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始まり

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はぁあっ!」
私は手にした剣を獣型のモブ、モンスター名ブラックウルフに向かって降り下ろす。
モブは一度のけぞると、その場に倒れこんでから消失した。

この世界、パンドラは昔、犯してはならない罪を犯してしまった一人の罪人のせいでモンスターが溢れかえってしまった世界。
その中で、人とエルフが協定を結び、生きていくすべを探している。
そういう世界だ。

「さてと……」
私は剣を鞘に収めると街に向かって歩きだした。どこまでも続いている荒野。
しばらく歩いていくと、その荒野にぽっつりと、コンクリートで塗り固められた、ドーナッツのようなものが現れた。
私が近づくにつれ、それはどんどんと大きくなっていき、それが街を覆う城壁と分かるのに、そう時間はかからなかった。
見上げるほどに大きな門の前にたつと、ひとりでにそれが開きだし、私は街中へと、足を踏みこんだ。

街中は荒野の廃れっぷりからは想像のつかないほど活気に満ち溢れていた。
門をくぐり抜け、すぐのところにあるメインストリートには、様々な人々が入り乱れ、沢山の露店が開かれていた。
私は人波を縫うように進み、目的の人物のところへと向かった。
彼女は前に私が会ったところと同じ場所に立ち尽くし、街を行き交う人々を見つめている。
私は彼女に話かけ、頼まれた数のブラックウルフを倒したことの報告を、クエスト終了の手続きをふむ。
短いやり取りのあと、報酬の賃金と入手したアイテムを確認した。
入手したアイテムは戦士の職業を選んだ私も扱える槍の武器だったが、少し考えた末、装備を変更することなく、再びアイテムウィンドウに槍をしまいこんだ。
ウルフ狩りで消耗したアイテムを補充するために、私は街中を駆けてアイテムショップへと向かった。
一通りアイテムを補充した私は、次のクエストを探すために、NPC(ノンプレイヤーキャラクター)を探し、辺りを見回す。
北米のほうの古い都市をモチーフに作られたこの街は、いかにもファンタジックな世界をかもしだし、この世界に色を沿えている。
けれども街の作りなんかに興味を示すプレイヤーは一体どれほどいるのだろうか。
私は街中の一角に座りこんでいるMPCらしき少女を見つけ、話かけた。
先ほどと同じように短いやり取りの後、新しいクエストフラグを立てる。
まだこの世界に生まれてから数時間の私、アイはレベル的にとても貧弱だ。
とりあえずは簡単なクエストをいくつか受け、レベルと経験値を稼ぐつもりだった。
目標のレベルは10。
私は再び街の外、荒野に向けて出かけていった。



私は今回も、前回のように、あまり苦戦せずに目標を達成し、クエストを終えることができると思っていた。
けれども、私のそんな甘い考えは真っ向から否定された。
私は目の前のモブ、ロックタートルに、右手にした剣で斬りかかった。
しかし、ポップアップする数字はことごとく通常の私の与えるダメージの10分の1並の一桁を叩きだしており、いっこうにモンスターは倒れる素振りを見せない。
そればかりか、ロックタートルと共にクエスト目標になっているモブ、アーチャーラビットは私から常に一定距離を保ちながら容赦なく弓矢を放ち、私のHPバーを削ってきた。
始めこそラビットから倒そうとしたが、あまりの移動速度の速さに観念し、回復アイテムの個数を確認してからロックタートルとの殴りあいに専念していた。
「くっ……!」
私は歯がゆい思いで残り3個になってしまったポーションを飲むと、もう一度堅い敵への攻撃をこころみる。
ブラックウルフとは違い、こいつらは魔術師タイプのキャラクターが得意とするモンスターなのだ。
防御力こそあれど、初心者戦士の物理攻撃では致命傷は難しかった。
運悪く、ロックタートルの攻撃がクリティカルヒットし、大きく、HPバーを持っていかれた。
これで残りポーションは一つだ。
街まで引き返すことも考えたが、途中でモンスターに出くわすことも考えると現実味にかけた。
覚悟を決め、私は剣を握り直す。
そんなときだ。
「ファイヤーボールっ!」
ラビットに向かい、赤い閃光が炸裂し、一度小さく鳴いたあと弓持ち兎は消滅した。
誰かの魔術砲撃。
ラビットが持っていかれたのは悔しいけれども、HPに余裕が生まれた私はタートルに向き直り、打ち合いを再開する。
「これで、終わりっ!」
最後の一撃をみまい、HPバーが0になったロックタートルは倒れこみ、静かに姿を消した。

