速道路に乗った場合の料金などを計算してしまうと、それこそ「あっ」という間に僕の所持金は尽きてしまう。
寒い夜に寂しさを覚えながら温めたココアを片手に犬を撫でる。
そうだ。明日は天気がいいらしい。
そうだ。明日は久しぶりにいつものとこに行こう。
すぐにベッドに入り、明日のルートを考える。
あの山からこの峠に入り、そこを超えて次の道の駅へ。
そしてこーしてあーして・・・。
朝5時に鳥達よりも、目覚ましよりも早く飛び起きる。
冷えた革のレーシングスーツに足を通し、袖を通す。
これが結構しんどいのだ。ワンピース形状の革ツナギを着るのは寝起きには正直堪える、
愛車のエンジンに火を入れる前に少しの確認。
ブレーキはどうか。サスペンションに油は滲んでいないか。チェーンの張りは適正か。
一通りの確認を終え、左手のクラッチレバーを握り込む。
そうしてやっとこの単車はセルモーターが回る。
右手でキルスイッチを確認。赤いスイッチを押し込む。
キョキョキョッ。と小気味いいリズムとともにエンジンに火が入り水蒸気を上げながらエンジンが始動する。
まだ不安定なエンジンとキャブレターは寝起きの自分のように不機嫌だ。
暖機運転の時間を利用し、愛車をガレージと言うには不憫な自転車小屋から出してやる。
道路脇で直列四気筒のアイドリングを聞きながら携帯電話を開く。
今日の天気は一日晴れ、最高気温は20度。
ウェストポーチの中身を確認する。
財布、家の鍵、そこまでを確認し携帯電話を中に入れた。
ヘルメットを被り、グローブをつけ、愛車に跨る。
「今日も、頼むよ。」なんて考えながらタンクを撫で、両手をハンドルにかけ発進した。
11月の朝、いくら本州の中部地方と言えど結構な寒さだった。
寒さを気分の高揚で抑え込みゆっくりと、滑らかに走る。
エンジンが暖まりきるまでは、まだまだ。
走りながら愛車の油脂や、冷却水を適正な温度まで上げていく。
ミッションの入りが滑らかになってきた。油温はよし。
水温系を見れば8時の方向。十二分。
ベアリング等にもう少し熱が入れば完璧かな?
信号のつながりがスムーズ。これは良い事がありそうだ!
前夜考えたルート等、既に頭には無くただひたすら単車を行きたい方向に向かわせた。
「まずはいつものダムへ行こう。」
そんな言葉が愛車から聞こえた気がする。
ならそうしよう。よし、目指すはいつものダムだ。
20キロ程走り、少し曲がりくねったワインディング・ロードに差し掛かる。
一つ目のカーブを少し元気に飛び込む。
目指すカーブのイン側に腰を落とし、ブレーキをかけ、フロントフォークを縮める。
過重をゆっくりとフロントに移し、膝を開きふらりと寝かし込む。
ががっ。と膝がアスファルトに設置し、カーブの真ん中、クリッピングポイントでアクセルを緩やかに開けていく。
滑らかに、ゆっくりと、前に掛かっている過重をゆっくりと後ろへ。
カーブの出口が見えれば、アクセルを大きく開ける。
キャブレターのバタフライバルブが開き、それに呼応しバキュームピストンが上がる。
それを右手のアクセルで感じながら車体が垂直に起きていく。
そしてまた、次のカーブへ。
その動作の一つ一つが、とにかくオートバイの楽しみなのだ。
車にはわかるまい。この風を切る感覚。サスペンションの動きをダイレクトに感じるハンドル。
己の身体で積極的にカーブを曲げていく快感。
そして何よりも、この景色の緩やかさ。
山はいい。景色が単調でないし、常に色がある。
山の緑、空の青、川の青。
時期や時間によって、その全ての色が変わる。
たった30キロ走るだけで別世界に来た気分だ。
ああ、それにしても寒い。とにかく今は手足が冷えて凍えそうだ。
かっこつけた所で寒いのは寒いし、革ツナギなんぞは防寒性は低い。
ちくしょう。とメットの中で顔をしかめながら10キロ先のコンビニを兎に角がむしゃらに目指した。
コンビニついた頃は日も昇り始め空は赤と青の美しいコントラストを見せてくれた。
おにぎりと、暖かいお茶を買いダムを目指す。
後5キロも走れば第一チェックポイント。
小さな、そして結構きついカーブが多い区間。
ここが僕の愛車が一番楽しめる。
400ccと言う大きくもないし、小さくもないエンジン。
それに、僕の愛車はレーサー・レプリカ。スポーツタイプのカウルがついたオートバイ。
ここが楽しくなければどこが楽しいと言うのだ。
そんな峠道の楽しさとは裏腹に、顔は真剣そのもの。
たまにミラーにうつる自分の顔がひどく滑稽に見えるのだ。
こんなに楽しいのに、何故こんなしかめっ面をしているんだ?本当に笑える。
目を逆三角にして、口をギュっとつぐんで真剣そのもの。
なのにこんなにワクワクして、ドキドキしているんだから。
ああ、それにしたって寒い!休憩していても寒い。
おにぎりを頬張りながら身体は体育座り。
少しでも体温を逃がさないようにしないと死んでしまう。
なんだって冬はこんなに寒いのか。いっそ沖縄にでも移住してやろうか。なんて思ってしまう始末。
ぼけっとおにぎりを食べていると一台のオートバイの音。
軽い、渇いた甲高い音。
目の前を通る一台の美しいカラーリングのオートバイ。
ホンダ、NSR250SP ロスマンズカラー。
「こんなに寒いのに、俺みたいなバカが居たもんだ。」
独り言をにやにやしながら呟き、ゴミをウェストポーチに詰め込み次の目的地へ出発した。
当然だが、次の目的地も考えていない。
だいたいこっちへ行ってみよう。程度。
目指すは美味しいフランクフルト!
