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「ジョブキラー」作:山田一人

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「誰を殺ればいい?」
「私」
「馬鹿かお前」
 殺し屋はコツンと女の頭を叩いた。
「痛いっ。依頼人に何するのよ」
「自分を殺す依頼をする馬鹿がどこにいるんだ」
「ここにいるじゃないの」
 殺し屋は大きなため息をついた。こんな依頼人は初めてだ。
「お前の病気はあれか、頭がパーになっちゃうようなやつなのか」
「パーってなによパーって」
「お前の脳みそだよ」
「依頼人を馬鹿にしすぎよハゲオヤジ」
 殺し屋はこの仕事を二十年以上続けてきたが、拳銃を持った相手にここまで強気な態度を示す女性に会うのは初めてだった。
「お前撃たれたいのか」
「最初からそう言ってるじゃない」
 殺し屋は舌打ちすると、その場に座り込む。
 人気のまったくない病院の屋上。周囲の建物から漏れる灯り幻想的に二人を照らす。
「とにかく、この依頼は受けられない。諦めて病気と闘ってろ」
「もう戦うのは止めたの。私、降参したから」
「態度のわりにはネガティブ思考だな」
「うるさいわね」
 女は車椅子の車輪を回し、前方へと進む。
 この屋上には柵がなく、小さな段差があるだけだ。女はギリギリまで車椅子を動かすと、淵から下界を覗き込む。午前零時を回っているというのに、道路には絶えず車が走っている。
「私ね、臆病だから自殺ができないの。何度もここから飛び降りようとしたけど震えて手が動かなくなる」
 殺し屋は自分に背を向けた状態の女を見やる。暗がりの中でも、彼女の身体が小刻みに震えているのが分かった。この瞬間も自殺をしようと試みているに違いない。しかしそれができないのは――
「それは臆病だからじゃない。死にたくないからだ」
 殺し屋は力強い声で言いきる。
「お前は、死ぬことなんか望んじゃいない」
「あんたに何が分かるの? 小さい頃からずっと病院で暮らしてきた私の気持ちが。小さい頃から楽しいことが何もなかった私の気持ちが。小さい頃から周りに迷惑をかけ続けてきた私の気持ちが。あんたに分かるの?」
 女は息継ぎすることなくまくしたてると、激しく息を荒げた。長年の闘病生活のせいで、体力がないのだろう。
「分からない。だからお前の依頼は受けられないんだ。でも」
「じゃあ偉そうなこと言わないで」
「まあ最後まで話を聞け。一つ提案がある」
「お前を殺すことはできないが、お前の身体を蝕む病なら殺してやってもいい」
「何それ。あんた医者じゃないでしょ。つまらない冗談はやめて」
「いいや、できる。俺は殺し屋だ。なんだって殺せる」
 女は車椅子を動かし、殺し屋の方へと向き直る。彼はまっすぐと女を見つめていた。冗談を言っているようには見えない。
「分かったわよ。報酬はいくら? 今日払うつもりだった分しかないけど」
「お前がたいした額の金を持ってないのは調査済みだ」
「そんな言い方ないでしょ。頑張ってかき集めたお金なんだから」
「だったらもっと大事なことに使えばいい」
「大事なことって何よ」
「自分で考えな」
「何それ」
 女は堪えきれずに笑いはじめた。先ほどまでの追い詰められたような雰囲気はもうない。
「で、報酬なんだがな。親孝行だ」
「え?」
「俺が病気を殺したら、お前は親孝行をするんだ」
「どういうこと?」
 女の問いに答えずに、殺し屋は立ち上がった。車椅子を押し、出口へと向かう。
「お前は優しい子だ」
 それだけ言って、殺し屋は黙った。そして女を病室まで連れて行くと、音も立てずに去っていった。


「で、その女のために大金を叩いたってのか」
「あの女の両親は稼ぎがあまりよくないみたいでな。娘の入院費で精一杯の生活を送っていた」
 とあるバーで、殺し屋はサングラスをかけた同年代の男と酒を飲んでいた。
「女はそれを偶然知っちまったわけだ。自分のせいで貧しい生活をおくる両親に申し訳なくなったのさ。それで女は俺に自分を殺すように依頼した」
「それで、お前は依頼を拒否し、代わりに彼女の病気を殺すと言ったわけだな」
「ああ」
「病気を殺すって、お前医者じゃないだろ」
「彼女にも同じことを言われた」
 サングラスの男は「そりゃそうだ」と豪快に笑う。
「女の病気は金さえあれば外国に渡って治せる病気だったんだ」
「で、いくらだったんだ」
 殺し屋は女の病気を治すために使った金額を口にした。一般人には簡単に出せないような金額である。
「お前が今までの仕事でそうとう溜め込んでるのは知っているが、それでもその額は出しすぎだ」
「俺の金だ。使い道は俺が決めるさ」
「理由が知りたい」
「実は俺にもあれくらいの歳の娘がいてだな……」
「独り身が何ほざいてんだ。お前と何十年付き合ってると思ってる」
「冗談だよ。ただ、もう人を殺すつもりがないだけさ。俺はもう殺し屋を引退してるわけだからな」
「じゃあなんで依頼人のところまで行ったんだ。連絡がきた時点で断ればよかっただろ」
「それもそうだな」
 殺し屋はグラスを口に運ぶと、中身を一気に飲み干した。
「自分でも不思議だよ」
 そう言って殺し屋は小さく笑い、グラスをカウンターに置いた。氷がからんと音をたてる。
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