私はドロップアイテムを確認することもなく、後ろを振り向いた。
するとそこにいたのは白いローブに身を包み、ロッドを右手にした魔術師だ。
HPバーの上にはユウと名前が表示されている。
「悩んだんだけれども、死んじゃいそうだったから」
「ええ、おかげで助かったわ、ありがとう」
私はとりあえずユウにお礼を述べた。
「だけど……」
「だけど?」
「クエストの最中だったの、貴方が倒したちゃったからラビット分のフラグが立てられなかったのよ?」
私は少しだけ悩んだけれども、自分の言い分をユウに言ってみた。
見る人が見れば、ユウの行為は手助けとも迷惑行為ともとれてしまうのだ。
するとユウはシュンとして、私に向き直った。
「ごめん……」
「いや、ごめんって……」
誤ってもらいたかったわけじゃなかった。
「でも、ちょっと前から見てたけど、ラビットに向かって正面から追いかけてたよね?」
「……それがどうしたっていうの?」
「ラビット系は一部を除いてはとても警戒心が高いから、一度離れて、遠くから後ろへ回りこんで近づかなくちゃいけないんだよ」
「うっ……」
私は言葉に詰まった。
素直に知らなかったとはいいたくはなかったからだ。
そんな私を察してか、ユウはある提案を私に持ちかけた。
「ねぇ、パーティーを組んでよ」
「パーティー?」
「そうそう、ボクも始めたばっかりでレベルも低いから一緒にパーティーを組んだほうがクエスト攻略も楽になると思うんだよね」
ユウはそう言って、私に笑いかけた。
「そっちいったっ!」
ユウの言葉に私は身構える。
ピョコっと飛び出してきたアーチャーラビットに向け、私は剣を振り下ろし一閃した。
確かにパーティーを組んでのクエスト進行は効率的だと実感する。
「おめでとう、これでクエストクリアのフラグは立ておわったね」
「うん、おかげさまで」
けれども、私はいまいち、まだユウのペースになれてはいなかった。
「じゃあ街に戻ろうとおもうんだけれども……」
そんな私の提案に少しユウは考えこんだ。
なにか、ユウも立てなくてはいけないクエストフラグでもあるのだろうか?
「あのさ、この近くに出てくるストーンタートルを倒しにいかない?」
「ストーンタートル?」
「うん、さっきアイが戦ってたロックタートルの亜種みたいなやつだよ」
私は考えこんだ。
さっきのロックタートルですら苦戦の末に倒したのだ。
とてもじゃないけれどももう一度同じようなモンスターとは戦いたいとは思わない。
けれども今、ユウはラビットを倒すのを手伝ってくれたし……
そんな私をよそに、ユウは付け足した。
「十分ボクの攻撃でダメージは通るんだ、けれども倒す前に相手の攻撃力が高くて、ボクの方が耐えられなくなっちゃって」
「私が敵をひきつけて、その間にユウが攻撃を?」
「そういうこと」
パーティーを組んでから何回かの戦闘で、魔術師の攻撃力の高さは知っていた。
ロックタートルも、攻撃力自体たいしたことがなかったので確かにそれなら倒せるかもしれなかった。
「じゃあストーンタートルを倒したら街に戻るからね」
私はユウの提案を了承して、短いため息をついた。
今回のクエストの最中で、私のレベルは9まで上昇していた。
目標の10に早く到達したいのと、戦闘なれしてきた私は、実際、敵と多く戦うことは嫌とは思わなかった。
「ありがとう」
ユウは嬉しそうにそういうと、ストーンタートルがポップするであろうところまで駆けて出した。
私もそのあとに続く。