山のど真ん中の道の駅だ。
ここから50キロはあるかな?
問題はないさ。ガソリンは満タン。心も満タン。お腹も満タンなのだから。
すっかりお天道様はのぼり、気温が上がってきた。
日のあたる道をぶぉーんっとゆっくり走れば太陽の暖かさを感じることが出来る。
これもまた、オートバイの特権だろうなぁ。
気分がよくなり、少し右手を捻りすぎる。
いくつかのカーブを抜けた所で、一台のオートバイが遥か彼方に目に入った。
おぉ。この寒いのにお仲間だ。
すれ違いざまに手を上げ挨拶。
相手も慌てて手を上げてくれた。
ははは。そんな無理に上げてくれなくてもいいのになぁ。
時間はまだ9時。まだまだこれから!オートバイの一日は長いのだ。
道の駅についた頃には10時で、フランクフルト屋はまだ開店準備中だった。
1時間の余白をどう潰すか迷った挙句、その道の駅の目の前にある峠を走ることにした。
比較的のぼりのきつい峠道。
400ccのパワーとトルクでぐいぐいと坂を登り、いくつものカーブをひらひらと曲がっていけばすぐに頂上。
頂上でコーヒーを買ってこなかった事を後悔しながら周りの景色を見渡す。
そんなに高い山ではない。絶景と言うほどでもない。
むしろアンテナだらけのこの山は少し殺風景に見えてしまうほどだ。
それでもいいのだオートバイライフ。
その峠を3往復ほどし、お目当てのフランクフルトにありつけた。
時刻は11時。やっと昼が見えてきた。
すっかり寒さは消えていた。
食後、ぐでーっと単車に横座りし景色を眺める。
何台も連なって走るオートバイを見て寂しくなったりもしたが、
時折現われる同じにおいのする革ツナギを着込んだライダーを見て安心を覚えたりもした。
さあて、ここからどこへ行こうか。微妙な距離だが海の見える峠が近いかな?
よし、迷ったら行こう。
頼むよ相棒。まだまだ、一日は長いんだ。
家に帰り着いた頃には太陽が眠くなって顔を赤くしていた。
「ただいま。っと」レーシングブーツを脱いでグローブ外してメット脱いで。
玄関からリビングに上がれば誰も居ない。
居るのは弟みたいな小さな黒い犬だけだ。
さっと革ツナギを脱ぎ、寝巻きに着替え愛車の元へ。
今日の疲れを落としてやろう。
さっとスプレーで洗剤の混じった水をかけ、丁寧に拭いてやる。
自慢の黒いカウルは一日走り回ったおかげですっかり艶はなくなりくすんでいた。
排ガス、泥、さまざまの汚れで水が汚れていく。
頭の横に音符のマークでも出ているんじゃないか?と思うほど気分はよかった。
きっとこいつも気分が良いだろう。
メーターを見れば結構な数字をたたき出していた。
300km強くらいかあ。走ったほうだなあ。
お疲れ様ありがとう。
きっとオートバイに乗る人なら解ると思う。
思わず愛車に心の中で語りかけたりしませんか?
僕は毎日しちゃうんですよね。気持ち悪いったらありゃしない。
でも、手をかけただけ、金注いだだけ、触った分だけ応えてくれるオートバイが好きだ。
洗車をしているとけたたましい音と共に親父が帰ってきた。
「よぉ、お帰り。」
「ただいま、どこ行ってた?」
ご自慢の帽子を両手で直しながら上機嫌そうな親父。
こりゃ走ってきたな?
「山っつー山走ってきた。おかげでタイヤがどろどろだ。」
後輪の端を指で突付きながら父親に向かい苦笑する。
「俺と変わらんのかよ。」
そうして親父も苦笑した。
「あははは。やっぱあんたは俺の親父だわ。」
「そうだなぁ。おまえ俺に似てるよ。」
家の中では親父と「今日どこに行った」「何食った」「何があった」をマルボロの煙と一緒に話し合って笑った。
そんな、11月の寒くて暖かい一日の出来事。
さてこの話も特に「落ち」はないし、特攻の拓やバリバリ伝説みたく危ない事も無い。
次は何の話をしようか?
少し進んでしまうけど、2008年夏の終り。現実逃避の旅を話そうかな。
少し長くなるけどね。拙い文章でお送りするよ。