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「畜生ニ匹と神と神視点」 作:ヨハネ
むかーしむかし、あるところ。いや、そこまで昔ではないってさ。あ、てか一ヶ月前だって。
じゃあ、まあ一ヶ月前の話です。あるところに自殺志願者が二人おりましたとさ。彼らは現代にはありがちにこの世界に絶望し、生きる希望を失い、これ以上は生きていても仕方が無いと踏んだそうです。
最後の贅沢にとちょっと高級な縄を買って、最後の反社会精神の蹄として二人でお酒を飲みながら車で山中を目指しました。そして、いざその時になって命が惜しくなるような事もなく。何事もなかったように、木から吊り下げた縄の輪に手をかけます。こう聞くとこの二人、よっぽど死にたかったみたいですね。
ところが、その刹那。二人の目の前に神様が現れ、こう言ってのけたそうです。
「やあやあ。こんな天気の良い日に首吊りなんて、よっぽど寒い人生なんだな」
ところがその二人は怒ったり恨んだりする事はなく、ただ純粋に好奇心に駆られ神様の話に耳を傾けました。死ぬ前に、ちょっと珍しい体験をしたぐらいにしか思っていなかったのでしょう。
「安心したまえ、今日は阪神が勝ったが故に私はとても気分が良い。君らにチャンスを与えよう」
「チャンス?」
「なめたこと言ってっとぶっ放すぞ糞髭」
その言い草から察するに、神様とは随分長い髭をしてらしたようですな。
「い……いや、ちょっと話を聞きなさいや。確かに私は人間というものに色々な枷を背負わせすぎた。精神的な苦痛は、他の動物の比ではない。そこで、どうだ。新たに“畜生道”を歩むチャンスを君らに与えよう」
「畜生道?」
「ああ。一個の命を終わらせる前に、畜生として転生するのだ。あいつらは気楽で良いぞ、人間のような苦痛はまったく無い」
「ふーん……。生まれ変わったら死ぬまでそのまま?」
「そうだな、もう人間には戻れない。でもどうせお前ら、もう人間に戻りたいなどとは思うまいよ。お前らの糞しょっぺえ人生、天界から見てるだけで嫌になったわ」
それに対して、反論の語は別に無かったそうです。
「まあ、じゃあさっさとやってくれよ」
それにしても、こいつの神をも恐れぬ物言いは何なのか。それこそ、死を覚悟した人間の成せる業なんでしょうか。
「待ちなさい。勿論、危険はあるよ。お前らには二種の転生先を用意してあるが、それぞれ進みたい先を心の中で強く念じてもらう。相談は無し。上手く別々の道を望めば良いが、万が一希望先が被ってしまった場合、残念ながらこの場で死ねや」
それは、今思えば神様の戯れであったのではないかと、経験者は語ります。ただきっと、ちょっとしたスリルを見てみたかったのです。
「転生先は、“猫”か“鼠”か。さあ、選びたまえ」
そう言うと神様は一度姿を消し、二人に決意の時を与えました。
「……お前、どっち?」
「いや、そういうの駄目って言われたじゃん」
「ああ、まあそうか。じゃあこれは関係ない話で悪いんだけどさ、お前、大きい動物と小さい動物どっち好き?」
「……それも駄目だよ」
「そっか」
そして暫しの沈黙の後、二人はこれまでの人生に思いを馳せました。
「ちくしょう。ろくでもねえ人生だったなあ」
「だから畜生に生まれ変わろうって話だよ。それにきっと、これほど完膚無きまでにダメ人生だったからこそ、神様もチャンスをくれたんだ。多分、中途半端なダメっぷりだったら最後まで人間のままだったよ」
「ああ、そうかも。じゃあ清々しいダメっぷりで良かったな」
「うん。ダメ人間に生まれてきて良かった」
なんだその会話。お前らほんと駄目だな。
「じゃ、神様呼ぶか」
「うん」
「おーい、神」
すると、神々しい光の中から現れるという事は別になく、草の茂みの中から神様は出てきました。
「心の準備はできたか?」
「おう。元々、死ぬのは恐くないって」
「そうか」
ただしこの時の笑みには、神たる所以の迫力があったとか。
「それでは愚かな人間よ。転生先を強く念じろ。死んだら死んだで、それまでの人生。今夜の酒の肴にさせてもらうわ」
――そして、二人は心の中で強く念じて。
見事、畜生への転生を果たしたそうな。
――という事を嬉しそうに語る鼠に、私は息も白む冬の日にバス停のベンチで耳を傾けていたというわけです。
ったく、本当かよお前ら。嘘だったら鍋に突っ込んで食うからな。