しばらくの間、私たちは道中にポップするモンスターシルエットを無視し、荒野を駆け抜けた。
「ここだよ」
そう言ってユウが立ち止まる。
そこは大きな枯れ木が一本立ち、小さな丘になっている場所だった。
「それじゃあお願い」
「うん」
私はユウに促されるままに一歩踏み出す。
すると先ほどまで戦っていたロックタートルが赤くなったモンスターが姿を現した。
名前欄にはストーンタートルの文字。
「いくよ、アイ!」
ユウはそう言うと私の後方からファイヤーボールを打ち出す。
炎の衝撃はモンスターに直撃し、私の通常攻撃よりもやや高めの50の数字をモンスターの上にポップさせた。
「いける!」
敵のHPバーが緩やかに減少するのを見て、私は安堵した。
けれどもだ。
大きく反り返ると勢いをつけ、ストーンタートルは私を踏みつけてきた。
「ぐっ……!」
私は剣の刀身をうまく使い、直撃こそ間逃れるも、私のHPバーは3分の1程という今までにない数字を持っていかれた。
これまで戦いで得た戦利品のポーションを込みでも、たぶんギリギリ。
モンスターの攻撃とユウの呪文。
どっちがどっちのHPを先に0にするかの戦いだ。



2, 1

  

何度目かになる私のHPバーの大きな減少。
「やばっ……!」
私は最後のポーションを使い、回復するとストーンタートルのHPバーを確認した。
ストーンタートルのHPバーは黄色く、全体の4分の1程、多分残りは150前後だろうけれども、私のHPは3回もコイツの攻撃を受けては0になってしまう。
――だめだ、一回分耐えられないっ!――
私は攻撃もこれまでに試してみたけれども、それらはことごとくノーダメージの0を弾き出すばかりだった。
私は後ろのユウへと目を向ける。
ユウは真剣な面持ちで次の呪文のえいしょうに入っている。
そんなとき、敵の次の攻撃がヒットし、私の最大値まであったHPは緑色の安全ゾーンから傷ついた黄色ゾーンへと移行する。
すぐさま私の後ろからユウのファイヤーボールがモンスターのHPをえぐり取る。
お互いにあと2撃受けたら終わりだけれどもやっぱりこっちのほうが、一手遅い。
「ユウっ!」
「大丈夫っ!」
振り向いてユウに耐えられないことを告げるが、ユウひ真剣な面持ちでこちらを見据えそれだけ言うと次のえいしょうに入った。

――大丈夫じゃないのは私の方なんだってば――
私は心の中でそう叫びながら自負の念にかられる。
やっぱりパーティーなんか組むんじゃなかった。
一人ならこんなレベルの頭一つ飛び抜けた敵と戦わずにすんだのに。
こんなに無駄にポーションを消費して、時間を使って。
負けちゃったら経験値減少のデスペナルティーまであるのだ。
負けたら何も得るものなんてないじゃないっ!
やりきれない気持の私に容赦ないストーンタートルの攻撃が襲いかかる。
もうあと一回くらったらおしまいだ。
私は機械的に後方から飛んでくる赤い閃光を見ながら半ば諦めかけた。
そういえば私が死んだら結局アイテムと経験値はユウだけの報酬になる
ユウにしてみたら結局私が生きていようが死んでいよが関係ないんだ……
私は最後の一撃を受ける覚悟をし、静かに瞳を閉じた。

次の瞬間、私は何かに勢いよく突き飛ばされた。
驚き瞳を開くと、そこには今まさにモンスターに攻撃されようとしているユウの姿が映った。
――ユウが私をかばった!?――
「くっ!」
モンスターの攻撃を受け、ユウのHPバーが瀕死の赤い色まで削られる。
けれどもユウは一度私に笑いかけるとストーンタートルに向かい、杖を振り下ろし、最後の一撃をみまった。
ストーンタートルは大きく一度雄叫びを上げるとその姿は消滅した。
「やった、やったよ~」
ユウはモンスターの消滅と共にどさっと倒れこんだが、いつものニコニコとした飛びきりの笑みを称えていた。
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