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1話「不発弾」

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 1

 オレンジ色に染まりつつある放課後の教室で、一組の男女が窓の外を見ながら
談笑している。BGMには吹奏楽部のトランペットの音。

「なあ」
「何?」
「山西さんって彼氏いんの?」
「いないけど…… 」
「そうか。変なこと聞いてごめん」
「ううん。全然平気だよ、私は」

季節は秋。きっと肌寒いであろう風が二人の髪を揺らす。

「なあ」
「何? 」
「おまえって彼氏欲しくならないの?」
「あんまり欲しくならないね。部活楽しいし」
「へぇ」
「でもまあ時々寂しくはなるよ。クリスマスの日とか。ゴールデンウィークで
部活がない日とかね」
「ああそれは俺もなるわ」
「えっ。高崎君も恋人いないの?」
「うん」
「じゃあ似た者同士だねー」
「そうじゃなくて」
「ん」
「寂しいなら俺彼氏にすれば?」
「えっ…?」

 瞬時に二人の顔が赤くなるのがわかった。加えて告白したほうの男、
野球部のキャプテンの高崎の左手は震えていた。そして告白されたほうの
女、帰宅部の山西は口を開く。しばらく時間が経ってからのことだった。

「私、言えなかったんだけど、ずっと高崎君のことが…」
「山西さん…」
山西が声を発しようとしたその時、その時、高崎は山西を抱き寄せた。
当然左手は震えたままだった。最初は戸惑っているかのようにみえた山西だったが、
しばらくすると高崎に身を委ねたのがわかった。
しばらく時間が経ち、山西が口を開く。しかし何を言ったかはこちらからは
声が小さすぎて聞こえなかった。ただひとつわかったことは、彼らはこれから、
ある行為に及ぼうとしているということだった。行為を始めるために、
高崎は山西を強く抱きしめ、そして口づけを深く交わした。高崎が山西の
スカートに触れた時、一人、見ているだけなのに赤面してその場から
立ち去ろうとしているものが居た。どうやら彼は二人の告白からのくだりを、
教室のドアのわずかな隙間から二人にばれないようにずっとのぞき見ていたらしい。
それは誰か?

 俺だ。左手には、はさみを握りしめていた。


2

高崎と山西が行為に及ぶ前に、俺は教室の前から走り出していた。
彼らの一連のやりとりを見てしまったせいで、俺は言葉ではとても形容できないくらいの
やりきれなさを感じた。悲しくてやりきれない。
だから俺は疾走した。そのやりきれなさは俺を疾走させるには十分だった。


 「あんなの見なきゃ良かった…」
と、つぶやいてみるも返事はない。傍らには誰も居ないので当たり前の話。

 しかし、今日はどうしても放課後学校に残らなければならなかった。だから、
高崎と山西のやりとりを見たのは、最近クラスで高崎と山西が噂になっていることから
察しても必然だった。そしてこんなことを思い出した。
 五時間目と六時間目の休み時間に、クラスメイトの女子達の話し声が聞こえてくる。
「山西さんとさー、高崎君ってさぁー」
「うんうん」
「両想いなんだってー!」
「えーまじでー?」
「だってさー、あれじゃん。二人が話してるとこみたら、なんとなくわかるじゃん?」
「それは言えてる!」
このような会話を記憶していたにも関わらず、俺は放課後、よりによって
あの教室に残ってしまった。疾走しながら俺は自分を恨んだ。ああ鬱だ。憂鬱だ。
とっても憂鬱だ。そんな憂鬱な俺を、明るいオレンジ色の陽は照らし続ける。

