「ランホースランプ」 作:猫人魚
敵機…だめね、多すぎる。スコープに見える範囲でも、一個小隊丸々残ってる感じだわ。一方こっちは私だけ、しかも自機であるデッドイーター(陸上用多脚戦闘車両)の右腕はさっきの爆撃で持ってかれたし、手持ちの武器も弾数が少ない。味方の援護が来るまであとどのくらいかかるか分からないけど、この分じゃとても耐えられそうもない、か。
私はパワーを落としているデッドイーターのコクピットに座り、背もたれに体を預けて目を閉じる。まだ起動させるわけではない。今は岩陰に隠してあるが、起動した瞬間敵機のレーダーに映ってしまうだろう。ただ、気持ちを落ち着けるにはやはりここが一番だった。何か、何か打開策は…私一人が逃げるだけなら、なんとかなるかもしれない。だけどそうしたら、奴らはいずれ砦の位置を割り出して、攻め入ってしまうだろう。それはダメだ…私の任務は砦の防衛…例え一人きりになろうと…
でも、考えれば考えるほど、怖い…どう考えたって、逃げる以外の方法では私は助からない。逃げたい…逃げたい!だって、私はまだ二十歳にもなってないし、ちょっと試験の成績が良かっただけで、本当は実践なんて初めてで…相手に新型があるなんて知らなかったし、仲間が全員やられてしまった今、私にできる事なんてないじゃないか。だから、逃げたって…
軍人としての私は、残って最後まで戦えと言っている。ただの女としての私は、自分の命を守るために逃げるべきだと言っている。自分の心音が、私を責めたてる様に激しくなっていく。逃げるのか?戦うのか?逃げなければ死ぬ、戦わなければ砦の仲間が死ぬ、見捨てるのか?自分はどうなってもいいのか?
いずれにしても時間がない。決断せねば…どうしたら、どうしたらいい…私は…
地鳴りのような振動が、少しずつ大きくなってきている…奴らが、ここに近付いてきている…という事は、もうすぐ砦の入り口も…
―ポト!
な、なにかが、頭に落ちてきた。布の、袋?コクピットの天井部分に、クリップで留めてあったようだが、先の戦闘と、今の振動でそれが緩んだのだろうか。しかし私がつけたものではない。なん、だろうか、これは。
開けてみると…中には、砦のみんなからのメッセージカードが入っていた。これは、東洋の国ではお守りと呼ばれるものなのだとか。小さな四つ折の紙に、仲間からの言葉がびっしりと並んでいる。無事に帰って来いとか、おいしいご飯を作って待ってるだとか、今度勉強見てくれだとか…
…………………………
…………………………
……………わかった…
わかったよ…このタイミングでお守りが落ちてくるなんて、偶然にしてはできすぎてるもんね。アンタは決心したって事なんでしょ、デッドイーター…
私は思い切ってデッドイーターを起動させ、外に露出させていたコクピットを収納する。そして間髪入れずに岩陰を飛び出し、地鳴りのする方に向かって走行を開始した。既に何体か、奴らも気付いたらしい。とにかくまずは奴らの注意を惹く!
―ズドドドド!!
爆音を響かせ、大量の弾丸が撃ち込まれてくる。私は何とか回避しつつ、巻き上げられた粉塵に隠れて少しずつ近付いていく。相手が私一人と知って油断したのか、案の定小隊からバラけて突出した機体がある。デッドイーターの左手の武器を換装し、白兵戦用のパイルバンカーにセット、相手の死角に回り込んで接近する。他の機体が私の行動に気付いたようだが、もう遅い、私の攻撃は既に突出した機体目掛けて放たれていた。
―ゴスン!!
鈍い音を立て、パイルバンカーの巨大な杭が相手の機体を貫く。完全に破壊はできなくとも、これでまともには走行できないだろう。攻撃はもう充分だ、あとは…砦とは別の方向に逃げるだけ!!
案の定、逃走を開始した私を追って、小隊は進軍の軌道を変えた。これで…逃げれるだけ逃げれば、援軍が来るまでの時間くらいは稼げるだろうか…
しかし、突如として私の目の前に、先程相手をした小隊などとは比べ物にならない程の数の敵機が姿を表した。挟まれた…ここ、まで、か…
でも、これでいい…私の役目は果たした…私の命も、ここまで…
…………
「なんておとなしくやられてたまるかーー!!!!ぶっちゃけお前らに恨みなんかない!でも、私の大切な人に危害を加えようってんなら許さない!!その命まで取れなくとも!!腕の一本や二本は覚悟しろおおおお!!!」
みんなごめん、無事に帰ることも、おいしいご飯を食べる事も、勉強を教えてやる事もできそうもないや…だけど……私は……
おしまい
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