 疾走しながら俺は考えていた。
 どうして人間には、これほどまで優劣がつくのだろうか、と。
しかもたかだが15、16年でここまでつくのである。まったく人生というものは恐ろしい。
生まれた時は皆平等で(平等に見えるだけかもしれないが。)、集団生活の始まりを
告げる幼稚園や保育園の時でもそんなに差はついていないはずなのに、気がつけば
小学校5年生くらいではもう生徒間格差、つまりスクールカーストが形成されている。
そこで、スクールカーストが高い位置につけば輝かしい青春の日々を送れると
気づいたものはまだいいだろう。彼らにはまだ「中学デビュー」や、中学生なら
「高校デビュー」が残されている。しかし、それならば高校生にしてやっと
スクールカーストの重要性に気付いた俺は、「大学デビュー」があるじゃないか、
そう考えた。だがしかし、中学生が「高校デビュー」にかなりの労力を使うのと
同じで、「大学デビュー」もかなりの労力を使わなければいかないと考えた。
 だがしかし、俺には「活力」がなかった。人が嫌がっていることも進んでやろうと
しなければ、だからといって体育の時間に精を出すような性格でも、勉強に精を
出すような人間でもなかった。というか無気力だった。

 オレンジ色の陽は、まだ俺を照らし続けていた。俺の気持ちはそれに比例するように
暗くなっていた。 

 「どうしてこんなのになっちゃったんだろう……」
と、疾走しながらつぶやいてみるも、返事はない。俺は余計にやりきれなくなった。
だから俺は疾走するのを止めた。俺は腰を落とした。そして手に小石の感触が
あるのに気付く。そうか、外まで疾走してきたんだ。
 周りを見渡すと、本当に誰もいなかった。そして太陽が俺を照らさないのに気付く。
上を見上げると古びた建物が目に入る。記憶によれば、この建物はたしか
とり壊す予定の体育館倉庫だ。前に体育教師が言っていたのはおそらくこれだろう。
 
 古びた体育館倉庫を見ていると少し気分が落ち着くように思えた。だがしかしそれは
あまりに不気味過ぎた。見ていて気持ちの良いものではなかったのだ。
なので俺は体育館倉庫を後にすることにした。しかしどうしよう、どこへ行くべきか
わからない。しょうがないので体育館倉庫とは反対の方へ進んでみた。すると
オレンジ色の陽は再び俺を照らした。

 そこから見える景色は新鮮だった。見下ろせばグランドがあって、サッカー部員や
野球部員なんかがボールを必死に追っていた。みんな真剣なように感じた。
そしてきっと、みんな輝いていた。
 少し冷たい秋風が吹いた。俺の目は乾燥しているように感じたので、それを
確認しようと俺は目に手をあてる。すると頬を伝う涙に気付く。
途端に俺はやりきれなさを思い出す。

 「あんなの見なきゃ良かった…」
と、つぶやいてみるも返事はない。傍らには誰も居ないので当たり前の話。
左手にはまだはさみを握りしめていた。



 3

 グランドを見るのを止めた俺はずっと空を見続けていた。空の色はオレンジから黒に
変わった。グランドの方からは後片付けをしている生徒の声が聞こえてくる。
俺は頬に手をあて、目に手をあてる。もう涙は伝っていなかった。

 「あんなの見なきゃ良かった…」
と、つぶやいてみるも返事はない。傍らには誰も居ないので当たり前の話。 
「いやぁあればっかりはやりきれないよね」
と、つぶやいてみるも返事はない。って、いやこれ俺がつぶやいたんじゃないぞ…。
「ごめん、全部見てた」
俺は振り返る。そして君は誰だと問う。
「大丈夫、泣いてたこと誰にも言わないから……」
いや、そういう問題じゃない。俺が感傷に浸っている間に傍らにいたことが問題なのだ。
「そのはさみ、何に使うの?」
うるさい、これはあれだよ、ばくだ…、危ない危ないこれ以上は言えない。
「へぇ、爆弾仕掛けたんだ?なに爆弾?」
「水素爆弾」

 水素と水素が化合するときに、とてつもない爆発が起きるという。それを利用しようと
考えた俺は、ペットボトルの中に水と大量の重曹を入れた。そして俺は美術の
時間に教師の目を盗んで手に入れた正方形のベニヤ板に、導線で電池につなげたものを
ペットボトルの中に放り込んだ。プルタブをしめた。俺の理論は完璧だった。
水素爆弾の完成だった!
「そんなんじゃ化合しないよぉ。水素同士がくっつくのは原爆レベルのエネルギーが
いるって、化学の先生言ってたもの」
「えっ」


 次の日、教室からは大量の「重曹が入った水素爆弾」が見つかった。
2, 1

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